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『 しら's Cafe 』

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旅行、海、お散歩

2021年04月20日
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カテゴリ:旅行、海、お散歩
沼津市にある愛鷹広域公園へ再訪。(前回は 当blog参照:​愛鷹広域公園 せせらぎの径​)
実はこの公園、なかなか奥深いのです。
 
今回は「森林散策エリア」を散策してみます。
駐車場の奥からスタートです。
 
森林散策エリアだけあって、森林浴満載の散策ゾーン。
 
木の花咲くやゾーンかな?
 
花と海の見える丘
 
途中、愛鷹山の歴史が垣間見えるエリアがあり、
 
当時、東南側原野では馬や牛の餌、堆肥作り、炭やまき作りなど村の大切な土地であった。
寛政8年(1796年)徳川幕府は、ここに馬の牧場を作り、村人達とともに70余年間使用してきた。
明治7年(1874年)突然国有地に編入され、村人達は自由を奪われる。
明治32年(1899年)江原素六先生に政府にこの土地を払い下げを請い、愛鷹山御科地の内、
        約4200haが山麓の人達の共有になった。
という歴史ある土地。
 
馬の牧場があっただけあって、馬頭観音などが祀られている処もあり。
なかなか奥深い森林散策エリアなのでした。

この散策エリアでハイカーに出会ったが、沼津エリアのハイキングコースでは当たり前なのか
なぜかマスクを着用されておらず、ちょっと困惑しました。 この記事のせいなのか・・・。雫
「​全国同時ノーマスクピクニック」に批判殺到 自治体は困惑の声​(2021.4/20 毎日新聞)






Last updated  2021年05月01日 11時59分23秒
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2021年04月15日
カテゴリ:旅行、海、お散歩
本日も足の痛みに耐えつつ、2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」関連へ。
​源頼朝 が入湯したと伝えられる「伊豆長岡温泉(古奈温泉)」街を巡ります。​
まずは「古奈湯元公園」に車を停めて、
​「三養荘『本館』」登録有形文化財​
  
を見学できれば。と思って行った見たが、宿泊者のみしか入ることが出来なかったので、表から。
HPで登録有形文化財が紹介されているので掲載しておきます。( ​https://archive.is/6w2VO​ )
​このまま「湯谷神社」へ​
 
足元に小さな案内板。目立たな過ぎて通り過ぎそうです。ショック
​神社の隣が「石切り場」になっていたので、個人的に気になる「石切り場」から巡ります。​
  

  
これだけかと思ったら、奥にも!!
 
これはテンションUP上向き矢印
 
脳内アドレナリン大放出のせいか、足の痛みも忘れ、大股でサクサク歩けてる自分にビックリ!!
痛みは錯覚だったのかと思うほど。ほえー
  
何かイベントをしていたのか、これからするのか・・・
  
下からと上から見た石切り場。
​「湯谷神社」​
  
ご祭神:大己貴命少名比古那命
 
神仏習合の時代となってから大黒様と親しまれている神様で、
命は温泉を医薬に用いることを始めて人々に教えられた神として崇め祀られています。
​「旧ポンプ」​
 
伊豆長岡温泉発祥の温泉跡。昭和30年初めころまで薬湯が出ていました。
​「あやめ小路」​
 
とても雰囲気のいい通りです。
​「弥勒山 西琳寺」​
 
弘仁元年(810年)弘法大師が山中に草庵を結んで滞在、村人達がお堂を建てたのが始まり。
 
源頼政の子孫 稲垣頼忠が出家し当寺に入り
文明10年(1478年)本願寺第八世蓮如上人の教化を受け、真言宗から真宗に改宗。
​「弥勒堂」​
 
弘仁年間、弘法大師がこの地に巡回した際、高さ3mの自然石に弥勒菩薩を彫ったそうです。
日本三体の一つであると伝えられている。
源頼政の妻:あやめ御前も深く信仰したという。
​「美女桜」市指定天然記念物​
 
