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フィンドホーンクラブ

紹介日記のダイジェスト

もう何年も前に「フィンドホーンに行けば人生が変わる」と言われた。
自分の人生が嫌だったわけではないがその言葉にはなぜか強烈な魅力を感じた。
そんなところがあるのか?行ってみたい!
そのコミュニティーにはサンクチュアリと言う聖域があって、そこでは今もなお精霊と人間がコミュニケーションをとっているという。
わたしはいても立ってもいられなくなり、フィンドホーンの本を書いているTさんに電話した「フィンドホーンに行くにはどうしたらいいんですか?」

Tさんは見ず知らずのわたしに親切に教えてくれましたが
「英語がシェアリングのできるレベルでないとサンクチュアリに入るなんて無理、日本語で行われる体験週間に参加するべき」と言うことで、英語ができないわたしには悲観的な情報でした。

このような状態をグランディング=願望レベルをコミットメントまで固めるチャレンジ=ととるように生きてきましたが、実際英語もできないで世界のヒッピーの総本山と言われるフィンドホーンの聖域に入れるのかは本当に自信のないことでした。
しかし、ここに入りたいと言う願望は理由もなくどんどん強くなり、とにかく行こうと決めました。
すると力強い援軍が現れました。
それは同行者なのですが、このために一気に計画は具体的になり、どんどんと進み始めました。
このパートナーのことはしばらく単にパートナーとだけ表現しておきます。
ともかくこの人はわたしの足りないところを補完してくれ、一方わたしはその人が望んでいるものを持っていました。
あとから考えればその人はわたしにとっての天使、そしてわたしは又その人にとってのエンジェルであったと思います。
共通の弱みはフィンドホーンに一両日しか滞在できないことでした。

パートナーの尽力でとにかく飛行機と列車の手配ができ、日本を出発したのが2000年の6月22日でした。
ロンドンに着きバスでユーストンの駅に行きスコットレイルの寝台車に乗り翌朝…夏至の日にインバネスに到着。
どうなるかわからないのでまずはB&Bを予約してからレンタカーを借りフィンドホーンを目指しました。
このB&Bがまた素敵なところでした。
B&Bのあったかい夫婦に見送られてレンタカーを借り一路フィンドホーンを目指しました。
本当に迷うこともなく、気が付いたらフェニックスショップ前に到着。
日本を出て30時間目のことでした。
ここからワンデイのツアーが一ポンドで行われていると聞いたのでそれに参加して案内してもらい、ワンデイでは入れないと言われていたサンクチュアリには後刻なんとか入るにしても場所ぐらいは確認しておこうと思っていました。
ところが、なんとその日はワンデイツアーは中止になっていたのでした。

今日は写真の解説をまずしますね。
この時すなわち2000年の夏至の日にわたしを出迎えてくれた面々です。
上から二列目の右から二人目のキャップがダッチ・ロバートでその下のコック帽が美枝さん、後列の左から二人目の黒い帽子がマーチンで美枝さんとマーチンは今は体験週間の日本語バージョンの担当です。
上から二列目の左から二人目はバスの運転手さんで今もパークとクルーニー間を毎日何往復かしています。
ロバートはまさにわたしの人生を変える働きをしてくれた天使、でも写真のメンバーの中で残っているのは三分の一。
ロバートはこのあとオランダに帰りました。

話を元に戻します。

英語ができないとサンクチュアリには入れないよ…と忠告を受けながらフィンドホーンまで来てしまいました。
そしてさらにワンデイツアーは中止だと言う。
どうしよう?と思いました。
ショップの女性がマップをくれて「これで自由に見て回れ」と言う。
「え!サンクチュアリには入れるの?」と何とか聞く。
「オブコース!!」「えっ?えっ?」
同行者と半信半疑でマップを頼りにサンクチュアリへ…
近づくと「Be quiet」なんて書いてありクリーンな雰囲気が伝わってくる。
ああ、とうとうついた、サンクチュアリに…
でもやっぱりどうしていいかわからない、どうしよう…と思ったその瞬間でした。
中からドアが開き、日本語で「どうぞ!」「えっ!えっ?えっ!」
思わず後ろを振り返りました、待たれていた他の人がいるのかな?誰もいません。
「いま、どうぞとおっしゃったのですか?」とわたし。
「はい、お入りになりたいんでしょう」とそのまま行ってしまいました。
なんというか…白昼夢の世界ですね、信じられない体験でした。
その人は誰だったか、美枝さんではないとのこと、とにかく日本人の姿でした。

