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Oct 26, 2008
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カテゴリ:戦略
■甲骨文字より古い?中国・山東省で記号刻んだ獣骨発見

 【北京=佐伯聡士】新華社電(電子版)によると、中国山東省昌楽県で、計約600もの記号が彫られた獣骨片約100点が見つかり、考古学専門家が考証した結果、中国最古の体系的な文字とされている殷墟(いんきょ)の甲骨文字よりも古い約4500年前の文字だった可能性があることがわかった。
 この獣骨片は、愛好家が2004年に同県の遺跡で発見し、専門家が研究を続けてきた。内容はまだ解読はされていないが、古代文字の変遷を研究する上で貴重な証拠になるという。 [読売新聞] (10月25日3時9分配信)




★この研究が進むと漢字論争はだいたい決着すると思う。

「本当は怖ろしい漢字」
 http://www.saiz.co.jp/


 わが国では文化勲章受章者の立命館大学名誉教授・白鶴美術館研究員だった故・白川静老師の漢字論がほとんどの定説を形成している。

http://www.bookclubkai.jp/interview/contents/019.html

 白川さんは若いころ、漢字の起源は呪術的な形象が多いと指摘された。

 いわゆる「漢字・オカルト説」である。

 しかし、これは物証がないとして、当時の歴史学者、特に京都大学のセンセイたちに徹底的に非難された。

 晩年の白川さんの本を読むと、そのようなオカルト説はかなり綺麗に掃除されてしまった。

 口頭や座談では「白の字はドクロ・頭蓋骨の形象なんだよ」と気楽に述べているが、論文や辞典では批判を受けないように、オカルト説は論文の範囲で仮説としてあげるようになった。


 しかし、曹操閣下は次のことを指摘したい。

 「平」という字の起源は、古代中国で異民族を討伐した時、敵軍の兵士や住民たちを生き埋めにして、地面を平らに踏みならした形象である。

 「成」という字の起源は、首切りの死刑執行人が切り取った首を串刺しにして、「はい、死刑が終わりました」と民衆に掲示する形象である。

 これは殷時代につづく西周時代の成王、平王の治世評価にも合致する。

 周の成王は、殷のように大臣たちの首をたくさん切った王様なのである。

 周の平王は、異民族を追い払ったが、自分に逆らう大臣たちを弾圧して処刑した王様なのである。

 後の東周(春秋)時代にも、楚の平王は伍子胥(孫子兵法の孫武の同僚)の父と実兄の一族を皆殺しに処刑してしまった。
 復讐を誓った伍子胥は、呉王と呉軍を押したて、ついに楚の首都を陥落させると、平王の陵墓を破壊して、王の遺体を市場にさらして、自分の手で鞭打った。
 こんな暴虐無道で冷酷な王様を「平王」というのである。

 ところが白川老師の本では、「平」は両手を使って工具で木材を切りそろえる形象である、という。
 「成」は、処刑用具を飾っている場所を形象していて、処刑用具の新品ができあがると野獣の生け贄(イケニエ)の首を試し切りして、刃に地を塗る儀式をすると。

 いかにも苦しい説明だ。
 そんなことはありえない。

 楚の平王の先祖、成王は、重耳(晋の文公)の亡命を受け入れ、後に文公と戦った君主である。
 名君であったが、晩年になると、この王も讒言を信じて大臣を殺した。
 もちろん高齢で老人の脳病になっていたと考えられる。
 そこで三国志で有名な「霊帝」と同じ「霊王」と死後の名づけの儀式をしたが、死体の目が閉じない。
 目が閉じない死体は「真」の形象だというが、みんな不吉だと恐れた。
 いろいろやって「成王」と名づけたら、やっと目を閉じた。
 だから大量虐殺・権力弾圧をやったという意味もあるが、粛清や革新的な転換に犠牲を出して「成し遂げた」という意味もある。
 いずれにしても「成」には刑罰でたくさんの首を切り落とす意味があるのである。

