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森田理論学習のすすめ

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生の欲望の発揮

2019.09.09
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カテゴリ:生の欲望の発揮
生活の発見誌の8月号に水谷啓二先生が、「純なる生の欲望」について説明されている。
「純なる生の欲望」とは、他人の影響や社会の刺激などによって新たに作りだされた欲望ではなく、自分の内部から自然に発動してくるところの、純粋で本来的な欲望である。

これについて、森田先生は次のように説明されている。
「我々は自動車が欲しい、美人が獲たい、これは欲望ではあるが、純なるものではない。社会のいろいろの境遇に触れて、初めて起こるものである。・・・しかるに今、われわれの心に自然の発動する純な欲望というものは、文化生活におけるいろいろの誘惑の間に立ち、あるいは矛盾、錯誤の多い思想によっては、なかなか容易にこれを認めることができない。すなわち社会から隔離された孤独の境遇に身を置いてみた時、初めて自分自身から自然に発動して来る欲望というものがわかる。それはあたかも宝石が光に遭ってその麗光を放ち、草木が春に遭ってその力を発揮するようなものである」

欲望といえば、物欲、所有欲、性欲、食欲、睡眠欲、金銭欲、名誉欲、出世欲、支配欲、権力欲、独占欲、自己顕示欲、完全欲、生存欲、安全志向欲、向上欲、発展欲、自己実現欲、承認欲、健康欲、知識欲、集団帰属欲などがすぐに思い浮かぶ。実に多くの欲望がうごめいている。
人間には108の煩悩があるといわれるが、欲望の充足に向かって努力精進していくことが我々に課された宿命かもしれない。欲望が生まれてこないと、生きる意欲は湧いてこなくなる。

問題はその中身である。自分のためだけ、今生きている人間だけのため、自分たちの地域のためだけ、自分の会社のためだけ、自国の国益のためだけの欲望を最大限に追及するようなやり方は問題だと思う。
地球の温暖化、オゾン層の破壊、アマゾン川流域の森林破壊、酸性雨、公害、海洋汚染、核兵器開発、武力増強、国益をかけた経済戦争、資源の奪い合い、食料の奪い合いなどは、欲望が暴走しているとしか思えない。欲望の追及にあたっては、他人、他国、自然環境を窮地に追いやることは抑制しなければならない。一時はよい思いをするかもしれないが、長い目で見ると、その反動は必ずやってくる。
最後には自分たちにいつかは惨禍が及ぶはずである。
だから欲望の追及は、他人との共存共栄、自然循環の中での欲望の範囲に抑えるべきである。
他者や自然を自分たちの過度な欲望充足させるために、自由に支配し、コントロールしようとしてはならないのだ。他人や自然からみれば、大変迷惑なことだ。争いが繰り返されることになる。

つぎに自分の欲望の追及が50年先、100年先の子孫たちに安心と繁栄をもたらすものであるかどうかということも考えて行動する必要がある。例えば、原子力の平和利用は手軽で便利だといっても、一旦原発事故が起これば、その土地には50年も100年も住むことはできなくなる。
放射能は出続けるのである。また使用済み核燃料の処理ができない状態で、原発を再稼働させることは将来に問題を先送りしているのである。子孫たちからしてみるとたまったものではないはずだ。
チェルノブイリや福島の人たちが故郷を追いやられた状況をこのまま風化させてよいのだろうか。
仮に帰れたとしても、そこでできた食べ物や魚を喜んで買ってくれる人はいないのである。

プラスチックごみが海洋に散乱して、魚の消化器にはその破片やビニール袋のようなものが入っているという。今の人間の行っていることが、将来発展持続可能なものであるのか、あるいは閉塞状態に追い込むものなのか。そこに焦点を当てて欲望を制御していくことが必要である。

