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曹操注解 孫子の兵法

『曹操注解・孫子の兵法』☆読者の皆さんへ

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■読者への手紙■

   拝 復
 あなたから、ご感想と疑問について、さっそく御手紙をいただいたこと、本当にありがたく存じます。

 私の著書は、従来の孫子兵法の解釈論とは、全く相容れない存在であります。
その点に、著者の私自身も謙虚に危惧をもっていますが、社会諸科学的な見地から厳密に概観すると、岩波文庫や「孫子本」の類がいかに間違った方法論の上に成り立っているか。
 そのことは明白であろうと存じます。

 第一に、岩波文庫を始め、従来の古典研究は、盛唐時代の発音や文法で、古代春秋時代の孫子兵法を解釈したり、校訂・添削していることです。
 しかし、ご存知のように、中国大陸で文字や言語が統一されたのは秦の始皇帝以後のことであり、孫子兵法の原初テキストが成立した時代には、各地域の方言や発音などはバラバラであったという前提に立たねばなりません。
 そして、解釈の前提となる古文法は、杜甫・李白の使った盛唐以降の文法ではなく、考古学が発掘した古文献を参照して、再検討されるべきものです。
 ここにマックス・ウェーバー以降の科学的方法論をふまえた厳密性のある文献批判の考え方と、文学部のだらしない伝統的な解釈論に、隔絶した相違を感じています。
 まったく非科学的と切り捨てるしかありません。

 第二に、孫子兵法を解釈する者が、きちんとした現代社会諸科学の素養をふまえているか、という視点があります。
 熟練した経営者の話を、後輩の経営者たちが自分の経験をふまえて聞く場合と、社会的に未経験な学生たちがボンヤリ聞いているのでは、解釈や含蓄の把握に大きな差異を生じます。
 この点で、大学研究機関で純粋培養された文学部の先生たちは、基本的な社会経験もなく、組織指導の立場の実際も知らず、現実には名刺交換すらできない人々ではないかと、私は批判的に突き放して観察しています。
 だいたい営業も、販売も、経理も、実務的なことは何も経験がない人物に、経営だの、戦略だの、雲をつかむようなことを言わせて、いったい何になるんでしょうか。

 第三は、多くの「孫子本」が、孫子兵法を解釈するときに、信長だとか、ダイエーだとか、あまりにも手垢まみれた卑近な比較例を持ち出すことです。
 これらを称して、さも現代風に「ケース・スタディ」などと、ほとんど学識経験も感じさせない彼らが放言しているのは、現実経営の常識の範囲からして、いかがでありましょうか。
 社会思想研究の方法論は、これとは全く逆転したものです。
 マルクスやケインズの思想を研究するには、彼ら以前の思想史を徹底的に尋ね、その中からマルクスの思想の独創性なり、ケインズの科学的な発見なりをきちんと位置づけることが必要です。
 したがって、孫子兵法を思想的に解析するには、黄帝思想や老子の思想に徹底的に当たらねばならないし、孫子兵法と同時代か、それ以前の歴史事実や思想史をキッチリ汲み上げなくてはなりません。
 ところが、そんなことは、どこの誰もやってこなかったのです。
 ここにも、従来の孫子兵法の解釈を根本的に誤らせた原因があったと思います。

 かつて、マルクスの資本論全訳を完成させた天才、高畠素之は、彼以前の研究者たちの議論を「マルクスが批判的に資本論に引用した敵対者の所説を、マルクス自身の見解であるかのように紹介している」云々と批判しました。

多くの読者が、中味のない「孫子本」の完全に誤ったデタラメな内容にふりまわされ、道を誤ることのないように、衷心より祈念しています。  恐惶謹言

     著者より


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