あやめ御前が植えたもので、現在の木は六代目のものと伝えられる。
​このまま源氏山の「山頂広場」まで。​
 
​「三角点」​
 
ここからの景色はこんな感じ。
  
​「古奈元湯公園」​
 
一巡りした後はここで足湯タイム。
 
注ぎ口近くは熱く、反対側はぬるくなっています。ほこほこで気持ち良かった~!!スマイルダブルハート
伊豆では、伊豆山の走り湯、修善寺の独鈷の湯と共に三名湯の一つ。

鎌倉時代、蛭ヶ小島流謫の身となった源頼朝公も入浴されました。
「鎌倉殿の13人」は鎌倉幕府を創設した源頼朝が死去した後、頼朝の天下取りを支えた
家臣団の中で、義時が権力を手中におさめるさまを描く。(演出:三谷幸喜)

<マンホール>
 
町の花「アヤメ」






Last updated  2021年04月18日 17時13分13秒
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2021年04月09日
カテゴリ:旅行、海、お散歩
ここのところ、今まで無かった足腰の痛みがではじめ、年を感じるこの頃。(笑)あっかんべー
痛いからと歩かなければ余計に硬くなって痛みが増すようなので、
リハビリ兼ねて気軽に登れる近場の山を教えていただき、チャレンジするのは
​沼津市にある沼津アルプスの一つ『香貫山』 ご年配方に人気の山なんだそうです。​
 ​
駐車場に車を停めると、つつじ が目につき、写真撮ってると、放し飼い?の鶏が!!
  
​自由にあちこち歩き回っているのだが、野良犬にやられないのだろうか??
そして香貫山の代表的建物「忠霊塔」​
 
日清、日露、第一次、第二次世界大戦における沼津市出身の戦没者、戦災死者をまつり
世界恒久平和を祈念して建立されたもの。
 
展望台広場を目指してスタート。両方から行けるが、せっかくなので山の方から。
 
要所要所に案内板があるので迷いようがない。
  
奇岩(巨岩)に
  
「夫婦岩」どこが夫婦なのか?? もはやラクダにしか見えない。うっしっし雫
 
あちこちに用意されている「水飲み場」 ご年配型が手ぶらで軽装で登るのもわかる気がする。
まずは「山頂」を目指します。
 
あっという間に着いた山頂はここ。気象レーダー設備の設置場所でもある。
 
確かに赤い板に「沼・ア 山頂」と記されている。標高 193m。
 
広場的なものが何もないので、展望台を目指します。
 
近くの工業高校の生徒達のリクリエーションタイムと重なったようで、人が多い。ショック
  
駿河湾が一望でき、津波対策の水門:沼津港大型展望水門「びゅうお」が見えた。
 
山頂の気象レーダーも見られます。
 
広場内にある謎の橋は何の意味があるのだろう??
  
登り始めの頃は晴れてたのに、どんどん曇り始めたので、ちゃちゃっと巡って戻りました。
足腰のリハビリにはもってこいな山でした。

初めて行く方は『香貫山ハイキングマップ』のダウンロード(pdf)もできます。​






Last updated  2021年04月13日 14時36分07秒
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2021年04月02日
カテゴリ:旅行、海、お散歩
前回「守山西公園」に行った際、桜の開花がまだだったのと、
「北条の里さんぽ路(​当blog参照​)」を巡った際、行きそびれてしまったお寺と共に
色々巡ります。
​まずは「守山西公園」の頂上展望台まで登ってみます。  
登り途中から見える広場や景色
  
子供達も軽く運動になる程度のやさしい山ではあるが、ひたすら上り。
 
展望台からの景色は狩野川見えるが、木々がこんもりしていて・・・。
そして狩野川へ降り「狩野川さくら公園」へ。
 
葉桜になりかけですが、それでも十分堪能できるほどの桜。
 
風が吹くと幻想的な桜吹雪も。さくら
そして、前回「「北条の里さんぽ路」で行きそびれてしまったお寺へ。
​「眞珠院」​
 
鎌倉時代、真言宗として実山永秀禅師により開山 開創、室町時代に曹洞宗に改宗し、現在に至る。
古来、修行道場として栄え「祇樹林」の別称がある。
 
狩野川の真珠ヶ淵へ「伊東八重姫入水の地」でもあり、せめて梯子があったら救うことが出来たのに
という里人達の気持ちが、今日、願い事が成就した時そのお礼参りとして梯子を備える風習がある。
  
