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森田理論学習のすすめ

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私の森田理論との出会い

2019.08.26
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メキシコオリンピックで1500mでケニア人初の金メダルを獲得した選手がいた。
キブチョゲ・ケノイ選手である。

この選手はそれまでのレースでは、最終400mでいつも激痛を感じていた。
いいところまで行くのだが最後に抜かされてしまうのだ。

ルー・タイスという人に相談しました。
ルー・タイスは彼に聞きました。
「レースのポイントに差しかかったとき、何を考えているのか?」
彼は、「あと400mも走らなければいけないと考えます」と言いました。
「では走るのを止めたらどうだね」
「そんなのバカげています。走るのを止めたらレースに負けてしまうじゃありませんか」
彼は怒りました。そしてむきになって言いました。

「僕が何のために走っていると思っているんですか。
オリンピックで勝てたら、牛がもらえるからです。
ぼくの国では、それでずいぶんお金持ちになれるんです。
家族は、ぼくをアメリカの大学に送るために、自分たちの生活を犠牲にしてきた。
だから、家族のためにも、国のためにも、絶対に金メダルを獲りたいのです。」

これは森田理論でいうと「かくあるべし」の考え方です。
オリンピックで何が何でも優勝しなければならない。
もし優勝できなければ家族にも、国にも顔向けできなくなる。
失意のうちにケニアに帰ることだけは絶対に避けなければならない。
そういったプレッシャが、彼に重くのしかかっていたのです。

ルー・タイスコーチは言いました。
「君は無理して走る必要はない。レースを走りきる必要もない。いつだって走るのを止めてもいいのだよ。それでも走りたいのか」

彼ははっとして次のように言いました。
「僕は小さいときから走るのが得意で、とにかく走ることが大好きなんです。
走るのを止めてしまったら、ぼくがぼくでなくなってしまいます。
走ることだったらどんなつらい練習でも苦にならないんです。
そしてどんな強い選手にも勝ちたいと思っています。
そうだ、ぼくの夢はオリンピックに出場して優勝したいんだ。」

「よく分かった。じゃ、そのことに気持ちを集中させなさい。」

ちなみに彼は1500mで金メダルを獲得したほか、5000mでも銀メダルを獲得したそうです。

「かくあるべし」から出発することと、自分の本心の部分から取り組むことは、その後大きな差となって現れるということだと思います。






Last updated  2019.08.26 06:30:10
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2019.06.12
比嘉千賀先生の、できることとできないことについて考えてみたい。
(2018年生活の発見誌4月号より)

まず、できないこと
・自分の感情をコントロールすること
・現実に起こる出来事を思い通りにすること
・他の人の気持ちを思い通りにすること

できること
・自分のできることと、できないことを見極めること
・不快な感情も仕方なく見極めること
・目の前の現実の中で必要なことをしていくこと

私は神経症で苦しんでいたころ、対人恐怖の予期不安から逃げてばかりでした。
その結果、会社で一人で孤立し、寂しみ思いをしました。
一人では何とか生命だけは維持していくことはできるが、人間らしい生き方はできない。
精神交互作用で蟻地獄に落ちたような状態になると、考えることはネガティブなことばかり。
日常生活はどんどん後退していきました。

他人が自分の思い通りに動いてくれないと、すぐに不平不満をぶっつけていました。
その結果、自分に好意的だった人も自分から離れていきました。
話し相手が家族ぐらいしかいなくなりました。
その家族に対しても、わがままのし放題で、険悪の状態でした。
両親、妻、子供にも申し訳ない気持ちで後悔しています。

それを救ってくれたのが森田理論学習とそれを応用した実践でした。
私は比嘉先生と反対のことばかりやっていたようです。
つまり、日常茶飯事や仕事などのやるべきことを軽視して手を抜いていました。
そして対人不安をなくするために、薬物療法、ギャンブル、酒、趣味などに取り組んでいた。
対人恐怖症をなくすることを目的とした行動は、症状を益々強めてしまうということは、後の森田学習の中で学びました。

