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藤の屋文具店

第十三章 神へ



【神へ】

第十三章

神へ


「へい、アイザック、アリサから手紙が来てるぜ」
ゲートで手紙を受け取ると、アイザックは古いインパラのワゴン
を路肩に寄せた。
450cuiのV8エンジンが、ゆるゆると回っている。後ろに
放り込んだままの望遠鏡が、カタカタと鳴った。亜理沙の設計で、
特別にカールツァィス社が造った奴だ。
助手席のブランケットを無造作にその上に放り投げると、アイザ
ックは手紙の封を切った。封緘の代わりに・2と書いてある。



Dear Aisac

ごめんなさい、私はさとしさんと結婚する事に決
めました。あなたの気持ちはたいへん嬉しく思い
ます。あなたの事も、もちろん愛しております。
しかし、以下に述べる理由により、わたしは彼と
一生を供にしようと判断しました。

◎あなたには、わたし以外にも魅力的な女性の友
人が多く存在します。しかし、宮沢悟には、わた
し以外の親しい女性が、ただの一人も存在しませ
ん。

◎わたしのような思考特性を持つ女にとっては、
あなたのように積極的な男性よりも、彼のような
自然体のほうが、パートナーとしては整合性が良
いように推察できます。それと、今度はわたしが
彼の人生を助ける番であると判断します。

追伸

彼はその思考の中に多くのジェラシーを持つ傾向
があるので、わたしたちのお付き合いの事は内緒
です。おほほー。


愛するAisacへ



「幸せもんが・・・・」
読み終えると、アイザックはぽつりと呟いた。
いつも機械に張り付いていたおとなしそうな男の、仕事の事にだ
けはやけに自信たっぷりの態度が、不意に思い出された。
シェイクダウンも済んでいない実験機に乗って、知識でしか知ら
ない宇宙空間に、亜理沙を救うために単身乗り込んで行った男。

「まぁ、あいつに奪われるなら、恥ではないな・・」



10月4日、大震災の傷跡があちこちに残る県都福井市の中心部
、中央公園に隣接するワシントンホテルで、亜理沙と悟の結婚式が
行われた。
幾多の災害を乗り越えて発展してきたこの北陸の小都市の、来る
べき21世紀に向けての飛翔を象徴するように、街のいたるところ
には不死鳥のシンボルが飾られている。
披露宴は、形式こそ簡素であったが、世界中から電報が届いた。
NASAを始め各国の宇宙開発機関、エンジニア達からの熱いメッ
セージ、そして、最新鋭宇宙実験室「Alisaー21」からは、
アイザックからの意味深なメッセージが会場を沸かせた。

20世紀最後の秋が、静かに更けて行った。



年が明けた。

年々温暖化が進み、雪が積もらなくなって久しい。しかし、雪が
ないおかげで震災の復興はハイペースで進んだ。
福井県の原発を失って、関西には電力統制が敷かれた。都市に住
む住民たちは、電力を制限された都会の冬の厳しさを、体験して初
めて知った。練炭や旧式の石油ストーブが飛ぶように売れ、近代的
な西洋風の住宅地で一酸化炭素中毒が毎日のように起こった。
換気不良による中毒死の犠牲者は、原子力産業による疾病者の数
を遥かに上回る。
原発を早く建設しろとの声が、都会に住む「進歩的な」文化人の
なかから上がった。

そのころ、関西ガスの営業所の現場を、ひとりの男が鬼のように
飛び回っていた。

「ええか、本社の事務屋なんかは相手にせんでえーぞ、わいらのこ
のシステムを、売って売って売りまくるんや! 後のごたごたはみ
ぃんなわいが引き受けたるさかい、なんも心配せんでええ!!」

実直そうな大男が、セールスと現場の技術者を前に、鬼気迫る調
子ではっぱをかけている。
彼の売り込もうとしているのは、ガスを利用したビルの自家発電
システムである。一般にはあまり知られていないが、大きなビルで
は都市ガスによる自家発電装置が普及している。関東では、東京電
力と東京ガスの幼稚な仲たがいのために進展していないが、子供じ
みた見栄を笑い飛ばす関西では、夜間電力をその発電装置から買い
上げるところまで、システムは検討されているのである。
電気事業法の壁を、緊急事態を盾にぶちやぶり、彼はビルのガス
発電装置の夜間剰余電力を関西電力に買い上げさせる事に成功した
のである。

「ええか、これはわいらの利益の為にやるんとちゃうで、安全なエ
ネルギィを、都会のみなさんにぃ、安定して供給するためにやるん
や! そこんとこを先方さんによぅわかっていただくんやで!」

高山課長の演説は、疲れを知らないように精力的に続く。

「社会のお役にたちながら利益をあげる・・こぉれぇがぁ、なにわ
のあきんどの誇りっちぅもんや! えぇかぁ、いまがわいらの正念
場やでぇ、中央でへ理屈こねくりまわしとるネクタイしめたのーな
しのぼけなすどもをびっくりさせたれぇ! 安全な原発ができるま
でわぁ、わいらガス屋がエネルギィを支えてやるんやぁ!!」