​「摩崖佛」​
 
貞治2年(1363年) 岩に刻まれた佛
「本堂(法堂)」
 
堂内には達磨大師・十六羅漢、他の仏像が安置されているらしいのですが、
見当たらず、「アマビエ」似の木魚が目についた。(笑)
 
可愛い。

前回行きそびれた狩野川沿いの桜や公園展望台も制覇。
「北条の里さんぽ路」はコンプリートし、堪能しました。






Last updated  2021年04月11日 08時41分24秒
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2021年03月25日
カテゴリ:旅行、海、お散歩
曇りの日は、近場さんぽ。
「富士市一万歩 今泉善得寺コース」の一部を巡ります。
https://www.city.fuji.shizuoka.jp/kyouiku/c0701/fmervo000000jlv7-att/fmervo000000jlzf.pdf
善得寺跡」の公園からスタート
貞治2年(1363年)栃木県の雲巌寺の大勲策禅師が開山した寺で、戦国期には駿河国東部で
第一の寺となり、善得寺城も併設したといわれます。
 
天文年間、善得寺の住持であった太原雪斎の斡旋で今川義元・武田信玄・北条氏康が
ここで会合し「駿甲相三国同盟」という和平協定を結びました。
 
永禄12年(1569年)武田信玄の駿河侵攻にともない、寺院は焼かれてしまいました。
大勲策禅師・太原雪斎をはじめとする善得寺歴代の住持などの墓が残っています。
  
(富士市指定文化財)

呼子坂」史跡 
治承4年(1180年)富士川の合戦に際し、源頼朝率いる源氏の軍勢がこの付近高台一帯に
陣を敷き、ここで呼子を吹いて軍勢を集めたことから呼び名がついた。
「手児の呼坂」という伝説からこの名がうまれたという説もあり。

清岩寺(せいがんじ)」
  
開山:厳悦
天文4年(1535年)当地に浄土宗寺院がなかったことから、布教をおこない、
今泉村の中村彦治郎吉久の援助を受け、専修寺を建立。
  
同22年富士川の大洪水で濁流に吞まれ一時廃寺となるも
天正8年(1580年)中村助右衛門の寄進を受け、現在の地に清岩寺と名付け再建。
 
この寺の門前に「凹石(くぼみいし)」がある。
 
天明年間(1781~88年)の飢饉の際、寺ではこの凹石で米をといで粥を作り、
大勢の人々に施したと伝えられる。米とぎ石とも呼ばれる。

地図の「道仙地蔵尊」を探すも見つからず、断念。
その先に「わきみず寺」と称する「法雲禅寺」があったので立ち寄り。
 
文和2年(1353年)創建 臨済宗妙心寺派の禅寺
 
寺から湧き出る湧水を、近隣住民の方々が次々にやってこられ、水を汲みに来られます。
1回につき、ペットボトル10本 又は ポリタンク2個まで。(水質基準適合)

清水次郎長一家28人衆の1人 侠客 辻の勝五郎の墓 もあるようです。
 
町の中を流れる湧水の川 田宿川 の水が本当に澄んでいて綺麗でした。
 
今泉善得寺コースの一部、坂のアップダウン、疲れました。が、堪能しました。






Last updated  2021年03月26日 20時19分14秒
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2021年03月22日
カテゴリ:旅行、海、お散歩
2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の舞台となる伊豆の国市の
「守山西公園」周辺の「北条の里さんぽ路」をぐるり散策。歩く人
[守山公園]の駐車場に咲く花桃? が綺麗です。
 

