2366860 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

カツラの葉っぱ 大好き!

漢字の世界R3

<漢字の世界R3>
漢民族は嫌いだが、漢字文化圏という括りが好きな大使である。
何でかなぁ?
・・・ということで、漢字について集めてみました。
甲骨甲骨文字

・閉された言語・日本語の世界
・朝鮮日報が日本の国語辞典を評価
・『漢字と日本人の暮らし』
・『呪いの思想』
・漢文の有用性
・お言葉ですが・・・別巻2
*********************************************************************
漢字の世界2>目次
・漢字の来し方行く末
・『呆韓論』
・韓国での漢字教育
・呉音、漢音、唐音、慣用音の違い
・漢字排斥の弊害にあえぐ韓国
・韓国から見た日本
・韓国、台湾の漢字事情
・漢字文化を考える

*********************************************************************
漢字の世界1>目次
・韓国で漢字復活
・韓国が漢字効用に目覚めた
・漢字がつくった東アジア
・「中国文明の謎」第2集
・漢字のベクトル
・『おどろきの中国』3
・『韓国が漢字を復活できない理由』
・『漢字で覚える韓国語』

R3:『閉された言語・日本語の世界』を追記


<『閉された言語・日本語の世界』1>

同音異義の漢字の成立理由が、中国語と対比して述べられています。
p75~79
■漢字語は音声と文字の交点に成立する
 私はかねてから日本語は伝達」メディアとしてはテレビのような性格を持っていると主張している。音声を使って話している時でさえも、使われている漢字語の視覚的な映像を同時に頭の中で追っているのである。

 これは決してすべての人が漢字を一字一画に至るまで、いつも正確に意識しているというわけではない。ある音形をきいたときに、それに対応するいくつかの、意味が関係のある漢字を思い浮かべ、前後の関係からどれか一つに決定するという意味である。

「・・・官房長官がシ案を作りました」とニュースで聞くと、「私案」かな、それとも「試案」かなと一種の絵合わせを頭の中でやっていくのだ。この頃では、アナウンサーが御親切に「こころみ」の案だとか、「わたくし」の方だとか、ちょっと声を落として注をつけ始めたようだが、日常会話でも相手が使った言葉の文字を尋ねたり、自分の用いた語の表記に「さんずい」だとか「てへん」だなどと注を加えることは、しばしば経験する。

 てのひらを出して字を書き示す習慣も日本独特で、西欧人はペラペラと綴りをそらでいう。私たちは字面を思い浮かべないと落ち着かない。

 日本語に比べると、表記が原則的として表音である言語では、話すことはラジオのようなもので、すべての情報が音声という聴覚的刺激に託されている。そこで音形が同じで、意味に関連性があるような二つ以上の語は極端に嫌われ、互いに衝突するものとして一方が排除されてしまうのである。

 日本語において表記が視覚的な情報源として働くということに対する言語構造上の理由は二つある。この二つは互いに原因であり結果であるという密接な関係に立っているが、現象としては一応別個の事実として考えるおとができる。

 第一はすでに同音語の考察で明らかのように、お互いに同音で、しかも意味がなんらかの点で関連がある漢字が非常に多いということである。例えば「コウ」という発音を持った普通に用いられる漢字の数は、75にのぼる。これはポケット版である『岩波国語辞典』の見出し項目として出ているものだけであるから、大型の辞書にのっているものを数えれば、その数ははるかに多くなると考えられる。

 この75の漢字のどれだけが、実際の会話の中で同音衝突を起こす可能性があるのかは簡単に決定できない。文の前後の脈絡次第で思わぬところで意味が混同されたり、取りちがえられることがあり得るからだ。荒天、好天や紅海、黄海などは衝突することは確実である。このようなとき、どんな字を使うのかという、表記に関する知識、つまり視覚的な情報が、曖昧性、多様性を解消することになるのである。
(中略)

 書かれた文字を見て、それをどう発音するかわからなくても、あるいはすぐ思い出せなくても意味はちゃんと分かることがあるのは誰でも経験することであろう。これはテレビを見ていて、音声を消してもある程度なんのことだか分かるのと比べられる。ラジオは消したらおしまいである。