水谷先生や森田先生は、表面的な欲望だけではなく、自分の内部から自然に発動してくる欲望に焦点をあてていく方法性を説明されている。現代社会では、それに加えて不安と欲望の調和をいかに取り持つのかが人間社会に突き付けられている時代であると思う。一刻の猶予もない時代に入っているのである。
森田で学んだことは、社会に向かって発信していく必要があるのではないかと考えている。
森田先生がもし今の時代に生きておられたら、人間の生き方、教育、子育て、人間関係、社会の在り方、自然との付き合い方などについて提言をされていたに違いない。






Last updated  2019.09.09 06:30:07
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2019.09.07
カテゴリ:生の欲望の発揮
あなたは給料を「我慢の対価」ととらえていないでしょうか。
「我慢して、労働時間を提供して、楽しくないことをして、つらい思いをするからこそ、お金がもらえる」ほとんどの人がそう思って仕事をしているけれども、この常識はおかしくないですか。

仕事は人生の大半を構成している。
だからこういう考え方を持っていると、人生は苦役となる。
本来は「人生を楽しむために仕事がある」のに、「仕事=我慢」「お金=我慢の対価」なっているのは、おかしな話だ。だから納得できる生き方をしようと思うなら、仕事を遊びにすればいいじゃないか。
遊んでいるのか、仕事をしているのか区別できない状態で、皆が幸せにお金を稼げる状態になればいいんじゃないか。(好きなことだけで生きていく 堀江貴文 ポプラ社 要旨引用)

私の現役時代のことを考えてみると、まさに「仕事は我慢の対価」だとと思っていました。
生活のための必要悪と考えていました。
宝くじでも当たれば、仕事なんかやめて、好きなことをして生活をしたい。
仕事は「イヤなことをやらされている」という気持ちが強く、やりがいはありませんでした。
それに対人恐怖症なので、人が恐ろしく、防衛的な付き合いだったので、それが集団生活の足かせになっていました。実にもったいない時間を過ごしてしまいました。
それでも定年近くまで持ったのは、森田に出合い、自助グループの温かい人間関係があったからです。
それと、仕事以外に、その時々で打ち込める何かを常に持っていたからです。

仕事という言葉は、「目の前のなすべきことに仕える」と書きます。
日常生活の中で、気づき、関心、興味のあるものに、頭で考えて、積極的に手足を出して行動することです。
弾みがついて、創意工夫が次々と生まれてくれば、どんどんモチュベーションは高まってきます。
そこでは「こうしたい」という自分の意志と目的が一致しています。
そしてもう一つ大切なことは、その仕事が何らかの点で、他の人の役に立っているということです。
人の役に立たない仕事は、将来的には成り立たなくなるということになります。
結果として、対価を得て自分の生活をより豊かで楽しいものにしてくれています。
仕事には自分が好きなことに積極的にかかわることができ、それが進歩発展するもの。
そして人様に何らかの貢献をしているものが必要だと思います。
ここでは最初から給料ありきではありません。
このどちらが欠けても、仕事としては片手落ちになります。

こうしてみると、会社勤めの人よりは、比較的自営業の人のほうが本音と建前が一致している場合が多いのかもしれません。指示・命令による強制労働とは無縁だからです。
しかし会社勤めの人も、仕事を遊び感覚で楽しむことはできます。
それは仕事の中に問題点、課題、改善、工夫を見つけることです。
それを何とかしたいというやる気や情熱が出てきた時、それはもう苦役を強いられているのではなく、主体的に行動できるようになっているのです。
そのためには、森田理論でいう「ものそのものになりきる」という態度になることが大切です。
それでも会社には数値目標・ノルマがあり、強制労働から完全に開放されることはなくならないと思います。ですから生活のすべてを会社に捧げるという気持ちよりも、会社以外の生活のバランスを整えていくというスタイルのほうをお勧めしたいと思います。

私たちは苦しむために生まれてきたのではないと思います。
人生をおおいに楽しむために生まれてきたのです。
そうです。私たちは遊ぶために生まれてきたのだといっても過言ではないと思います。






Last updated  2019.09.07 06:30:07
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2019.08.09
カテゴリ:生の欲望の発揮
岡野雅行さんは、人間の能力自体にはそんなに差はない。
成果を上げて成功する人は、とても「強い欲求」を持っているといわれる。
欲求の強弱の差がその後の人生の明暗を分けているといわれている。

