小説「私を呼ぶ声」(1)
回覧板さんの詩に付けさせていただいた曲「鎮魂歌」が聴けます。「鎮魂歌」クリックして聴いてみてください。音楽サイトやまともや、MUZIEでは歌も聴けます。やまとも回覧板さんの詩「鎮魂歌」はここをクリックすれば読めます。 詩「かそけき声」を小説にしてみました。どうでしょうか?感想、アドバイスお願いします。 「私を呼ぶ声」金木犀の香りが私の鼻をくすぐる。秋風が運んできてくれたのだ。目を閉じて甘い香りを楽しんでるとかすかに私を呼ぶ声がする。はっと目を開け、振り返ってみるが誰も居ない。秋風のいたずらか、葉の衣擦れとも思ったが木々を見上げても揺れてはいない。目を閉じるとまた遠くから声が聞こえる。「あなたは誰?」と聞いてみるけど答えはない。その声の主が知りたくて、声のする方へ行こうとするけど、あるのは暗闇ばかりなのだ。なぜか懐かしい声。涙が出そうになるほど。暗闇の向こうに光が見える。その人は光の中にいて、こちらを向いているのだけれど顔はまぶしくて見えない。少しでも近づきたいと思うのに、足に根が生えたように動かない。「私の方へ来て」と頼んでみる。ふっと消えたかと思うといつのまにか私の後ろから目隠しをして耳元で「だーれだ」と囁く。その手の温もりには覚えがある。冷たいようで段々温かくなっていく。温もりをいつまでも感じていたくてわざと答えないでいる。じれるようにもう一度「僕はだーれだ」とその人は聞く。「分からない。でも、聞いたことある声だわ」と私が言うと、「忘れたのかい?あんなに愛し合ったのに。」とすねたように言うのだ。目を覆ってた手が唇に触れ、首をつたって、胸に触れる。ぞくっと感じてしまった。『この感触と順番は・・・』遠い記憶が呼び起こされるようにぼんやりと顔が浮かんでくる。「あの人だ」と分かった瞬間、その手の温もりが消えた。「行かないで」と叫ぶと、また声だけが遠くに響く。「よく思い出してくれたね。これで安心して天国へ行けるよ。もしかしたら地獄かもしれないけど、君も僕と同じだろうから、先に行って待ってるよ。きっと神様が同じところにしてくれる。」私は驚いて「あなたは死んでしまったの?」と聞いた。「いや、まだ死んではいないけど、もうすぐ死んでしまうんだ。君に逢うまでは死ねないとこうして逢いにきたのに、思い出してもくれないなんて、酷いよな。」「あなたに触れられたら思い出したわ。」「僕も死にたくなくなったけど、そういうわけにはいかないんだ。思い出してくれてありがとう」「待って。あなたは今どこにいるの?」「ここにいるじゃないか。」「心だけでしょ。あなたの体はどこにあるの。」「K病院のベットの上だよ。」「私がそこに行くまで死なないでね。待っててよ。」慌ててタクシーを拾い、K病院まで飛ばしてもらう。K病院に着くと、受付で彼の病室を聞き、駆けつける。彼のお母さんは覚えていてくれたらしく、驚きながらも、そばに行かせてくれた。ベットの上で横たわっている彼の手を取り、同じように瞼、唇、首、胸と触れさせる。『私を感じて』と念じながら。その感触に反応したのか、手が動き、目をゆっくりと開けて私を見る。驚きもせず、私の名を呼び、見つめるあなた。「ありがとう。君だけを愛してた。ずっと待ってたんだ。」「ごめんなさい。すぐに思い出せなくて。」「いいんだ。こうして来てくれただけでも嬉しいよ。もうこれで思い残すことはない。」「逝かないで。私を残して。」「ごめんね。向こうで君を待ってるから。悲しまないで。僕は幸せだよ。君に看取られて死ねるだなんて思いもよらなかった。」「やっと思い出したのに、もう逝ってしまうの。かえって酷いわ。」「君に淋しい思いをさせてしまうけど、僕は心の中にいるから。忘れずにさえいてくれたら、僕は君と生き続けられるんだ。」「そんなこと言わないで。また忘れてしまうかもしれないわよ。生きて私と一緒に居て。」「無理言わないでくれよ。君に逢いたくて、神様に執行猶予をもらったのに、これ以上伸ばしてもらう訳にはいかないよ。」「こんなに話せるじゃない。執行猶予なんかじゃなくて無罪放免にしてもらって。」「確かに生きる希望が湧いたせいか、力が出てきたみたいだな。君のお陰だよ。神様も君にかかっちゃ、かたなしだな。」彼は手を見つめ、驚いていた。家族や医者も奇跡のようだと思っていた。植物状態が続き、危篤に陥ってたから。私だけが彼の病状を知らないせいか、今の彼を見て、もう大丈夫と思っていた。あのことが起きるまでは。(続く) 前に書いた小説も良かったら読んでください。「見果てぬ夢」です。