1333044 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

森田理論学習のすすめ

全96件 (96件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 10 >

生活の発見会・集談会

2019.07.17
XML

先日地元の臨床心理士の講話を聴いた。
その中で印象に残ったことを取りあげてみたい。

傾聴、来談者中心のカウンセリングを受けている人がいる。
そういう人が、物足りなくなって私のもとを訪れる場合がある。
そのカウンセラーが言われるには、信頼関係を作るには大切だがそればかりでは物足りなくなる。
同時にアドバイスをすることも必要である。ただアドバイスにはコツがある。

アドバイスには4つのパターンがある。
1、I am OK   You are OK

2、I am OK   You  are  not  OK

3、I am  not  OK   You  are  OK

4、I am not OK     You are not OK

1の場合は、私は神経質の症状はあっても、素晴らしい人生になりました。
森田で症状を克服できました。
今のあなたも、今は苦しくても、大丈夫ですよ。心配いりません。
あなたも、発見会で学んだ多くの先輩方と同じように素晴らしい人生が展開できますよ。
多くの事例(事実)がそれを証明しています。私たちと、一緒にやりましょう。

2の場合は、私は神経質の症状はあっても、素晴らしい人生になりました。
森田で症状を克服できました。
だから、あなたも、ああしなさい。こうしなさい。ああ考えなさい。こう考えなさい。
なぜやらない?
(できないのは、あなたが未熟でダメだからです。)

3番、4番のパターンは大きな問題があります。

1の場合は、相手の現実を受け入れて、寄り添っています。
現状を踏まえて、どこから一歩目を踏みだして入れるとよいのか、一緒に考えてみましょうという態度です。そのためのヒントをいくつか紹介してあげる。
相手はその中から取り組みやすいものを選択して、実際に行動に移してみる。
その結果が思わしくなければ、また別の提案やアドバイスをして、相手に考えてもらう。
こういう関係がカウンセラーとクライアントの間で繰り返されれば、満足度が高くなります。

2の場合は、私は神経症を克服しました。克服するためのノウハウは持っています。
だからあなたは私の指示通りに実行すればよいのです。
そうすればおのずと神経症は克服することができます。
指示通りやらないと、「本当に神経症を治したいという気持ちがあるんですか」
「真剣に取り組まない人は、何をやらせてもろくなことにはなりませんよ」
これは相手に寄り添っている態度ではありません。
自分の「かくあるべし」を相手に押し付けて、自己満足している態度です。
自分の思い通りの展開にならなくてストレスが溜まりイライラしてしまいます。
相手が本心から納得して取り組んでいるわけではないので、本音では反発心を抱いているわけです。
これでは双方の思いに溝ができて、それがどんどん拡がっていく運命が待っています。

プロ野球では、「名選手、必ずしも名監督・名コーチにあらず」といわれます。
名選手は自分の成功スタイルを新人に教え込めれば、相手は成長するはずだという強い信念を持っているのです。ところがそういう指導法は、意に反して挫折することが多いのです。

相手にいつも寄り添ってよく観察して、自分なりの改善点はいくつか持っている。
でもそれをいきなり相手に押し付けるようなことはしない。
機が熟するのをじっと待っている。
選手が最後に困って聞いてきた時は、その中から改善点をいくつか提案する。
そして選手の取り組みに付き合う。選手と一緒になって考えたり、工夫していく。
その成長を見守っていくという態度です。
少しでも結果が出てくればともに喜ぶ。

私たち先輩会員が森田理論学習を始めたばかりの人に対しても、このような態度で接することが大切になります。ましてや相手の現状から離れて「かくあるべし」を押し付けていては、学習運動は成り立たなくなります。








Last updated  2019.07.17 06:53:46
コメント(2) | コメントを書く
2019.07.16
論語の中に「六十而耳順」(ろくじゅうにしてみみしたがう)という言葉があるそうだ。
60歳になると人のいうことを逆らわずに聞くことができるという意味だそうだ。
人の言うことを、是非善悪の価値判断なしに素直に聞くことができるということだ。
あるいは、先入観や決めつけることなく、謙虚な気持ちで相手の話に耳を傾けることだろう。
これは森田理論の目指しているところと一致している。
そういう人の周りには、自然に他人が集まってくると思う。