不安と欲望の単元の学習はまさに目から鱗でした。
不安はそれだけで発生しているのではない。
不安は欲望があるから生まれるものです。
対人不安は、人と仲良くして仲間に受け入れられたい、他人からよい評価を受けたいという欲望の裏返しだということがよく分かりました。
そして不安には欲望が暴走しないための制御の働きを持っていることも分かりました。
自動車で例えれば欲望はアクセル、不安はブレーキ。
どちらもなくてはならない大切なものということがよく分かりました。
対人不安はそれを持ったままでよいので、生の欲望に向かって舵を切りなおしていくこと。
そして不安と欲望がつり合いがとれるまで回復して来れば、神経症は格段に良くなりますという言葉に救われました。

最初は日常茶飯事や仕事を丁寧にすることが、どうして対人恐怖の克服と関係があるのだと反発ばかりしていたのです。このからくりが分かってから、私は変身しました。
雑事、雑仕事に丁寧に取り組むようになったのです。
職場でも丁寧な仕事ぶりが評価され、家族にも喜ばれました。
もっとも最初はなんか頭がおかしくなったと心配されていましたが・・・。
今まで根暗で、わがままいっぱいの人間が変化したのですから、周りは敏感に気づいたのです。

行動面ではまともになり、着々と成果が出てきましたが、対人関係は苦しいままでした。
これは、「かくあるべし」を自分にも他の人へも押し付けているのが原因だということを学びました。
これを本気で認識し始めたのは20年ぐらいたってからでした。それまでは素通りしていました。
いわゆる耳学問で、その必要性を全く理解できなかったのです。
「かくあるべし」の押しつけを徐々に少なくしていって、現実、現状、事実を素直に認めて受け入れるという実践は大変難しい面がありました。学習の中でその方法は幾つも用意されていることに気づきました。純な心、私メッセージ、両面観、事実の観察、感謝探しなどです。
このブログで再三ご紹介している通りです。

不安と欲望のバランスをとりながら生活する。
「かくあるべし」を減らして、事実にしっかりと足をついた生活をしていくこと。
この二つは、森田理論学習の中で私がつかんだ人生の宝物です。
森田で掴んだこの2つの指針を携えて、有終の美を飾るべく人生をかけぬけてゆきたいと考えています。






Last updated  2019.06.12 06:30:11
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2019.01.01

読者のみなさん、新年あけましておめでとうございます。
決意も新たに、新しい年を迎えられたのではないでしょうか。
昨年で平成の時代は幕を閉じ、新たな元号がスタートいたします。
皆様にとりまして、今年一年素晴らしい年となりますように祈念いたします。

さて昨年1年間は大変お世話になりました。
たくさんの励ましの言葉を頂き、何とかほぼ毎日投稿することができました。
昨年は約37万人の方にアクセスいただき、またブログを始めて6年目で100万人アクセスを達成することができましたことは望外の喜びでした。

今年は10年目標の7年目に突入します。
7年目は、神経症克服のためのヒントのみならず、森田療法理論を基礎に置きながら、人間の生き方の問題、人間関係の問題、心や身体の健康の問題、環境問題、子育て・教育の問題、政治・社会の問題など幅広く取り上げてゆきたいと考えています。
瀬戸内海だけで泳いでいた魚がいよいよ太平洋に出ていくような感覚です。
ホップ・ステップ・ジャンプといったところを目指してゆきたいと考えています。
それだけ森田療法理論は、奥が深く包容力があるように感じています。

また私生活では、森田療法理論を存分に活かした生活が定着してきました。
生活の中で森田理論を活用することがとても楽しいのです。
折に触れて、森田理論を応用した、私の生活ぶりを公開していきたいと思っています。
どうか、これからの1年間、宜しくお願い致します。







Last updated  2019.01.01 06:30:07
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2018.10.29
森田理論学習で学んだ私の3つの生き方について考えてみたい。

