知るは一時の恥、知らぬは一生の後悔。
今、中野剛志先生の『経済と国民 フリードリヒ・リストに学ぶ』という本を読んでいるのですがわからない言葉・単語が沢山出てくるのですよね。今まで勉強に頑張らなかったツケが今ここにきて払わされているのです。タイトルにあるのですが、人に聞いたりして知ることは無知の自分をさらけ出すので"恥"になると思いますが、知らないと別に"恥"の概念はないのではないかと思うのです。どちらかといえば"後悔"が正しいのではないかと思います。なのでここでは知らない言葉・単語等をネット等を使って知っていこうと思います。それでは早速始めましょうか。リカードの定理(コトバンクより)政府が景気を刺激するために減税し、この減税に必要な資金を国債を発行することによって賄うとする。しかしこの時、もし家計が、将来政府が国際を償還するときに増税することを予想するならば、家計は現在の減税分を消費に回すことなく将来の増税に備えて退蔵するだけであり、結局、減税は何ら景気を刺激する効果を持たないことになる。このように、家計が国債の発行が将来の増税を意味することを正確に予測する場合には、減税の財源を国債から調達した場合と直接税金から調達した場合とは、全く同じ結果をもたらす。この命題を英国の経済学者デビッド・リカードにちなんでリカードの等価定理という。中野先生の著書を読む際、「リカードの定理」という言葉が出てきたら大体批判的に扱われます。内容を読むと、なるほど納得です。MMTを少しかじった人であればすぐにツッコミが入りそうな文章です。いえ、文章が変ではなくて定理が変なのです。私如きがツッコむことができるのですから他の優秀な人であれば尚更です。ヘクシャー=オリーンの定理(コトバンクより)外国貿易で一国がどのような産業に比較優位をもつのかを、一国と他国の間の生産要素の豊富さの程度の違い(生産要素の賦存の違い)という面から解明したのが、ヘクシャー=オリーンの定理である。スウェーデンの経済学者E・F・ヘクシャーとB・G・オリーンによって明らかにされたのでようよばれている。ま、まて"賦存"ってなんだ!?再度、コトバンクで検索だ。賦存(ふそん)…天然資源が、利用の可否に関係なく、理論上算出されたある量として存在すること。ふむ、なんとなくは、ね。いま、A国とB国という二つの国で、X財とY財という2種類の財が、両国で等しい技術水準のもとで労働と資本によって生産されるという、単純なケースを想定しよう。二国間で生産要素の賦存が異なり、A国は相対的に労働が豊富でB国は資本が豊富であるとすれば、通常はA国では賃金率は低くB国では資本用役の単位当り報酬率(レンタル率)は低くなるであろう。また、生産に投入される生産要素の比率(労働と資本の比率)は2種類の財の間で異なり、X財はY財に比べて労働よりも資本をより多く投入するような財(資本集約的な財)であり。Y財は労働集約的な財であるとしよう。そうすると、資本集約的なX財は、その生産により多く投入される資本用役の単位当たりのレンタル率の低いB国において、より安い費用で生産され、他方、労働集約的なY財その生産により多く投入される労働の賃金率の低いA国でより安く生産されるであろう。すなわち、労働が豊富な国は労働集約的な産業に比較優位をもち、資本が豊富な国は資本集約的な産業に比較優位をもつという命題が導出されるそのような命題をヘクシャー=オリーンの定理という。長ぇ…。そしてここにただ書き出すだけでもこんがらがった糸の様に理解が出来なかった。いや、なんとなくはわかるのですが、こうやって小難しく説明をされると非常に難しいことを言っているように聞こえるのですよ。ヘクシャー=オリーンの定理のもう一つの側面は、生産要素価格の均等化である。それぞれの国がそのような比較優位産業に特化し相互に貿易が行われるようになると、A国では労働集約的なY財のせいさんが 拡大し、資本集約的なX財の生産は縮小することになる。このことは、資本用役に比べて労働用役に対する需要が増加することを意味し、それに伴ってA国で賃金率が上昇するであろう。B国では逆に、資本集約的なX財の生産が拡大し労働集約的なY財の生産が縮小して、資本のレンタル率が上昇するであろう。こうして貿易は、両国間の賃金率とレンタル率の格差を狭めるような効果をもち、国際間の生産要素の移動にかわって、貿易が生産要素の報酬率(生産要素価格)を均等化する作用をするのである。ヘクシャー=オリーンの定理は、多くの学者によって純粋理論として体系化されたが、レオンチェフ・パラドックスとして知られるW・レオンチェフによるアメリカの貿易パターンの実証的研究の効果をはじめ、実証的な面でいくつかの問題点が指摘されている。だから、もっと簡単に簡潔に説明してくれよ!たのむよ。要するには皆、同じ位に豊かになります、よかったよかった、ということでいいのでしょうか?ようは格差が段々と縮まってゆく、そのように理解をしましたが現実はどうなのでしょうか?ここではあまり言及しませんがそうなっていないように思えますがね…。経済と国民 フリードリヒ・リストに学ぶ (新書634) [ 中野剛志 ]今読んでいるのはこの本。歴史上様々な国が滅んでいるのですが、自らの手で滅びへの道を作り、自ら進んで崖下へ転落しようとする国は歴史上、日本が初めてではないでしょうかね?いえ、わかりませんが。