ポルシェやフェラリーのオーナーになるには、「金が貯まったら買いたい」と思う人よりも、「何が何でもポルシェに乗ってやる」という強い欲求を持っている人がオーナーになる。
頭の中で漠然と考えているばかりでは夢がかなうはずがない。
その欲求に向かって、実際に行動を起こす人しか夢はかなわない。
(試練は乗り越えろ 岡野雅行 KKロングセラーズ 参照)

ボクシングの世界チャンピオンになるような人は、「俺は絶対世界チャンピオンになってみせる」という強い欲望や目標を持っている人だけに道が開けている。
東洋チャンピオンにでも成れればよしと思っているような人は、絶対に世界チャンピオンにはなれない。
そういう燃えるような情熱を持っている人は、目つきがまるっきり違う。練習態度が違う。
人を寄せ付けないようなオーラが漂っている。

麦というのは、人に踏まれれば踏まれるほど強くなるという。
それは麦の中に自分の身体が傷つくと、それに立ち向かうホルモンが出てくるからだそうだ。
なんとか傷口を修復して、寒い冬を乗り越えて、実をつけて子孫を残そうとする強い意志が感じられる。
麦は逆境を乗り越えて、何が何でも生き抜きたいという気持ちを先天的に持っているのだ。

岡野さんは中学しか出ていない。親父の後を継いで金型職人になったとき、「オレにはこれしかない」と思って、一心不乱に取り組んできた。なまじ学歴などがあったとしたら、「あれもできる、これもできる」と思って中途半端になったのではないか。選択肢が多いというのも考えものだ。
一つの道を決めて脇目を振らず、愚直に進む態度が大切である。

人間は空腹を抱えながらも、夢を抱いて発展途上の時の方が、精神的には幸せなんだ。
なんとかその日の食べ物を確保したい。生活必需品を持ちたい。
洗濯機、冷蔵庫、薄型テレビ、クーラー、自動車、一戸建てやマンションを持ちたいと思っているときの方がいい。アジアの発展途上国の人はみんな目が輝いているだろ。
みんな強い生の欲望を持って生きているからだ。特に子供の目はらんらんと輝いていますね。
日本でも敗戦後はみんな命をつなぐことに一生懸命で、神経症などとは縁がなかった。

欲望というのはかまどで火を焚きつけるようなものだ。
いきなり薪に火をつけようとする人はいない。またしてもいけない。
紙、ワラ、木のくずのような燃えやすものに火をつけるだろ。
そして小枝に燃え移らせる。そしてだんだんと大きな木を入れていきます。

人間の欲望もそんなものだ。ます最初は日常生活の中で小さな欲望を見つけることだ。
それに手を出していくこと。すると次第に大きな欲望が見つかってくる。
弾みがついてくると大きな目標が見えてくるんだ。
だから最初から急いではダメなんだな。






Last updated  2019.08.09 06:30:08
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2019.08.08
カテゴリ:生の欲望の発揮
森田先生は、「感じを高める」ことを大事にされていました。
ここで修養の第一の出発点は、物事に対する「感じ」を高めていくことである。
われわれは、見るもの・聞くもの何かにつけて、ちょっと心をとめていれば、必ず何かの「感じ」が起こる。かりそめにも、これにちょっと手を出しさえすれば、そこに感じが高まり、工夫や疑問が起こって、興味がわく。これを押し進めていけば、そこにいくらでも、進歩がある。

他人や物事や出来事に注意を向けていると、気づきや発見がある。
興味や関心が湧いてくる。課題や問題点も見えてくる。
感情が発生して、それを高めていくと注意や意識は外向的となる。
アイデア、工夫、意欲がでてくると頭が活発に活動を始める。
また自然に身体が動くようになる。一心不乱に取り組むようになる。
悔いのない人生を送りたいと思うならば、この方向を目指すことだ。

