コーチング「母にされて嫌だったこと」や「インナーチャイルドに掛ける言葉」を紙に書き出したあと、横になり腹式呼吸と思い切り声を出した。母への泣き声・怒り。インナーチャイルドへの声。
Katsuraさんのコーチングを受講。アミーゴの和室です。紅茶・アールグレイとカモミールティーをご馳走になった。ティーカップかと思ったら、コーヒーカップだそう。違いをよく知らなかったので、調べてみた。コーヒーカップとティーカップの違いや理由「コーヒーカップはカップが厚手で、高さがあります。また、飲み口が狭いです。ティーカップは、カップが薄手で、コーヒーカップに比べると高さが低いです。また、飲み口が広いです。コーヒーカップが厚手で高さがあり飲み口が狭いのは、熱を逃さないためです。コーヒーを抽出するときに使うお湯の温度は紅茶に比べると低めです。コーヒーを入れたときの温度が低めなので、コーヒーカップはその温度を持続させるために冷めにくい作りをしています。しかし、ティーカップは反対で、熱を逃すために、薄手で高さがなく、飲み口が広い作りをしています。紅茶を入れるときは高温のお湯を使います。入れたときの温度が高いので飲みやすい温度まで冷ますためにこのような形をしています。」ナルミ・ミラノシリーズのコーヒーカップだそう。お茶菓子もいろいろ話してたのですが、「母にされて嫌だったこと」を紙に書き出してみてくださいと言われ、やってみました。話しながら・・・キリが無いw鉛筆で走り書きだったので、読みにくいからと、書き直してみました。書き足した所もwスマホで読み取ったけど、やはり読めないのですよねw「母にされて嫌だったこと」・スカート・パンツをおろされて、お尻をたたくと言われ、こわくて泣きだした。ごめんなさい!と泣きさけび、たたかれずにおわったが、同じこと。(母からは実際にはあまり叩いてないと言われたが、恐怖は同じ・・・)・押し入れに入れられた。・昼寝が義務。喉が渇いて、台所に置いてあった椎茸の戻し汁を飲んで、まずいから捨てたら怒られた。・1日中、公園遊び。団地内の公園だからか、放置されていた。・母の内職の担当者に車で連れ回されたり、屋上近くの階段で性的いたずらをされても、母には言えなかった。・妹は砂が靴に入ると、家に帰ってしまう。母と妹は家から出ず、私だけ外で遊んでた。・何も教えられずに小学校に入学して落ちこぼれ。夏休みに特訓で、ひらがな・数字を教え込まれた。・授業参観の時、イスに後ろ向きにまたがって馬のようにし、ガタガタしなから「お母さん!」と手を振ったので恥ずかしくて帰りたかったと何度も後から言われた。・私がピアノを買ってと言ったから、家で一番高いピアノを買ったんだ!と責任を負わされ、やめさせてもらえなかった。・ピアノの鍵盤に手を置く時、手を丸くする為、手の下に針を持たれた。ピアノの前にすわるとお腹に痛くなったが、病院に行ったら、精神的なものでしょうと言われた。・ピアノの練習を毎日やってなかったが、妹とケンカすると、妹が母に告げ口する。家を出され、公園で遊びながら、父の帰りを待っていた。残業で遅い父が帰る時に入れてもらった。・父は、自分が私に性格が似てしまったと言い、似てる私が怒られてるのを見るのは辛いから、あまり怒らないでやってくれとかばってくれた。(父は怒ると、一喝して電気を消すような人だった。やはり、同じADHDではないかと思うほど、面白いけど、少し変わった人だったw 母・妹はASD?)・中学の頃、正座させられ、ネチネチと長くお説教され、ずっと泣いていた。口答えしたら、倍以上に返ってくるので、何も言えず、ただ泣いていた。怒られた理由は覚えていない。(翌日、泣き腫らした目で中学に行くと、友達に「またお母さんに怒られたんだね」と言われた)・母は「泣いたカラスがもう笑った」と言われて育ってきたから私も同じだと思っていたらしい。母もADHD?もしくはASDなのか? お互いどちらもあるのかもしれない。それにしては、私のADHDには理解なかったなあ・・・私もその場はすぐに忘れて笑ったりするが、嫌な記憶はやはり残っていて、いまだに忘れられない・・・・妹が高校生の頃、妊娠・中絶したので、「あなたは信用してる!」とプレッシャーをかけられ、大学生で付き合ってた前の夫には、結婚するまで、せめて社会人になり、産んで育てられるようになるまではと、セックスは拒否していた。性の恐怖だけ伝えられていた。・前夫との旅行はユースホステルのみ許された。男女別室の大部屋だったから。(一度、終バスに乗れず、ユースホステルに帰れなくて、普通の民宿に泊まった時、母にバレて、追いかけられるような妄想に陥った。