カテゴリ:映画
ネタバレなしよ。
泣ける映画ってのは色々種類があって、私の場合かーんたんに言えば(1)イヌもの、(2)お母さんもの、(3)男の友情もの。 女の友情ものっていうのは割とコメディかハートウォーミングタイプになっちゃう傾向があるような気がするなぁ。歴史的に、男の方が劇的なシチュエーションを設定できるってことなのか。 今回見た、「i am sam」は端的に言えば「お父さんもの」。私あんまりお父さんもので深い感動を覚えた覚えがない(おじいさんものは、ある)。でもこれは、切なくて、温かくて、優しい映画だった。 主人公Samを演じたのはショーン・ペン。私、この人はどうも私生活で「ワル」のイメージしかなかったけれど、若い時のイメージしかなかったのね、年齢を重ねて、ダスティン・ホフマンを彷彿させる素敵な人になってました。 Samは知的障害を持っている、という役で、その演技は「マイ・レフト・フット」のダニエル・デイ・ルイスを見たときのようにびっくりした。まったく違和感とかわざとらしさがなくて、それだけで私は演じるという仕事に感動する。 7才の知能しかない父親には、子供を育てられるわけがない、子供のためには施設に入れて里親を探した方がいい、というおしつけがましい善意に引き裂かれた父親と娘がもう一度一緒に暮らしたくて、がんばる物語なんだけど、父親の役割ってなんだろうな、と考えさせられる。 その「押しつけがましい善意」は100%間違いとは言えないだろう。確かにほんとに育てられるのかよ、と私も思ったし、「愛だけじゃやっていけないよ」ってよく聞くフレーズ。 確かに言葉通り愛だけじゃやっていけなくて、働いてお金を稼がなきゃならないし、生活するには色々な約束事があるけれど、根本的には愛さえあればやっていけそうだよなぁ。。と感じる。 Samと娘のLucyがもともと持っていた絆は「父と子とはこうあるべきだ」系の世間一般の常識と関係なく互いに愛していることで成り立っていた。それが、引き離されそうになってからSamが世間一般で言われる父親の役割を演じようと(と彼自身が思ったかどうかはわからないけど)「I am your father.」と口に出すところは、娘に、というよりも自分に言っているようで切なくなる。 そうやって、変質を遂げるのかと思われた父と子の関係は、やっぱり変わるわけもなく、もとの愛で成り立つ絆(って言葉にしちゃうとなんと陳腐なことか。はずかしい。。)に戻る。ていうかそれしかないんだもの。それでいいんだな、と思う。 ちなみに私は弁護士役のミッシェル・ファイファーのイライラしてる演技が好きだったわ~ どかっっとお皿を蹴るところなんか、素敵っ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[映画] カテゴリの最新記事
|
|