ここでいう「感じを高める」ということは、岡野雅行さんに言わせれば、「発想力」を磨くということだ。ひらめき、アイデア、今までと全く違った考え方、気づきを高めるためにはそれなりの努力がいる。
「発想力」を磨くために大切なことは何か。ランダムに紹介してみよう。

・独創という領域は、ひらめき、直感、感性が最優先される霊的なものだ。
余計な知識や決まり事というのは、考え方、やり方を狭め、柔軟な発想を妨げることが多い。
それらにとらわれすぎると新たな発想はできなくなる。
特に「かくあるべし」の考え方は、新しい発想力を押さえつける。
自分が感じた素直な気持ちを最優先すべきである。

・子供の発想力は、過去の経験に縛られることがない。柔軟性に富み、変化に適応できる自由な思考をする。大人は過去の経験に縛られて、新しいものの見方が生まれにくくなっている。
先入観や決めつけを排除して、リセットして一から新たに考えてみることが大切である。

・新しい発想力を放棄して、人まねばかりを繰り返していると必ず行き詰まる。
物まねで相手の技を自分のものにしたら、次に自分のオリジナリティを付け加えていく態度が大切である。そこに独創性が生まれてくる。

・行き詰まりを感じたら、一旦その場を離れて、鳥のようになって仕事全体を見ることが有効だ。
囲碁でも「傍目八目」という言葉がある。碁を傍で見ていると、実際に打っている人よりも、八目も先まで見通すことがてきるというものだ。これは森田では、両面観、多面観のものの見方のことですね。
そうすると今まで気づかなかったことに気づいて問題解決に結びつくことがあるといわれているのです。

・岡野さんはたくさんの仕事を同時並行しているから、次から次へと、ひらめきとか発想というものが湧いてくる。森田でいう「無所住心」のような態度であちこちにアンテナを張っている。
いつも精神緊張状態にあるのです。そういう状態の時にこそ、素晴らしいアイデアやひらめきは湧いてくるといわれているのです。






Last updated  2019.08.08 06:30:10
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2019.05.07
カテゴリ:生の欲望の発揮
森田先生のお話です。
先月、私どもは筑波山に登りました。
私と、私の妻と、私を助けてくれる人と3人であります。
私は身体が悪くて、階段を上るのさえも、息切れがするので、最初から頂上は登れないものと断念していました。
「とにかく君たちは頂上に登って来なさい。僕はここで待っているから」と言って、 2人は登っていきました。
僕は、 1つのところに、じっとして待っているのも退屈なのでぶらぶら歩きました。
皆さん。僕はどっちへ歩いたと思いますか?
上に向かって歩いたのです。皆さん、ここが大切です。
登れないと諦めながらも、上に向かって歩く。それが僕のありのままの生命です。
しばらく歩いて、あとを振り返ってみると、かなり登ってきています。
ぼくは考えました。頂上までは2丁あるというが、はやこれまでに20間は歩いた。
もう残りは100間だ。一間を6歩で歩くとすると、600歩で頂上に着くことになる。
また少し歩いて振り返ってみます。
もうよほど来た。半分は来た。あと300歩で頂上に着くことになる。
また少し歩いては休む。こうしているうちに、いつの間にか頂上に着いていました。
ちょうど妻が降りようとしているところでありました。
ぼくは喘息で、普段は息切れがするのだけれども、たいして苦しくもありませんでした。
皆さんどうです。僕は、登れないと断念していた頂上に上ったのです。

イチロー選手も言っていましたが、小さな目標への取り組みを継続することしか、大きな目標に到達することはできません。
例えば、心の健康セミナーなどのイベントで200人収容できる会場をいっぱいにしたいという目標を立てたとします。
成功するためには、思いつく限りの小さな目標を立てる必要があります。
・まずは日程、会場、講師を早めに決定します。
・次に発起人、協力者を固める。役割分担を決めて事あるごとに士気を固めていく。
・協力してくれそうな、団体を幾つも見つける。共催団体、後援団体との交渉。地元新聞社、県、市、医師会、ライオンズクラブ、ボランティア団体、自助グループとのタイアップ。
・広報活動の概略をきめる。チラシの配布、新聞掲載、ミニコミ誌、市の広報紙、生活の発見誌、SNS、テレビ、ラジオなど。
・ポスターやチラシの作成と配布方法を決める。
・動員の目標案を作る。集談会、近隣集談会、自助組織、共催、後援団体、一般市民に分けて目標数値を設定する。
・母体となる集談会の家族、知人、友人、職場の仲間への広報を徹底する。
一人3人集めるだけで50人ぐらいにはなる。これはやろうと思えば比較的簡単だ。

