佐遊李葉 -さゆりば-

2016/06/02(木)14:07

羅刹 -174-

羅刹(193)

 道雅はふらりと立ち上がり、次第に青ざめた色に変わっていく怨霊の炎に近づきながら言った。 「私は今まで悪行を重ねてきたなどとは微塵(みじん)も思ってはおらぬ。仏の慈悲など無用。私は好きなことを好きなだけして、もはやこの世にも飽き果てた。そろそろ、地獄とやらへ行くのも悪くはあるまい」  怨霊の炎は、揺らめきながら後ずさりする。 「それほど私が憎ければ、この命をそなたにくれてやろう。心から憎らしく思う相手が死ねば、憎しみの裏にあるものも一緒に消えていく。その裏にあるものこそ、本当の地獄なのだから。私にも覚えがある」  そして、道雅は僅かに微笑を浮かべ、歌うような声で言った。 「人を愛しく思う心も、殺したいほど憎く思う心も、元をたどれば裏と表に過ぎぬ。一つが消えれば、もう一つも消える」  その言葉が終わらぬうちに、怨霊の炎は俄かに燃え上がり、道雅に襲い掛かった。  炎が道雅の身体を取り囲み、締め上げ、胸の真ん中に喰らいつく。  見る間に、そこから燃え立つような真紅の炎がつかみ出された。  道雅は音もなく、その場にくずおれていく。  いつの間にか、炎の中に、女の姿が現れていた。  さっき見た、水に濡れた恐ろしげな姿ではなく、紅の袴に唐風の高雅な文様を織り出した白い袿を羽織る女房装束。艶やかな黒髪が肩先を流れ、袿に重ねた濃紫の単襲(ひとえがさね)の上に波打っている。  その臈(ろう)たけた目鼻立ちは、どことなく斉子女王にも似ていた。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m

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