自分も60歳を超えているが果たしてそのように変化してきているだろうか。
森田理論学習のおかげで近づいている面もあるが、どうもそうではない面が多い。
死ぬるときまで修業がつつくような感じだ。
これはその方向を目指すことを意識していないと、すぐに挫折してしまうのではないかと思う。
またすぐに後戻りしてしまう。それは「かくあるべし」があまりにも肥大化しているからだ。
放っていても自然にそのような状態になるとは到底思えない。
私の場合は、生涯森田に取り組んで学習を継続する。
1か月に1回は学習会に参加して、1か月間の生活のまとめをする。
それを体験交流の場で発表して、他の人のアドバイスを謙虚に聞くようにしたい。
そういう気持ちを持ち続けて、「耳順」の気持ちを忘れないようにしたい。

私のような高齢者はこれまでの人生の中で、修羅場をくぐって様々なことを経験している。
失敗や後悔していることも多い。それらを乗り越えたり、抱えたまま現在に至っている。
そういう話は、これから人生の荒波に向かって舟を漕ぎ出していく人にとっては参考になることが多い。
人生の最終章にあたって、それらの対応方法を若い人たちに伝えていくことは大切だと思う。
これは私たち高齢者のできることであり、使命であると思う。

そのためには、前提として「耳順」(じじゅん)の態度が欠かせないと思う。
いつまでも自分の「かくあるべし」を相手に押し付けているのでは、煙たがられるばかりだ。
他人が近くに寄ってこなくなれば、いくら役に立つものを持っていても、宝の持ち腐れになるばかりである。そのうち何もすることがなくなり、無為な人生で幕引きになってしまう。

私は中学生のころから対人恐怖症でのたうち回ってきた。
その間37歳の時に森田療法と自助組織に出合い、森田理論学習と学習仲間との交流を続けてきた。
そのおかげでほぼ定年まで仕事を続けることができた。
森田理論の神髄も理解できるようになった。神経質性格の活かし方も分かった。
不安と欲望の関係もよく分かった。「かくあるべし」の弊害と事実に立脚した生き方も理解できた。
理解しただけではなく、生の欲望に沿った実践や応用もできるようになった。
これらのことは残された人生の中で、神経症で苦しんでいる人や対人恐怖で苦しんでいる人たちに伝えていきたい。そして多くの人に楽な人生に転換してもらいたい。
そのためには「耳順」の態度を忘れないように自分に言い聞かせたい。






Last updated  2019.07.16 06:30:09
コメント(0) | コメントを書く
2019.06.29
相手の話を「きく」ということに3種類あるという。
自然に耳に入ってくる「聞く」、相手に問う「訊く」、そして相手の心に寄り添いながら、相手の言葉に耳を傾ける「聴く」である。
カウンセリングや森田理論学習の場では、「聴く」という態度が欠かせない。
集談会での体験交流の場では、盛んに「傾聴」を意識するようにと言われる。
これはカウンセリングの技法の一つである。

そのためには、相手にどんどんしゃべってもらうようにする。
人と会話するときに50%対50%の割合でしゃべっていると、相手からすると、「今日は相手ばかりしゃべっていた」と感じるという。不満やストレスを感じるようになるのだ。
これを70%相手にしゃべらせて、自分は30%に抑えるように意識する。
すると、相手は今日は自分の話をよく聴いてもらえたと満足する。
あるいは、「今日はお互いによく語り合った」と納得するのだ。

会話するときに気を付けたいことは、自分の「かくあるべし」を相手に押し付けないことだ。
断定的、指示、命令な発言は避けることだ。
自分の場合はこうだったと体験を話してあげる。
また相手の話を、安易に是非善悪の価値判断をしないで聴くということだ。
裁判官のように自分のことを裁かれるのは、自分が否定されるように感じることがある。
相手の考え方、現実や現状を正確に把握するという気持ちで聴くようにするよいと思う。
事実を正しく分かろうとすることに意識を集中することだ。
相手の長所や能力を見つけて誉める、評価することよりも、まずは事実を認めて受け入れることに注力する方がよいと思う。それを一貫して持ち続けるようにする。

そういう姿勢を相手は敏感に感じる。
信頼関係が徐々に形成されると相手に安心感が生まれる。
心の安全基地ができるようなものである。
そこを起点にして、少しずつ人間的な交流の輪を広げていく。
そして世話活動などにも参加していく。
そんな人間関係の中で、無理しないで森田理論学習や森田実践を積み重ねていきたいものです。






Last updated  2019.06.29 06:30:08
コメント(0) | コメントを書く
2019.04.18
生活の発見会の集談会の中に「体験交流」というコーナーがある。
時間的には1時間から2時間ぐらいだと思われる。
体験交流をスムーズに進行することはとても大切である。
これが井戸端会議のようなものになると、初心者にすぐに愛想を尽かされてしまう。
長年参加している人でも、集談会に参加すること自体が苦痛になってくる。