これはほんの一例だ。このような目標を数多く持つ。そしてさらに細かくしていく。
やるべき目標が100個程度出てくれば、成功に近づいていく。
実際には付随する問題が山ほど出てくる。コツコツと片付けていくことだ。
でもどうにも対応できない問題もある。それは放っておく。
やれることだけをすべてやりつくして、あとは天命を待つだけだ。
成功すれば、自信がついて、次に進むことができる。
目標は大きく、実行は小刻みに分けて、小さな成功体験を積み上げていくことだ。






Last updated  2019.05.07 06:30:11
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2019.04.26
カテゴリ:生の欲望の発揮

​​2019年3月11日、中国新聞に、「苦しくとも花は開く」と題して次のような詩が掲載された。

見るのが忍びなかった
本当に厳しい世界
ご苦労様としか言いようがない
悔いなき稽古と本場所への心構え 気迫
それを持ってしても 勝てなかった
苦悩 葛藤 人には言えない伝えられない心持ち
そして決断
本人になりきって考えようとした時
心は壊れそうになる
これまで多くの人の世話になり声援を受け
その中で密かに覚悟し心を決めた 引退・・・

人の一生でこういう場面に出合うことがあるだろうか
引退するとはどういうことになるのだろうか
あらゆる災難をすべてくぐり抜け天寿を全うする
そんな幸運な生は滅多になかろう
みんな日々を懸命に生きてはいても
避けることのできない多くの天災 人災
怪我、病気・・・・
気を付けていてもどうしようもなかった出来事

私達の人生はプロスポーツのように
ファンからの声援のようなものを
日々感じることは無いかもしれないが
やはり現実のすべてを受け入れ
明るく強く逞しく懸命に生きている人へは
目に見えず聞こえないかもしれないが
多くのファンや声援者がいるような気がする
さあ今日も頑張ろう
私のファン 見えない声援者のために

この詩を読んで私の感想を書いてみた。
この世に生きている限り、自分が考えているような展開に持ち込めることはほとんどない。
湧き起こってくる感情、自分自身の身体、家族、他人、物事、自然現象も皆そうである。
それを意志の力でなんとか思い通りにコントロールしようとすることは、たまにはうまくいくかもしれない。しかしほとんどの場合は、その反対の結果に意気消沈することになる。
あえてそれを押し通そうとすることは、高速道路を逆走するようなものではなかろうか。
大事故につながる可能性が非常に高い。考えただけでも怖ろしいことだ。
これは対応方法が間違っていると言わざるを得ない。
森田では「思想の矛盾」で苦悩や葛藤を抱えることになるという。

こんな時は、まず事実、現実、現状を価値批判しないで、状況を正確につかむように心がける。
そして、素直にその事実を受け入れていくことではなかろうか。
少し落ち着いたら、そこを足がかりにして、前を向いて、一歩を踏み出していく。
いつもそこに視点を置いて出発する態度を忘れないことだ。その繰り返しである。

ここで大事なことは、理想、完全、完璧、目標を目指すことが悪いのではない。
それどころか、それに向かって努力精進していくことは人生の醍醐味である。
問題は、理想、完全、完璧、目標の立場に自分の身を置いて、事実、現実、現状を否定してしまう自分の態度にあるということだ。
理想や目標などは、下から上を見上げるという気持ちが大切なのである。
決して山の頂上にヘリコプターで直行して、はるか下を見下ろして、格闘している自分や他人を批判したり否定してはならないのである。
私は、このコツを掴み、「事実本位」「あるがまま」の生活を身に着けた人を、「森田の達人」と呼ぶことにしている。



