誘惑
その晩只野は一次会を終え、最寄りの駅までたどり着いた。 駅前には行きつけがある。そこへ寄るつもりでいた。しかし月曜日というところに嫌な予感があった。 予感は的中した。休みである。仕方なく只野は徒歩30分の家路につくことにした。 雪が降っている。歩道は白くなり、只野の歩いた足跡が一つまた一つ増えていく。傘には雪が積もり、次第に重くなっていく。 焼鳥屋の左横を通る。匂いがする。足が少し横にでる。いかんいかん。只野は、頭の中に浮かぶ生ビールとネギマをかき消した。 交差点にさしかかる。ここを左に曲がると、別の行きつけがある。時間的にはいいかなと思う。いかんいかん。只野は、頭の中に浮かぶ美味しい突き出しと焼酎のお湯割りレモン入りを必死にかき消した。 T字路にさしかかる。突き当たりには小料理屋がある。ここの女将さんの顔も久しく見ていない。突き当たりを曲がらねば、そのまま入っていく。 そのとき小料理屋の戸が開いた。ここで女将さんが出てきたら、おいでおいでになるだろうなと只野は期待した。いかんいかん。只野はその小料理屋から人が出てくる前に右に曲がって、小走りで歩いた。 結局只野は、いくつもの誘惑に負けず、無事帰還した。そして冷蔵庫にあったマヨネーズわかめを肴に、ビールを飲んで布団に入った。