カテゴリ:観念重視から事実重視への転換
昨日の続きを書いてみたい。
「かくあるべし」の弊害が分かったからといっても、その呪縛から解放されることはないだろう。 それは大脳の前頭前野が発達した人間の宿命であると思う。 また生まれて今まで、「かくあるべし」教育を受け続けてきているので、いかんともしがたい。 つい気を抜いた生活をしていると、事実や現状を見て、批判、否定、悲観的になるのである。 現在のことに不平不満を抱いたり、過去のことを後悔し、将来のことに取越し苦労してしまうのである。 自己信頼感や自己肯定感が持てなくなってしまうのである。 他人とは常に対立的となり、専守防衛一辺倒に陥ってしまう。 だから、「かくあるべし」のない世界を求めることはとても困難である。 ここで肝心なことは、その状態が私たち人間の偽らざる実態なのだと「自覚」しておくことが大切だと思う。自覚していれば、上から下目線で事実や現実を批判、否定、悲観したときに、「ああ、またかくあるべし思考に陥っている」と気づくことができると思う。 ネガティブ思考、マイナス思考、現実否定、存在否定、自己嫌悪、自己否定、他人否定に陥っていればすぐに気づくことができる。 自覚がないと、「かくあるべし」思考にどんどん流されてしまう。 そして、次から次へとネガティブな感情をおびき寄せてしまう。行動も後ろ向きとなる。 生きている意味を見出せなくなってしまうのである。残念な人生で終わってしまうのだ。 その悪循環に陥っていることに気づくことができる人は、その状態を客観化する作業に進むことが大切である。これは「かくあるべし」で自分や他人をコントロールしようとしている状態を、一歩引いた状態で眺めてみるということだ。ここでは是非善悪の価値判断をするのではない。 「かくあるべし」という思考パターンに陥っている状態を、第三者的な視点で価値評価しないで分析するということである。客観化するといってもよいだろう。 私はネガティブで否定的、悲観的な考えが湧き起こってきた時は、自分自身に対して次のような言葉をかけている。 「今、事実や現実を上から下目線でみていませんか。批判、否定、悲観的になっていませんか」 ほとんどの場合、「そうです。あなたのおっしゃるとおりになっています」となります。 この段階にくると、やっと「事実に立脚した考え方や行動」の方に注意や意識が向いてくるのです。 事実を価値批判なしによく観察しよう。どんなに意に沿わなくても事実を認めてしまおう。 最終的には事実を受け入れよう。自分は自分の最大の味方になろう。 相手がいれば共感と受容の気持ちを持とう。相手の話をまずはしっかりと聞こう。 相手の立場に立って考えてみよう。相手と共存共栄の関係を築いていこう。 これは森田理論でいう「あるがまま」「事実本位」の態度ですね。 いつも理想通りになることはありませんが、方針がしっかりしていると、横道にそれてもすぐに原点回帰できます。事実に立脚した生き方を目指している方に、このやり方をお勧めしたいと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.05.17 07:31:45
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