  
ニャンコと花桃
 
ここは狩野川沿いに咲く桜も有名なのですが、まだまだこれから。という感じ。
​「北条の里さんぽ路」を行きます。​
​<北条氏邸跡(円成寺跡)>史跡​
 
​<伝堀越御所跡(でんほりごえごしょあと)>​
 
鎌倉時代の北条氏の屋敷跡に、室町時代の堀越御所が創られたようです。
​<北条政子産湯の井戸>​
​​   
保元2年(1157年) 源頼朝の妻・北条政子がこの地に誕生した際に産湯の水をとった井戸
​<光照寺>​
  
願成就院の子院であったようです。
​<願成就院跡>国指定史跡​
 
鎌倉時代初期、北条時政によって創建された寺院。
文治5年(1189年) 源頼朝の奥州平泉攻めの成功を祈願して建立された。
​<南塔跡>​
 
承元元年(1207年)11月 北條時政公により建立
​<願成就院>​
 
ご本堂
 
寛政元年(1789年)建立 創建:開基
時政供養のために建保三年(1215年)にできた南新御堂の後身堂
 
​国宝 運慶作 仏像​
​ 
写真撮影不可でしたが、願成就院のホームページで紹介されていました。
中部地方 唯一の国宝だそうです。

  
現代の石造五百羅漢
​<北条時政公御墓>願成就院内​
 
​<守山八幡宮>​
 
願成就院の後方、山手にある八幡宮。神楽殿?の舞台裏から急な階段を登りきるとご本殿。
 
ご本殿
 
降りたところから見た神楽殿
 
ここの神様がご鎮座される空気感が好き目がハートダブルハート

​<マンホール2種>​
  
右:イチゴ(名産らしいです。)         左:富士山、韮山反射炉、イチゴ

北条の里さんぽ路を一回り巡ったと思ったら、<真珠院>を見逃してしまいました。
次回、桜を愛でに来た時に巡るとします。なかなか堪能しました。






Last updated  2021年04月10日 18時30分13秒
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カテゴリ:旅行、海、お散歩
ズガニ料理の提供がある「伊豆中央道」沿いにあるドライブイン「いちごプラザ」
の近くに、横穴群が2か所程あるようなので、行ってみました。
​北江間横穴群(大北)​」国指定史跡
 
40数基よりなる基群。
  
中にはレプリカですが、火葬骨を収めた石柩、各種形式のものが多数出上し、
  
その数の多い点でも全国的に珍しいと言われ、実物の物には「若舎人」の文字が
刻まれた全国唯一で本県最古のもの。だそうです。

​「北江間横穴群(大師山)」国指定史跡​
 
個人宅間の路地を入り、山手に登っていく。
 
先ほど見たものとは違い、穴がデカいです。
  
小さそうに見える石棺ですが、実はめっちゃ大きいです。
  
独立石棺や家型石棺、等多様にあり、水気を抜くため入口に排水溝の造られた物もあり
政治的経済的地位にあった人が埋葬されたものと考えられる。
 
数百万年前の海底に積もった火山灰や軽石の掘削しやすい地層に造られています。
凝灰岩層をくり抜いて作られている GEOポイントの一つです。

2か所見学後はいつものように「いちごプラザ」でランチタイム。
「かに汁ぞうすい」
 
カニの出汁がめっちゃ効いてて、ズガニにはまり中。(笑) 季節限定。

横穴群とかに汁 堪能しました。(笑)






Last updated  2021年04月10日 14時58分26秒
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2021年03月19日
カテゴリ:旅行、海、お散歩
沼津市の北部にあるスポーツ施設メインの公園。
  
バスロータリー内にはネモフィラの花が咲き乱れています。

​公園の一画に、「せせらぎの径」があるのを知り、行ってみました。
 
公園の西端の場所まで移動し、「せせらぎの径」スタート
 
下へ下ると、小さな川のせせらぎを聞きながら散策できるコースとなっている。
 
水辺にはこんな散策道も用意されていて、歩きやすいです。
 
こぶしの花が満開です。
 
奥の「あひるが池」では、ヤマガラ、シジュウカラ、メジロ、カワセミがやってくるようで
 
カメラを設置し、じ~っと待つカメラマン夫婦がいらっしゃってました。
静かにしないと怒られるので、そ~っと後にし、もどります。
 
ソメイヨシノの開花はまだですが、山桜が満開でした。

「せせらぎの径」はとっても短いコースでしたが、こちらの公園は、管理事務所で
売られているお菓子や自販機のドリンクが全て100円で、スポーツをする子供達に
とっても優しい施設でした。