もうその体験で夢見ごこちでサンクチュアリの内陣に入りました。
無人のサンクチュアリ、本当に静かに目の前に存在していました。

メインサンクチュアリではしばらく瞑想などして過ごし、遅ればせながらビジターセンターに行きました。
当時はまだユニバーサルホールにありデビットさんが当番でした。
なぜ先に行かなかったかと言うと、間違った解釈でもし行けばサンクチュアリには簡単に入れなくなるのではないかと思っていたからです。
ともかくデビットさんは親切にいつまでいるんだ?と聞いてくれて、ほとんど時間がないと伝えると「二時にいらっしゃい、ビデオを見せてあげる」と言ってくれました。
ほっとして気が緩むと大変おなかがすいているのに気が付き、ユニバーサルホールのカフェに行きピザとコーヒーを頼みました。
するとたちまちにして周囲の人と仲良くなり「ネイチュアーサンクチュアリには行ったか?」「ビーチには行ったか?」「何がしてほしい?」などと交流が始まりました。
それでネイチュアーサンクチュアリに連れて行ってもらったりしてあっという間に二時になり急いでデビットさんのところに戻ると「まだビデオを必要としているか?」とウインクされました。
もちろん結構です!と辞去しましたが本当に何でもわかっているんだなあと感心しました。

さて、メインサンクチュアリに入ってのち、ネイチュアーサンクチュアリなどを見て回ったあと、同行者が腰が痛いと言い出しました。
するとカフェにいた人が「じゃ、エッセンスを使えば良い」と教えてくれたのです。
それまでまったく知らなかったフラワーエッセンスについて腰が痛くならなかったなら知らずに帰ったかもしれません。
さっそくそれはどこかと聞いてラボを訪ねました。
それこそがなんとあのアイリーンさんが天啓を受けていたあの場所の跡地だったのです。
なお、いまはこの建物はビジターセンターになっていて当時はビジターセンターはユニバーサルホールにあったのです。
ここで同行者はフラワーエッセンスを調合してもらい無事に痛みも取れましたが、このことから後年わたしがフラワーエッセンスの資格をとって家族の自閉症を瞬時に直してしまうということまで、またマリオン・リーさんとも親しくなるきっかけにもなりました。
不思議にもすべては連結しています。

エッセンスも作ってもらって、大方の施設も見たのでもう一方のぜひ訪れたいところであるクルーニーヒルカレッジに行くことにしました。
そこで同行者がかねて日本でコピーした地図を捜すと、さっきまであった地図がありません。
不思議な気分でしかたなくショップのお姉さんに聞くことにしました。
レジでは数人の人たちが勘定のために並んでいましたが、みんなでこっちの用事を先に済ませるようにと言い、お姉さんもそう言いました。
そこでクルーニーまでの道順を聞いたら本当に丁寧に親切に教えてくれたことでした。
たとえば「まっすぐというけれど、ここはロータリーだからクルッと小回りしてね…」という調子です。
それでわかったことは持ってきていた地図は言ってみれば環七と甲州街道しか書いてなくて笹塚の公民館に行くようなものだったのです。
教えてもらって出発すると、当然というか不思議というかなくなっていた地図は出てきました。

クルーニーヒルカレッジはその昔はピーター・キャディーが支配人をしてその妻アイリーンが天啓を聞いたところです。
そのホテルをピーターは追われてごみ捨て場であった現在のパーク(先ほどまでいた、サンクチュアリなどのあるきれいなところ)に移り住みそこからフィンドホーンの活動が始まったわけです。
そのホテルは天啓の言うようにのちに売りに出されピーターが買い取って学校のようにして現在にいたっています。
外見は元ホテルという感じ、どこかハリーポッターの学校の縮小版のように見えます。
熊のいる公園を左に曲がり、さらに左に曲がると坂道をあがり、そこにクルーニーヒルカレッジがありました。

このクルーニーへの坂道の途中で雑草を抜いている青年がいました。
わたしはレンタカーを運転しながら彼に手を振りました。
そのまま数十メートルかあるいは百メートルぐらい進んでクルーニーの前の駐車場に着き、ここでもどうしたものかと、とりあえず写真を撮っていたところかの青年がやってきて「案内してあげようか?」と言うのです。
これはありがたいと早速同行者と一緒に案内してもらいました。