1 、私は苦しいことからすぐに逃げてしまう。嫌な事はしたくない。億劫な事は極力避けてきた。
不快な気分に翻弄されて、為すべき事からずっと逃げてきた。
そうすると、逃げた瞬間はほんの少しだけ楽になる。
ところがその後、暇を持て余すようになり、後悔ばかりしてきた。
森田理論学習で、不安、不快な気分は自然現象なので、どうすることもできない。
不安や不快な気分は台風と同じなので、台風が来た時の柳の木のように枝を振り乱しているしかない。
そのようにして、台風が通り過ぎるのを待つだけでよいと学んだ。
不安や不快な気分に翻弄されてはいけない。気分本位な生き方をしてはいけない。
気分本位と付き合っていると、後で後悔することがほとんどである。
そんな時は、目の前のなすべき事に注意や意識を向ける。
嫌々仕方なしに手をつけていくと弾みがついてくる。
つまり、不快な気分に覆われていることと、自分がなすべき事は明確に区別することを学んだ。

2 、私には強い「かくあるべし」があった。
その「かくあるべし」で現実、現状、事実をことごとく否定してきた。
自分という1人の人間の中に、現実でのたうちまわっている人間と、もう一方冷徹な目でその現実の自分を非難、否定している自分を抱えて、絶えず葛藤を繰り返していた。
いつも主導権を持っていたのは、自分を非難、否定している自分の方だった。
他人に対しても、完全主義、完璧主義を押し付けて、自分の思い通りに相手をコントロールしようとしてきた。いつも他人とは対立状態に陥り、人間関係がうまくいかないと悩んできた。
森田理論学習で、 「かくあるべし」を少なくして、事実本位の生き方を身に付ける事が、そうした悩みや葛藤を少なくすることを学んだ。そのために「かくあるべし」を自分や他人に押し付けない。
事実をよく観察する。事実に基づいて考える。行動する。純な心や私メッセージの体得をする。
「かくあるべし」は意識して取り組まないと、なかなか少なくすることはできない。
これは一生、私にとって意識して取り組むべき課題であると思う。

3 、私はいつも他人と比較して、自分の物差しで、是非善悪の価値判断をして劣等感に苦しんできた。
私はいつも理想の状態を頭に描いて、自分の物差しで、是非善悪の価値判断をして、自分を否定して生きてきた。
私はいつも昔のよかった時のことを考えて、自分の物差しで、是非善悪の価値判断をして、現実を否定して生きてきた。
森田理論学習で分かった事は、他人と自分、理想と現実、昔と今を比較して、自分の現状を正しく理解することは大切なことである。
自分の置かれた状況や問題点や課題が見えてくるからである。現実や事実がよくわかるようになる。
これは外国に旅行して初めて、日本のよいところや、悪いところがわかるようになるようなものだ。
ところが、私は違いが分かるようになると、すぐに自分のあやふやな物差しを持って、是非善悪の価値判断をしてきた。
その結果、他人と比べて優れたところでは、優越感をを持ち、他人を軽蔑するようになった。
そして、大半は、自分の弱みや欠点を過大視して劣等感で苦しむようになった。
理想とは程遠い自分の姿を見て、自分で自分自身を否定するようになった。
森田理論学習で、自分の物差しは自分勝手な考え方によるものであり、普遍的な価値のあるものではないことがわかった。
その物差しを使って、是非善悪の価値判断をすることは、自分や他人を不幸に陥れることだということがわかった。比較して自分の立ち位置をしっかりと把握する事にとどめる。
それから先の是非善悪の価値判断は、余計なことである。そんな事はやめよう。
自分の立ち位置が把握できれば、そこから一方、目線を上げて行動する。
他人の立ち位置が把握できれば、そっと側によって、相手の立場に立って考えてみよう。
そのように考えるようになった。

以上の3つを森田理論学習によって学び、私の人生の指針にしているのである。






Last updated  2018.10.29 06:30:13
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2018.10.13
私は森田理論学習を30年以上続けてきた。
以前と比べてどのような変化があったかまとめてみた。