Last updated  2021年03月26日 15時54分33秒
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2021年02月23日
カテゴリ:旅行、海、お散歩
静浦村(多比)巡りの場所が、意外にも戦跡が沢山あった事にビックリでしたが、
それた道を修正し、本来の目的地へ。
目的地へ行くまでの山の途中に見かけた「名もなき神社」山神社かな?
  
近くの木が二股に分かれています。夫婦〇の木や子宝・安産成就などと呼ばれる木ですよね。
 
​ここを通り過ぎ、更に山手へ目指す目的地はここ『多比観音』​
 
上を見上げると、大きなさざれ石(石灰質角れき岩)の岩の間に設置されている建物。
 
ざわざわ削って造った感じですね。テンションあがります。
 
閉まってはいるが、鍵はかかってないので、自由に開けて中へ入れる。
  
!頭上注意です。 注意してても頭うっちゃいました。(笑)あっかんべー
   
中の雰囲気。崩れたらひとたまりもありません。雫
 
多比観音のご祭神:観世音菩薩でしょうか??
上には「延命十句観音経 十三佛 山の観音様 ~」とお経が記されています。
 
中には大正10年に奉納された絵。奉納者をみていると名前の流行りがわかりますね。
 
昭和初期?の「〇〇子」が流行ったように、当時はひらがな二文字が多いですね。
 
奥には宇宙人?の石仏? お経にある山の神様でしょうか? 謎のスタイル。雫
 
1950年当時、ドイツの週刊誌を飾った写真を彷彿させる。うっしっし雫
未だにこの映像、何かの際に登場するぐらい有名な写真ですよね。
エイプリルフールネタだったらしいですが、70年以上も前の画像加工としてはイケてる!
更に奥の扉を開けると十三佛。
 
これ、めっちゃ高い位置にあり、危なくて歩けません。
  
右写真は下から見上げたところ。真ん中の削れた部分に十三仏がご鎮座されています。
なかなか見ごたえのある「多比観音」でした。
  
せっかくなので海沿いの「多比神社」へ。
 
創立年月不詳。寛文7年(1667年)創建の御嶽神社と
現在地に鎮座していた延宝5年(1677年)創建の西宮神社が合併し、多比神社と称し村社となった。
 
ちょこんと表に置かれている石像は 御祭神の日本武命、蛭子尊 かな?ダブルハート
​そして、更なる目的地『江浦横穴群』静岡県指定史跡へ。​
 
古墳時代終末期(約1300年前)の墓が群集した地域。
 
A地区のみ、散策路に沿って、ぐるり巡ります。先ずは入口案内棒から左手に直進。
  
上り途中にもちょこちょこと横穴群を見ることができる。
  
凝灰岩の急な斜面に造られたもので、現在92基の横穴が確認されているそうです。
 
中はもちろん、手掘りです。
 
須恵器、直刀片や人骨が発見されたが、周辺に集落は発見されてないそうです。

多比方面はハイキングコースも沢山あるのですが、登山口が地域住民の生活区域を通る
場所にあるため、事故や交通騒音等住民の方の生活への影響を考慮し、
公的なハイキングコースの駐車場は整備されていません。
(by.沼津市 観光戦略課 コンベンション推進係) バスの利用を促進されていました。

地図では広く離れているように見えるエリアですが、思いのほか近くて、
約2時間 徒歩で巡れました。
ランチはまたしても ドライブイン「いちごプラザ」で。
 
季節限定の「かに汁雑炊」+「いちごチーズプリン」
カニ汁雑炊はカニ汁の濃厚さが癖になるほど、全部飲み食べつくしました。
いちごチーズプリンはソースが勝ちすぎてチーズ感は最後にしか味わえない。
個人的には前回食した いちご大福 の方がおススメかな。目がハートダブルハート