人生で何人かの人間に衝撃的に出会うことがありますが、わたしにとってこのロバートとの出会いはその中でも最高のものでした。
かれはチャクラの花園やクルーニーの内部を終始おとなしく案内してくれるのですが、なんと言うか無条件の愛をホースで浴びせてくるような体験をしました。

人間は無条件に愛し愛されていいのだ、無防備でいいのだと彼からは伝わります。
こんなに無防備で大丈夫なのか?大丈夫だよ!と言われて、彼を見ていると納得できます。

愛という言葉を知っていても、それを説明して…となると困る時があります。
しかし実際にそれを発している人に出会い、そしてそれを感じているときには、これを感じてくれたらわかるのに…と思ってしまいます。
わたしが施設の子供やみなさんにフィンドホーンに行ってほしいのはそんな理由も大きいですね。
このロバートとの出会いはわたしの中で愛とは何かが非常に明確になるチャンスでした。
彼はあまり多くを語ったわけではないし、わたしたちはもちろんほとんど話せなかったのですが本当に多くの交流がありました。
この石のラブチェアーの前で彼はここで写真を撮るかい?と微笑みました。

フィンドホーンの人たちは何をして生活しているのか…
数百人の人がいますが、さあみんな何して暮らしているのでしょう?
若者は大体はプログラムの受講生です。
基本はエクスペリエンス・ウイーク=体験週を受けること。
これは本当に一週間のプログラム(一切の費用込みで七万円ぐらい)で、それさえ受ければリビングインコミュニティーのように住み込みのプログラムに移行できます。
これは大体で月間七万円ぐらいでしょうか。
わたしが「このプログラムで来ないか?」と言われたのは年間で68万円とかでした。
ちょっと今では価格は違うかもしれません。
安い!と思うかもしれませんが、「働いてなんでカネ払うの?」と言う人もいるかもしれませんね。

大雑把に言えば、フィンドホーンに住むとはクルーニーかパークの施設に住むことになります。
クルーニーは元ホテルですから二人か三人でホテルの部屋に住むようなことです。
パークはバンガローで、大体は三個室あり2~3人で住みます。
その意味ではクルーニーよりはプライバシーは確保されます。
どちらにも特徴があり、どちらもそれなりに住んでいます。

スタッフは夫婦だとバンガローか、クルーにーなら夫婦で一部屋が割り当てられますが独身のスタッフは他の人と同じように部屋なりバンガローをシェアして住みます。

男女二人で一緒に住んでいるからといって必ずしも親密でセクシャルな関係かというとそんなことは一概にはわかりません。

またセクシャルな問題について言えば、一般的な概念とはかなり違うようです。
セックスというより、女性性と男性性の補完のために親密な関係をつくっているようにわたしには見えますがどうでしょうか…

今はパークにエコビレッジやその他の建物がありかなり選択肢が増えました。
またトレーラーハウスは健在でこれを借りることもでき、実際かなりの人数が暮らしていてプログラムに参加していない住民はこのケースが多く、近所のまったく関係ない住宅を買ったり借りたりしている人もいます。

フィンドホーンでは朝食は各自で食べます。
食料の倉庫があり、各自で材料を取りに行き料理をして食べます。
卵やパン、牛乳などまたオートミールも人気です。

昼食と夕食はダイニングかC.Cで食べます。
料理は割り当ての人とか希望してやっている人がします。
あと片付けは順番でスタッフの最高責任者もやります。

来訪者は食べたかったら五ポンドで食べられます。

大体がベジタリアンですがそう厳密ではなくまたクリスマスなどはターキーが出たりします。
普通はポテトなどを主にした温かい野菜料理が中心でパンやバターやお茶はいつでも食べられます。

その他にカフェがあり、近くのパブ…キンバリーやレッドビースティーでお酒と肉料理を楽しむこともあります。

食べることはなかなか大事なことなのでもう少し書きます。
食料庫にはカギがかかっていて住民は番号を知っているので自由に出入りして食料を持ち出します。
それで主に朝食を作って食べるわけですが、その在庫には若干のばらつきがあり卵が数日ないことやパンが切れることもあります。
バターや小麦粉やオートミールなども必ず有るというわけではありません。
ま、その時は工夫したりフェニックスショップで買い込んでしのぎます。
クルーニーの場合には大体の時間にはパンとバターとジャムがコーヒーや紅茶と一緒に用意されています。
平日の昼食と夕食については前回のとおりですが、一般的にはビュッフェスタイルの食事をとるだけでお酒を一緒に飲むことはまずないです。
土曜日には本来は正装してワインを飲んだりします。
インバネスの町にはチャイナやイタリアンの店もあり、少し離れると魚介類のおいしレストランなんかもあります。
例のパブ、キンバリーは大変お勧めです。
スモークサーモンのプレートはビールとも相性がよく一度試す価値があります。
ビールはわたしはギネスのハーフパインと一本でした。