1 、体がよく動くようになった。迅速な行動ができるようになった。
興味や関心、好奇心のあるものには、できるだけ手を出せるようになった。

2 、他人と交流することが楽しみになった。
時と場合に応じて、広く浅く、どんどん付き合う人が拡がってきた。

3 、事実本位の生き方が身に付いてきた。
最初に浮かんだ素直な感情から出発すること、私メッセージの応用、他人と意見の相違があるときは話し合って調整することなどが生活習慣となった。
「かくあるべし」と現実のギャップで苦しむことが少なくなった。

4 、小さな日常茶飯事を丁寧に行うことができるようになった。
凡事徹底の実践ができるようになった。

5 、目的本位の行動ができるようになった。夢や目標が持てるようになった。
森田理論学習を継続し、森田理論を生涯にわたって深めること。
老人ホームの慰問活動を続けていくこと。

6 、世の中の出来事、その他様々な問題に対して、森田療法理論を使って、よく分析できるようになった。自己内省力がプラスに発揮できるようになった。
人間の生き方、人間関係、子育て、政治問題、資本主義の問題点、社会の在り方、自然との共生、環境問題などである。

7 、対人恐怖症の苦しみはあるが、悩みはほぼなくなった。
人の思惑が気になるという性格は、他人を思いやる性格として捉え直し、プラスに生かすことができるようになった。対人恐怖はなくならないが、それにいつまでも振り回されることがない。

8 、森田療法理論学習は、神経質性格を持った人にとって、生き方の指針となるものであることが分かった。
この指針なしで、人生を乗り切ることは、GPSや羅針盤を持たずに、太平洋の荒波に飛び込むようなものであるという考えに至った。

森田理論でどうしても身に付けることはできなかったものは、人を統率し、リーダーシップのとれる人間になることだった。これはそういう特性を持った人に譲るしかないようだ。
神経質性格を持った人は、NO.2の立場に立った時、その能力をいかんなく発揮できるような気がする。
神経質性格のよい点を評価して、いかんなく発揮して生きていくことがより重要であると思う。






Last updated  2018.10.13 06:30:08
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2018.05.20

アメリカのノーマン・カズンズ氏は 50歳の時に膠原病にかかりました。
最初は発熱と体の激しい痛みに悩まされます。
そして1週間もたたないうちに、首・腕・手・指がうまく動かせなくなりました。
主治医は、強直性脊椎炎との診断を下しました。
これは、膠原病の1種で、 500人に1人しか治らないと言われる難しい病気です。
なお膠原病は、自分の免疫細胞が暴走して、細菌やガン細胞などの異物だけではなく、健全な細胞をも攻撃する自己免疫疾患と呼ばれています。その代表的なものはリウマチです。
膠原病にかかった彼は、以前に読んだことのある、ハンス・セリエ博士の著書「生命のストレス」を思い出しました。
セリエの説は、不快な気持ち、マイナスの感情を抱く事は心身ともに悪影響を及ぼすというものでした。
ではその逆をいけばどうなるんだろうとカズンズ氏は考えました。
プラスの感情、快適な気持ちを持つことは、心身に良い影響を及ぼすのではないか。
今でこそ、このような考えは精神免疫学として確立されていますが、彼はそのことに直感的に気がついたのです。
そして、プラスの感情、快適な気持ちを得るために役立つ「笑いの効用」に着目したのです。
彼は早速、病室に映写機を持ち込み、滑稽な映画を観ることに専念しました。
その効果はテキメンだった。 「ありがたいことに、 10分間は腹を抱えて笑うと、少なくとも2時間は痛みを感じることなく眠ることができる。笑いの鎮静効果が薄らいでくると、また映写機のスイッチを入れたが、それでもう一度、しばらく痛みを感じることなく過ごせることが多かった」