体験交流はだいたい5名前後の小グループに分かれておこなうことが多い。
それは、参加者全員でやると打ち解けて個人的な問題を長々と話すことが困難になるからだと思う。
その点5人ぐらいのグループだとそういう垣根がなくなる。
ここで自分の抱えている問題について赤裸々に話してもらうことになる。
自己紹介で簡単に紹介した内容をより具体的にしゃべってもらうことになる。
そして他の参加者と交流する。相談にのってもらう。あるいはアドバイスなどをもらう。

体験交流はプライベイトな内容を多く含むので、事前にここで話した内容は決して口外しないことを確認しておくことは大切だ。

内容としては、症状に限らず現在悩んでいること、生活していて困っていることなどを話す人もいる。
人間関係、健康問題、介護、ペットとの付き合い、子供の育て方などの話をする人もいる。
最近の生活の中での失敗したことや成功体験を話す人もいる。
それから、森田を応用してその実践内容や結果報告をする人もいる。
あるいは今月の「生活の発見誌」や森田関連図書を読んで気がついたことを発表する人もいる。
今日の理論学習の中で疑問に思ったことを聞いてくる人もいる。
普段森田理論で分からないことをハッキリさせたいと思っている人もいる。

これらはどの話でもよいと思う。
大事なことは一人一人最低一つは話題を用意して体験交流に臨むことである。
何も話すことがなくて、パスする人もいるが実にもったいないことである。
特に幹事や世話人などで何も発言することがないというのは問題であると思う。
そういう人は率先して話す内容を事前に用意して、集談会に参加することが大切である。
家を出る前に、自己紹介の内容と体験交流で発言することは整理しておくことが必須である。
その態度が初心者の人たちによい影響を与える。

もう一つ注意したいことは、これは相互の交流であって、先生が生徒に森田理論を教えるという場ではないということである。そういう人が一人でもいると、体験交流は成り立たない。
というのは、体験交流によって本人の気づきや発見の目をことごとく摘んでしまうからである。
そういう人は、発言をセーブする必要がある。そして傾聴に徹するぐらいでちょうどよい。

あと体験交流は「進行役」の人が必要であると感じている。
「進行役」の人がいないとまとまりがつかない。
とりとめのない世間話が次から次へと出てくることになる。
中には5人の班なのに、2人とか3人のグループに分かれてしまうこともある。
これでは何のために体験交流の時間を設けているのか。
時間つぶしのための話に終始してしまう。
そして集談会の活性化の足を引っ張ることになる。

幹事・世話人が「進行役」になることが多いと思う。
この人たちは、幹事会で役割について、話し合っておくことが大切である。
そしてグループ分けをする場合は、「進行役」になりうる人を最低一人は配置する必要がある。

「進行役」の人は調整役に徹することが大切だ。森田の先生役をすることではない。
「進行役」の人は、大まかな時間配分に気をつけて、全員に発言の機会を与えることが大切となる。
大体一人10分から20分ぐらいの時間配分を心がけていく。
その時間はみんなでその人の話に集中するようにしたいものである。
そして予定時間になれば、次の人に替わって発言してもらうようにする。
基本なことばかりだが、マンネリ化してしまうとつい無視されてしまうので要注意だと思う。






Last updated  2019.04.18 06:30:11
コメント(0) | コメントを書く
2019.03.18
齊藤孝さんの著書に、 「まねる力 模倣こそが創造である」という本がある。
憧れの人を見つけてまねるという見出しで、次のように書いておられる。

ソクラテスは、魅力的であれば、ソクラテスのように対話をしたい、ソクラテスのように自分の頭できちんと考えるようになりたいというような、 「まねしたいという欲望」を青年たちに巻き起こすことができます。大事なのは、この人のマネをしたいと思わせることです。
まねをしたいと思わせる力自体が教育者には必要なものになる。
そうすると、だんだん技のレベルがアップしてくるということですね。

まねだけで終わってしまうのではないかと心配する必要はありません。
というのは、技術的なものは、学んだ側の体に入ってくると、変換を起こして、その人なりのものになってしまうからです。
体の癖、あるいは気質と言ってもよいのですが、誰でもその人なりの体質や体格、考え方の癖があります。まねによって技を取り込んでみれば、自然にアレンジされるのです。
スポーツなどの教室では、グループ全体が同じようなスタイルを学んでいるのに、みんな少しずつ違ってきます。逆に言えば自分に合った人のまねをしていく方が、上達が早い。