 したがって、わが「平成」という時代は、一言でいえば、生き埋めと首切りの時代だということになる。
 白川老師は「平成」という元号を聞いたとき、その不吉な文字に心中慄然としたのではないか。

 典拠の【書経】言葉、「地平天成」というのは、学者の解説だと「大地は平らに広がり、天は丸く充実する、めでたい言葉である」というが。

 上の考えをそのまま読むと、
 「地下は異民族の生き埋めでならして祭り、天上に向かって犠牲の生首を並べて祭り、わが王国の災厄を逃れるよう祈念する」ということ。

 人間を生き埋めにして、建造物や土木工事の呪術的な保護をしようとする思想は、かなり尾を引いた。
 空海が土木工事をしたときも、民衆たちと犠牲の生き埋め問題で対立した。
 生き埋めで先に数人の犠牲を捧げることで、突発的な事故による大量の犠牲が解消するはずだという迷信なのである。
 織田信長はその反対で、京都の二条城(信長の居館)の基礎工事に石仏や墓石を使った。



 「平成」の元号を提案したのは、高名な陽明学者・安岡正篤老師だということになっているが。

 最初に元号法案を提出した中曽根内閣で官房長官を務めた政治家に聞いてみたことがある。

 「本当に安岡先生が平成という元号を提案したのですか」

 「いや。安岡先生の手稿には平成という文字はなかった」

 その後、「平成おじさん」といわれ、平成の元号を発表した小渕総理(竹下内閣の官房長官)にも自民党の資金集めパーティーの時に直接、聞いてみた。

 「あの平成という元号は本当に安岡先生が提案したんですか」

 「いや、私が決定したわけではないから」

 ごまかされてしまった。

 その直後に小渕総理は急死してしまった。

 ひき続いて竹下総理も死んだ。

 それから安岡先生の高弟数人から「あれは竹下総理と親しかった川島広守が安岡先生の遺言として言い出したものがそのまま決まったらしい」と聞いた。

 そこで川島が出てくる席で「安岡先生の名を勝手に使ったな」と、しっかりと真相を確かめようとしたが、その直前になって川島も脳内出血で倒れて死んだので、ますますわけがわからなくなった。

 この三人はいい死に方をしていない。呪われたのだ。

 こうして、みんなもよく知る通り。

 いまの世の中は首切りと生き埋めの時代になってしまったのである。



 ところで「昭和」とは。

 周の昭王という人は象牙欲しさに南方にムリな遠征戦争をしかけて、水死して行方不明になった王様である。

 つまり無謀な戦争をするという暗示が込められている。

 「昭」は太陽の下で、ギラギラ刀を振りかざして大声で叫んで兵隊を徴集する形象。

 殷商時代の兵隊は奴隷である。

 命令に従わない者はただちに処刑された。

 国会召集というのは、「召し集める」という意味だが、「召」というのは刀をふりかざして命令して、「従わなければ、お前の首を切り捨てるぞ」というのである。

 実際に【書経】に、殷の首都を攻めようとする太公望の命令書があるが、
 おそらくは捕虜の兵士たちに向かって「わが命令にしたがわなければ、手足を切り捨てるぞ」とハッキリと言っている。

 殷の中期に、首都に黄河があふれて遷都を決断した盤庚という帝王は、「素行不良の人間は鼻を切り落とし、結婚して子孫が増えないようにしなければならない。遷都した新市に永年の安全を維持するために」と宣言している。


 「和」というのは。

 「禾」は稲。

 「和」の正字は、屋根の下で収穫を積み上げて、みんなで会食するという形象。

 経済的な繁栄を意味しているのだ。

 まさに「昭和」ではないか。


 そして、われわれは今も「平成」の時代を生きねばならない。

 竹下と川島のせいで。  






Last updated  Oct 26, 2008 06:16:46 PM
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