「メビウスの輪」21良かったら、感想・アドバイスなど、 コメントやBBSに書き込んでいただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 別荘から幸恵と一緒に帰ってきてから まだ一度も会ってはいない。 幸恵から、治るまで会えないと言われたからだ。 迷惑をかけたくないという気持ちは分かるが、 人に頼らず、どこまで出来るというのだ。 桜井先生だけは頼ってるくせに。 まあ、恩師のカウンセラーだから仕方がないが。 こうして待ってる間は、かえってイライラする。 そばに居てもハラハラするけど、 どうなってるのか想像して心配するほうが不安だ。 仕事が手に付かない。 こんなことをしてる間に啓一に水を空けられてしまう。 上の空で社内を歩いていると、 「信吾君、この頃成績悪いようだね。 君としたことが、どこか調子でも悪いのかい?」 すれ違いざまに冷水を浴びせかけられた。 嫌味王子の啓一だ。 「別に。」 素っ気無く返事したが、 「さては、幸恵とケンカでもしたのか?」 と、鋭いところを突いてくる。 「そんなことはないさ。」 軽く振り払って、立ち去ろうとしたが、 「別荘に二人で行ったんだろう?」 と言われ、思わず振り向いてしまった。 「なんで知ってるんだ?」 「あそこには僕も何度か行ったけど、 趣があるだろう。」 はぐらかす啓一に、カッと来た。 「だから、なんで知ってるのかと聞いてるんだ。」 声は抑えながらも、心は逸る。 「父から聞いたんだ。 幸恵がひさしぶりに君と行ったら、 気に入ってしまい、しばらく居たいから 僕には行かないようにってね。」 「何だって?」 「知らなかったのかい?恋人だろ。」 あれから、ずっと千倉の別荘に居るのか。 ショックを受けてる俺に追い討ちをかけるように 「それじゃ、スクールカウンセラーを 休職してることも知らないのかな?」 「休職?」 「そうだよ。父も心配してた。 せっかく就職が決まったばかりだというのに。 まあ、母校ということで、首にはされなかったようだが。」 父親から情報を得てるくせに、 俺より知ってるというだけで 優越感に浸ってる啓一が許せない。 父親も兄も、親身に心配してるわけではない。 ただ、世間体をはばかって、 別荘に押し込めてるだけではないか? 兄と言っても、半分しか血は繋がってないし、 一緒に育ったわけでもない。 そんな奴に幸恵の兄貴面をされるのは不快だ。 ただ、情報をくれたことだけは助かる。 「教えてくれてありがとう。 今度、千倉に行ってみるよ。」 にこやかに啓一に礼を言うと、 啓一はあっけにとられた顔をしていた。 嫌味王子のお株を奪ってやったぞ。 気持ちがスッとして、 コツコツ踵を鳴らしながら立ち去った。 啓一は、呆然としてることだろう。 今週末にでも、千倉に行こう。 すぐにでも、行きたいところだが、 それも悔しい。 幸恵に「会わない」と言われたこともあるし、 啓一にも足元を見られてしまう。 まずは仕事を片付けてからだ。 そう思えば、やる気になるのが不思議だ。 啓一になんて、抜き返してやる。 やっと週末になった。 長かったような、短かったような・・・。 電車に乗って、海を眺めていると、 一緒に行った時のことを思い出す。 線路と道路が、海と並行して走ってる。 電車に追い越されると、 負けず嫌いの幸恵は、 「スピードを出して」と言ったのだ。 「電車を抜かすなんて無理さ」と俺が言っても、 「やってみてよ」と、言うことを聞かない。 そんなところはやはりお嬢さんなんだよな。 一応、スピードは上げたが、 こんなところで事故起こしてもつまらないから、 「これが限界だよ」と嘘をついた。 あの時、もっと出してやれば良かったかな。 「なーんだ。つまらないの」と言ってから、 あまり口を利かなくなった。 もうおかしくなっていたのか・・・。 それでもいい。 今はとにかく幸恵に会いたい。 幸恵が会いたくないと言ったって、 そんなの本心じゃないに決まってる。 せめて顔だけ見て安心したい。 駅からタクシーに乗り、 別荘に乗りつけた。 ドアベルを鳴らしても、 なかなか返事が無い。 居ないのだろうか。 それともまた倒れてるのではないかと心配になる。 思わずドアをこぶしでドンドンと叩いてしまった。 「どなた?」 やけに悠長な声が響いた。 「俺だよ。信吾だよ」 つい叫んでしまったが、 「ごめんなさい。 知らない人には開けないようにと言われてるの。」 と他人行儀な声。 また別人格になってるのか。 それとも幸恵がとぼけているのか。 「堂本信吾だ。知らないはずはない。 もし疑うのなら、携帯のアドレスを調べてくれ。 載ってるはずだ。」 こうなったら、頼るは携帯だけか。 「ちょっと待ってください。 調べてみますから。」 素直に携帯をいじる音がする。 「ありました。なんで載ってるのかしら?」 不思議そうな声に、 「俺は君の恋人なんだ。」 悲痛な叫びをあげてしまった。 「そうなの?」 ガチャリとドアノブが回ると 幸恵が目の前に現れた。 ポカンと口を開けたまま、 俺の顔をまじまじと見つめる。 「幸恵、しっかりしろ。」 肩をつかんで揺すってしまった。 「痛い!」 俺の手を振りほどいて、後ずさりする。 「ごめん」 怯えた表情の幸恵に戸惑ってしまった。 俺はどうすることも出来ないのか。 「いいえ。 私こそ、ごめんなさい。」 「なんで謝るんだ?」 「私は今、誰も分からないの。 だから、怖くてこの別荘に閉じこもってるのです。」 うつむいた幸恵が哀れで、抱きしめたくなる。 でも、また怯えさせてしまうだろう。 どうしたらいいのだろうか? 途方に暮れて、二人とも突っ立ったままだった。 続き |