大福の日日是好日

2005/12/14(水)23:38

話を聞く男

アイロンのきいたシャツにネクタイをキュッと締め、颯爽と上着に袖を通す。 やおら荷物を持って、いそいそと出掛けようとすると、ハッと気が付く。 あ、ズボンを履いていなかった。 というのは嘘だが、今日は学校に行く日だ。 ところで、私は歩くのが速い。 同伴者がいる時は文字通り足並みを揃えるが、一人の時は誰にも抜かれないくらい、速い。 横断歩道が赤だった。 ヒョイヒョイと身体を翻しながら、徐にポールポジションをキープする。 緊張の一瞬だ。 シグナルが赤から青に変わる。 同時に私は足を踏み出す。 ここで注意を要するのはシグナルが変わった「瞬間」ではないことだ。 私の場合は「同時」、つまりタイムラグ・ゼロだ。 解説すれば、こういうことだ。 私の歩行者観察によると9割以上の人が、次のような行動をとる。 1.信号が赤から青に変わるのを見る。 2.一瞬足元に視線を移し、その安全を確認する。 3.その結果、やおら第一歩を踏み出す。 しかし、私の場合、上記2の過程がない。 つまり、信号が赤から青に変わりそうな時から、私は既に足元の安全を確認しているのだ。 ために、信号が変わったと同時に、ためらいなく第一歩を踏み出すことが出来る。 私の考えでいえば、あのタイミングで、視線を下に移す行為は無意味だ。 無意味なので、やってもいいが、私はやらない。 ちょうど、駅の切符売り場で並んでいる時、自分の番が来てようやく上の案内を見上げて料金を確認し、財布からお金を取り出すようなものだ。 次になすべきことは分かりきっているので、私なら並んでいる時から料金を確認しつつお金の準備をしておく。 もっとも、両者を単純に比較することはできない。 が、私の感覚は程度の違いで、かなり似ている。 そんなこんなでポールポジションから、スタートを切った私はその後も快調に歩みを進める。 たまに周回遅れのおばさん集団が行く手を遮る事もあるが、たくみな進路変更でかわす。 また、ティッシュを配っているお姉さんからは、しっかりとそれを受け取る。 コンタクトレンズのチラシを配っているメガネをかけたお姉さんには「まずは隗より始めよ」と心の中で突っ込みを入れる。 やがて誰にも抜かれることなく学校に到着し、チェッカーフラッグを受ける。 構内に入れば、ウイニング・ランだ。 授業は午後と夜。 この学校には週に1回しか行かないので、授業の合間、つまり夕方には時折質問を受ける。 私は通常この時間、次の授業のためにプリントを印刷したり、ミッキーマウスのタッパに詰めたお弁当を食べたりしている。 質問が来るのはそんな時間だ。 「ちょっと質問いいですか?」 「もちろんですとも!」私は快諾する。 言うまでもないが、私は受講生思いの優しい講師だ。 もぐもぐしていた口にお茶を流し込み、すぐに行く旨伝える。 そして、眉間にできた皺を、下ろした前髪で隠すという思いやりも忘れない。 通常は、受付カウンターで質問を受けるが、たまに混雑していると、受講生の休憩・談話室で質問を受ける。 受講生「どうしてヤンキーのお兄さん達はあんなに勢いよく唾を吐くのですか?」 私は慎重に言葉を選んで答える。 私「彼らの前世が“テッポウウオ”だからですよ」 私は受講生思いなので、しっかりと話を聞く。 同時に、そばに座っている他の受講生の雑談なんかもしっかり聞いている。 そこで思ったこと。 男子グループの雑談は、大抵、テーマが絞られていてそれについて色々深める話をする。 例えば、車がテーマなら、メーカーや車種、機能、何に乗りたいとか、テーマに沿った話を展開する。 対して、女子グループの雑談は、洋服の話をしていたかと思えば、雑誌の話、彼氏の話、食べ物の話、ドラマの話、勉強の話とテーマが飛ぶ。 もっとも、全てがこうとは言わないが、私の見聞した範囲では大まかにこのような傾向があるようだ。 どっちがいいという話ではないが、興味深い。 そして回答を終え、「また、いつでもどうぞ!」と如才なく愛想を振りまく。 控え室に戻り、作り笑顔に酷使した顔の筋肉をほぐしつつ、再び苦虫の佃煮にお箸をつける。 夜のクラスは、昼間、お仕事をしている人がほとんどだ。 したがって、大層疲れていると思う。 にもかかわらず、向上心を持って勉学に励む彼らを心から応援したい。 お仕事をしながら勉強を続けるというのは、本当に大変なのだ。 授業が終わり、誰もいなくなった教室の黒板を拭く。 記録を付け、荷物を整理し、さぁ、帰るか。 こうして夜も更けていく。 ←こいつがテッポウウオ  話を聞かない男、地図が読めない女

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