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Last updated  2019.04.26 06:30:12
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2019.04.15
カテゴリ:生の欲望の発揮
セールスの世界では、入社当時から商品説明が上手で、説得力がある人がいます。
セールスの仕事を天職として生まれてきたような人です。
そのような人は、入社直後から周囲の人が驚くほどの成績を上げます。

一方で、口下手で最初のうちは、この人はセールス以外の仕事を見つけた方がよかったのではないかと思うような人もいます。周囲の人が気を使うような人です。
実際に仕事に対する情熱を失い、会社を去っていく人も多いのが現実です。
中にはそれでもへこたれずに、粘り強く仕事に取り組み、数年経つと、最初に注目を浴びていた人を抜き去りセールスの神様と呼ばれるような人もいます。
そういう人は、自尊心を傷つけられるような断り文句に耐えながら、粘り強く、次から次へと、新規顧客を訪問していった人です。

どうしてこのような逆転現象が起きるのでしょうか。
それは、最初から才能や能力に恵まれた人は、途中で自分を過信して、努力や挑戦の気持ちがいつの間にか緩んでしまったのではないでしょうか。
本人がそれに気づいて、すぐに初心に戻り、努力精進すれば問題はありません。
ところが、人間はそんなに都合よくできていないのだと思います。
いったん緩んでしまった気持ちは、本人が焦って元に戻そうとしても、なかなか元には戻らない。
それは精神面で弛緩状態の流れが出来上がってしまっているので、急には緊張状態に変更はできないのだと思います。
最初から才能や能力のない人でセールスの世界で成功した人は、営業成績が振るわなくて、常に目の前に課題や問題点を抱えています。
それをどのようにしたらクリアできるのだろうかと、常日頃から考えて努力する習慣を身につけているのではないか。精神状態が外に向かってピリピリと緊張状態を保っている状態だと思います。
森田理論でいう 「無所住心」 「努力即幸福」の精神状態を維持している。

元大リーガーのイチロー選手は、 「僕なんて、まだできていないことの方が多いですよ。でもできてなくていいんです。だって、できたら終わってしまいますからね。出来ないからいいんですよ」 と言っています。
こうしてみると不安や問題点、目標や課題を抱えている時の方が、精神状態は安定している。
不安を持って努力している時の方が、 一番幸せな生き方をしていると言えるのではないでしょうか。
目の前に現れた課題や問題は、神様から自分に与えられたギフトだと思えればよいのです。
反対に課題や問題を上から下目線で非難、否定、悲観して排斥するようになると、困難な人生が待ち構えているように思えてなりません。ここでも事実や現状に立脚した生き方が求められます。






Last updated  2019.04.15 06:57:28
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2019.03.24
カテゴリ:生の欲望の発揮
現代人は、親から経済的にも精神的にも自立して、自分の力で暮らしていきたいという気持ちは希薄なようである。
少子化であるので、いずれは親の家が自分のものになる。
親の不動産や財産を引き継ぐことになる。
自分一人ぐらいなら一生食いはぐれはない。
だから、あえて正社員になって、気の進まない仕事をしようという気にならない。
残業時間のない、バイトやフリーターのような仕事のほうが気が楽だ。
できればデイトレーダーのように「手っ取り早く稼げる」ような仕事を見つけたい。
責任感のある仕事、人間関係に翻弄されるような定職につくことはまっぴらごめんだ。
結婚して子供を育てることは面倒だ。
結婚して相手の言動に気を使うよりも自分一人で暮らす方が楽だ。
自分を犠牲にして苦労を背負い込むより、刺激はあまりないが現状に甘んじるほうがよい。
めんどう、煩わしい、しんどい、時間がかかることは最初からしり込みしているのだ。
また、失敗するかもわからないことにあえて挑戦することはリスクが大きいし怖ろしい。
行動しなければ失敗はないのだから、極力手を出さないことが習慣化している。