フィンドホーンでは Love in action と言いますが、プロブラムに従えば午前と午後に分けて仕事を割り当てられます。
その他にチームの仕事があり、たとえばメンテナンスチームとかガーデナーチームがそれぞれの役割から仕事をしています。
プログラムではたとえばクルーニーのキッチンとかカラーンガーデンとかはたらく場所が分けてあり、これを選択して参加します。
参加するとまずその日の当番のメンバーが集まってアチュウメントをします。
課業の効果的な達成に向けてのミーティングとピーターキャディーなら位置付けたでしょうし、妖精と一緒に仕事をするための意識の集中と言う人もいるかもしれません。
まずは蝋燭を点けて各自の今いる位置のシェア、みんな正直でかつこのプロセスの効果を良く知っているというか「今日は仕事をしたくないほどの落ち込み…」などと分かち合ってすっきりしたりします。
普通はそのあとフォーカライザーから今日の仕事の細かな分担が説明され、誰がどのパートをするかの選択や決定が行われます。
このときに単に仕事と言うよりは本当に今からする行動が妖精と一体化した愛の表現であることがよく認識できます。
決まるともう一度手を取り合い目を瞑って手を握り蝋燭を消してスタートします。
だいたい一時間半もすると休憩で、お茶を飲んでおやつを食べたりしながらお話をしたりしてブレイクタイムを楽しみます。
再び仕事を始めますが、みんなのペースは本当にゆっくりですが確実です。
わたしはしばしば「ユー!ヘビーワーカー!」とか言われます。
仮に開始時に立てた目標に達していない時にもいろいろで、できなかったとしても責められたりはしません。
次の時間の人がやったり、場合によっては居残りでやったりしますが一定のやり方はありません。
わからなくなると妖精と相談します。

あと、食堂の片付けは全員(プレジデントも含め)に配分されます。
なぜかKPと言いますが、なぜそう言うのか誰に聞いても明快な答えはありません。
キッチンパーティーだと思う…とマーティンは言っています。
食堂では何十人かがバイキングの順番を待って並びますがKPの人は「I have
KP」と言うと最前列に出られ、人より先に食事ができます。

ぶらりと訪れた訪問者もPKは志願すればさせてもらえると思います。
このときも最初に全員で手をつないでアチュウメントをして作業に入ります。
なお、食事自体の開始にも全員で手をつないでアチュウメントをし感謝して食事をします。
訪問者は5ポンド払うかゼネラルオフィスでミールクーポンを買って列に並びます。

はたらくとは本来は対価をもらって労働することだとすれば、フィンドホーンのコミュニティーで働いているのはスタッフだけで他の人は多かれ少なかれお金を払って働かせてもらっているわけです。
スタッフは数十人いるのでしょうが、わたしは詳しくはありません。
なりたいと思っても現在のポストがそんなに増えたりしないし、やめる人はまれでなかなか後釜に座れません。
この4月2日にクニエさんが結婚退職されましたがこれで誰かがスタッフになれるのかな。
そう言いながらも実はわたしもスタッフになれたらいいなとは思っているのです。

まったくか殆どかはともかく、はたらいていない=フィンドホーンのシステムでは働いていない人もいます。
フィンドホーンを学校にたとえるなら(例えとして大変適切であると思います)スタッフが教職員で、いる人たちは普通は生徒にあたるとすると聴講生や、学生でもないのにクラブ活動だけ参加している人もいるということです。
さらに言えば近所に住んでいて学校の校庭の散歩をしたり学食だけ利用するなんて人もいます。
デニスはトレーラーを借りて住んでいてテーゼのチャンティングには必ず出席していますが課業をしているのはあまり見たことがありません。
ビッグ・サイモンは職場を外に持っていて土日にはやってきます。
スモールサイモンは電気屋さんでフィンドホーンの電気工事も請け負ってやっていますがスタッフではありません。
その妻のアサコさんはスモールサイモンと一緒に数キロはなれた自宅に住んでいますがわたしがフィンドホーンにいる間はよくパークに遊びにきました。