 以上の考察から明らかになったことは、西欧諸国の言語のように、文字表記が原則的には表音的な性質を持っている場合には、文字という視覚的情報は本質的には重複性がきわめて強いということである。

 これに対し日本語の漢字語では、文字は音声からは別個に独立した情報源であり得るので、音声が等しくても、そして意味に関連があっても、文字さえ違えば同音衝突によるはじき出しが起こらないのは当然である。

 この点で同じ漢字を使う中国語の場合と、日本漢字のそれとはかなり違っている。日本語の中に組込まれた漢字の音形は、日本語の音韻体系が中国語に比べて非常に単純であるために、もとの発音とは似ても似つかぬほど簡略化されてしまった。日本語には中国語のような声調(四声)の区別、有気無気の対立がなく、そして音節末の子音の存在を許さない。そこでもとの中国語ではまったく別の音形であった多くの漢字が、日本語に入ると同音になり、中国語では想像もつかないような数多くの同音異義の漢字が生れたのである。
 このような日本化された漢字の表す概念(意味)は、もはや音的情報のみでは自立不可能となり、視覚的情報との交点においてはじめて明確に決定されることになった。


【閉された言語・日本語の世界】


鈴木孝夫著、新潮社、1975年刊

<「BOOK」データベース>より
日本語を話す人=日本人という「単一言語国家」であり、歴史上侵略された経験がない日本人は、いかなる言語を育んできたのか。数種類の一人称代名詞をもち、「相手依存」で自己規定する私たちの言葉の不思議。言語社会学の第一人者が、言語と文化への深い洞察をもとに、日本語観、外国観、そして日本人の自己像を考える。時代を経ても色褪せない必読の論考。

<読む前の大使寸評>
発行年度がかなり古い本であるが、当時で32刷となっているように・・・・いわゆるロングセラーなんだろうね♪ 借りた本は1990年発行となっています。

rakuten閉された言語・日本語の世界




<朝鮮日報が日本の国語辞典を評価>
朝鮮日報が日本の国語辞典を評価しているので、見てみましょう。


2018/04/08国語辞典の差、韓日の知力差より
 先日、日本で静かな文化的事件が起きた。岩波書店が国語辞典の「広辞苑」の第7版を出したのだ。日本には1万種類を超える辞典、事典があふれる。そんな国で多くの国語辞典の一つが改訂版を出したところで大したことではなかろうというかもしれない。しかし、クリック数回でインターネットであらゆる辞典が見られる時代だ。民間の出版社が新たな紙の辞典を発売したことを決して軽く見るべきではない。
(中略)

 広辞苑は10年ごとに同じ作業を進めてきた。市民にも門戸を開いた。初期には日本初のノーベル物理学賞受賞者である湯川秀樹のような人物も解釈に参加したという。辞典に完璧はない。しかし、完璧に向かった改善の努力をやめないことが重要だ。日本にはそうした国語辞典が複数ある。個性もはっきりしている。言葉を扱い表現することが文化の水準を決定するとすれば、これは大きな力になる。

 日本も「紙の辞典」が退潮する現象を経験した。広辞苑も1998年の第5版が100万部、2008年の第6版が50万部と販売が落ち込んだ。第7版は6月までの販売目標を20万部に設定している。しかし、インターネット時代に紙の辞典に1万5000円も払う人が20万人もいるということはむしろ驚くべきだ。いい加減な辞典を無料で使うより、カネを払っても信頼できる辞典が欲しいという人たちだ。彼らが日本の国語辞典を支える力だ。広辞苑はソウル光化門の教保文庫でも15部が売れたという。

 韓国では国語辞典という市場自体が死滅した。人々がポータルサイトを利用するからだ。出版社の辞典チームは解体された。それゆえ、改訂競争で辞典の質を高める機会も消えた。国民の税金で設立した国立国語院の標準国語大辞典は1999年の初版発行以降、一度も改訂版を出していない。

