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FLOWER GARDEN 2

FLOWER GARDEN 2

VOL.016~020

flower2



★ 第16話 アイルランド慕情(2)


ノックのする方へ急いで走り、「まさかアリシアが帰ってきたのでは!」と、勢い良く扉を開けた。
が、そうではないことが直ぐに分かり、僕は心底落胆した。

「初めまして」
銀髪の初老の男は、帽子を取って丁寧にお辞儀をすると、その後ろにいた男達5人も揃ってお辞儀をした。

「ジョージ・オブライエン様でございますか?」
「……はい」

予定よりも1日早い孤児院からの迎えに、少なからず僕は動揺した。

「私は、長年、ヘイワーズ家の執事を勤めて参りましたエドワード・グラントと申します。
この度はあなたのおじい様、ジェイコブ・ヘイワーズ様の命によりお迎えに参りました」
「おじい様……?」
僕は何のことだか分からず、眉根をしかめた。
「ええ。あなた様のお母様、オリビア様はヘイワーズ様のご令嬢にあらせられました」
「母が?!」
「ええ……。ところで、ジョージ様には確か『アリシア』様とおっしゃるお妹君がいらっしゃると伺っておりましたが……。今はどちらに?」

僕は、はっとなり、銀髪の老人をどけ、扉を開けて飛び出そうとした。

牧師様が、「ジョージ、もう間に合いませんよ!私が次の駅に連絡して……」と、何かを言おうとしていたが、僕は、「あなたの言う事には従わない!」と捨て台詞を残すと、家を飛び出した。

汽車の出発まで間に合ってくれ。
僕は道なき草原を、飛ぶように走り、突っ切った。
林が切れたその先に、黒塗りの車がキキーーっと止ると、「お乗り下さい!話は牧師様からお伺いしました!!」
そう叫びながら、先程の銀髪の男が車のドアを開けた。

「有り難う!おじいさん!」
彼は一瞬、営業スマイルを湛えると、
「どうか、バトラーとお呼び下さい」と唇をヒクつかせた。
「分かったよ。おじさん!とにかく、駅へ!」
「……バトラーでございます。ジョージ様」

黒塗りの車はアリシアを乗せた汽車の出発直前に駅に滑り込んだ。

僕は、車を飛び降りると、
「おじさん、有り難う!アリシアを必ず連れてくるから待ってて!!」
「……バトラーですよ。ジョージ様……。おじさんではなくて……バトラーと……」
僕は構わず駅構内を目指した。


「アリシアーーーーーーー!!アリシアーーーーーーーーーー!!
どこだぁ!?返事を!どこにいるのか返事をしてくれーーーー!!」

構内に響き渡るくらいの大声で叫んだ時、丁度、アリシアが車両の前方の窓から顔をひょこりと出した。
「ジョージ!!!どうしたのーーーーーーー?」
アリシアの声に気付いた僕が通り過ぎたホームを戻り始めた頃、出発の蒸気を上げた汽車がゆっくりとホームから走り出し始めた。

「アリシア!飛び降りろ!」
「え?!ジョージ!何?何を言ってるの?」
「いいから、飛び降りるんだ!!」

アリシアは体を乗り出すが、後ろから孤児院の先生がアリシアの腕を引いていた。
アリシアは2人の手に噛み付き、その手をすり抜けると、汽車の窓から顔を出しながら、後方へと移動し始めた。

「いいから!早く、飛び降りるんだ!!」

電車は徐々に加速を始め、僕たちの間に少しずつ距離を作っていく。

「必ず、抱きとめる!!だから、だから飛び降りろ!!」
孤児院の先生は、慌てて、アリシアを追っていた。

ホームが切れるまで後、数メートルのところで、アリシアは窓に足を掛け、僕目掛けてジャンプした。

ドン!
と言う衝撃が走り、僕はアリシアを抱きとめるとホームを転がり、やがて止った。

はぁはぁ……

お互い息を吐きながら、お互いの体を抱き締めた。

「こ、恐かったぁ……」

アリシアは真っ青になりながら、僕の腕の中で震えた。

もう会えないと思っていたアリシアが、この腕の中にある。

「僕はもう一生、お前を離したりはしない……」


僕の腕の中で震えながら泣いている小さな妹の温もりを、僕は狂おしい想いと共に抱き締めていた。




★ 第17話 美しい花

僕の右腕にある父さんの腕時計は、あれから遅くなったり、速くなったりしながらも、僕達兄妹の時間を優しく刻んで来た。
そして、これから3人で出掛けるピクニックの時間も、その例外ではなかったはずだ。