「おまえら、こんなええ時代に産まれた事を感謝せぇよぉ!」

「はいっ!」

言いたい事を言い終わると、高山課長はさっさと次の現場に向か
って飛び出していった。後には、熱い彼の信念がいつまでもそこに
燃えさかっていた。

現場の人間は、一丸となってしゃにむに働いた。

わずか3ヶ月で、関西ガスは記録的な数の自家発電システムを納
入し、関西の電力事情は、東京に住むのうなしのぼけなす政治家が
理屈をこねまわしている間に解決してしまった。



春がやってきた。

敷島研究所の門を、青いミラージュがくぐってくる。開けはなっ
た窓とサンルーフから、古い唄が聞こえてくる。
パーキングに止まったクルマから、そろそろ「若い」とは言えな
くなってきた女が、ハミングしながら降りてきた。女は、テールゲ
ートを開けると古いカメラを取り出し、研究所へと歩いた。
桜のはなびらが、暖かいかぜにふかれて吹雪のように舞った。
女は、心地よさそうに目を細めた。

「こんにちわぁ」
ティータイムの会議室にとぼけた声が入ってくる。
「あら、ひさしぶり」
美保子が声をかける。
「歩くいそぎんちゃくなら、そこの水槽にもいるわよ」
美保子の指さす水槽では、土色のいそぎんちゃくが擬足を出して
もそもそと這いまわっていた。
「う・・・えぐいなぁ・・」
そういいながらも、ますみはペンタックスのシャッターをきった。
駆除に成功したとはいえ、バチルス・ラジアノイドは海中の生物に
いろいろな影響をあたえてしまっていたのだ。
「あ、そうだ!」
美保子が続ける。
「亜理沙さんがおめでたなんですって」
「へぇ~」
「えっとね、予定日は10月6日だって・・・」
「ふ~ん・・・あ、クリスマスイブがあやしいなぁ・・」
「正解! なんでわかりはったの?」
「わたしも狙った事あるもん」
「へぇ~」
「3人とも予定くるっちゃったけど、あはは!」
みんなが笑いながら振り向いたので、ますみは話題をそらした。
「ねぇ、それより、おもしろいはなしがあるの」
「なになになに?」
美保子が身を乗り出す。
「予言やってる連中がね、『神の子』の出現を予言したのよ」
「なんだぁ、そんなのいつもの事じゃぁない」
「それがね、今回はほとんどの『予言者』の意見が一致してるの」
「ふーん?」
「ああいう予言ってさ、だいたいあやふやなもんでしょ? それが
今回に限っては、みんなやけに断定的で、今年の内に必ず出現する
って言い張っているのよ」
「でも、どうやって確認できるの?」
「ひとめでわかる特徴があるんですって、それで、産まれるのは日
本だって、世界中の予言者が言っているわ」
「・・・へぇー・・」
「それはそうと、ねぇ、敷島せんせはどーしたの?」
あたりを見回してますみが聞いた。
「せんせは海へ卵採りに、いかはりました」
「海へ?」
「うん、ドルフィンでシーラカンス見に行ったの」
「ヒドラの心配があるの?」
「うぅん、卵から育てて浅いプールで飼わはるんやて」
「ああ、遺伝子の解析につかうのね」
「表向きはね・・」
美保子は、声をひそめて笑いながら言った。
「シーラカンスをペットにするんが、せんせの夢やったんやて」
「・・・・・」



福井市の東部、高速道路と国道8号線の中間あたりに、ヨーロツ
パの田園都市を思わせるゆったりとした住宅地がある。
ここがまだ「下馬町」と呼ばれていた頃からの、由緒ある古い家
並みが途切れ、北欧風のしゃれた家が始まる所に、亜理沙たちの新
しい家が引っ越しを待っていた。
家具屋の荷物を待つさとしの前に、病院へ検診に行っていた亜理
沙のシビックが滑り込んでくる。
「おい、あまりむりするなよ」
「だいじょうぶよ、適度な運動は安産の条件なんだからー」
亜理沙は、アメリカから送らせた自分の荷物をてきぱきと部屋に
運び込む。まだ何も家具のない広い部屋で梱包を解くと、女の荷物
とは思えぬ異様な機械が次々と出てきた。
「なんだい、こりゃ?」
さとしが不思議そうな顔をしてのぞき込む。亜理沙は、いたずら
っぽく笑いながら機械を床に置いた。
ふたりの目の前で、歯車のかたまりがゆっくりと動き始める。
ピンと澄んだ音が歯切れよく鳴りだした。

「賛美歌? オルゴールかぁ!」
「そ、ね、いいでしょ? ケーシングはいまレストアしてるの」

暖かい春の日溜まりの中で、クラシックオルゴールのディスクは、
何百年も前と変わらぬメロディーで、神の奇跡を讃える歌をいつま
でも奏で続けていた。



「このCTスキャナーも、もう寿命かなぁ・・」
済生会病院の産科で、出力された紙をながめながら医師が呟く。
「どうしたんです?」
看護婦がのぞき込む。
「ほら、さっきの患者さんの胎児だけど・・・こんなにぼけて映っ
ちゃってるんだ」
医師の指さす先、胎児の背中には、ぼんやりといくつもの影が重
なって見えた。
看護婦は、しばらく目を凝らして見ていたが、やがて肩をすくめ
てそれを机に置いた。

「ほんと、まるで羽が1ダースほど生えてるみたい!」





暖かい春の日ざしの中で、オルゴールは、大昔に与えられたメロ
ディーを、いつまでもいつまでも奏でつづけていた。










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