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カテゴリ:羅刹
いつの間にか、兵藤太は握り締めていた能季の手を離し、その顔を心配げに見守っている。
その目には、まことの父のような慈愛の心が映っていた。 そこにも、あの餓えと渇きを満たす方法が記されているように、能季には思えた。 誰かへの、一身を投げうった愛と献身。 それによって、兵藤太は己の心の中の暗闇を照らしてきたのだろう。 私にも、何かあるだろうか。 斉子女王を失った今、その餓えと渇きを満たす何かが。 能季にはわからなかった。 ただ、今は胸が苦しく、焼け付くように痛むだけだ。 だが、やがてそれは見つかるだろう。宮中の日々の勤めと責任の中にか、誰かの優しい眼差しや腕の中にか、それとも幼い者への鍾愛(しょうあい)の想いの中にか……一体どこにあるのかは、まだ知れないけれど。 いつか必ず。 中秋の明るい月が、いつの間にか堀河殿の軒端の下にまで傾いている。 少し肌寒いほどの風が、庭池を渡って釣殿の上を吹き抜けて行った。 いつの間にか、もう夏は過ぎ、秋がやってきたのだ。 こうやって、日は過ぎ、旬は巡る。人の想いも知らぬげに、飛ぶように速く。 ふいに、庭先の草葎(くさむら)の中から、今年最初の虫の音が聞こえてきた。 それは、涼やかな声で、能季に問い掛ける。 虫であろうと人であろうと、その一生の儚(はかな)さには変わりはない。その短い生を、お前は一体どう生き抜いていくのか。 姿の見えない秋虫の問いに、能季はいつまでも耳を傾けていた。 (了) ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
漸く完結しましたね。
ちょっと後味が悪い結末となりましたが、人の業や欲次第で鬼となるというメッセージに考えさせられました。 (2016年09月14日 12時40分14秒)
千菊丸2151さん
だらだら更新に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!!!! いつもコメントをくださって、とてもうれしかったです(*^_^*) まだボツ原稿はたくさんありますので(号泣)、よろしかったらまた遊びに来てください(@^^)/~~~ (2016年10月05日 16時58分10秒) |