ある日のフィンドホーンの生活をシュミレートしてみましょう。

パークのバンガローで起きて同居人と朝のシェアをしたりそれぞれに好みの朝食を食べてサンクチュアリの瞑想に参加(瞑想後に朝食という人も多い)し、今日の課業をするためにコミュニケーションセンター(C.C)前からバスでクルーニーに行き、はたらくの項で述べたようにみんなとラブインアクションをします。
お昼にはクルーニーのダイニングでほかほか湯気の立つお芋中心の昼食を食べてみんなとお話をします。
午後の課業のためにパークに戻り午後の課業をします。
夕食をC.Cで食べ、そのままコーヒーを飲みながらみんなとお話をします。
その後、誰からともなくあるバンガローに集まろうということになり、そこでまたお話が続きます。
それからユニバーサルホールの横の大きな樽のお風呂に入り温まって解散。
自分のバンガローに戻ると同居の人も帰っていてまたリビングで今日のことを分かち合って眠る…

なぜかお話し=分かち合いはパワフルにいつまでもできます。
今日の感動をルームメートにシェアし、またルームメートの話も面白い。
すべてを出し尽くしているのですっきりした毎日です。

フィンドホーンに無いもの…というと言い過ぎですが、ほとんど無い物が携帯とパソコンとテレビです。
まず見かけません。
パソコンについてはパークに3台あり、ときたま故郷からのメールチェックをしたりします。

ともかく携帯やテレビやパソコンに割く時間が無い!ほどコミュニケーションが密度高くエキサイティングに展開されています。

夜はダンスや歌のサークル活動もあり、退屈することはありません。

土曜日はちょっと正装してディナーという楽しみもありますがさらにパブやレストランに行くというのも楽しみです。
フィンドホーン村は小さな漁港ですがここにキンバリーという前に紹介したパブもあります。
クルーニーのあるフォレスの町にはレッドビースティーというしゃれたパブもあります。
日曜は出かけたり、散歩ができます。
ビーチはまた眺めがよくハリエニシダの花を見ながら歩くと広広した風景が広がります。
また旅行も楽しみです。
まったく関係の無いところにも行きますが、エレイド島やスカイ島などは本当に神秘的なすばらしい所で、フィンドホーンからツアーで行きます。
「行かないと損するわよ」というのが美枝さんの持論です。
また周辺に関係したコミュニティーもあり、行き先はいろいろあります

散歩やおしゃべり、瞑想やテーゼの詠唱などいろいろありますが、本当の楽しみとは何でしょうか?
世界各地、特に日本はアイリーんさんが「ソー、ファーラウェイ!」と表現する程遠い国です。
ここから何を求めてやってくるのか?
わたしは「そこに行けば人生が変わる」というメッセージをただただ聞いた瞬間から信じてやってきました。
各人それぞれに何らかのメッセージを得てここまで来たのでしょうねえ。
しかし各人の期待や願いは必ずしも同じというわけではありません。
わたしの知っている限りではBBCは4回もこのフィンドホーンを特集しています。
何十年も前と今では扱いの論調も違うようだし、かっては巨大キャベツの不思議…みたいな取り上げ方でしたがいまや巨大キャベツは存在しません。
では今のフィンドホーンにはいったい何があるのでしょうか?

わたしが最初に感じたことは愛という日本ではまずわかりにくい概念がいとも簡単に理解でき、感じられたということです。
もちろん家族や恋人との間では日本でもそのことは感じられますが、ここでは見ず知らず初対面の人からそれを感じられます。
そのレベルはわたしはホースで水をかけられるようだと感じました。
初めてクルーニーの坂道で会ったダッチロバートは作業を放り出して案内させろと言って聞きませんでした。
またその他の人もさまざまに何でも言ってくれ、何でもしてやるから…と言うのです。
日本で、いやニューヨークでもこんなにされたらきっと怪しい!と思うことでしょう。
まずそれが怪しくないことがわかるのです。
ここでは無防備でいいのだと、ありのままでいいのだとわかるのです。
だから誰も恐れから行動していません。
携帯も何もいらない。
会いたい人には会える、心配なら伝言板もあります。
それより、ほら!当のその人が歩いてくるじゃないですか!
彼はニコニコしながら「ちょうど良かった、君に会いたかったんだよ!」と言います。
向こうから娘さんが両手いっぱいに洗濯物を抱えてやってきます。
「アイアムソーリー!アイハブノーハンド!」と歌うように言っています。
彼女は両手が開いていたらハグしてくれるつもりなのです。
空気に何かの魔法がかかっている感じがします。
それが妖精がいるっていうようなことだと思います。