これを森田理論学習に当てはめて考えてみましょう。
私は森田先生の「鶯の綱渡り」と言う宴会芸に刺激されて、一人一芸の習得に励んできました。
鶯の綱渡りという宴会芸は、畳の縁を電線に見立てて、鶯がよちよちと歩く様を面白おかしく演じるものです。森田先生は、形外会が終わった後、様々な余興をして楽しまれています。

私はそこに目をつけて、いろいろな宴会芸を習得することにしたのです。
私が取り組んだのは、楽器の演奏、獅子舞、どじょうすくい、浪曲奇術、腹話術などです。
これらの練習をしているときは、神経症の事は忘れています。
老人ホームやイベントでの発表という目標があるので、とてもやりがいがあります。
また、利害関係のない薄くて幅広い人間関係を築くことができました。

私は森田理論学習を一通り終えた後は、生活に森田理論を応用して活用している人見つけることが有効だと思います。
そのためには集談会のプログラムの中に、 「生活森田・応用森田」を付け加えること提案いたします。
1人15分ぐらいずつ時間をとって、自分の普段の生活ぶりや趣味や現在取り組んでいる目標などを語ってもらうのです。
これは、毎回1人ずつ行っていくのもいいですし、まとめて5人ぐらいに行ってもらうのもよいと思います。
一例を挙げますと、家庭菜園の話、料理の話、ペットとの付き合いの話、親戚付き合いの話、家計簿のつけかた、終活の話、掃除の話、楽器演奏の話、旅行の思い出、魚釣りの話、音楽の話、映画の話、健康の話、川柳やユーモア小話の話などです。
とにかく、自分が実際に生活の中に取り入れて実行していること、発表し合うのです。
これに刺激を受けて、他の人が自分も生活の中に取り入れてみよう、挑戦してみようという気持ちが湧いてくればよいと思うのです。つまり真似をするということです。

1つでもそういうものが見つかれば、自分の生活の幅が広がってきます。
そのうち森田的な生活が習慣になっているような「森田の達人」というような人が見つかることがあります。私は集談会の中にそういう人を見つけました。
その人の生活ぶりをよく聞いて、自分の生活の中にもどんどん取り入れていきました。
目の前のことに真剣に取り組んでいく。新しいものが欲しくなったら、今自分が持っているもので代用できないかを考えてみる。等はその人から教わったことです。
まねをすることで、自分の生活も森田的にずいぶん変化してきたように思います。
森田先生の弟子の井上常七さんは、終いには森田先生の猫背まで真似をしていたと言われましたが、それぐらいの気迫で取り組めば自分のものになると思います。






Last updated  2019.03.18 06:30:08
コメント(0) | コメントを書く
2019.02.02
1月号の生活の発見誌に、「神経症の人は中途半端に治ってしまうと、みんな先生になりたがる」というのがあった。これは集談会でよく見かけることである。注意する必要がある。

ある特定の人が、自己紹介や体験交流の時に、自分の神経症の克服体験や森田理論を長々と話される。
悩んでいる人や森田理論が分からない人に、自分が先生になって教えてやろうという態度が顕著な人だ。
自分のとおりにすればあなたの神経症は治すことができます。
森田理論は一言でいえばこんな理論だと自分のつかんだ理論を展開される。
その人には悪気はないのだ。何とか神経症を治すために役に立ちたいという気持ちなのだ。
説明すれば、誰でも分かってくれて、感謝されるはずだという気持ちがあるようだ。
勢いあまって、「どんなに不安が強かろうと、なすべきことに取り組みなさい」「かくあるべしが神経症に陥っている大きな原因だ。純な心の体得が必要だ」などの話を滔々と続けられる。
聞いている人は、上から下目線で話されるので、嫌悪感があり最初から受け入れられないのだ。

その人は素晴らしい体験をして、森田理論もよく勉強されているのだが、伝え方に問題があるようだ。
これでは、相手に評価されるよりも、反対に敬遠されるようになる。
ある程度のレベルに達しているだけに、自己満足だけに終わってしまうのでは、実にもったいないと思う。ではどのようにやり方を変えていけばよいのだろうか。

初めて参加した人は、自分の苦しい胸のうちを聞いてほしいという気持ちが強い。
そこに焦点をあてていくことが、自分の体験や知識が活きていくことにつながる。
相手がどういうことに悩んで生きづらさを抱えているのかをじっくりと聞くことである。
分からない点はさらに説明してもらい、相手のことを分かろうとする態度を続ける。
相手は自分の悩みを真剣に聞いている人がいることでほっとする。
自分の悩みを口にすることで、胸のつかえを吐き出すことができる。
「そういうことで苦しんでおられるのですね。私も同じ対人恐怖症なのでお気持ちは理解できます」
相手のしゃべられたことを反復したり、言葉を変えて返すぐらいの態度で接するのだ。
相手の現状はどんなに否定したくても、非難しないで、そのまま認めて受け入れるようにする。