夢でも、うなされてる感じ。)また、父の実家に泊まらせてもらったが、1階と2階に分けて泊った。結婚前提な感じだったのに。・成人式の振袖の撮影の写真館には親が付き添わず、前夫と一緒に撮影した写真もあったが、許された。(性的なこと以外は多目に見られてたのか、結婚するものと思われてたのかも。)・うちは貧しいからと、私だけ我慢させられていた。「人は人、うちはうち」と言って「友達はみんな持ってる!」と言っても買ってもらえなかった。・高校入学のお祝いは何がいい?と訊かれ、ステレオと答えたら、私立の入学金とステレオどちらがいい?と訊かれステレオを選んでしまった。それはお祝いじゃないしステレオは家族のだよね。(私立の滑り止めは無いから、公立の学校群の入試の第一希望を落ちるわけにはいかず、「鶏口となるも、牛後となるなかれ」と母を説得し、ギリギリの県立船橋高校は受けず、うちの地域の学校群では3番目の八千代高校を受けた。だから、あまり勉強しないと言ったら、夏休み中、夕食を作らされてしまった・・・「千葉県の学校群入試1975年 - 1977年実施。第1学校群千葉、千葉女子、千葉東、千葉南、千葉市立第2学校群船橋、船橋東、薬園台、市立船橋、市立習志野、八千代第3学校群国府台、国分、鎌ケ谷各学校の希望者のうち、成績上位の者から、各学校の募集定員の20%(1976年からは30%)を優先的に希望校に配分。残りの合格者については、成績分布や男女比均等、通学所要時間を考慮し、できるだけ希望を尊重しつつ振り分けられた。結果として、既存校と新設校との格差はある程度改善されたが、名門校の進学実績は温存されることになった。千葉県の学校群制度は当初から反対の声も多く、教育現場に無用の混乱をもたらしたため、わずか3年で廃止された。」(私はその3年間の中に居たのか・・・まあ、八千代に行っても、県船から回されてきた人達が優秀でトップになれなかったが。私は船橋だったから県船落ちたら市船に回されると言われてた。でも入試が優秀だったからと1年の学級委員に指名された。すぐに成績落ちてしまったがw)・妹は私立大学に行くだろうから、あなたは国立に行ってと言われ、共通一次を受けた。(苦手な理数系はやりたくないと言ったら、父に小学校の教師になったら、子ども達に嫌いな勉強はしなくてもいいと言うのか?と言われ、仕方なく勉強して、共通一次を受けた。父も教師になりたかったけど、高卒でなれなかった。就職後、夜間で青山学院大学は卒業したが。私は、小学校教師は、国立の教育学部でなければなれないと思ってたのですよね。千葉大に入学出来て良かった。でも、妹は結局高卒で就職し、大学受験はしなかった。妊娠したので、高校中退して結婚・出産すると言ってたが、中絶したら、彼とは別れてしまってた。)・父は、私と妹にマンションを一軒ずつくれるという遺言を書いてくれてたが、母が妹に2軒と遺言を無視してあげた。大規模修繕の為に一軒売るし、もう一軒は母と妹・妹の娘と住むからと。二次相続も考えて、母ではなく、最初から妹に相続させると言う。実際に父の4年後に亡くなった。私はわずかな貯金を相続した。お金が欲しかったのではなく、愛情が欲しかったのですよね。仕方ないじゃないと言って、謝りもしないから、また嫌になった。妹の方が申し訳ながってた。・お姉さんなんだから、我慢しなさい。しょうがないでしょ、と言われ続けて来た。・妹は、母が叱ると、泣いて一日中口もきかなくなるような子どもだったから、怖くて叱れなかったらしい。私は泣いてもすぐに笑うしと。私も泣き続けてたけどね。まあ、私を怒って、妹に見せしめにしていたところはある。妹はそれを見て、しなかった。・妹に「お姉さんはうちのゴミ箱(はけ口)だね」と言われた。ひどい言い草だと思ったし、そう思ってるのなら、妹と仲のいいお母さんにも、そんなことしないでと言ってほしかったなあ。だからか、あまり妹にもいい感情はもってない。仲悪くもないけど、仲良くもない。距離がある。妹は長年母のスパイと言うか手先だったしね。よく夜に私の部屋をのぞきに来ては、お姉さん、勉強しないで漫画や本を読んでるよと母に告げ口してたからね。私は夜中に勉強してたんだよw次は、インナーチャイルド、傷ついた子どもだった自分にかけたい言葉を書いてくださいと言われた。インナーチャイルドとは何か?「意味合い・症状・種類・原因・癒す方法」を徹底解説”インナーチャイルドとは、「傷ついたままの子どもの頃の自分のイメージ」を意味し、傷ついたままのインナーチャイルドは、様々な「生きづらさ」を引き起こします。