しかし何もしないで生活することは大変苦痛である。暇を持て余すようになる。
いつも自分を適度に刺激して、虚無感、イライラ感を取り除くために、テレビのバラエティ番組を見て笑う。スポーツ観戦、映画、観劇、カラオケ、グルメ、外食、お酒、ギャンブル、旅行などで息抜きを心がけている。何らかのはけ口がないと身が持たないのだ。
「さて何をしようか今日も土日祝」という川柳があったが、こういう気持ちは要注意だ。

こうなると、日常茶飯事に真剣に向き合うことはばかばかしいと思うようになる。
日々の生活に真剣に向き合うことがなくなり、目先の刹那的刺激ばかりを求めるようになる。
そういう生活をしていると、感情はどんどん衰退して鈍感になってくる。感性が衰えてくるのだ。
その弊害は大きい。日常の小さな出来事に喜びや楽しみを見つけることはできなくなる。
気づきや発見、工夫する楽しみはどんどんと無くなっていくのだ。
いくら頑張ろうとしても、意欲ややる気が出てこなくなるのだ。
より刺激の強いものにしか反応しなくなる。
次第に失感情、無感動、無関心、無気力な状態に陥っていく。
この状態は、思考力、発想力、想像力、創造力、判断力、分析力を担っている前頭前野が休眠状態にあるということだ。
大脳の前頭前野は、絶えず活用していないと、廃用性萎縮現象を起こしてしまう。
一旦脳細胞が衰えてしまうと、再生は極めて困難となる。
これはまずいと思っても切り替えができなくなる。
最後には早期認知症の発症へとつき進んでいく。

森田理論では、仕事や勉強、日常茶飯事に丁寧に取り組むことをお勧めしている。
東北大学の川島隆太教授は、大脳が廃用性萎縮を起こさないための脳の体操を勧めておられる。
これらに真剣に取り組めば、大脳が鍛えられてあふれんばかりの感情が湧いてくる。
大脳の前頭前野がフル回転して、次々と気づきや発見、工夫を思いつくようになる。
次第に感情が高まり、意欲ややる気がでてくる。弾みがついてくるのである。
それに沿って行動を起こせば、人生はどんどん活性化していく。
その路線を目指すことが、心身共に健康な人生を送るということではなかろうか。






Last updated  2019.03.24 06:51:37
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2019.03.15
カテゴリ:生の欲望の発揮

人が死ぬときに何を後悔するかということについての研究によると、総じて「もっと冒険しておけばよかった」と思う人が多いのだそうです。
結婚しておけばよかった、夢を諦めなければよかった、子供を育ててみればよかった、愛する人に感謝を伝えればよかった・ ・ ・ 。
そんな勇気を持てなかった数々の事柄が思い出されるのだそうだ。

また同じことを海外で調査した結果の中には、 「自分の美しさに気付かなかったこと」を後悔しているという項目が挙げられていました。
どの国でも、多くの人が自分に厳しすぎる批評家なのですね。
容姿、心、存在そのものの美しさに、他でもない自分がきちんと気付いていたら、違った展開があったかもしれない。
「ずっとやってみたかったことを自分にさせてあげたい」と思うのならそうしましょう!
自分には不似合いだ、ふさわしくないなんて決めつけないで、諦めずに堂々と。何をやるにも、いまは最適の時です。(ダメな自分の魅力の見つけ方 矢尾こと葉 きこ書房 109ページより引用)

これは挑戦したいと思っていた夢や目標を経済的な理由や精神的な理由で諦めてしまうと、人生の最終章を迎えた時に後悔をするというものです。
アドラーは、「人間は目標に向かって生きる動物」であると言いました。
森田理論では「生の欲望の発揮」をとりわけ大事にしています。
やるべき仕事や課題のない生活はつらいものです。
夢や目標の持てない人生は寂しいものです。こんなに苦しいことはありません。
逆に言えば、夢や目標に向かって努力する過程が人生の醍醐味であるともいえます。