カチカチカチ……

規則正しい秒針の音は、僕の楽しい未来を「諦めるな!何か手があるはずだ!」と力強く刻んでいく。

僕がどんなにピクニックに行きたいかを日本語でノートに綴っている間、フジエダ先生は、窓の外をぼーっと見ていた。

「先生、出来ました」

僕が何を話し掛けても、先生は腕を組み、外に目をくれたまま、何の反応も示さなかった。

「先生!出来ました!!」

僕がバン!と机を叩くと、「え!?あ?ああ……。随分と早かったね」
と、先生は慌ててノートに目を落とした。

僕は知っている。
フジエダ先生が、アリシアに目を奪われていた事を……。
いや、フジエダ先生だけではない。
下でアリシアと楽しく談笑するヒューバート・キンケイドもその例外ではない……。

アリシアはその天使のように無邪気な微笑と、時折見せるぞくぞくとするような女の色香で男達を惑わせ、惹き付けていく。

アリシアは少女から1人の美しい女性として、その蕾を今にも花咲かせようとしていた。



★ 第18話 可愛い誘拐者

僕が、諦め半分で、ふーっと溜息を吐きながら、日本語と格闘していた時、急にドタバタと廊下を走る足音がした。

次の瞬間、勢い良く扉が開いた。
「ジョージ!ピクニックに行けないって本当なの?!」
髪をくしゃくしゃにし、干草をその金髪に絡ませたままのアリシアが飛び込んできた。

「こらっ!アリシア!はしたないぞ!」

僕は、肘杖を付きながら、アリシアを睨み、「ちゃんと、ノックしろって、バトラーから注意されてるだろ?『レディーらしく慎ましやかに!』」
と、バトラーの口調を真似して、もう一度やり直しを命じた。

アリシアはしおらしくスゴスゴと、扉を閉め、ノックした。
「どうぞ」
僕の入室を許可する声に、彼女は再び大喜びで勢い良く扉を開けた。
「ねぇ!ジョージ!一緒に行けるよね!」
「……お~い……。ぜんっぜん、ダメじゃん」
僕は、レディーアリシアの将来を憂えた。

傍らで見ていたフジエダ先生はクスクスと笑いながら、それはそれは優しい眼差しでアリシアを見つめていた。

僕は、椅子から立ち上げると、アリシアの腕を掴んだ。

「これじゃ、勉強になりませんから、追い出してきます」
「そ、そんな、追い出すなんて、酷いわ!ジョージ!!」

抵抗するアリシアを廊下に連れ出すと、扉を閉めた。

「いいか?アリシア。僕は日本語の勉強をするように言われて……」

と、言い掛けた所で、グンっとアリシアに手を思い切り引かれ、僕はつんのめった。

「でも、前からピクニックは計画していた事だわ!天気だって……ほら!」

アリシアは、どんよりと曇った空を指差した。

「……今にも雨が降りそうになってるけど……気持ちの持ち様だわ!それに、ジョージがいないと淋しいもの……」

アリシアは、僕の腕に巻きつくと、上目遣いで「一緒に来て?」とねだった。
その仕草が愛らしくて、思わずもったいぶって、

「……う~ん」

と、僕が渋っていると、アリシアはむぅっと膨れて、再度僕の手を強引に引いた。

「こうなったら……、トンズラするしかないわ!!」

アリシアの必死さが可愛くて、僕は内心笑いを噛み殺しながら、ワザと仕方ないと言った顔で、彼女の誘拐に協力したのだった。




★ 第19話 恋する乙女


僕がアリシアの肩に腕を回し、「よーし!こうなったら猛ダッシュで逃げるぞ!」と笑うと、アリシアは嬉しくて仕方がないと言った笑顔で、僕を見つめ返し走った。

脱走経路を裏のお勝手口に定め、「後少しだ!」と言ったところで、僕はハタと大切な事を思い出した。
「……やべっ!弁当……」
「どうしたの?ジョージ?」
急に止った僕の手を、アリシアはきゅっと握り締めていた。
「早く逃げないと捕まっちゃうわ!」
「いや。それが、サリーが僕達のために弁当を密かに作ってくれてるんだ」
「……サリーが?!」
だけど、厨房までには最も危険な経路……バトラーの部屋の前を通らなくてはならない。
今日一番のデンジャラスな冒険に、僕は挑むつもりだった。

「お前、先に行ってろよ。弁当を貰ったら後を追い駆けるから」
「……私も行く!」
「足手まといだ!失敗したら元も子も無くなるんだぞ!」
「だって……。お弁当は……諦めましょうよ……」
「せっかくサリーが作ってくれているのに?」

サリーは、真っ赤な赤毛が印象的な16歳になる元気な女の子で、去年テキサス州からお手伝いとしてこの屋敷にやってきた。
「お坊ちゃま、内緒ですよ」
と、人差し指を立てては夜中にこっそりとコーヒーを煎れてくれたり、僕が怪我をしたというと直ぐに救急箱を持って駆けつけてくれたり、何かと良く僕に尽してくれていた。

