天璋院篤姫 ~余熱~
年明けに篤姫の感想をblogをUPしたもののなんとなく、消化不良なんだよね。なんか、こう、すっきりピリオドを打っていないなぁ、と、そんな感じ。それは何なのかというと。『篤姫は処女のまんまだったのか?』と、いうこと。いやぁ、下世話です・・・・・この小説でも大河ドラマでも、『夫』家定との間に男女の営みはなかったとしている。しかしですね、思うのですが。夫の愛を受けなかった『女』が夫の家を、それこそ『体を張って』守り抜こうとするものだろうか?しかも攻めのぼってくるのは故郷、それこそ、『降参!!』と一言発すれば自身の安全は保障されたも同然。義理とは言え息子は死に、後継者になった次の息子には(嫁ぐ前は期待のベクトルが正方向に動いていただけに)何の期待もできず寧ろ憎悪の感情が走り出している。そんな中、抵抗を続ければ命の保障すらも危うくなる中で何故彼女は徳川の家を守り続けようとしたのか?そうさせた『源泉』は何だったのか?夫の愛を受けたから守れた、と考えるべきか。夫の愛を受けなくても守れた、と考えるべきか。男女の愛を考える一つの命題たりえるでしょうね。私の考えが「愛=SEX」と決めつけているという方もいらっしゃるかもしれません。でも私はそうだと思うんです。私は二人にの間に夫婦の営みはあったんだろうなぁ、と考えるようになりました。これを読む前までは家定には男性としての能力は欠落しているんだろうと決めつけていたんですが、読んだ今では『性交渉』はできたんだろうが『生殖能力』が欠損していたんではなかろうか?と。皆さんはどう考えますか?