お天気は曇り、ベストコンディッションではあるが・・・・
個人的連休合宿を続けて今日走れば6日目になるが、なんだか合宿疲れが出たのか?、もうひとつ気がのらないのである。(老体には、やはりちょっときつかったか?)
ところで、連休用に図書館で借りた「ロング・グッドバイ」をようやく読破したので、この際、読後感をしたためておこう♪
フィリップ・マーローがちょっとやくざな家業を続ける理由、結婚しない理由が、本人の口から明かされることはなかったが・・・・
彼のあまり得にならない行動の裏には、何か屈折した怒り、諦観が感じられるのです。
このあたりが、男性読者からも、女性読者からも支持を得て、目が離せないところなんでしょうね。
特に権力や情報操作に反発してしまう彼の心根が、私には興味深いし、また惹かれるところである。
(大使 読み方が硬いですよ)
彼の台所事情についても、著者は明らかにしていないが・・・・
事務所に毎日顔を出すわけでなく、依頼者に代金を催促するわけではないが、時々、依頼者から望外の代金が入るという行き当たりばったりで、経済的にはうそっぽいが・・・・
野暮な詮索は止めにしましょう。
ミステリーというジャンルに初めて手を出したのは、フィリップ・マーローの魅力もあるが、村上春樹訳に惹かれたからでもある。
翻訳本は翻訳者の創作とも言われるように、翻訳者の能力、感性が作用するようですが、村上訳は原本に忠実と言われているようです。(原本を読んだわけでは、ありませんが)
この翻訳本にも、村上春樹のかったるい文体が表れているが(当然である)・・・
それは村上春樹の文体なのか?レイモンド・チャンドラーの文体なのか?
○さんが、いみじくも言っています。
「村上春樹の「ロング・グッドバイ」」についてやはり、というか当然ですが、村上春樹節、村上春樹調、そういうような文章になってます。あとがきにあるように村上氏はこの小説を何度も何度も繰り返して読んでいて、「僕はずいぶん影響を受けた」とも書いている。つまり村上春樹の文体はレイモンド・チャンドラーの文体に似ていてもおかしくない、というわけです。したがって、レイモンド・チャンドラーを村上春樹が訳せば、村上春樹調の文体になるのは当然なんでしょう。
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そうか 村上春樹のかったるい文体は、マラソンとレイモンド・チャンドラーの賜物だったのか♪
かように、村上春樹の分析が進んだのであるが、秘密を知ったので(そんな大げさなものか?)興ざめするわけでなく、より突き放して見られるというものである。
(依然として、大使の見方は村上春樹に対して辛いのである)
ところで、清水俊二訳の『長いお別れ』と、村上訳の「ロング・グッドバイ」では本の厚さが違うことに皆さん驚くようですね。
清水訳は、映画の字幕のように、かなりはしょって訳されているそうです。(そんなの有りなんですね)
フィリップ・マーロウの前に友人、テリー・レノックスが姿を変えて現れる劇的なシーンはこう訳されています。
「彼は手を伸ばして、サングラスを外した。瞳の色を変えることまではできない。
『ギムレットを飲むには少し早すぎるね』と彼は言った」(村上訳)
「彼は手を顔にあげて、色眼鏡をはずした。人間の眼の色はだれにも変えることができない。『ギムレットにはまだ早すぎるね』と、彼はいった」(清水訳)
まめな村上に対して、小粋な清水というところでしょうか。
レイモンド・チャンドラー(1888~1959)asahi comより
シカゴ生まれ。33年に「脅迫者は射たない」で作家デビュー。39年には私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とした初長編『大いなる眠り』を発表。「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」(『ロング・グッドバイ』)、角川映画のキャンペーンに転用された「しっかりしていなければ生きていけない、優しくなければ生きている意味がない」(『プレイバック』)など名セリフも多い。
<業務連絡>
5/04 11'36" 22'57" 31'22" 51'30" 63'05"(曇)best
5/06 12'13" 24'15" 32'59" 53'03" 64'34"(曇)ほぼ ゼッコーチョ♪