フィンドホーンでおきる共時性は本当に驚異です。
最初に話したフィンドホーンに行くにあたっての問答<英語できなきゃダメ!>はサンクチュアリで日本語で<どうぞ!>と言われる落語の落ちを呼ぶ仕込みみたいなものでした。
わたしは第一回の訪問ではたったの一日しかいませんでした。
またフラワーエッセンスの何たるかも知りませんでした。
ところが同行者は腰痛をおこし、あのアイリーンさんが天啓を受けていた場所を改造したマリオンさんのラボへと導かれました。
コースを受けるわけでもないただのビジターに彼らはわずか一日で何を感じたのか帰国したら手紙がきていました。
これも内輪では有名な話ですが、わたしはどこにもサインや記帳をしたわけでもありません。
ジャパンと間違った町名だけの宛名で我が家に届いた手紙は出資を要請する内容でした。
曰く「お金が必要だ、だが誰の金でも良いというわけではない、今回メンバーの中から出資を募る…」と…
二回目の訪問でもわたしはコースを取る日数を確保できず相変わらずの単なるビジターでした。
でも多くの友人ができ、三回目の訪問で初めてエクスペリエンス・ウイークを受講しましたがラブインアクションではいろんなコースの人とチームを組みますが一週間の間にまったく知らない人はたったの一人でした。
こちらが知らないと思っていた人さえ「アイ・ノー・ユー・ミスター・ヘビー!」と嬉しそうに言うのです。
これは一方で日本人の男性が極端に少ないからでもあるでしょうが、まあ驚きでした。
今では希薄な人間関係の東京に一千万の人と一緒にいるよりあのはるかなスコットランドのコミュニティーの方が人とともにいる実感が得られ、故郷と言ってもいいほどわたしを愛してくれる人に満ちています。
そうフィンドホーンとはすべての人の故郷なのだ!

フィンドホーンでスーパーギバーだったひと、日本人も外国の人もフィンドホーン以外の場所で会った時に「あれっ?」って思うことがあります。
あれだけパワフルに余裕を持って生きていたかに見えたのに、ここではパワレスでテイカーな振る舞い…
この差は何なのでしょう?
ところでぜんぜん変わらない人もいます。
わたしはさてどっちなのか?自分ではわかりにくいかも…
でも周囲の人たちがみんなあんなに愛を送っている場所では安らぎを感じて自然にやさしくなれるのは当然ではありますね。

フィンドホーンに行くにはいくつかの方法がありますが、要約すれば飛行機を使ってインバネスに行くかアバディーンに行くかです。
アバディーンの方がかなり遠いのですが交通の便はよく、列車にもバスにも連絡しているのでフィンドホーンのあるフォレスの町にアクセスしやすいのです。
わたしの三度の訪問は一回目が汽車でインバネスまで行ってレンタカーでフィンドホーンに入りました。
二回目三回目はBA(ブリティッシュエアウェイズ)でロンドン・ヒースロー空港へ飛びそこからバスでギャドウィック空港へ移動し同じくBA便でインバネスまで飛び、空港へはフィンドホーンからの迎えの車=知人またはメンバーの白タク(20ポンド)でフィンドホーンに入りました。
激安チケットではロンドンへは安いがアバディーンまたはインバネスまでの連絡が悪くまた高価になったりします。
BAあるいはKLMなどで一貫性のあるフライトを専門店で安く買うのがいいでしょう。
ちなみにわたしの場合はインバネス成田往復で9万円前後でとっています。
ふらりと行く場合、イギリスはB&B(一泊朝食つき民宿)が発達していて予約の必要は殆どありません。
また事前にフィンドホーン内外のアコモデーション(宿泊施設)の予約は要望があればこちらでもできます。
料金はフィンドホーンで25~40ポンド/一人です。
エクスペリエンスウィークを受ける場合、一週間の食事宿泊付で7万円ほど。
ただし前泊が必要です。
夜、着いてしまって泊るところが無い場合、どうしても泊めてほしいと頼めば施設に泊めてくれますがあまり当てにしない方がいいでしょう。
またイベントが行われている場合は周辺の宿泊施設全てがいっぱいの時もあります。
ぶらぶらする場合、昼食をCC(コミュニティーセンター)でとり、その時集まってくるメンバーと友達になることを勧めます。
必ず日本の人はいますから「昨日、日本から来たのですが…」とか自己紹介すればいろいろ世話を焼いてくれるはずです。
ただし午後のワークがあったりするのでその邪魔はしないようにする必要があります。