 オンラインでも本格的な改訂はなされていない。載せるべきものと載せなくてもよいものを区別できず。単語の最も正確な意味も盛り込まれていないという批判が根強い。オンライン辞典が大勢ならば、読者がオンライン国語辞典の誤りを指摘し、修正を求めて声を上げなければならない。国語辞典の差が韓国と日本の知力の差をもたらすと思うと恐ろしい。

韓国で出版された韓国語辞典とやらを見たことがないのだが、漢字の扱いはどうなっているのだろうか?
漢字抜きの韓国語辞典など、意味不明が拡散して、かえって混乱が生じるのではないかと思ったりするのだが。



<『漢字と日本人の暮らし』>
図書館で『漢字と日本人の暮らし』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくってみると、日本の漢字文化に関するいろんな項目が興味深いのである。…要するに大使のツボを突くわけでおます。

漢字渡来当初の混乱ぶりを、見てみましょう。
p94~98
<日本人と漢字の接触> 
■日中外交関係 
 日本がはじめて中国の文献にとうじょうするのは『漢書』の「地理志」においてであり、その「燕地」の条の末尾に「夫れ楽浪海中に倭人有り、分かれて百余国と為る、歳時を以て来たりて献見すという」という記述が見える。ここにいう「楽浪」とは前漢の武帝が朝鮮半島を植民地としたときに建てた国の一つで、現在の平壌あたりにあった。そして文中の「倭」が日本を指すのは確実だから、当時「百余国」に分かれていた日本のどれかの国の使者が、前漢の時代にすでに定期的に大陸にある国を訪れていたらしい。

『漢書』の記載はきわめて簡単なものだが、『後漢書』になるともう少し詳しく記載があり、その「東夷伝」に、後漢の建武中元2(西暦57)年に、倭の「奴国」からの使者が首都洛陽を訪れ、光武帝から印綬を授けられたことが記されている。
(中略)

 このような中で、漢字は当初、もっぱら中国との国交を維持するためだけに使われた。『魏志』「倭人伝」によると、卑弥呼が送った使者に応えて、魏は正始元(240)年に二人の官吏を倭に派遣して詔書と印綬を届けさせた。このときにとどけられた皇帝の詔書は、おそらく紙に書かれていたと思われるし、ことばはもちろん正規の漢文で書かれていたはずである。

 卑弥呼は魏からの使者が自国を訪れたことに感激して、再び「使いによって上表し、詔恩を答謝」したというのだが、そのとき卑弥呼はいったいなにに手紙を書いたのだろうか。当時の日本に紙を作る技術があったとは思えない。それなら竹簡か木簡を使ったのだろうか。だがかつて文字など使ったこともない人間が、いきなり木簡などを使ったっとは思えず、それに木簡や竹簡で皇帝に手紙を書くのは、どう考えても不敬である。おそらく卑弥呼は、魏の皇帝からいただいた絹か紙を使ったにちがいないのだが、このときの日本にはまだ文字を描く環境すら整備されていなかったようだ。

 そして「魏志」の文章をそのまま受け取るならば、卑弥呼の朝廷には正規の漢文による文章を作成できる人物がいたことになる。この答礼の文書を作成したのが日本人であったという証拠はどこにもないが、少なくとも卑弥呼は、漢字による文章の作成を渡来人の手を借りてでえもおこない、答礼の上書を奉ったのである。当時の漢字の使用目的は、あくまでもまず第一に、中国への外交上の国際関係が中心であった。



【漢字と日本人の暮らし】
漢字

阿辻哲次著、大修館書店、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
日本人なら知っておきたい「漢字」のこと。「読める」「書ける」のその前に。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくってみると、日本の漢字文化に関するいろんな項目が興味深いのである。…要するに大使のツボを突くわけでおます。

amazon漢字と日本人の暮らし




<『呪いの思想』2>
図書館で『呪いの思想』という本を、手にしたのです。
おお 白川静×梅原猛という蒼々たるマッチメイクではないか♪
それでは、お二人の対談で、三千三百年前の昔まで遡ってみましょう