ここでは性急に先生になってアドバイスなどをしてはならないのだ。
たとえ、自分で答えが分かっていても決して安易に教えてはならない。
相手が自分で答えを見つけるのを、刺激を与えながら、じっと見守っている態度が大事なのだ。
話しているうちに、自分の悩みが整理されて、自分で解決策を見つけることもできることもある。
そして森田的に見て評価できるようなことは、どんな小さなことでも取り上げて評価してあげる。
励まして、力づけてあげる。この繰り返しである。

そして、ある程度の時間の経過があって、それでも今の生きづらさが解決できないときに、相手に合わせて自分の体験を教えてあげるのである。あるいは森田療法理論の話をしてあげるのである。
相手がどうにもならなくて、最後の最後にアドバイスを求めてきた時に、自分の出番が出てくると思うぐらいでちょうどよい。
相手のことが今までの交流からよく分かっていればいるほど、相手にとっては役に立つ。
そのためには、自分も相手にどんな話をすれば効き目があるのか、普段からシュミレーションしておくことだ。こんな風に話しをすれば、相手の心に届くのではないか、ああでもない、こうでもないと考えることだ。

基本的に我々の学習会に先生は必要ない。でも刺激を与え続ける仲間は不可欠である。
その活動が双方を人間的に成長させるのだ。






Last updated  2019.02.02 14:53:07
コメント(0) | コメントを書く
2018.10.01

私は神経質性格者にとって、森田理論学習はとても大切なものだと思う。
生涯学習として取り組んでいけば、素晴らしい人生は約束されたようなものである。
私は日本の人口は約1億2,000万人であるから、少なくとも神経質性格者は1,500万人から2,000万人はおられるのではないかと推測している。
その根拠は、森田先生が人間の性格を7種類に分類されておられることにある。
その性格のために、小さなことにとらわれて生きづらさを感じている人が相当数おられると思う。
それを極力少なく見積もって、 10%とすると、 150万人から200万人は、すぐにでも森田理論学習に取り組んで欲しい人である。必ず自分の人生にプラスになると思う。

そのためには、森田理論はきちんと理論化されているので、自助組織に参加し、相互学習として学んだ方がよいと思う。これは1人ではなかなか難しい。また、継続することが困難だ。
自助組織に参加していると、森田理論を正しく理解することができる。
何よりも森田理論を活かしている人の貴重な体験談を聞くことができる。
その恩恵ははかりしれないのである。

以上の点から考えると、自助組織としては、少なくとも 10万規模のキャパシティーがあると考えている。少なくとも1万人から3万人規模の学習団体になる要素を、森田理論自体が含有していると考えています。現在日本最大の森田の自助組織でも2000人規模である。
私の考える理想的な人数と現実には大きなギャップがある。

今日はそのことについて考えてみたい。
森田の自助組織が拡大していかない大きな原因は、50代以下の人たちに支持されていないことにある。
それでは、そういう人たちに不安や悩みがないのであろうか。そんなことはことはない。
私は現在60代だが、私が若い頃よりはもっと生きづらい時代になっていると思う。
まず、仕事が安定しない。パートや派遣の仕事に就いている方が多く、収入も減少している。
社会保障制度も十分ではない。そのため、結婚もままならない。
仕事は能力主義、成果主義でノルマがきつすぎる。
人間関係も希薄になり、人間同士のつながりが持てない。
経済は横ばいが続いており、将来に明るい希望が持てない。
高度経済成長時代と違い、頑張ればなんとかなる時代ではないのだ。
うつや精神疾患で苦しんでいる人はとても多いのである。

そういう人たちに対して、今のところ薬物療法、認知行動療法を始めとする精神療法が受け皿となっている。しかし、それらは対症療法であり、根本的な治療法ではない。
最終的には生きづらさに真正面から取り組んでいる森田療法理論の学習に入ってこないと、残念な人生で終わってしまうのが目に見えていると思う。