代謝UPを目指し、本日も徒歩巡りとランチの短時間ですが、濃厚な時間を堪能しました。
曇ってきたので、今日はこれにて帰路につく。スマイル






Last updated  2021年02月26日 19時40分59秒
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カテゴリ:旅行、海、お散歩
漁猟を業とした地域の多比村は、江戸時代 幕府直轄領であった駿河国駿東郡内の村の一つ。
ほとんどの方は、通り過ぎるだけのこの地区、意外にも見所が沢山。
​「口野放水路」​
 
狩野川が洪水になりそうな時に、川の水の一部を海へ流すための人口川です。
​「口野千畳敷」?​
 
昔は通れたのか、放水路沿いは立入禁止になっているので、向かい側から。
対面に見える穴は海蝕洞窟ではなく、戦争遺跡。震洋の格納庫だそうです。
  
口野の辺りは石屋が多かったらしく、口野や多比(たび)界隈は石切り場が多くみられ、
これから行く先々でちょこちょこ目にします。
 
回天用格納庫の豪が2つあるらしく、ここからレールが引かれ、海岸に回天用の斜路がつくられた。
blogを書いてて、調べていくうちに知った事実。石切りばかり目について格納穴に
気づかなかった。両側に草木が生い茂っている場所がそうでしょうね。
 
柵超しに穴の中を覗くと、向こう側へ通り抜けれる感じで、地域の方々の物置になってるみたい。
だが、ここは指揮所兼電信室(地下軍需工場と記載されているものもあり)への入口だったよう。
知ってたら入ってたかな?(笑)あっかんべー
洞窟になっていたら、間違いなく入ってましたが、生活区だけにそういう感じでもなく
ただ切った跡のみの物もよく見られた。
かつての防空壕跡?のような穴もよく見かけたが、誰かの敷地内だけに見に行けず写真もない。
今回は戦跡巡りではなく(知らなかった)、そういう目で見てないので ほぼほぼスルーです。(^-^;

口野に石屋が多かった。というのは先にも書きましたが、山越えは難所だったのでしょう。
​​「口野切通し」(明治期開通。! 現:通行禁止)​​
 
落石の恐れがあるため、通行禁止だが、入口付近から覗き見はできます。
狩野川放水路ができるまでは生活道路として使用されていた場所です。
 
海底火山灰の地層を切通したGEOポイントでもあります。火山灰の層がすごいですね。
通れなくても、この層の雰囲気が見られただけでも満足です。ウィンク

​切通しの近くの集落にある「潮汐神社」​
 
鳥居前の左石碑には「潮汐神社」と記されているが、案内板には「稲荷神社」となっている。
 
隠れた場所の石にも「潮汲鎮座 潮汐神社」と記されてます。
 
宝暦9年(1759年)創立。由緒は詳かでない。
が、潮汐の名から、海沿いで漁猟の業をされてた地域性がうかがえますね。
遠くは江戸の魚河岸からも崇敬者が訪れていたそうですから。
御神殿の作りは石屋が多かったからか、伊豆石?でできています。

石切り場について調べてると、この地区の特攻基地についての話がヒットした。
​​[伊豆特攻基地建設]  二 第一六突撃隊基地建設一 第一五突撃隊基地建設
特攻基地としては江浦の四地区(江浦、多比、口野、内浦かな?)の壕は伊豆半島で最大規模。
だそうで・・・。明るい話ではないが、読んでいると戦争を知らない人でさえ暗くなる。わからん
が、「臭いものに蓋」ではなく、戦争を知らない私達にもっと知らせるべき、知ってもらうべき!
平和ボケするのではなく、知ることにより将来への備えにもなる。
と思うのは私だけでしょうか・・・。

この後、本来の目的地へとつづく歩く人






Last updated  2021年02月26日 11時18分56秒
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