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藤の屋文具店

テレビ



              セピア

              テレビ


 家にテレビがなかった頃は、となりのお菓子屋さんへ見に行って
いた。あんみつ、とか、かき氷、とかと書かれた貼り紙の上のほう、
ちょうど店のすみっこの上のほうに台座がつくられて、テレビはそ
こに置かれていた。チャンネルは、ひときわでかいダイヤルで大き
な仕切り板が真ん中についていて、結構な抵抗があるのをがっちょ
んがっちょんと回す。真空管のためか、しばらくすると同調がずれ
て画面がちらちらしてきて、そうなると、チャンネルのダイヤルの
まわりの、半透明のプラスチックでできたリングを左右に回して、
きちんと映るように調整するのである。

 昭和30年代のテレビ放送は、今のようにフルタイムではなかっ
た。高級レストランの営業時間のように、午後はしばらくお休みし
ていたのである。お昼の番組がおわるとしばらくして画面は沈黙し、
夕方の番組が始まる少し前に、ピィイーという音がしてから、画面
に「テストパターン」というのが映る。縦横十文字に円を組み合わ
せた感じで、それを見ながらいろんなつまみをいじくって、円が円
に見えるように、直線が直線に見えるように、灰色が灰色に見える
ように、時間をかけて調整していくのだ。
 当時は、今のようにマイコン制御のIC回路ではなくて真空管を
使っていたので、スイッチをオンにしてもなかなか映らない。しか
も、真空管は温度によって微妙に出力が変化するため、映り始めた
時と1時間後とでは、調子が変わってくる。みんなで見ている番組
の途中で画像がゆっくりとせり上がり、やがて電光掲示板のように
だだだだーっと流れ始めるのは日常茶飯事、メカに強いおとーさん
が「垂直同期」のプラスチックのつまみを回して画像を落ちつける。

 番組の制作も、今のように手馴れていなかった。番組の多くはア
メリカの吹き替えで、「三馬鹿大将」「ちびっこギャング」「スー
パーキャット」「トムとジェリー」なんていうのがやっていて、日
曜の朝にやっていた三馬鹿大将は、今で言うスラップスティックギ
ャグのコメディで、僕は夢中で見ていた。たとえば、ボートで漕ぎ
出したら穴が開いていて水が入ってくる、「よし、俺に良い考えが
ある」といってひとりが底に穴をあけ、「さあ、ここから水はでて
いくぞ」と胸を張ったとたんにどどっと水が入ってきて沈没してし
まう、なんてやつを、40年たっても覚えていたりするし、「ちび
っこギャング」は、ハリネズミみたいな髪の毛の主人公、アルファ
ルファの名前を今でも覚えてる。
 国産の番組は、まだアニメはなくて実写ばかり。異様に首の長い
なで肩の鉄人28号や、ぶかぶかしたアトムが活躍していた。録画
でないドラマもあって、手塚治虫の「ふしぎな少年」では、主人公
のサブたんが「時間よ止まれ」と叫ぶとまわりの時間が止まるのだ
けど、むこうのほうで犬がとっとっとっ、と走っていくのが見えた
りした。実写以外では、NHKの人形劇、「宇宙船シリカ」「ちろ
りん村とクルミの木」「ひょっこりひょうたん島」「未来都市00
8」と続く一連のシリーズがあって、これはイギリスのマリオネッ
ト劇「スーパーカー」「サンダーバード」の日本版とも言えるよう
なもので、技術的にはともかく、物語の内容はよかったと思う。

 カラー放送が始まったのは、東京オリンピックのころだった。白
黒テレビしかない家に見せつけるように、カラー放送の時には画面
の下の方に「カラー」なんて文字とともに三色旗みたいなマークが
出ていて、あ、くそぅ、なんて思ったものだ。
 このころから、放送はフルタイムになり、あちこちに中継車が出
て番組のバリエーションが増えてきた。国産アニメも、土曜日午後
七時の鉄腕アトムを皮きりに、少年マンガ雑誌のものが次々とアニ
メ化され、マガジンとサンデーの表紙は、ぞくぞくとアニメ化され
る掲載マンガをほこらしげに掲げることで競い合った。おそ松君、
スーパージェッター、冒険ガボテン島、巨人の星、宇宙少年ソラン、
ジャイアントロボ、サスケ、W3(ワンダースリー)などの漫画の
アニメ化のほかに、遊星少年パピィ、遊星仮面、レインボー戦隊ロ
ビン、宇宙パトロールホッパ、マリンパトロールなどの、アニメか
らデビューするものも出てきたりした。



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