そういう受け皿としての森田の自助組織の責任は極めて重い。
どこに問題があり、どう乗り越えていくべきなのだろうか。
わくわくして、集談会に参加することが待ち遠しい。集談会は自分を成長させてくれる。
生き方の指針を教えてくれる。温かい人間関係に身を置いて安心感がもてる。
このような希望の持てる自助組織を作り上げていく必要がある。
最近の学習会は、金太郎飴だと言われている。
全国一律の学習の方法を設立当初から継続している。
裏を返せばマンネリ化しているということである。
新しい発想が生まれなくなると、刺激がなくなり、集談会の魅力は急になくなってくる。
すると、参加することが苦痛になるのだ。以前の学習会は、活気があった。
体験発表も多くの人が取り組んでいた。
レクリエーションや野外学習会、 1泊学習会、懇親会なども盛んに行われていた。
現在の参加者は少なくなってくるとともに、そうした活動は次第に姿を消し、形だけの学習会は細々と続けられている。ミニ体験発表、生活森田・応用森田ぐらいは、ぜひとも集談会のプログラムに取り入れたいものだが、それさえもままにならない。

それから、新しい人が定着しないのは、信頼関係が形成されていないのに、やたらアドバイスをされる。森田理論を押し付けられるという意見を聞く。当然、信頼関係の形成は大事である。
受容と共感、傾聴は、学習仲間として必要不可欠である。
しかし、その上で、今現在悩みや葛藤を抱えている人に対しては、適切なアドバイスをすることは、もっと大事な事である。
悩みを葛藤を抱えている人が、適切なアドバイスをしてもらえないと会に参加する意味が薄れる。
やたらアドバイスや森田理論を押し付けられるというのは、悩みや葛藤を抱えている人を理解していないことからくると思う。
相手の立場が十分に理解できれば、適切なアドバイスができ、相手から感謝されることになると思う。
私たちは先輩会員として、適切なアドバイスができるように森田理論を深めていく必要があるのだと思う。そういうことが行われないと、傷を舐めあうだけの烏合の衆の集まりになると思うのだが、いかがであろうか。







Last updated  2018.10.01 06:30:12
コメント(0) | コメントを書く
2018.08.28
王貞治さんは、巨人に入団して3年経った頃、今までのやり方でいいいのか、自分の力はプロで通用するのか分からなくなり悩んでいたという。そんな時、荒川さんが巨人のコーチとして入団された。
王さんは荒川コーチのもとで、プロとしてのバッティングや野球についての基礎を教わったのです。
荒川コーチと二人三脚で、 1本足打法を完成させ、世界のホームラン王と呼ばれるようになったのです。
荒川コーチとの出会いがなければ、自分の才能は開花しなかったであろうと言われています。
そういう意味では荒川コーチは、コーチと言うよりは、自分の将来を決定づける偉大な師匠であったといえるでしょう。

私は30年以上森田理論学習に取り組んできて、森田の場合にも、師匠の存在は不可欠であると思う。
神経質性格を持ち、神経症でのたうちまわっていた私を導いてくれた師匠との存在なくして今はない。
今考えると私の師匠は2人いた。 1人は森田正馬先生である。
もう1人は集談会で見つけたある先輩会員である。
2人の人が夜道を明るく照らして、人生の進むべき方向を差し示してくれたのである。

森田先生に実際に会った事はない。
しかし、残された数多くの著作に接するうちに師匠として尊敬するようになった。
まず神経症の発生するメカニズムを明快に説明してくださった。
そして、神経症が治るとはどういうことか。
神経質性格の活かし方、欲望と不安の関係。
生の欲望の発揮の仕方、 「かくあるべし」の弊害、事実本位の生き方。
などなど的確に私の疑問を解決してくださった。
森田先生の著作による指導なくして今の私は存在しないと思っている。

集談会の中で見つけた師匠は、森田理論そのものについてもより深く掘り下げて研究されていた。
それよりももっと特質すべき事は、ご自分の経験から、森田を実際に生活面に応用した具体例について色々と話してくださったことである。このブログでその一端は数多く紹介した。
それらは私の生活に取り入れようと思えばいくらでも取り入れられることであった。
その方は、森田理論の中でも、 「ものそのものになりきる」 「物の性を尽くす」について、とことん研究され、自分の生活の中に縦横無尽に応用されていた。

私は、その人を見ていて、森田理論の応用は、つまみ食い的に取り組むやり方はダメだと確信した。
富士登山には5つの登山口がある。所要時間はそれぞれに異なるが、どの道を進んだとしても、富士山頂に到達できるのはいっしょのことである。
大事なのは、「この道しか我の進む道はない」と覚悟を決めて、 1つか2つの事を極めていくやり方が有効なのであった。
そういう意味では私は、森田先生のウグイスの谷渡りという宴会芸からヒントを得て 「一人一芸」に活路を見出し、 ひとすじに打ち込んできた。
すると、老人ホームなどで多くの人に喜んでもらい、あれほど対人恐怖で苦しんでいたのに、多くの演技仲間と楽しく交流することができるようになった。
今では人生の中では、広く浅い人間関係を構築することがとても大事なのだということが実感できるようになった。