さらに彼は別の実験も行っている。
膠原病やリウマチ、貧血、腎臓の病気などでは血沈が早く沈降します。
これは赤血球沈降速度の略で、試験管にとった血液中の赤血球が何ミリ下がるかを測るものです。
彼は、ゆかいな小話を聞いた前と後では血沈がどう変化するかを比較しています。
そして、お笑いの後では、 「いつも少なくとも5ポイントは改善した。この数字自体は大きくはないが、改善は持続的であり、累積的であった」と述べています。

やがて難病を克服して彼はジャーナリストという仕事に復帰することができました。
彼は、 「生きようとする気持ちは薬のように体に効果をもたらす」 「笑いは、積極的・肯定的な気持ち、生への意欲を持つということのひとつの象徴と考えたい。そして、笑うだけでよいというのではなく、理解ある医師の協力があってはじめて力が発揮される」 「愛と笑いと、希望と、信頼と、生への意欲、それらを尊重し、実践しなければならない」と述べています。
(笑いの健康学 笑いが免疫力を高める 伊丹仁朗 三省堂 110頁より引用)

病気になって、投げやりになり悲嘆にくれて、ネガティブで悲観的な入院生活を送る人は、免疫力も落ちてきます。
入院していても、ダジャレを飛ばしたり、ユーモア小話や川柳を作ったり、楽しいことをいろいろと思いついて手足を出している人は、免疫力が急激に落ちることがなく、自然治癒力が増加して病気は快方に向かうことがあります。免疫をつかさどる白血球が適度のバランスでその役割を発揮します。
森田理論では心身同一論といわれますが、このように精神と身体は切っても切り離せない関係にあるということを忘れてはなりません。そういう意味では、心理療法や精神療法を取り入れないガンや難病治療は片手落ちというしかありません。







Last updated  2018.05.20 06:30:07
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2018.03.14
生活の発見会の大先輩に、玉野井幹雄さんという方がおられる。
この方は亡くなられる前に、 「いかにして神経症を克服するか」 「いかにして悩みを解決するか」という2冊の本を自費出版された。そして、希望者には無償で配布された。
遺言のような形で、この本を神経症で悩んでいる人のために残されたのだと思う。

その中に次のように書かれている。
持って生まれた素質に反抗したり、それを変えようとする努力は一切無駄なことであり、早くそういった「はからい」ごとから足を洗って、与えられた素質の長所を生かすべく努力するようになれば、楽に生きられますし、それが人生を楽しくする秘訣でもあります。そういう私は、長い間自分の素質に反抗してきましたので、それまでの人生はあまり楽ではなかったように思います。

私が森田理論を知ったのは23歳の頃です。
その後の病歴としては、胃腸神経症で3年、対人恐怖症で30年、うつ病で10年間苦しみましたので、合計すると47年近く症状と格闘したことになります。
現在では、それらの症状からすっかり開放されて幸せに生きています。
「生きている」と言うよりも、 「生かされている」と言った方がぴったりしますが、だからといって別に社会的な地位や名誉があるわけではありません。
ただ、主観的に自分でそう感じているというまでのことであります。
現在の幸福は得られたのは、 「神経症」や「うつ病」のおかげであると思っています。
それらのものに感謝しているのであります。私が「神経症」や「うつ病」にならなかったら、恐らく今の幸せは得られなかったであろうことが確信を持って言えるのであります。
それは、今の幸せが、過去の苦しみや悲しみを埋めて、なおも余りあるものであると思っているからであります。それを教えてくれたのがほかならぬ森田理論であったわけです。
(いかにして悩みを解決するか 玉野井幹雄 自費出版 40頁より要旨引用)

私も対人恐怖症という神経症を発症したのは、中学生の頃です。
中学や高校の頃は友達がいなかった。
大学を卒業して、農業関係の大手出版社に入った。雑誌の記者として、全国を飛び回るような仕事がしたかったが、訪問営業の仕事に回されて、症状のために挫折した。
次に京都に本社がある繊維業界の会社に就職した。ここでは窓口営業の仕事であった。
そのうち中間管理職になり、対人恐怖症がもろに出てきて苦しかった。その頃から生活の発見会に入会し、集談会の人たちに助けられながら、何とか定年近くにまで仕事を続けることができた。

