衰退国家『日本』の神社を往く 黒猫大明神(長野県松代)
長野県松代はかつての真田藩が置かれていた場所になりますが現在はその面影を街中に残し観光地として有名です。ただ街から少し出て山側へと進むと衰退している現状が見えてきます。その中で歩き回っていると偶然この神社にたどり着きました。『黒猫大明神』です。こちらがその黒猫大明神、正面から捉えた写真です。小さい区画に収められたこの神社は様々な場所に点在する地域の神社であると思われます。まさに"地域密着の神社"。この神社には立て看板でこの神社を紹介してあったので以下に書き綴ります。黒猫大明神の由来古来より船にのる人は、公開安全の魔除けと気象占いのために黒猫を船に乗せて公開したと伝えられています。また、海軍の守り神として、船の先端に黒猫が飾られていたという説もあります。黒猫は厄除け招福の言い伝えのある演技ものでもあります。かつて日露の戦いで、連合艦隊司令長官として勝運強く大勝利をおさめ、文武の偉人ちしても誉れの高い東郷平八郎元帥(1847~1934)も、黒猫を魔除けとして大変に可愛がっておられました。その愛猫の死後は、黒猫像を造り、邸内に安置して黒猫大明神として祀られていたとも言われています。また、ご子息彪氏ともに、世界各国から、様々な黒猫像およそ二千五百体を、魔除けとして蒐集し、大切に保存しておられ、その邸宅は「黒猫荘」と名付けられておりました。ところが、第二次世界大戦終結後、ゆえあって東郷家より元衆議院議員故鈴木仙八氏がこれらの寄贈をうけ、元帥のご遺志を受継ぎ、これらの黒猫像を、村松氏の郷里である当松代の地に移置し、ここに元帥の遺徳を偲ぶとともに、「徐厄招福」祈願のため、1978年(昭和53年)秋、建立し、お祀りした次第です。尚、「黒猫荘」と名付けられていた邸宅は、現在彪氏の母校東京農業大学厚木キャンパスに移築され、今も利用されております。平成24年1月 黒猫神社 管理者 寿楽苑 村松啓ここには黒猫神社とありますがグーグルマップでは黒猫大明神と表示されています。ここでは黒猫大明神で表記させて頂きます。そんな訳で黒猫、いますよ。ちょこんと。もっとたくさんいると良かったのですが様々な形で日本中に散らばっているのではないかと思います。なんたってあの東郷元帥のゆかりの品なのですから。この神社を後にして先に進もうとした時に気づいたのですが特徴的な柱のデザインがありました。それがこれ。左右に同じようにあるのでなかなか凝っているなと思いました。これ作るのも大変だったろうに。この先、木彫りでこの様な物を作れる職人が居なくなると神社の建て替えや災害等で失われた場合、技術そのものがないという状態に追い込まれそうです。そうなった場合、再建そのものを見送る、諦める、といった事が予期されます。なのでなるべく写真という形に収めて誰でも見れる状態にする、それがブログを書き続ける意義だと思った次第です。という訳でタイトルもそれに見合った形にして、日本の現状を認識するようにしました。将来、日本が再び豊かになった場合に昔の形を再建しようと思った際の資料にして頂ければ幸いです。【ご紹介します!信頼の日本製!太陽電池でかわいく手が動く!ちぎり和紙!福福招き猫(2種)】B.黒猫 【5点】iyo_mdrjs