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FLOWER GARDEN 2

FLOWER GARDEN 2

VOL.021~025

flower2


★ 第21話 僕の知らないアリシア


冗談のはずだった。
僕の後ろを恥かしそうに俯きながら歩く幼いアリシアに、ヒューバートが告白だと?!

僕はなぜか動揺しながら、ヒューバートが待っているという納屋に向かって歩いていった。
しかし、そうしている間にも、段々訳の分からない怒りが込み上げていた。

納屋からは細く白い煙が漏れ、ヤツがいることが一目で分かった。
「誘拐犯の次は、放火犯か……。この屋敷も随分、物騒になったもんだな」
納屋の扉を開けるなり、濛々たる煙が僕とアリシアを包み、アリシアは咳き込んだ。
「随分、遅かったな?!ほれ、差し入れだ!」
煙の中から、煙草が飛んできて、僕の胸に当たると、ポトリと落ちた。

アリシアは、「私、お弁当、車に積んでくるね!」と慌てて、その場から……、と言うよりもヒューバートから逃れた。

「ヒュー……。お前、アリシアに告白したって本当か?」

煙の霧が晴れると、少し前屈みに歩く癖のある背の高い男の影が、その中から現われた。
切なそうに顔を歪めたヒューバート・キンケイドは、茶色い髪をくしゃくしゃに掻くと、大きな溜息を吐いては、肩をがっくりと落としていた。

「もう、知ってるのかよ……」
ヒューバートは、「参った……」と呟くと、観念したらしく、全てを白状した。

「したぜ。断られたけどな。アリシアには、他に好きなヤツがいると見たね。……吸うか?」

僕は、下に落ちた煙草の箱を拾い、1本抜き取ると、口に加えた。

「アリシアがそう言ったのか?」

ヒューバートは首を横に振ると、ライターを擦り、煙草を手で囲むと僕の煙草に火を点けた。

「オレの、『勘』ってヤツかな。アリシアは『好きなヒトなんていない』って否定していたけど……。そう言うのは自然と分かっちまうもんだろ?」
「そうか?」

僕には分からない。
アリシアの言うとおり、僕はドンカンなのかもしれない。

「だけど、何もあんな14歳の子供を相手にしなくてもいいだろう?」

僕は密かに抗議の意を込めて、ヒューを批難した。

「……アリシアはもう十分、『女』だよ。他の州じゃ、結婚だってできる年齢だぜ?
お前が勝手に子ども扱いしているだけさ」

ヒューバートは、薄っすらと笑うと、煙草を壁でもみ消した。

「この間さ、隣りのクラスの、ジェイクがアリシアにコクってた。
先週は、アリシアと同級のジミー。
それから……、同じ週にやっぱり俺とクラスメートのマイケル……。
皆、アリシアに告白して、フラレているのさ。それを見れば、フツー焦るさ。
他のヤツに盗られる前に、俺のモノにしちまおうってね」

ええっ!いつの間に?!
僕は、声も出ないくらい驚いた。
全く知らなかった。あいつは何も言わないから……。
と言うか、そう言う肝心な事は昔から、僕には一切言わなかったのだけど。

「アリシアにフラレタ男どもの屍累々ってとこだな。
……俺もめでたく、本日仲間入り!って訳だが、俺はこれからも諦めるつもりはねぇぜ」
「そうか……。親友として、健闘を祈るよ」
そう言いながら、ヒューバートが「サンキュ」と、不意に僕の肩に置いた手を、なぜか僕は苦々しい思いでポンと叩いていた。



★ 第22話 見知らぬ女の顔

ヒューバートが出した車の後部座席に2人で座ると、アリシアは気まずそうに僕からもヒューバートからも目を逸らした。

気まずい時間が支配する中、舗装の行き届いていないでこぼこ道は、僕たちの乗る車を乱暴に揺すった。
「あっ!」
アリシアは、バランスを失うと、僕の膝の上に倒れこんだ。
「大丈夫か?」
「あ……うん……」
乱れた髪を掻き揚げながら起き上がるアリシアの小さな胸の膨らみが、僕の膝に当り、慌ててアリシアの細い腕を掴み、抱き起こした。