こうしてみると、私の一生は、対人恐怖症で苦しむために生まれてきたようなものだった。
「症状を抱えたままに、なすべきをなす」という教えのもとに、なんとか頑張ってきたが、他人の叱責や批判が怖い。予期不安や予期恐怖が消えることはなかった。
毎日雨降りが続いているような重い気分であった。
しかしそういう口では言い表せない症状を持っていたおかげで、森田理論に出会うことができたのである。神様は自分で解決できない試練は与えないと言われる。
神様は私に神経症を克服することを人生の課題として与えてくれているのではないかと思うようになった。神経症を克服した後は、神経質性格を活かした生き方を模索するという課題も与えてくださっているように思う。末広がりという言葉があるが、幼少、青年期、成人期は苦しみのどん底であっても、老年期になって、 「まあまあの人生だった」と言えるようになればそれで十分ではないかと思う。
それは30代からずっと森田理論とその学習仲間とかかわってきたおかげである。
図らずも、偉大な大先輩である玉野井幹雄さんと同じ心境に至っているのである。






Last updated  2018.03.14 06:48:48
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2016.09.14
先日の集談会で私の神経症との格闘について発表した。

私は会社の中での人間関係が悪くなって、藁をつかむ思いで集談会に参加し始めた。
早速先輩方のアドバイスに従って、実践課題から取り組んだ。
次にそれを発展させて気づいたことをすぐにメモするようにした。
小さな実践を丁寧にすることに取り組んだ。

集談会では図書係をはじめとして与えられた役割を懸命にこなしていった。
そのうち代表幹事、支部委員等も引き受けるようになった。
当時私の参加していた集談会では毎年一泊学習会、野外学習会、集談会以外のレクリェーション、暑気払いや忘年会、新年会などの懇親会も盛んに行われていた。
それらの企画や実施に携わってきた。
特に一泊学習会の企画や実施はとても大きな経験だった。
自分なりに神経質性格を活かして周到に準備すれば、みんなに喜んでもらえるようなイベントを開催できるという自信が出てきた。

次第に会社でも仕事がうまく回転し始めた。
次々と仕事の改善ができるようになったのだ。
役職者にも昇進でき、多くの人をまとめていく仕事を任された。
特に会社の移転の際には、責任者として重責も果たすことができた。
それは給料や賞与にも反映された。

ところが対人恐怖で人が恐ろしくて怯えてしまうという症状は全くよくなったとは思えない状態であった。
このような状態で20年が経過していた。
これが森田の限界かなと感じていた。

この段階では森田正馬全集第5巻を読んで、森田先生の生活を真似てみようと思っていた。
特に森田先生はいろんな芸を持っておられて、みんなの前で披露されたりして楽しんでおられた。私も好奇心があることにいろいろと手を出して取り組んでみた。
確かに意識が外向きになるので没頭しているときは症状を忘れることはできた。
でも症状を治すことを目的としていたので、依然として対人恐怖はよくならなかった。
苦しいばかりだった。毎日どんよりとした雲が垂れさがっているようで憂うつであった。

そんな時に新版森田理論学習の要点が出た。その時に気づいた。
今まで森田理論では、「不安は横に置いてなすべきをなす」を絶対唯一のものとしてくり組んできた。
それで一時はうまく切り抜けられたが、それだけの取り組みでは不十分であったのではないか。

それまでの私は、他人から重要視されるような人間にならなければならない。
非難される、軽蔑される、馬鹿にされる、無視される、からかわれることは絶対に受け入れることはできないと思っていた。
そういう「かくあるべし」が自分を苦しめていたのだ。
自分が自分を傷つけているのだから始末が悪いということに気づいた。
この気づきは大きかった。
このことは今まで何度も聞いていたが、自分自身で問題や課題を発見できたというのが大きかった。