フィンドホーンの日曜の夜にはオープンマイクというイベントがあります。
日本流にいちばん簡単に言えば<カラオケ大会>ですが、違うところはマイクも何もないこと。
つまり歌うならアカペラ、または自分でギターなどの伴奏を入れるか他の人と一緒に歌うかです。
歌でない人もいて詩や古典を朗詠したり楽器の演奏だけの人もいます。
パークではカフェで行われていて、ちょっとしたカクテルやビールを飲みながらこの時間を楽しめます。
わたしは二回目のフィンドホーンの直前にご近所の篠田先生からなぜかダニーボーイを習ったのですが、なんとフィンドホーンに行ったらクニエさんにオープンマイクに誘われさらにチャレンジされて歌う羽目になりました。
ここでダニーボーイが大変役に立ったのです。
歌い終わるとみんなシーンとしていますがすぐに大きな拍手に変わりました。
ジョナサンが駆け寄ってきて「自分で何したかわかっているか?」と言います。
「まずいことやったのかな?ここはスコットランドで歌はアイルランド民謡だし…」と思っていたら「ここはアイルランドに縁の深い人たちが多いところだから大変よかった!」と言われました。
別の機会にCCの二階でダニーボーイを歌う機会がありましたがアイリッシュの人たちは目を閉じて聞き入ってくれました。
アイリーンさんはじめアイルランドの人たちの多いコミュニティーなのですね。

ちょっと不思議なのがイギリス通過中に「どこに行くの?」と聞かれて「フィンドホーンです」と答えて今まで知っていた人がいません。
「それはどこ?」とかせいぜい「空軍の基地に行くの?」です。
フィンドホーンに比較的近いインバネスと言う深スコットランドの首都で気さくな夫婦のB&Bに泊った時すら彼らの認識の中にフィンドホーンはありませんでした。
またスコットランドにあるのに実際にはアイリッシュの人が多いとか不思議な面もあります。
フィンドホーン村は漁港なのですがそこの人たちとも必ずしも親しいわけではありません。
どうもやっぱり宣伝もしないのに極東の国からやってきたりアフリカから来たり、なんとなく呼ばれて…と表現するのがぴったりな気がします。
何のために?誰のために?
これは呼ばれた人のためとは言い切れず、フィンドホーンのためとも言えず、わたしから言えばお互いのために…がぴったりします。
それはつまりフィンドホーンとは人のことであり、人とは今そこにいる人のことだからだと思います。
今日はじめてやってきてドキドキワクワクしている人も何年もLCGやっている人もその人たちが今日のフィンドホーンの雰囲気を作っているわけです。
前に日本に帰ってからありがたいことに「わたしたちのために戻ってきてちょうだい」との伝言を受けましたがこれこそはなんていうかいつまでも子供のわたしには泣きたくなるようなすばらしい勲章なのです。

実は<フィンドホーンに無いもの>とタイトルをつけようかと思いました。
すなわち規則のことです。
決まりとか習慣とか言うとぴったりくるものが有っても規則と言うに当てはまる体験が少ないですね。
しかし厳然と存在する難しい規則…<何事も一般化しないこと>。
実際にはいろいろあるかもしれませんがわたしの記憶している規則はこれだけですね。
言わんとすることは<正しさをつくらないこと>でしょうか。
「わたしはこんな風に感じた」を「みんなこんな風に感じている」とするのを一般化するということでしょうかねえ。
後者は何かの正しさを作ってしまって、すなわち正しくない人を作ってしまう。
簡単に言うと<規則を作らない!>というのが規則ですか…

