ふるた技工所(てっこうしょ)

珍しく近所にタケヤサオダケヤ(竹や竿竹や)の車が来た。あの物売り声がスピーカーから流れる。「タケヤー サオダケー モノホシー サオダケー 物干し竿が 2 本で 1,000 円 網戸の修理が 1 枚で 1,000 円 ...」昔から変わらない様式だ。音がする方向を見てみると車が止まっていた。随分とボコボコだ。荒い運転なのかなぁ。

「2 本で 1000 円」て本当なのかな。何となく背景は予想できる。もっとも安い品だろう。1 本足りていなかったし、怖い物見たさで「買うか」。

「どうしよう、怖いおじさんだったら」、「そうだよなぁ、後 2 ヶ月もすれば歩いて行けるホームセンターが出来る。待てば良いのだ」、と思いつつ車に近づく。

ワゴンの屋根をみると、回収したと思われる物干し竿が何本か有った。「へー、意外と商売になるのかな」。

運転席の横まで行き声を掛ける。怖そうなおじさんでは無く、老人だった。日焼けした顔、声は掠れた高めの声、滑舌は何となく回っていない。目は少し白く曇りがあった。「あー、車の運転大丈夫なのかなぁ」と、思う。車のボコボコ具合の理由として十分に説明できる。

「4m で足りるかなぁ」。と相談したら、「測りに行くよ」と言う。

スピーカーを止めて、老人が車から出てきた。ワゴンの後ろに回り、ゴソゴソと探し始める。巻き尺なんてポケットに入れるか、引き出しの手前にあっても良いはずなのに。ワゴンの後ろに積んであるものも竿竹屋にしては変な物が多い。網戸の修理にも関係なさそうな...

100m 程離れ、階段を上がったどり着く部屋まで、先行して案内することにした。「え？車のエンジン掛けっぱなして離れるの？」と思う。平気なのかなぁ。排気ガスの臭いは、何となく石油臭く、煤が多い感がある。「安く、怪しいガソリンスタンド探して入れているのかなぁ」。

この老人、歩いている途中でバタッと倒れることはないよな... 歩きが何となく怪しい。

結局、巻き尺は使わず「目視で 4m で足りるよ」と言い出す。一応、自分でも測ったときには、「4m 品かなぁ」と思っていた。なんだか行動がチグハグだ。

車に戻って品定めの話を始める。やはり「2 本で 1000 円」は釣りだ。ステンレスの竿が一本 4,000 円とか、その上のアルミが 6,000 円とか。物売りの声にあった製造直販価格とは思えない。ホームセンターで相場は 2,000 円弱辺りからだ。

「あー、2 本で 1,000 円と言うから、持ち合わせ無かったんだよぁ」と、手持ち不足なフリをして交渉を始める。「えーっと、これが 4,000 円で、アルミのが 6,000 円なんだよなぁ」、「なるべく物持ちがするのが良いしなぁ、どうしよう」と、自分から色々と言い始める。

「鉄に熱収縮のラップを被せた物はラップが剥がれてきて、錆びると使えなくなるしなぁ」、と言ったら、「その時はラップを剥がして使えば、良いよ。中のメッキで錆が安定するから」と驚きの回答だ。「確かにそういう亜鉛メッキメッキ有るけどな...洗濯物に亜鉛メッキを直接当てるとか...」と思う。にしても、そうは思えない品だ。

色々と話しているうちに、「じゃ、4,000 円のステンレス竿を 3,000 円でいいよ」と老人は言う、まだ高めだけどこれ以上エンジン掛けっぱなしの車を道端に止めておく訳にもいかない。2,000 円 + 1,000 円(送料か、自分で運んだときの手間相当)かなと言うことで、「あっ、良いの？」と言って交渉をまとめることにした。

4m の竿は伸縮(如意棒)型では無い。「どうやって運ぼう？」といったら、老人が「部屋まで運ぶよ」という、そりゃそうだ。金払いも無く持って行かれるのは御免という気持ちだろうな。老人でも抜け目ない商売人で有り続けている。

狭い階段を竿を持ち替えながら、老人は上がっていった。部屋の中の取り回しはどうするのだろう？と心配事があった。思いも付かないような扉を開けて入れていく。「あっ、冷蔵庫の上の VDSL モデムを倒した」。老人にインターネットの機器類は理解できないか...

ベランダまで竿が入った。玄関の所でお代を支払う。「あー、消費税 240 円ね」と老人は言った。小銭を探して 240 円を払う。あまり面倒な計算で時間が過ぎるのは避けたかった。

老人は車に戻っていった。さて、3,000 円、老人の稼ぎとしては黒字・赤字？果たして無事に車に戻れるのだろうか？車はまた走り出すのだろうか？という変な心配が頭をよぎる。ちょっと姿を分からないように後追いする。なんか、戻っているみたい。

暫くして、「タケヤー サオダケー モノホシー サオダケー ...」というスピーカーからの声が流れだした。遠ざかる。

あぁ、行ったんだ。"It's gone."