山本藤光の文庫で読む500+α

2017/11/15(水)08:34

フイリップ・K・ディック・『ユーピック』(ハヤカワ文庫SF、浅倉久志訳)

タ行の著作者(海外)の書評(25)

一九九二年、予知能力者狩りを行なうべく月に結集したジョー・チップら反予知能力者たちが、予知能力者側のテロにあった瞬間から、時間退行がはじまった。あらゆるものが一九四〇年代へと逆もどりする時間退行。だが、奇妙な現象を矯正するものがあった――それが、ユービックだ! ディックが描く白昼夢の世界。(早川書房案内) フイリップ・K・ディック・『ユーピック』(ハヤカワ文庫SF、浅倉久志訳) ◎PKD総選挙第1位 ハヤカワ文庫『ユービック』の帯コピーには、「PKD総選挙第1位」という文字が、でかでかと踊っています。読者が選んだ、フィリップ・K・ディックの作品の「栄光のセンター」なる文字もあります。「PKD」がフィリップ・K・ディックの頭文字だとは、思わず笑ってしまいました。 なるほど本書は、これまでに読んでいた『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』や『高い城の男』(ともにハヤカワ文庫SF)をしのいでいます。読者投票第1位なのは、十分に納得できます。 三浦雅士は『私の選んだ文庫ベスト3』(丸谷才一編、ハヤカワ文庫)のなかで、PKDを選んでいます。とりあげた作品は、『ヴァリス』(創元SF文庫)と『ユービック』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』でした。そのなかで三浦雅士は『ユービック』について、「夢の中の夢というだけでも混乱するが、それに他人の夢までまじりこむ。夢の破片。現実の破片が散乱する世界だ」と書いています。三浦雅士は「SFが好き」で、ブラッドベリ、バラード、ヴォネガットを読んで、ディックまできた」とも書いています。 『SFマガジン』(2012年9月号)が、「この20人、この5作」という特集をしたことがあります。三浦雅士が読んできた作家に、私が選んだ作家を加えてレビューしてみます。 アイザック・アシモフ:われはロボット/銀河帝国興亡史/鋼鉄都市/永遠の終り/ミクロの決死隊 フィリップ・K・ディック:高い城の男/アンドロイドは電気羊の夢を見るか?/ユービック/スキャナー・ダークリー/アジャストメント カート・ヴォネガット:プライヤー・ピアノ/タイタンの妖女/猫のゆりかご/スローターハウス5/国のない男 シオドア・スタージョン:夢見る宝石/人間以上/海を失った男/不思議のひと触れ/輝く断片 J・G・バラード:結晶世界/ヴァーミロオン・サンズ/クラッシュ/太陽の帝国/人生の奇跡 コニー・ウィリス:わが愛しき娘たちよ/ドゥームズディ・ブック/犬 寝んは勘定に入れません/航路/最後のウィネベーゴ  なにやら全員を書きだしそうになります。ここでやめておきます。 ◎常識思考を振り落す 『ユービック』を読むときの心がまえは、常識という雑念を振り払っておくことです。 人間は、生まれ、死ぬ。この概念のあいだに「半生」という場外があります。人間は死んだ直後に的確な冷凍保存をすると、「半生者」となります。彼らは「生者」の求めにたいして、意志を語ることが可能な領域にいます。これがおさえどころの1つ。 2つめは、時間は過去、現在、未来とは流れないということです。「時間退行現象」というものがあり、なにかの拍子に現在が過去へと転換してしまいます。 さらに世の中には、うじょうじょと「超能力者」がいて、彼らと対抗するような「反・超能力者」も存在します。 舞台は1992年。主人公のジョー・チップは、ランシター合作会社に勤めています。超能力者の予知能力を奪う「(反)超能力者」から超能力者を守るのが仕事です。本書では「不活性者派遣会社」と表現されています。この会社の社長はグレン・ランシターといい、妻のエラは半生者としてチューリッヒ安息所で冷凍保存されています。 ある日、月面でライバル社の「(反)超能力者」が集結しているとの情報がはいります。グレン・ランシター社長以下、闘いを挑むためにそこへ向かいます。それは敵の罠であり、ランシター社長は絶命します。 テロから逃れて地球に戻ると、時代は1939年にかわっていました。通貨も車も機械も古いもの戻っていました。ジョー・チップの同僚女性のひとりの肉体が、突然しなびて、やがて死んでゆきます。死んだはずのグレン・ランシターからのメッセージが、トイレの落書きやテレビコマーシャルとして現出します。この奇怪な現象を抑制するための唯一の手段は、「ユービック」と称する薬剤を手にいれることだけだと知らされます。仲間がつぎつぎとしなびて死んでゆきます。 ◎フィリップ・K・ディックのこと 著者のことをまったく知らないままに、フィリップ・K・ディック作品を読んできました。今回「標茶六三の文庫で読む400+α」執筆にあたり、著者履歴を調べることにしました。 いくつかの資料からえたことを箇条書きしてみます。 ・1928年2卵性双生児の兄として誕生。妹はすぐに死去。 ・幼いころに両親は離婚。 ・本人は5回の離婚。 ・薬物中毒で入院。自殺未遂。 ・晩年は神秘思想に傾倒。 ・死去1982年。 ・1982年死去の3か月後『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が別タイトルで映画化。名声の基盤をつくる。 ここまではおもに『SFマガジン』(2012年9月号)鈴木力氏の文章を参照させていただきました。 PKディック作品は、わずかに3冊しか読んでいません。したがってあまり語るべきことはないのですが、おもしろかったSF作品のなかの1冊として、『ユービック』を紹介させていただきます。 (山本藤光:2014.09.30初校、2015.10.21改稿)

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