2006/10/13(金)09:57
孤舟 -22-
殿が亡くなってから、もう二十五年も経つのか。人の一生というものはわからないものだ。
あれほど栄華を誇っていた殿があんな哀れな早死にをし、殿と袂を別った自分は北面武士として長く白河院に仕え、ついには院の近臣の一人に数えられるようになった。年老いた今はもう職を辞してすべてを息子に譲った隠居の身であるが、備前辺りにまだ相当の所領も持っているし、鹿ケ谷の山荘で七十五歳を過ぎてなお健康に過ごしている。
だが、殿が非道な人間で自分がそうでなかったから、このように違った人生を歩むことになったとは思っていない。
自分も殿も、所詮はこの世の穢れに染まった悪人だ。殿が平気で胡蝶を捨てたように、自分もさきくさから胡蝶を取り上げてむざむざ死なせてしまった上、それをさきくさに詫びる勇気もなかった。
人間は結局罪から逃れられないものなのだ。老いて足腰も弱くなった近頃では、つくづくとそのことが思い知られる気がする。
左衛門尉はここ数年出家を志すようになった。出家して仏の慈悲に縋り、心静かに残り少ないこの世での年月を送りたい。だが、どうしてもそう決心がつかなかった。
出家するということは、この世の執着を全て絶ち切るということ。左衛門尉にはどうしても絶ち切ることの出来ないものが一つだけあったのである。