神経質性格を持った人は、感受性が強く、好奇心が旺盛で、あらゆる方面に興味や関心を抱きます。
その素顔な気持ちに従って、経済的に許す範囲で挑戦してみるという態度が大切なのだと思われます。
しかし、いきなり夢や目標を持って、意欲的に生活をしなさいといっても、神経症で苦しんでいるときはとてもそんな気持ちにはなりません。
そういう時は、日常茶飯事の中で小さな目標を見つけることから始めることが大切だと思います。

森田理論では、感じを高めるという事を大切にしています。
ものそのものになりきるって日常茶飯事に取り組んでいれば、気づきや発見が出てきます。
そうすれば感じが高まり、意欲的、挑戦的になります。
それが小さな火種となって、もう少し大きな夢や目標へと膨らんでいくのです。
煩わしい日常茶飯事を丁寧に行うこと、雑仕事を丁寧に行うことから、道は開けてくるのです。

「自分の美しさに気付かなかったこと」を後悔するということですが、自分という1人の人間の存在、自分に備わっている能力、自分に管理を任されている様々な物などの価値を十分に認識していないのだと思います。
それらはあって当たり前、そして自分にないものを際限なく追い求めることにエネルギーを消費しているのです。
やたらにそれらを追い求めるのではなく、今現在自分に備わっているものを磨いて活用していくことに注意や意識を切り替えていくことが必要なのではないでしょうか。
ないものねだりをするのではなく、今あるものを最大限に大切にして、活かしていく生き方を森田理論は教えてくれています。それが自他ともに平和で共存共栄できる方向だと思います。







Last updated  2019.03.15 06:30:09
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2019.02.28
カテゴリ:生の欲望の発揮
野口英世は小さい頃不登校になったことがあった。
その原因は火傷で変形した左手であった。
彼は数え年3歳の時に、炉でやけどをしたあとが癒着を起こし、 手全体が肉の塊のようになってしまった。友達からは「てんぼう」とからかわれて、いじめを受けた。
当時清作と呼ばれていた彼は、他人を怖れ、無口で内気な性格に育った。
学校に行けなくなったのは、小学校3年のことである。
清作は登校するふりをしては、学校怠けてドジョウをとったりして時間を潰していた。
しかしそれは、やがて母親のシカの知るところとなった。

その時母親のシカが、息子の清作に語った言葉が次のようなものであったという。
まず手伝いやドジョウとりなど、お母を助けようとする優しい気持ちを賞めた。
だけどお母にはかえってそれが辛い。母が何のために働いているのか。
お前の勉強を楽しみにしているのだ。
また清作が学校仲間からいじめられるのを、お母の不注意で相すまない、と涙を流すのであった。
だけどなあ清作、だからこそ負けないために、学問で身を立てるしかねえ。
家のことなんぞ心配しねえで、一生懸命勉強してもらいたい。それが母の願いだ。
そればかりを夜昼を思って祈り続けてきたのだと息子に訴えたのだ。
母親のシカは、息子を学校にやるために、男のする労働をして、朝から晩まで働いていたのだ。

清作は、この母の言葉に、苦しさを受け留められ、同時に気持ちを奮い立たせられた。
彼は泣きながら、もう逃げないことを母親に誓った。

母親のシカは、清作の不登校を責めるのではなく、苦しさに深く共感し受け留めた。
むしろ、親自身の方を責める姿勢は、清作が、母親の日頃の苦労を知っているだけに、胸にこたえたのだ。その上で、感傷に負けることなく、乗り越えるしか道は無いのだと悟ったのだ。
それ以来学校をさぼることなく、勉学に励むようになったという。

子供が不登校に陥ったとき、このようにまず本人の気持ちを受け留めることが肝心である。
また次に本人を諭し、乗り越える勇気を与えることも重要なのである。
それが説得力を持つためには、日ごろから子供に楽しみを与えるだけではなく、苦労も分かち合い、腹を割った話ができる関係を築いておくことが必要だろう。
口で不登校を諭すよりも、子供をどこまでも信頼して、親の真摯な生活態度を見せることが子供にはよほど効果的なのだろう。
(子供の「心の病」を知る 岡田尊司 PHP新書 314ページより要旨引用)






Last updated  2019.02.28 06:30:09
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