それからは今の自分の神経質性格、境遇、容姿、能力等弱みを持った人間を受け入れていこうと決めた。
またミスや失敗を人目につかないで隠そうとしてきたが、まな板のコイのような気持ちで隠したり逃げたりしないで仕事に取り組もうと決めた。
今までの習性からその実行は困難を極めたが、方向性だけは見失わないようにと思っていた。
その方向で経験を蓄積していった。

今では森田理論は不安と共存して、生の欲望の発揮を目指していくことが大切であること。
そしてどんなに不快であっても感情の事実を受け入れて、事実に服従する生き方をすれば間違いないのだと思っている。
このような気持ちで残り人生を生きて行ければ、末広がりに納得できる人生を送ることができるだろうと確信が持てるようになった。






Last updated  2016.09.14 07:09:10
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2015.08.25
森田療法の対象になる人は、自分独自の不安にとらわれて、苦しいので取り除こうとやりくりを始める。
そのうち生活が後退してくる。日常生活に支障が出てくる。
それとともに憂うつな気分が強まり、毎日生きていくのがつらい。
最終的には蟻地獄に落ち込んだようになり、抜け道にめどが立たなくなる。
というのが代表的な悩みだと思います。

私はさらに神経質周辺の障害を自分と比較するなどして、分析することが欠かせないように考えています。
その方が自分の現状をより深く認識することができる。
自分の状況がより深く自覚できれば、対策も広がる。

その際私自身が有効だと思うのは、回避性人格障害、自己愛性人格障害、新型うつ病(慢性うつ)、気分変調性障害などである。
人格障害には境界性人格障害、依存性人格障害、強迫性人格障害など他にもいろいろある。
対人恐怖の私のような場合には、回避性人格障害、自己愛性人格障害が特に強いようである。
回避性人格障害は、もともと対人的に予期不安を抱えおり、問題に直面した場合、立ち向かってなんとか打開しようというのではなくすぐに逃げるという行動をとる。
私の場合ほぼ80パーセントぐらいは逃げるのである。
逃げたときは一瞬楽になるが、そのあと後悔の念が続き、自責感で悩むのである。

森田療法の場合は、一般的には逃げるのではなく、その不安を取り除こうとしてやりくりをすると言われる。
私の場合は、不安を解消するためにやりくりすることよりも、逃げる方法を選択してしまうので、極めて消極的な態度なのである。
その点純粋な森田神経症とは違うのではないかと思う。

自己愛性人格障害は、人の気持ちを思いやるという共感の気持ちを持つことができない。
自己中心的で、プライドがとても高い。
人と仲良く付き合いたいという気持ちはそれほど強いわけではない。
それよりも、いつも人から一目置かれて、高評価されることを願っている。
うぬぼれが強いのである。そのために人に役に立つことをするわけでもない。
無条件に受け入れてもらい、ちやほやされることを願っている。
逆に、自分を無視したり、非難したり、拒否したり、否定されることは我慢ができない。
けんかを吹っ掛けたり、近づかないようにする。

新型うつ病(慢性うつ)、気分変調性障害は、対人的に予期不安が続き、いつも憂うつで気が晴れないのである。本来の大うつ病、双極性障害1型の人のような、内因的なうつ症状とは違う。
心因性のうつ状態という面の方が強いのである。
人間関係や適応障害のようなストレスに対応することができなくなって、うつ状態になっているのである。
私はうつ状態でつらいけれども、世間に理解があるうつ病を公言して、会社を休職してしまおうなどということは考えたことはない。
またお酒、趣味、気分転換の方法をいくつか身につけており、大うつ病に発展することは考えづらい。
つまり仕事や対人関係等のストレスが高まるとうつ状態に陥ってしまう。
それはそれでつらい状態である。それで精神科に行って抗不安薬をもらってきて飲んでいたのである。
だからストレスの耐性をつけて、ストレスの解消を進めればうつ状態はかなり軽減されていただろうと思う。
また小さいころから困難な場面から逃避してきたので、社会体験が不足してきた。
ノウハウを身につけないで大人になってきたので、対応方法が全く分からず右往左往しているのである。
私はそういう人間だったのである。これらは森田周辺の学習の中ではっきりしてきた。

