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2021.01.22
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テーマ:たわごと(23610)
カテゴリ:エッセイ抜粋
​​​​​​​​​​​​前回、伯父のことを冷たく戦死しました。と書きました。否、そうとしか書けませんでした。
身内の誰よりも可愛がってくれ、何か書きだしたら止まらなくなってしまうと思いました。
ヤマユリから始めて、昔話を書いてきましたが、自分史を読み返してみて、今では考えられない時代の
体験を
知っていただくのも有かなと思い、少しずつアップして見たいと思います。​​​​

​​​​​​​​​入学した前年の128日に『大東亜戦争』が開戦していた。
   ♪国民学校一・二年生
      元気で学校うれしいなあ
      国民学校一年生  

ボクラ少国民
       ​勝チ抜クボクラ少国民
      天皇陛下ノオンタメニ
      死ネト教ヘタ父母ノ
      赤イ血潮ヲ受ケ継イデ
      心ニ決死ノ白襷
      駆ケテ勇ンデ突撃ダ 
​​​​遊びでは大将の子が、学校では小さくなっていて、それはそれで面白かったが、学校で
話しかけてくることはなかった。「遊びと学校は区別する」それが男の子のやり方だったのだ。
校門を入ると、校庭の両端に、奉安殿と二宮尊徳の石像があり、昇降口を入る前に、それぞれに
一礼しなければならなかった。
教室には、一段高い教壇があり、生徒がそこに上がるときは、
やはり一礼だ。中央の教卓で、先生は
生徒を見おろす構図だ。先生の後ろ頭上には、宮城(皇居)
写真。『“皇国民”としての道徳が重視され
とあるように、国の全ては天皇のものとの教育に
なっていた。
授業は、好奇心や知識欲をガッチリ受け止めてはくれなかった。なぜ、奉安殿の中の
写真や、宮城の写真、
石の像に礼をしなければならないのか?
イザナギノミコトと、イザナミノミコトが、海の中へ鉾を降ろし、掻きまわして、引き上げ、
その鉾先から、
したたり落ちた土が日本の国土になった。その子の天照大御神の子たちが、
国を治めることになったのである。
など神話を歴史として、日本は神の国だとして教えられても、
鉾先から、したたり落ちたの土が日本の国になったなど、非科学的な話には疑問を持った。
しかし、それを口に出さない分別は持ち合わせていたようだ。
​​​​​​​​​『田舎』へのバス。木炭車と呼ばれ、度々故障で動かなくなった。
​乗客は
「またエンコかよ~しょんぼりと。
​​​​​​​​​​​​​
*天照大御神ーアマテラスオオミカミ
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​







最終更新日  2021.01.22 14:12:42
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