【呪いの思想】
呪い

白川静×梅原猛著、平凡社、2002年刊

<「BOOK」データベース>より
白川静と梅原猛、奇の二人が語る。「呪の思想」。すべてが神に問われた。神はすべてに答えられた。神に卜(ぼく)する占。昔、むかし、三千三百年前のむかし、神々と人々が交通していた、時代のものがたり。

<読む前の大使寸評>
おお 白川静×梅原猛という蒼々たるマッチメイクではないか♪
それでは、お二人の対談で、三千三百年前の昔まで遡ってみましょう

amazon呪いの思想

『呪いの思想』1:日中文化の黎明期p164~169
『呪いの思想』2:「白川静」の学問p14~17



<漢文の有用性>
内田先生がリンガフランカであった漢文の有用性と、漢文無用化の史実を語っているので見てみましょう。


2017年03月30日役に立つ学問より
 近代まで漢文は東アジア地域限定・知識人限定の「リンガフランカ」であった。それを最初に棄てたのは日本人である。こつこつ国際共通語を学ぶよりも、占領地人民に日本語を勉強させるほうがコミュニケーション上効率的だと考えた「知恵者」が出てきたせいである。

 自国語の使用を占領地住民に強要するのは世界中どこの国でもしていることだから日本だけを責めることはできないが、いずれにせよ自国語を他者に押し付けることの利便性を優先させたことによって、それまで東アジア全域のコミュニケーション・ツールであった漢文はその地位を失った。日本人は自分の手で、有史以来変わることなく「有用」であった学問を自らの手で「無用」なものに変えてしまったのである。

 戦後日本の学校教育も戦前と同じく「コミュニケーション・ツールとしての漢文リテラシーの涵養」に何の関心も示さなかった。さらに韓国が(日本の占領期に日本語を強要されたことへの反発もあって)漢字使用を廃してハングルに一元化し、さらに中国が簡体字を導入するに及んで、漢文はその国際共通性を失ってしまった。

 千年以上にわたって「有用」とされた学問がいくつかの歴史的条件(そのうちいくつかはイデオロギー的な)によって、短期間のうちにその有用性を失った好個の適例として私は「漢文の無用化」を挙げたいと思う。




<『お言葉ですが・・・別巻2』>
図書館で『お言葉ですが・・・別巻2』という本を手にしたのです。
パラパラとめくってみると、漢字に関する薀蓄がすばらしいのです♪

簡体字

台湾における文字改革を見てみましょう。
p188~193
<中華民国と中華人民共和国、それぞれの文字改革>
 いま日本では「台湾」と言っているが、これは地域名、つまりあのサツマイモのような形をした島の名なのであって、「台湾」という名の国があるわけではない。国の名前は「中華民国」というのである。

 この中華民国は、もともと中国大陸にあった。この国は、1912年に建国して、1949年まで37年間、「中国」というのはこの中華民国であった。

 でこの中国も、建国当初から、漢字はおいおいやめねばならない、という方針であった。そこでまず、日本の「かな」に相当する「注音字母」というものを作った。これは人口的に作ったものだから、「かな」より合理的にできている。一文字で一音節をあらわし、現在でも台湾では子どもの教育に使用されている。

 しかるにこの中華民国という国の37年間は、まことに多難であった。
 はじめは国内各地に割拠する軍閥とたたかい、つぎは侵入してきた強力な日本軍とたたかい、やっと日本がしりぞいたと思ったらこんどは革命を叫ぶ共産党とたたかい、とうとう負けて海に追い落され、台湾に逃げこんだ。なかなか言語政策の推進どころではなかったのである(結果としてそれがさいわいしたのであったが)。

 大陸のほうでは共産党が、「中華人民共和国」という国をうちたてた。いま日本で「中国」と言っているのはこの中華人民共和国のことである。
 共産党は新中国をうちたてると、すぐに文字改革にとりかかった。この点では中華民国がやろうとしてできなかったことをうけついだのである。

 共産党の文字改革の柱は二つある。一つは、漢字の簡略化である。これは、上にも言ったように、いずれ漢字は全廃する方針なのであるが、一挙にやるのは混乱をまねくので、うんと簡略化して当分使用しようというのである。それで新しく制定した簡略な字を「簡体字」あるいは「簡化字」と呼び、従来の字(つまり正字だ)を「繁体字」と呼んだ。