さて、王貞治さんはこんなことも言われている。
子供には第一反抗期、第二反抗期がある。この反抗期を経ないと立派な大人にはなれない。
これはどういう事かと言うと、いつまでも師匠の言うことばかりにこだわっていては成長はないということである。「守・離・破」という言葉がある。
「守」とはまさに素直に師匠に教えを乞う時期である。
「離」とは師匠の教えを身につけ、師匠から離れる時期である。子供で言えば反抗期である。
自我が出てくる。師匠の教えに疑問も出てくる。だからこの時期は師匠から少し距離を置く時期である。
この時期があることが、次につながるのである。
「破」とは、今までの経験を踏まえて、自分独自の森田理論を切り開いていく時期である。
今までは、師匠に見守られて、内海の中だけで船を航行していたが、いよいよ外洋航海に出る時である。
怒涛逆巻く太平洋に向かって、自力で挑戦する時期が「破」の段階である。
森田療法理論では、神経症を治す段階から、人生観を確立する段階に進む。
さらに森田療法理論の考え方を基礎におきながら、政治や経済、人類の将来、文明論、環境汚染、人間の生き方などに発展していくのが自然の流れであると思う。
そういう意味で、森田療法理論は無限の可能性への発展を秘めているのである。






Last updated  2018.08.28 06:52:15
コメント(0) | コメントを書く
2018.07.24

​​​森田療法、森田理論は誤解を受けやすい言葉である。
それは、個人の名前がついているからである。
森田先生自身は、 1919年に開発された神経症克服の理論を、自覚療法、自然療法、特殊療法などと言われていた。のちに高良武久先生が森田療法と名付けられたのである。
個人の名前を付けずに、もっと分かりやすい言葉はなかったのかと思う。
しかし長らく「森田」という言葉が使われてきたので、この言葉を外すと何を目的にしているのかかえって分かりにくくしている。

この療法は、神経質性格を持った人の療法である。
心配性である、強い生の欲望を持っている、自己内省が強い、執着性が強いなどの性格特徴を持った人を対象としている。目指すところは、わかりきったことだがまず神経症に陥った人を治す。
森田先生の入院治療はほぼこの目的に限られていた。
現在は薬物療法や他の精神療法に押されて、その比率はどんどん下がってきた。
しかし全くなくなったわけではない。治療の面では現在外来森田療法が主流となっている。
森田が脚光を浴びているのは、心配性でちょっとしたことにこだわりやすい人たちに対して、心の健康法と人生哲学に対して明確な方向性を示していることであると思う。
現在ではこの役割の方が、はるかに重要だと考えていますが如何でしょうか。

このような森田適用の対象者と目的に対して、一般市民の人に対して分かりやすい適切な言葉はないものだろうか。
キーワードとしては、仲間、学習、体験交流、心配性、取り越し苦労、メンタルヘルス、生きづらさ、心の健康法、人生哲学の習得などであろうか。
長谷川洋三氏の著書の中に「森田式精神健康法」があった。
この本は、キャッチフレーズとしては魅力的であった。
森田理論を学習すれば、心が健康になるというイメージを持つことができる。

医療としては森田療法で構わないが、我々のように森田療法理論を学習して、生きづらさを解消し、確固たる人生の指針を得たいと思っている人は、別の言葉に置き換えた方がよさそうである。
例えば、「森田心の健康実践会」「メンタルヘルス森田理論学習交流会」「森田生きがい療法の会」「森田生き生き療法の会」「森田理論学習実践会」「森田理論学習交流会」「森田生涯学習研究会」などである。
もちろん名称の前にNPO法人は欠かせない。
今すぐに適当な言葉が浮かばないが、みんなで知恵を出し合えば、これというものが出てくるのではないか。誰が見ても短くて分かりやすい、親しみやすものがよいと思う。

 次に、森田療法理論を学習し、体験交流の自助組織としてNPO法人生活の発見会がある。
心の健康に関しては、日本最大級の自助組織である。
しかしこれも対外的には誤解を受けやすい名称である。
公開講演会などを企画して後援申請に行くと役所などで詳しい説明を求められることがある。
手際よく説明しないとすぐに怪しまれる。
生活改善を目指している会か、日常生活の工夫を幅広く収集している会か、生活の知恵や発明の情報を共有している会か、あるいは耳障りのよい新興宗教の集まりではないのかといわれることがある。
私は集談会の会場の入り口に案内板に次のように書く。
NPO法人生活の発見会 ○○集談会 (森田療法理論の学習と体験交流の会)
ここまで書かないと、何を目的としている会か分かってもらえないのである。
このような注釈をわざわざ記載しなければならない名称というのは如何なものかと思う。
我々は使い慣れているので、違和感はないのだが、世間一般の人はそうではないのである。​​​







