カテゴリ:今週の詩
男声合唱組曲 雪明りの路 詩:伊藤 整 作曲:多田武彦 一、春を待つ ふんはりと雪の積った山かげから 冬空がきれいに晴れ渡ってゐる。 うっすら寒く 日が暖い。 日向ぼっこするまつ毛の先に ぽっと春の日の夢が咲く しみじみと日の暖かさは身にしむけれど ま白い雪の山越えて 春の来るのはまだ遠い。 二、梅ちゃん 梅ちゃんの家は焼けた。 ぼくと遊んだ頃の 婆さんは死に 爺さんひとり居る藁家で 春の雪どけの晩 爺さんが酒をのんで火をだした。 火を吹いて 吹いて あの藁家が崩れた。 春になって 草がまっ蒼にのびた頃にも 焼けあとには黒い掘立杭が立ってゐた。 ぼくが十八の春、 梅ちゃんは小樽のげいしゃ。 あの藁家は燃えちまったよ。 三、月夜を歩く 泣きやんだあとの様に 月が白い輪をもった夜更けて 私はひとり忍路(おしょろ)の街を通りぬける。 切通しをのぼりきれば 海の見える さびれた家並がある。 海は湾の内に死んで 灰色の脊を見せ、 家々は寝しづまってゐる。 そとに夜どほし立ってゐる桐の木の花が 甘く 鋭く匂ってゐる。 私は いくつも いくつも 塩風で白くなった板戸の前をすぎて わるいことをするやうに 下駄の音をしのばせてそこを通りぬけた。 あゝ 何のための 遠い夜道だったらう。 いたどりの多い忍路から出る坂路で 誰も知るまいと 私は白い月を顔にあびて微笑んでみたのだ。 四、白い障子 風がひと吹きすぎさると ざあっと 豆を撒いたやうに雨が屋根をたゝく。 すゝで赤くなった室(へや)には 障子が立てられ みんなは暖い夕食の箸をとる。 秋が来たので 白い障子の立てられた中で。 五、夜まはり 夜まはり 夜まはり 毎晩月夜に歩きまはるので 爺さんの目は赤くただれてしまった。 からん からん 人はふかく寝込み 夜はたいへん更けて 悩ましい夢が巷にただよってゐる。 からん からん 家の角は白くけぶって 人の知らない月影がある。 黒い装束に顔の大きな 爺さんの目は赤くたゞれてをった。 六、雪夜 あゝ 雪のあらしだ。 家々はその中に盲目になり 身を伏せて 埋もれてゐる。 この恐ろしい夜でも そっと窓の雪を叩いて外を覗いてごらん。 あの吹雪が 木々に唸って 狂って 一しきり去った後を 気づかれない様に覗いてごらん 雪明りだよ。 案外に明るくて もう道なんか無くなってゐるが しづかな青い雪明りだよ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年08月03日 13時03分45秒
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