 もう一つは表音文字の制定である。中華民国が作った「注音字母」があるのだけれどそれは採用せず、別に「〇音羅馬字」というのを作った。これは、ローマ字、つまりアルファベットをもちいて中国語の音を書きあらわす方式である。中華民国の注音字母が日本語の「かな」に相当すとすれば、〇音羅馬字は日本語の「ローマ字書き」に相当する。

 共産党政府としては、遠くない将来漢字を全部やめてこの〇音羅馬字だけにする計画であったのだが、いまではその見こみはまったくなくなっている。

(中略)
<なぜ台湾にだけ正字が残ったか>
 台湾では、漢字は、従来のものがそのまま使われつづけた。
 これにはいろいろな理由がある。
 1949年以後の台湾は、人口の大部分は日本時代から台湾にいる人たち、およびその子供たちであるけれども、社会の上層、つまり支配層、指導層(政治家、官僚、軍人、学者、等々)は、元来台湾とは無縁の、やむなく台湾へ逃れてきた人たちである。つまり正真正銘の中国人である。

 この人たちには、自分たちの父祖の地である中国は、いまあの無知で凶悪な共産党の連中に占拠されているけれども、優秀な中国文化の伝統はこちらにある。われわれによって保持されているのだという意識がある。だから、大陸のほうで共産党が簡略字を作って流通させているからといって、それに追随するわけがない。いきおいこれまでどおりの字をそのまま使うことになる。

 それから、台湾へ逃げこんできてからの少なくとも十年か十五年のあいだ、この人たちは、そんなに長く台湾にいるつもりはなかった。軍事力をたてなおして、大陸に逆上陸し、共産党を倒して、もう一度中国全土を中華民国の天下にするのだと思っていた。

 であるから、台湾において、長い目で見た政策を立てたり実施したりする気はなかった。道路、空港、鉄道、港湾、学校・・・・、その他なんであるにせよ、軍備強化に直接かかわるものはもちろん優先整備せねばならぬが、それ以外は何ごとも、よほどの不都合がないかぎり、おおむね従来のままであった。

<日本語教育から「国語」教育へ>
まして言語は・・・・さあこの台湾の言語のこととなると、これはもう話がはなはだめんどうなのであるが、これもごくかいつまんで申しておきましょう。

 1945年の日本敗戦までは、台湾は日本の一部であったのだから、学校では無論日本語で授業をしていたし、官庁や会社でも日本語が使われていた。家庭や地域では、ふつうの台湾の人たちは、ビン南語を話していた(このビン南語を一般に「台湾語」と言っている。ビン南語は話しことばがあるだけで、それを文字に書きしるす方法はない)。台湾の人でも、上流の階層は家庭でも日本語を使っていた。それから台湾の原住民は日本語を使っていた。これは、原住民の言語は種族ごとにそれぞれちがっていて、共通の言語がなかったからである。

 そこへ中華民国が中国語を持ちこんできた。これは一般に「北京官話」と呼ばれる中国の標準語で、中華民国ではこれを「国語」と呼んでいる。いまではもうこの「国語」がすっかり普及していてだれでも国語を話すが、50年あまり前には、これから学校で「国語」を教えて根づかせてゆこうと始まったばかりであったのだ。



【お言葉ですが・・・別巻2】
お言葉

高島俊男著、連合出版、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
【目次】
退屈老人雑録(選ばなかった道/ヨーロッパ最新の『隠居論』/諸藩のえりぬき「貢進生」 ほか)/うまいものあり、重箱のスミ(ミスタータイガース永久缺番10/天もとこしえ地もとこしえ/多藝の天才?器用貧乏? ほか)/戦後国語改革の愚かさ(戦後国語改革の愚かさ/漢字の輸入は日本語にとって不幸であった/なんだこりゃ、中国の漢字 ほか)

<読む前の大使寸評>
パラパラとめくってみると、漢字に関する薀蓄がすばらしいのです♪

rakutenお言葉ですが・・・別巻2


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.