ここまで分析ができたところで、どうすればよいのかということである。
回避するという傾向が強いので、少しだけ改善する必要がある。
まず職業選びには注意が必要である。
耐性力がないので、営業等の対人関係がもろに出てくるところはすぐに挫折する。
仕事はすべて対人関係が絡んでいるが、希薄な職業というのはいくらでもある。
職業は確か2万種類ぐらいあるそうだ。その中からこれはと思う職業はきっと見つかるはずだと思う。
好奇心が強いのであるから一人でいろいろと創意工夫して努力できるような仕事を探せばよいのである。
一つのことを10年もコツコツと続けていけばその道の専門性はかなり高まる。
そういう自信になるものを1つでも持っていると人間的に余裕が出てくる。
人から無視されたりしても、それが後ろ盾となってパニックになることは少なくなるのである。

また抑うつ状態はそういう生活の中で出てくるものである。
そのからくりを森田理論学習によって自覚することが極めて重要である。
神経質者が「生まれてきてよかった」と思えるような生き方をしようと思うならば、是非とも森田理論学習をして身につけることが必要である。







Last updated  2015.08.25 07:04:21
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2014.04.12
「一病息災」という言葉があります。

人間は持病が一つぐらいあったほうが、健康に気を配るので長生きができるようになるという意味です。
子供の時おたふくかぜになっておくと大人になってかかることはありません。
抗体ができるからです。ところが大人になって発症する人は重症化します。抗体がないからです。

私はかって痔の手術をしました。また尿道結石。痛風発作を起こしました。
さらに最近は五十肩、帯状疱疹をやりました。
それぞれにつらい症状ではありましたが、そのおかげでその病気の学習をしましたし、何より再発防止策をとれるようになりました。

ところが世の中には元気いっぱいで、医者にはかかったことがない。
生活習慣病検診なんて受診しなくても大丈夫だというような人がいます。
私はどうかと思います。たまにそんな人が倒れてそのまま帰らぬ人となる人がいるからです。

人それぞれの考え方があるので強制はしませんが、私は10年以上乗った車を、少しずつ部品を替えたり、メンテナンスや修理して長く大切に乗るというのが好きです。
そのほうが車に対しても愛着がわいてきます。そうすれば20年以上ももたせることが可能になります。
車も大切にしてくれて喜んでいることでしょう。

神経症になって苦しい思いもたくさんしてきました。
今になって思うと、これがあったおかげで、森田理論に出会い、得難い人たちとの交流が始まり、人生の課題を持つことができるようになりました。
そしてついに人生の処し方について望外の宝物を手にすることができました。
さらに今ではそれを皆さんにおすそ分けするという目標もできました。
神経症よ、ありがとうという気持ちです。

人生で困難な問題、理不尽な出来事というのは、それを乗り越えられるからこそ、自分に降りかかってきたのだと聞きました。
神経症で長く苦しんだというのはまさにそういうことだと思います。
神経症の克服の道は、今や理路整然と確立しております。
安心して生涯学習として取り組んでいただきたいと切に願っております。







Last updated  2014.04.12 17:04:28
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森田生涯@ Re[1]:「純な心」を身につけるために(06/13) ststさんへ おつらい気持ちが伝わってき…
stst@ Re:「純な心」を身につけるために(06/13) 初めまして、強迫性障害で悩んでいた所こ…
森田生涯@ Re[1]:自己否定に苦しんでいる人へ(10/23) どかゆきさんへ コメントありがとうござ…
どかゆき@ Re:自己否定に苦しんでいる人へ(10/23) >自己否定感が強い。 →〇 >こんな自分は…
森田生涯@ Re:日本にとって大切な参院選(07/17) ゆきこさんへ 大変興味深いコメントあり…

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