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2004/05/08(土)11:54

滅亡への転換点

歴史(815)

滅亡への転換点はどこだったのか? taroさんの年表から史実を拾い出してみる。 日清日露戦争(1894~1905)?、日韓併合(1910)?、世界恐慌(S4)?、3月事件(S6)?、柳条湖事件(S6)?、満州国建国(S7)?、5.15事件(S7)?、国際連盟脱退(S8)?、2.26事件(S11)?、日中戦争(S12)? 柳条湖事件のあと、若槻内閣と軍中央は不拡大に務めたが・・・ 陸軍中央の中止命令を無視した関東軍の錦州攻撃は、米国務長官スチムソンを激怒させると共に政府、陸軍中央の権威を一挙に失墜させた。そして関東軍を抑えられない若槻内閣は総辞職に追い込まれた。 日韓併合あたりから日中戦争あたりまで歴史は破局へカーブを描いているが、そのなかで滅亡への転換点を強いて選び出して見よう。 滅亡への転換点は満州事変とする歴史学者が多いが・・・ 昭和6年3月の3月事件、9月の柳条湖事件(満州事変勃発)、10月の10月事件、11月の錦州攻撃、12月の倒閣あたりが滅亡への転換点だったのではないだろうか?と私も思います。 日本滅亡への牽引車とも言える関東軍ですが、その関東軍のなかで画策した参謀達は言ってみれば無責任な中堅官僚でしょう。 小泉政権の頑迷なブッシュ隷従に関する私のこじつけ論ですが・・・・・ 外務省の中堅官僚(海老原北米局長)が小泉政権の対米追従路線をリードしているらしく「俺の断り無く日本国内の他の誰にも対米問題は触らせない」と豪語しているらしいが、なんだか関東軍の中堅官僚(石原参謀)のクセのある独断専行を見ているように感じるのは妄想だろうか? 昭和11年頃はひとりで国家を動かすほどの力をもつ1軍人と言われた石原莞爾と外務省の1中堅官僚と比較するのは、我ながら無理っぽいが・・・ いずれにしても ブッシュ隷従に関して政府からきちんとした説明がないので、庶民はいらぬ詮索をしている訳であり・・・ 「いいんだ これで!」が口癖の首相には、説明が期待できないので、福田官房長官あたりから説明を聞きたいところなんですが。

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