著者(松本プロジューサー)が示す先達への敬意と、報告書完成にかける決意が語られています。
<瀬戸内海航路の役割>p196~198
徳川先生への取材は、阪大で行われた。立原探偵によるインタビューが秀逸だった。もし柳田國男先生がこの全国アホ・バカ分布図をご覧になったら、きっとお喜びになったに違いない。そうだとしたら、
「柳田先生も諸手を挙げてお喜びになったでしょうか?」
と、立原探偵が両手を挙げたところへ、徳川先生はインタビュアーのアホらしさ加減にプッと吹きだしながら、
「あの先生は、そういう軽々しいことは、なさらなかったかもしれませんけどね」
徳川先生のユーモアは、どこまでもさりげなく上品なのである。
取材スタッフが帰ったあと、私はなおしばらく留まって、分布図というものの読み方について原則的な質問をさせてもらった。伝播順位の推定そのものは、人に頼らず、なんとしても番組の責任においてやり遂げたかったからである。そんなところへ、私と同年輩の人物が、書類に徳川先生のサインをいただきたいと入ってこられた。その著書をすでに何冊か読んで知っていた真田真治助教授だった。徳川先生がゆっくりと書類に目を通しておられる間に、私は続きの質問を真田助教授にぶつけた。
「『アヤカリ』が福井県と紀伊半島ばかりでなく、長崎県の壱岐・対馬などにもあります。どうしてこんな遠くに離れてあるんでしょう。」
真田助教授はさっと分布図に目を走らせて、ただちにこう断定された。
「こういうのは1ヵ所でも、ある、ということが重要なんです。壱岐へは、瀬戸内海航路で運ばれたものでしょう」
海路で言葉が運ばれた。それは今まで考えても見なかった伝播のあり方だった。たしかに瀬戸内海航路は、古来、上方と九州を結ぶバイパスであったはずだ。「アヤカリ」は、きっと屈強な船乗りたちによって運ばれたのだろう。
「では最後にひとつ、クイズを出しましょう」
一冊の分厚い方言辞典を本棚から引っぱり出して、徳川先生が私に問われた。
「瀬戸内海の伊予三島では、『バカ』のことをなんと言うか?」
そのあたりなら「アホウ」も「バカ」もありそうだが、それではつまらない。
「『アンゴウ』があるのではないでしょうか」
と、当てずっぽうを答えた。ページが繰られ、「アンゴウ」がたしかに見つかった。
「ほう」
と、徳川先生がにこやかに辞書から顔を上げられた。
「こういう言葉について、あなたほど詳しい人は日本に誰もいないでしょう」
私はひどく嬉しかった。本番まで、そして次には全国市町村への報告書完成に向けて、徹底的に勉強してみよう、と私は改めて決意した。
「どうか引き続き、お教えいただければありがたく存じます」
私は小雨の降りしきる中、広いキャンパスの坂を下った。
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このあたりまで読み進めると・・・・
「おや?お笑い番組の制作ウラ話とはちょっと雰囲気が違うで♪」
きちんとした学問的創造にかける意気込みがほの見えますね(次回、請うご期待)
【全国アホ・バカ分布考】

松本修著、新潮社、1996年刊
<「BOOK」データベースより>
大阪はアホ。東京はバカ。境界線はどこ?人気TV番組に寄せられた小さな疑問が全ての発端だった。調査を経るうち、境界という問題を越え、全国のアホ・バカ表現の分布調査という壮大な試みへと発展。各市町村へのローラー作戦、古辞書類の渉猟、そして思索。ホンズナス、ホウケ、ダラ、ダボ…。それらの分布は一体何を意味するのか。知的興奮に満ちた傑作ノンフィクション。
<大使寸評>
番組に依頼した人の着眼がよかったのか、それを採用し追及させた松本修プロデューサーが偉かったのか♪
Amazon全国アホ・バカ分布考
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全国アホ・バカ分布図
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