「サリーに悪いよ」

僕の言葉に、アリシアの顔から笑みが消え、僕を掴んでいた手が離れた。
「サリーはジョージに『恋』をしてるのよ……。だから……」
「な、何を言うんだよ!いきなり……」
僕は思いも掛けないアリシアの言葉に驚き、否定した。
「彼女は、とてもいい子なんだよ。だから、困っている時は、僕を助けてくれている……それだけだよ」
「…………………ドンカン!」
アリシアはあっかんべーをすると、僕の足をダン!と踏んだ。
「いってぇーーーーーーーーー!!」
僕は飛び上がり、足を持ち上げ、擦った。
「こぉんのぉーーー!何すんだよ!じゃじゃ馬!!」
「何よ!とーへんぼく!!」
僕達は屋敷中に響き渡るほど、大きな声で兄妹喧嘩を始めた。
「お前なぁ、そのセーカク治さないと恋人なんて出来ないぞ!」
「いいもん!いらないもん!!」

飛び交う言葉の攻防にいい加減疲れ、僕達は肩で、ゼーハーゼーハー息をしながらお互いを睨みつけた。
だけど、こんな子供相手に僕も夢中になって怒るとは……大人気ない……。
楽しいピクニックも控えている事だし、ここはひとつ冷静になって……、とアリシアを宥めにかかった。

「悪かったよ。まぁ、お前みたいなオコチャマに、『恋』も『愛』も分からないだろうけどな……」
僕が笑うと、アリシアは急に悲しそうな顔をし、ポロリと涙をひとしずく落とした。
「ドンカンなジョージに、そんなこと……言われたくない……。私だって、私だって……、恋ぐらいしてるわ」
アリシアの思ってもみなかった発言に、僕の胸は急にざわめき、ピクニックも日本語も全て消し飛んだ。
厨房にトボトボ歩いていくアリシアの腕を咄嗟に掴むと、思わず僕は叫んでいた。
「相手はヒューバートか!?」
アリシアは、堅く口を結んで、首を横に振った。
「じゃぁ、フジエダ先生か!?」
アリシアは、前にもまして強く首を横に振ると、
「……さっきのは、嘘よ。私は、誰にも恋なんかしたりしないわ……。一生、誰にも……」
淋しそうに項垂れると、僕が掴んだ手を解き、厨房へと入っていった。



★ 第20話 崩れる関係

厨房に行ってみると既に弁当は出来ていた。
「お嬢様!お坊ちゃま!?」
サリーは、仕事にひと段落ついて休もうとしたのか、珍しく三つ編みを解いていた。
「どうなすったんですか?今日はピクニックに行けないって、バトラーさんから聞いてたんですけど……」
アリシアは、「しーっ」と指を立てると、もう片方の手でサリーの口を塞いだ。

「その通りなの。だけど、行・く・の。だから協力してね」

アリシアの囁きにサリーはクスリと笑うと、「また、脱走ですか?」と僕に目配せした。
「人聞き悪いなぁ。今回は、アリシア単独犯による誘拐事件だよ。な?!」
僕が笑いながら、アリシアに話を振ると、彼女はツンと横を向いてむくれていた。

(何、怒ってんだよ!)
僕がヒソヒソ声でアリシアに話し掛けたが、相変わらずアリシアはむくれていた。
(2人で、目配せなんかして……。やらしいわ……)
アリシアが、水筒を持ち、僕が弁当を持つと、「何だよ!」「何よ!」と、お互いの腕と腕をぶつけ、体を押しのけあった。

「本当に、お2人は仲のいいご兄妹で……」
サリーが、笑っていると、アリシアは真顔で呟いた。

「……ジョージとサリーほどじゃないわ」

途端にサリーは真っ赤になり、大慌てで、手を振ると、思いっきり否定しまくった。
「そ、そんな!めっそうもございません!!……ジョージ様がお優しいから……、
私達のような下々の者にまで気さくに話し掛けて、気に掛けて下さるから、嬉しくて何でもして差し上げたくなるんです……」

僕もついついムキになって、
「仲がいいといけないのか?そう言う、お前とヒューバートだって、随分、親しげにしてるじゃないか!」
と、言おうとして、ふと気付いた質問をアリシアに向けていた。
「おい!アリシア……。そう言えば、ヒューバートは?」
さっきまで庭先で声がしていたはずのヤツの存在が気に掛かった。

途端にアリシアの顔が真っ赤になり、どもりながら言葉を何とかして搾り出しているようだった。
「ヒュー……は、下で……、待ってるって……」
「一緒に来なかったのか?」
いつもは無遠慮にドカドカと、屋敷に上がりこんで来るくせに珍しい……。
「……う……ん」
シドロモドロとしたアリシアの話し方に不審感を持った僕は、軽い気持ちでカマを掛けてみた。

「どうした?真っ赤だけど……。ヤツに告白でもされた?」

咄嗟にアリシアは更に顔を真っ赤にしながら、目を見開いた。
「どっ、どうして、それを知ってるの?」

途端に、僕の足場はひどく不安定になり、体全体がグラグラと揺れるのを感じていた。



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