実はフィンドホーンのメンバーがはじめて植物の精に会うのがエジンバラのボタニカルガーデンなんですね。
ハリーポッターの物語もここで書かれたということで極めてスピリチュアル度の高いところだと言うことでしょう。
ここで妖精の冗談に遭いました。
わたしはインバネスのB&Bの部屋のカギをうっかりと持ってきてしまったのです。
それで郵便局に行ってカギを送り返そうと、その郵便局=ロイヤルメールを探してエジンバラの街を散歩しました。
しかしなかなか見つからない。
とあったあったロイヤルマイルの標識が!あれっ!?ロイヤルマイル?それは王様が普段住んでいるお城からエジンバラ城へと通う一マイルの道路のこと。
がっかりして目の焦点が拡散したとたん、ロイヤルマイルの標識の先のガラス窓に写っているロイヤルメール!
わたしの後ろに郵便局がありました。

エジンバラの印象は本当に変わった街だということなのですが、まず古いこと。
旧市街と新市街とどっちがいいですか?と案内所で聞かれました。
新市街っていつ頃できたのって聞いたら18世紀だって!
旧市街に至っては15世紀とも言いますが古いのはもっと前の建物が今も現役で使われています。
実際にハリーポッターの学校のモデルも有りますが、そう、生まれ変わったらここで学生生活がしてみたいですね。
石の街だから何世紀も変わらずに存在しているその石の存在感もすごいですが街中や郊外の緑も素敵な街。
こんなところで青春時代を送ってみたいと思いました。

フィンドホーンに限らず、設立の経緯自体と現実の願いとさらにフィンドホーンの外にいる人たちの思いとは必ずしも一致しているわけではありません。
現在のフィンドホーンを運営している人たち、もちろんアイリーンさんの思いをよく知っている人たちの願いは世界中がフィンドホーンのようになること…だと思います。
だからフィンドホーンに来た人たちに永く居ることを奨励してはいません。
むしろここでつかんだ感覚で郷里に帰り、ここであったことを実践することを望んでいます。
このことを思うにつけ、それはまるで「天にあるがごとく地上でも行われんことを…」と祈る時の天国と地上の関係のようだと思ってしまいます。
そう思うとまさにフィンドホーンは天国としての資格を十分に持っていますね。
誰かに傷つけられることもなく、ゆったりと流れる時間の中で庭をいじったりジャガイモの皮を剥いたり、テーゼを歌い親しい人たちをおしゃべりをしたりいくらでも食料はありお茶も自由に飲めます。
飢えも危険もない中で自分がどんどんとクリアになっていくことを感じられることは本当に幸せなことです。
しかしその郷里に帰ってなぜそのようにならないのでしょうか?
人は飢えや危険がないこと以外にあまりにも多くの条件を自分の幸せの定義に書き加えているような気がしてなりません。
フィンドホーンではこうなるべき、あるいはこうあるべき自分というものすらないように思います。

行動は外見的には何かを表していますが、同じ行動をとっても周囲に何を創り出したかから見ればまた違ったことを表現しています。
たとえばあなたが座って本を読んでいる、後ろを誰かが通りかかり床の継ぎ目に躓いて倒れたとします。
ある人が倒れた時、あなたはくすくす笑いを押し隠して可笑しがる。
別の人が同じく倒れた時、あなたは後ろを見ているわけでもないのに、ひそとして気づかない振りをしてその人が行き過ぎるのを待っている。
理屈ではなくて、与える人は何をしても与えているし奪う人は同じことをしても周囲の人は奪われる。
与えている人はギバーですが、この人たちはおそらく十分なのでしょう。
愛に満ちて周りにこぼれるほど満たされている。
だから何をしても愛がこぼれ落ち、周りに与えている。
不十分な人は愛が足りずに、周りに「与えて、与えて!」と求めて奪う。
不十分な人に出会うとこの例のように知らん振りをするとすれば、その人も十分とは言えない。
こんな時こそ、飛んでいって大丈夫か?とひざの埃を払ってやればお互いに十分になれるかもしれない。
しかし、放っておいて!と手厳しく撥ね付けられるかもしれない。
この人生の中でどれだけ愛を拒まれたことか…
ではやめておこう…とやめていれば、だんだん固まってしまう。
撥ね付けられても拒まれても、わたしの愛は尽きることはない、奪いたければほしいだけ持っていってちょうだい…と言っている人は既に奪われてはいず、与えている。
与えずに溜め込んだ愛は冷めて淀み、石となって心を重く塞ぐ。
与えきって空っぽになった心には、不思議にもあとからあとから愛がこみ上げて誰かに持って行って貰わなければハートが破裂してしまう!
なぜか、いつからか、フィンドホーンにいるとこのことがはじめからわかっていたかのように思われてきます。





















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