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028:穴吹兄弟の始業式
午前八時。穴吹健二は、標茶高校農業科一年B組の教室にいる。中学時代の同級生だった、寺田徹も同じクラスだった。徹の実家は、塘路で酪農業を営んでいる。 「合格おめでとう」 徹は白い歯を見せて、健二にいった。中学時代、徹はバトミントン部、健二は卓球部だった関係で、二人は体育館でよく顔を合わせていた。 「一度は高校進学を諦めていただけに、合格はすごくうれしい」 健二は徹に応えながら、入学した喜びをかみしめている。 「よかったよな、進学できて。やっぱり高校ぐらいは、卒業しておきたいものだ」 「兄貴はおれを高校へ行かせるために、昼間働くことになって、定時制に編入した。頭が上がらないよ」 「おまえの家、厳しいんだな」 「零細酪農家は、どこも大変だ。おれは毎朝五時に起きて、牛舎の掃除と餌やりを手伝っている。夏休みはアルバイトで、学費を稼ぐつもりだ」 始業式を終えて健二は、卓球部員募集の看板の前に立った。中学時代の卓球部の先輩だった、越川翔が「おう」といって迎えてくれた。越川翔は町長の息子・誠の次男である。 「入部したいんですが」 「穴吹が入ってくれれば、大きな戦力になる。歓迎だよ」 「よろしくお願いします」 「また鍛えてやるよ。ところで兄貴の健一は、今日は欠席していた。具合でも悪いのか?」 翔と健一は、農業科で同級生だった。 「いえ、定時制に編入したんです。働かなければ、ぼくを高校へ進学させられなかったからです」 健二は正直に告げた。 「貧乏はつらいな」 翔は口中の食べカスを吐き出すように、顔をしかめて見せた。 午後六時。穴吹健一は、標茶高校定時制二年の始業式の列にいる。全日制からの編入は容易だった。二十一人の生徒は一年からの進級で、健一だけが新顔である。健一は困難なマラソンの、スタートラインに立った心境でいる。酪農と勉学の両立。健一は頭のなかで、二つをそっと天秤にのせてみる。ため息がでた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019年05月21日 04時02分35秒
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