ですが、「インナーチャイルドを癒す」ことで「生きづらさを解消」することは可能です。”・小さい頃からずっと我慢して、嫌だったんだよね。辛かったね。お母さんに自分のこと、気持ちを分かって欲しかったんだよね。お母さんも、ADHDの我が子を理解できず、持て余し、しつけができていない子と責められてる感じで辛かったんだよね。自分も母になって、やはりADHDの長女のことで苦労したから、わかるようになってきた。それを母に言うと、「私の方がもっと大変だった」と母には言われたけどねw頭では理解できるようになったけど、心はまだ辛いままなんだよね。ぐるぐる嫌な記憶が頭の中を駆け巡り、無くせないのが辛い。もう忘れたいのに、忘れられないのが嫌なのに、そう思えば思うほど忘れられない。いいこともあったはずなのに、なんでこんなに嫌なことばかり思い出すんだろうね。小さい頃に、仕方ない、あなたのせいじゃないと言ってほしかったね。今言われても、なかなかそう思えないけど、自分に言い聞かせてる。インナーチャイルドの小さな自分になかなか向き合えないけど、昔の自分に寄り添ってあげたいなあ。大丈夫だよ、安心していいよ、泣いてもいいよ、休んでもいいよって。頑張らなくてもいい、上を目指さなくてもいい、努力しなくてもいいって。楽してもいいよ、無理しなくてもいい、もういいよ。モヤモヤを吐き出して、書きだしていいよ、聞いてあげるよ。人間は1人で生まれて、1人で死ぬんだから、1人で話して聞くしかない。自分の一番の味方は自分。人を頼るより、自分自身を見つめて、慰めるしかないのかも。インナーチャイルドを慰めて、癒してあげられるのは自分しか居ないのかな。お母さんに、甘えたかったよね、褒められたかったよね、認めて欲しかったよね。泣いても許して欲しかったよね。そのままでいいんだって、大丈夫だよって言ってほしかったよね。いつも厳しくて、優しい時も、条件付きのようで、怖かった。「あなたは頭はいいけど、生活の知恵が無い」と、成績が良くても褒められたことは無かった。妹は、成績は悪くても、愛されて認められてたのになあ。羨ましかった。そのくせ、あなたはお姉さんなのだからと、期待され、信じてる、とプレッシャーをかけられ、「やれば出来るんだから」と努力を求められ、成果が出ても、もっと上を目指せと言われていた。いつも目標に向かって何かしてないといけない気がして、純粋にそのものだけを楽しめない。仕事のような、義務のような気がして、卓球だって、試合に勝つ為の練習だったり、歌だって、発表会の為に暗譜したりと、趣味なのに、楽しむだけでは済まなくなってる。観劇だって、下見で感想を書いて月刊誌シェイクに載せる為だったり、刺繍だって刺繍展とか、誰かにあげるためだったりと、自分の為に楽しめない。だから燃え尽き症候群になるんだよね。別に仕事じゃないんだから、もっと自由に気楽に楽しめばいいんだよね。目標があった方がやり甲斐はあるけど、それだけが目的のわけではない。よく好きな趣味を仕事にすると辛いと言うけど、仕事じゃないのに義務になってしまう。このブログだって、別に書かなければいけないわけでもないのに、その日のことは、その日のうちにと書いてる。まあ大体翌日までかかってしまうがw今日も、もう翌日になってしまったw もっと気楽に生きられたらいいのにね。考え無しとよく夫に罵られているけど、考えないで居られたら、そんなに楽なことはないのにね。なんてまた、話がそれてしまいましたが、またコーチングの話に戻りますねw母のことやインナーチャイルドのことを書いたら、今度は、横になってみましょうと言われた。持参したピンクのボアシーツを広げて横になり、バスタオルを畳んで枕にしました。運動や体操をするのかと思ったら腹式呼吸と声を出すということです。パンツでなくてもいいのでは?w息を吸って、ユラユラとリラックスして、息を吐いて、またユラユラとリラックスして、と繰り返し。リラックスタイムがいいですね。お腹に手を当てて、腹式呼吸してたけど、緊張感が抜けていい感じ。それから、少しずつ声を出していき、次はピアノからフォルトとか大きくしていく。音程・大きさとか気にしなくてもいいから、自由に思い切り好きなように声を出してくださいとのこと。最初はつい歌声にしてしまってたけど、声が裏返っても、気にせず出してくださいと言われた。歌手で、アカペラコーラスの指導者のKatsuraさんだから、歌声かと思ってしまったが、これはコーチングなんだよねw そう開き直って、歌声にしない地声にした。