車がポンコツで、うるさくて良かったと思った。
でなければ、僕の乱れた心音は不様にも車中に響いてしまっていたかもしれない……

ふと、目線を上げるアリシアの目線と、アリシアを見つめる僕の目線が絡んだ。
だけど、僕はなぜか彼女に釘付けとなった目線を逸らす事が出来なくなってしまっていた。

人形のように大きく澄んだ彼女の碧色の瞳は、じっと僕を見つめていた。
そして「有り難う……」とだけ言い、存外簡単にふぃっと目線を逸らした。

途中、「電話するから」とヒューバートが車を止め、公衆電話で話している間、僕達はお互い別々の窓から車外を眺めていた。

「アリシア……」
「なぁに?」
返事をしながらも、アリシアは決して僕を見なかった。
「お前、ヒューバートをふったのか?」
「……彼が、そう言ったの?」

アリシアの言葉に、仕草に、身震いするような女の艶が混じり、僕は初めて僕の知らないアリシアの一面を見たような気がしていた。
アリシアの目からはあどけなさが消え、緊張した面持ちが尚更に艶かしさを湛えていた。

「お前には、他に好きなヤツがいるって。だからフラレタって」
「……いないわ。そんなヒト……」
「お前、さっき、『恋ぐらいしてる』って……」
「……気のせいよ」
アリシアは目を瞑り、決して、僕に心を開かなかった。

「せっかくのピクニックですもの。そんな話、止めましょう……」
そう言うと、早々に話題を切り上げた。

僕は、まるで男と女が交わすような会話のやりとりに、無意識のうちにこの身がゾクゾクと震えていた。



★ 第23話 キャンプでの出来事


車はどんどん深い森の奥へと入っていった。
「ここらでメシでも食うか!」
ヒューバートは、急に車を止めると、荷物を降ろしだした。
「……おい!ヒュー!」
僕はあまりの荷物の多さに驚いて、荷物を担いで目の前をスキップするように歩いていたヒューバートの肩を掴んだ。
「何だよ?!この荷物は?」
「……えぇっと、これが、テントだろ!これがシェラフで、これが……」
「違うよ!説明しろって言ってるんじゃなくて……」

そう言い掛けて、目が点になった。

「はぁぁっ?何でピクニックにテントが必要なんだよ!」
「ああ、まぁ、そりゃぁ~、キャンプに変更したから……」
僕は脱力し、背負った荷物の下敷きになった。
アリシアはちんまりとした小さな荷物を、フーフー言いながら僕たちの後をつけて来ていたが、ぷーっと吹き出して笑った。
僕はギロっとアリシアを睨み、アリシアはしれっとあさっての方向に目を向けた。

「冗談じゃない!キャンプなんて……。僕達が帰らなきゃ、屋敷の者達が心配するだろ?!」
「ああ。それは、大丈夫!さっき、電話しといたから。バトラーが出て、怒ってたけどな。一応、報告しといたぜ」

……あの時の電話がそうだったのか。
僕は軽い目眩と共に、「キンケイドの人間と係わり合うと、ろくな目に遭いませんよ」と忠告していたバトラーの言葉を思い出していた。
「まじかよ……」
項垂れる僕に、「ジョージの負けね」とアリシアはトドメを刺した。

広々とした平らな場所を見つけると、ヒューバートは、まるで生まれつきの野生児のように生き生きと、しかもテキパキとテントを組み立てた。
キャンプの準備をするヒューバートは僕から見ても手際が良くて、確かにかっこよかった。

アリシアは近くの切り株に腰を掛けながら、「すごい!ヒューバート!!」とヤツを絶賛していた。

「お前も、働けよ」
僕は少しむっとしながらアリシアの手を引いて、一緒に薪を集めに行くことにしたが、忘れ物に気が付き、「すぐに戻るから」と、その場にアリシアを1人残し、テントに戻った。

遠くにヒューバートの影が見えたので、僕は手を振り、声を掛けようとして、止めた。
ヒューバートは、木の切り株に手を添えながら思い詰めた目でその木を撫で、キスをしていたのだ。
僕は慌てて、背の高い草叢に身を隠した。

僕の心臓は突然、ざわめき、何者かに掴まれるような息苦しさを覚えていた。

「そんなに、アリシアが好きなのか……。ヒューバート……」

僕はそのまま背を向けると、アリシアの待つ森へと戻っていった。




★ 第24話 ドンカンなジョージ


森に戻ると、アリシアはいなかった。
「ばかやろ……。迷子になるぞ……」
僕は慌てて、辺りを探し始めた。
すると、川の流れる音とパシャパシャと水面を打つ音が聞こえたので、急いでその音のする方へ走った。

