「十三夜の面影」28
かぐや姫が月に帰ってしまった。
この目で見たはずなのに、今でも信じられない。
まるで長い夢を見ていたようだ。
いつの間にか、一人でこの部屋にいる。
どうやって帰ってきたんだろう。
彼女が地球にいたことさえ、現実とは思えない。
でも、この部屋にある、服や香りは何なんだ。
レモンイエローのワンピースがハンガーにかかり、
「ナイルの庭」の残り香が漂う。
香水も置いていってしまったのか。
その香りが僕に彼女を思い起こさせる。
みんな処分してしまおうか。
でも、記憶はどうしたって消えないのだ。
どうせなら、彼女が居た頃を
思い出しながら過ごしていこうか。
忘れようと思っても忘れられないのだから。
こうしていると、今にも彼女が、
「ただいま」と言って、帰ってくるような気がする。
今はただ、遠くに出かけてるだけなんだ。
彼女が帰るところはこの部屋しかないはずなのだから。
僕の胸に戻ってくるのを待っていようか。
飛び去った小鳥を、空のかごを抱えて待ってるようだ。
さえずりが耳に、
温かい感触が手にまだ残っている。
彼女がここに居るような幻を感じる。
気配を感じて振り向けば、
確かにそこに居たのだと思う。
でも、姿は見えないのだ。
独りでいるとおかしくなってしまいそうだ。
この部屋には想い出がありすぎる。
耐え切れず、部屋の外に出た。
見上げれば月が目に入る。
月を見てはいけない。
彼女を思い出してしまうから。
これからずっと下を向いて歩くのか。
このままでは自分が駄目になる。
そう気づいて、重い足取りを引きずりながら、
部屋に帰ってきた。
今は何も考えずに眠りたい。
彼女の夢など見たくない。
飲めない酒をあおり、
布団にもぐりこむ。
香りさえも侵入しないように、
頭から布団をかぶって。
続き