お母さんへの怒りをぶつけるように声を出してくださいと言われ、大声で叫ぶつもりが、泣き声のような声になってしまい、実際涙が出てきてしまった・・・泣いてもいいですよ、と言われ、本当に泣きたくなってしまった・・・また、怒りを思い切りぶつけてもいいんですよ、とも言われ、今度は大声で地声で唸った。そんな声を出したことはここ最近なく、喉にきてしまうではないかと後で心配になるほど。でも、喉にも来なくて良かった。最後に、インナーチャイルドに掛ける声を出してくださいと言われ、小さく、高い声で撫でるように出した。泣き声のようでもあり、ささやきかける声でもある。インナーチャイルドを癒してあげてくださいとのこと。Katsuraさんが図を描いて説明してくれたのですが、スマホで写すのはなんとなく憚られたので、思い出して自分で描いてみましたw 忠実に再現できてるかどうかはわかりませんがw人の意識は顕在意識と潜在意識があり、顕在意識はなんとその中の5%しかないそう。もう少しあるかと思ってたw ほとんど潜在意識が占めてるのですね。その中でも、いいこと、夢、不安・悩み、トラウマなどがあり、そのトラウマが大きくなり過ぎると、暴発して、現実化してしまうらしい。現実化?とはどういうことか訊いたら、そういう人が現れると言うのです。まさに、母の亡霊のような夫が現実に居るw 投影してるのかもしれませんね。似てるとは思うけど、ほとんど母の言動を再現してるのではないかと思うほど。そう感じてしまう私が作り上げた幻想? 保護者と言って私を支配する権力者・・・元気な時は笑い飛ばせる、飛ばそうとしてる夫の毒舌・冗談?も、弱ってる時は、グサッと心に刺さって、抜けなくなる。そして母を思い出してしまう。そういうことなのかな。まあ、夫がよく私を怒鳴るのは、ASDなのか、認知症なのかw自分でも海馬が委縮してきてるから怒鳴るのをやめられない、そうしないとメンタルがもたないと言う。認知症の切れる老人になりかけてるのかもしれないが、流石にそれは止められないのかな・・・ADHDの私の言動が、夫をイライラさせ、怒鳴らせると言うのですが、その不機嫌は夫の物だよね。私のせいではないと、メンタルクリニックの先生は言ってくれるのですが。母もよくイライラしてたなあ。父も認知症か怒鳴るようになってきて、離婚も考えたと言ってたが。私もあまり怒鳴られたら、離婚したいよ。まあ、それは無理でも卒婚したいなあ・・・他人の前、子ども達・孫達の前では怒鳴らないから、私がいくらそう言っても信じてもらえない。これがカサンドラ症候群なのかもね。夫のASD疑い?妻を守るチェックリストとカサンドラ症候群対策5選結局、母を責め続けて、毒親認定したところで、救われない。facebookでも、同じようなことを書いてた人が居て、共感しました。「毒親」という概念は最終的な答えではなく、入口。本当に人生を自由にするのは、親をどう評価するかではなく、あの環境の中でも愛して、生きようとしていた子どもの頃の自分を今の私が抱きしめ、愛すること。【毒親に育てられた可哀想な子】という被害者意識の世界から自分を救い、ここから自分の人生が始まるのだと思っています🌱」Katsuraさんも、お母さんの「罪を憎んで人を憎まず」と言ってた。行為自体は許せなくても、お母さん自身を憎む必要はないと。それを聞いて救われた気がした。やはり母を憎み切れない自分が居る。特に小さい頃は母が好きだったし、愛されたかった。その自分まで否定したくない。インナーチャイルドを癒して、母も許せるようになるといいな。今は、特にADHDの(自分・)我が子・孫に悩む母・祖母としては同じ境遇だしねwコーチングの後、アカペラコーラスの話も少ししました。また、そのレッスン料(1月2回分)5,000円も、帰宅後、ことら送金で振り込みました。コーチングで解放され、承認欲求や、自己主張が少し抑えられれば、アカペラコーラスでも協調性が出てきて、ハモりやすくなるのかなあwそのために、コーチングを勧めたと言われたのは、ある意味ショックでした。今まではかえって、自己主張できるようになりたいと思ってたのですけどねw私の、聞きにくくて、録音時間が長いCDを渡して、歌手のKatsuraさんに聞いてくださいと言うのは、「ママ、聞いて、聞いて!」と言ってるのと同じ、と言われてしまった。きつくて、耳が痛く刺さったけど、それが正直と言うか、本音なのでしょうねw他の人にも、Katsuraさんの言う未完成な無修正のアマの歌うCDを渡してしまったけど、車のBGMとかで聴いてくれると言ってたなあw コーチングの料金が10,000円でした。高いと思ったけど、まあコスパは良かったかも。多分一度しか受けないしねw