Last updated  2018.07.24 09:13:59
コメント(0) | コメントを書く
2018.07.16
私は来年2月10日に、「心の健康セミナー」を企画していることはすでに投稿した。
現在はほぼ一人で準備を進めている。途中経過をまとめてみたい。
実施会場、講師、体験発表者、司会者、開会挨拶者、閉会挨拶者は決まった。
立派なチラシも作成した。地元の新聞社、市役所、市教育委員会の後援もいただいた。
心の健康セミナー開催にあたっては、市の後援は必須であることが分かった。
区民文化センター、市の図書館、市立病院、保健所、健康福祉施設、公民館などは「市の後援をいただいている講演会です」と伝えれば審査なしでチラシを置いてもらえることが分かったのである。
当日の役割分担表、勧誘目標数値の設定、講師の著作の研究、開会挨拶のパワーポイントの作成、気運を盛り上げるための集談会での10分間レクチャーの作成、受付で配布する集談会の紹介チラシの作成、アンケートの作成、講師や体験発表者に対する質問票の作成、タイムテーブルの作成、スタッフの名札の作成、受付名簿の作成、当日配布するプログラム表の作成、体験発表者の研究、会場の下見、プロジェクターの動作確認などがすでに終わった。
これらは森田理論学習によって、気のついたことを早くからどんどん処理していく体質が身についているからお手のものである。

今後は8月になってから、チラシとポスターの作製。会計の仕事。受付での配布物の準備。
打ち上げ会場の決定と交渉。その他にこまごまとした雑多な事務作業がたくさんある。
手ぬかりなく進めてゆきたい。

11月からは本格的に80名の動員に向けて、勧誘活動を開始する。
それまでの準備作業が成否を決するという意気込みで取り組んでみたい。
動員目標は集談会関係約30名、講師、体験発表者のつながり関係10名から20名、難病やガンの自助組織約10名、チラシ配布、マスコミ、病院関係約10名から20名、家族・知人関係約10名とした。
集談会関係は縁遠い人の掘り起こしと近隣集談会への協力依頼。
講師・体験発表者は貴重な組織や仲間を持っておられるので協力依頼したい。
またガンや難病の自助組織はいろいろと存在することが分かったので、慎重に接触を図りたい。
チラシ配布は、市役所、市教育委員会の後援をいただいたので、それをフルに活用した広報を実施したい。
マスコミは新聞社から後援いただいたので、新聞紙面による暮らしやイベントコーナーでの紹介。
その他タウン誌、ミニコミ誌を予定している。
病院関係は精神科、ガン難病などの病院にダイレクトメールを送ることを考えている。
あと財団、発見会、集談会のホームページなどを活用した広報も行う。
チラシは1700部作成するので積極的に活用したい。ポスターを置いて下さるところは持参する。
それでも1か月を切って動員目標に到達しないときは、家族・知人関係をあたる。

生活の発見会や集談会の紹介によって、森田療法や森田理論に一人でも関心を持ってもらいたいものだ。
地道な活動は必ず実を結ぶという信念を持って取り組みたい。
最初はなかなか気が乗らなかったが、今は弾みがついた。発見や工夫が次から次へと浮かぶ。
森田先生が言われるように、迷ったときはイエスといって引き受けるという体験だった。
今は引き受けて貴重な体験ができてほんとうによかったと思っている。






Last updated  2018.07.16 17:39:49
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全96件 (96件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 10 >

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile


森田生涯

Calendar

Comments

森田生涯@ Re[1]:「純な心」を身につけるために(06/13) ststさんへ おつらい気持ちが伝わってき…
stst@ Re:「純な心」を身につけるために(06/13) 初めまして、強迫性障害で悩んでいた所こ…
森田生涯@ Re[1]:自己否定に苦しんでいる人へ(10/23) どかゆきさんへ コメントありがとうござ…
どかゆき@ Re:自己否定に苦しんでいる人へ(10/23) >自己否定感が強い。 →〇 >こんな自分は…
森田生涯@ Re:日本にとって大切な参院選(07/17) ゆきこさんへ 大変興味深いコメントあり…

Category

Archives


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.