アリシアはいた。
スカートをたくし上げ、キラキラ光る川に足を浸し、幼子のようにはしゃいでいた。
僕はなぜかドキドキした。

分厚く垂れ込めた雲の切れ間から、幾筋もの光の線が漏れ、徐々に水面は光を弾き始めた。
アリシアは、川に佇むと、「わぁ~!きれー」と呟きながら、その神々しい美しさに目を輝かせていた。

「パンツ、見えてるぞ」
僕は靴を脱ぎ、裾を折ると、アリシアに向かって川の中をバシャバシャと歩き始めた。
アリシアは真っ赤になりながら、スカートを一気に下ろし、笑っている僕に拳を振り上げた。
「ジョージのエッチ!」
その時、アリシアがバランスを失い、僕は咄嗟に腕を掴もうとしたが、間に合わなかった。
アリシアは僕まで犠牲にして、川にしりもちをつき、僕も一緒に倒れこみ、二人とも服がびしょびしょになった。
「……ひどいわ、ジョージ」
「……ごめん」
笑いながらスカートの水を絞るアリシアの金髪が風に揺れ、光を放ち始めた。
綺麗だと、思った。
言葉に詰まり、ただ見惚れた。
ヒューバートの気持ちが今更ながらに分かったような気がした。

僕は立ち上がると、アリシアの腕を掴んだ。
「ヒューバートは……、真剣にお前の事が好きらしい」
アリシアの顔から笑みが消えた。
「きっと、切なくてドキドキするような想いをお前に抱いているんだ。
だから、お前ももっとちゃんと真剣に考えてあげろよ……」
僕はそれだけ言うと、岸に上がり、靴を手にした。
「お前も、そろそろ上がって……」
振り向いた瞬間、水飛沫が顔を直撃した。
「な!何すんだよ!!」

……アリシアは泣いていた。

「わ、私だって、ドキドキしたわ。初めて、キスをした時……。『飛び降りろ』って汽車の窓の向こう側から言われた時……」

僕の思考は………………………………止った。

「恋をしてるわ!ずっと、ずーーーーーーっとよ」

アリシアは、川から上がると、「……ドンカン」と僕の頬をペチっと打った。
「悔しい……。今だって、こんなにドキドキしてるなんて……」
そういい残し、アリシアは森の中に駆けて行った。

ぐるぐると回る僕の頭は、ようやくアリシアの言葉を処理し始めていた。


あいつの………………恋する、男って、まさか…………


………………僕か?!




★ 第25話 アリシアの哀しみ

僕は慌ててアリシアの後を追った。
「待てよ!アリシア!待てって!」
アリシアはよろけながらも、森の奥深く逃げていく。
折れた大木をジャンプし、枝に手を掛け、バランスを取りながら森の中を走り、ようやくアリシアの腕を掴んだ。

アリシアは、涙でぐしょぐしょの顔を何度も手で拭うと、顔を伏せた。

「あのさ……」

と、言い掛けたは良いが、直ぐには言葉が出なかった。
しかも、言葉が出たとしても、パニックに陥った人間と言うものは、この世の中で、一番愚かで、間抜けなことを口走るものだ。

「僕は……お前の兄貴なんだけど……」
「……知ってるわ」
「あっ、そう……」

それでも、僕を好きなのか?と、聞くのも更に間抜けな気がして、口篭もった。

僕は頭を掻き、深呼吸すると、ようやく思考がまとまってきた。
「アリシア……。僕はお前の兄貴で、お前の事は大事な妹だと思ってる」
アリシアの体が一瞬強張るのが分かった。

僕はアリシアの腕を掴むと、力強く言った。
「お前は、僕に恋していると『思っている』だけだよ。『恋』なんかじゃない」
僕は兄らしい言葉を必死で紡いだ。
「さっきのことは聞かなかった事にするから……」
手を差し出すと、「ヒューバートが心配する。帰ろう」と辛うじて笑った。


「……ひどい」
アリシアは、顔を上げると強い目で僕を睨み返した。
「私は、無かった事になんかしたりしないわ!」
「アリシア……」
「エヴァの時も、サリーの時も、そしてこれからも、私はただ泣くだけなの?妹だからってだけで、この恋を諦めなくちゃいけないの!?」
アリシアの言っていることはムチャクチャだった。
それは理性では分かっているつもりだった。
「私は、望んであなたの妹に生まれたんじゃない!……望んで……生まれたんじゃない……」

理性ではいけないことだと、分かっている。
分かっているのに……。
泣き崩れるアリシアへの愛おしさを押さえきれず、僕は無意識のうちに彼女を抱き締めていた。





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