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藤の屋文具店

恋愛実践講座 8~14




           【恋愛実践講座】

            結婚といふこと


結婚は、恋愛の究極のかたちのように、ながい間扱われてきまし
た。ひとむかし前の少女漫画、口の5倍ほどある瞳に南十字星が輝
いている主人公の出てくるやつですが、そんな漫画はたいてい、主
人公が登場人物の中でいちばん見た目の良い男と結婚したところで、
薔薇の花が舞うバックにロココ調の「FINE」なんて文字が描か
れて終わりました。
結婚というのは、法律的に相手を自分のものにする手続きですか
ら、好きで好きでたまらない異性と自分の間に持てる関係のうちで、
もっとも強力なものであるのは間違いありません。
では、結婚すれば恋愛は「あがり」になるか? そんなことはあ
りませんね。神の名をかたって人々に人生の指針を示すあの教会で
すら、信者の強い要求に屈して結婚を取り消すことを認めざるをえ
ないほど、ひとの心というものは所有することの困難な始末におえ
ないものであるわけです。

ほんの数十年前のこの国では、明治時代におおっぴらに布教され
たキリスト教の純潔思想や、うんとむかしに権力者が下っ端に押し
付けた儒教の貞操観念など、「いっぱつやられたおんなは値打ちが
下がる」式の男中心の考え方が社会を席捲していました。
そんな便利な社会では、男は安心して結婚生活を送っていられま
したし、ゴミのようなチンピラは、関係を持った女性につきまとう
ことも簡単だったのですが、衣食足りて礼節を知り始めた現代では、
高校生の女の子たちはその薄っぺらなインチキの「倫理」に後足で
砂を掛けて哀れなヂヂイから金を巻き上げ、仲間のほうには何も言
えぬ、口先だけの道徳ヂヂイどもの説教を鼻で笑います。

三界に家なしと言われて我慢してきたおばさんたちも、こそこそ
と徒党を組んで女漁りをするダンナに負けじとタメを張り、賞をと
った作品の後を追う創造力皆無の猿真似作家どもの宣伝活動も功を
奏して、いまや「フリン」は、愚鈍な一般大衆にとって、かっこい
い勲章のようにすらなってしまいました。赤信号みんなで渡れば恐
くない、暴走するネズミは天下無敵というもんですね、はい。

こんな危うい昨今の結婚状況ではありますが、なかなか結婚しな
い女性を「ハイミス」などと呼んでみたりする古い時代の名残りの
風潮は、まさかと思うような年齢の男にもまだまだ多く、25あた
りからなんとなく結婚しなきゃと考えだす女性も多いようです。
もちろん、今まで何百年も続いてきた習慣には、それなりの必然
というか長所があるわけで、家族とか家庭とかいうものには、生活
をしていく上での良いものがあるのは事実です。古いものだから悪
い、だから否定するんだというのは、まるで二流の学生運動家の乳
臭いたわごとですね。二十歳過ぎてもこんな理屈を言っていたら、
ちーたかたったのたりらりらんです。

結婚は、社会生活の単位である家族を構成するということであり、
それ以上でも以下でもありません。それを素晴らしいものにするも
うっとおしい枷にするも、ふたりの努力と能力如何によります。
自分の人生を自分で責任持って幸せにできない程度の人が寄り掛
かりあっていても、ちょいと誰かが押せばおしまいですが、確固た
る信念で根を張って構える人は、寄り掛かるものですら自分の支え
にしてしまいます。
ゆえに、自立できない人は相手を見極めないと失敗するのですが、
この手の人ほど、ちゃらちゃらした半端者を「粋なひとだわ」とか
「心優しいひとだ」と選びたがるもので、貧乏人ほど賭事に夢中に
なるのと似ています。かわいそうです。でも、あほですわ。

恋愛の相手として最高ということと、結婚の相手として適切かと
いうこととは、関係はあるにせよ、別の事であるのです。


           【恋愛実践講座】

            嫌われるおとこ


男から見るとたいして悪い人ではないのに、女性にとことん嫌わ
れる人というのがいます。もちろん、見た目が無気味だというのは
不思議に思わないのですが、見た目もそこそこで話題も豊富そうな
のに嫌われる。あるいは、付き合い始めるところまではいくのにす
ぐにダメになる、そういう人の話しです。

この手の人に多いのは、まず、シツコイ人です。相手がもういや
だというのに、えんえんえんえんえんえんえんえんと、それはもう
しつこくしつこくつきまとう人です。一般的に女性は、一度ダメだ
と判断した相手を考え直して好きになることは、あまり多くありま
せん。これはかなり譲歩した言い方で、現実は皆無であると考えて
も間違いではないでしょう。
ですから、誤解や勘違いでなくてほんとうに振られたなら、相手
の女性にまとわりつくのは無駄なあがきというものなのですが、男
は、そうは思っていない場合が多いのです。何故かというと、ドラ
マなんかでは、男の誠意に打たれて女性が振り返る、なんて都合の
いいストーリィがてんこもりで、「押しの一手」だの「嫌よ嫌よも
好きのうち」等と思い込んだ人たちが、しつこく無駄なトライをす
るわけですね。

で、どういうトライをするかというと、これがまた的外れが多く
て、ただ威張っているだけなのです。自分がいかに物知りか、とか、
自分はいかに女に持てたか、とかいうことをべらべらべらべらと並
べ立て、君はどうして僕をわかってくれないの? といったそれは
それはうっとおしいたわごとを言うわけです。ただの弁解や誇大広
告に過ぎないのですが、本人は相手の気付かないことを教えてあげ
ているつもりで高いところから説教気分で言うもので、嫌悪に拍車
をかけるのですね。
こういう男は、じつは同性にもあまり好かれてはいません。他人
の心を理解しようという姿勢に欠け、その自覚症状がないものです
から、孤高の思想家みたいになって、敬遠されるわけです。誰だっ
て、つまらない人の幼稚な思い込みなんて聞きたくないですよね。

自分のことを自慢する男も嫌われます。自慢に値するような人物
は、黙っていてもみんなが誉めてくれるので謙遜するものですから、
ようするに、謙遜できるほどには偉くない、ごく普通の人が自慢す
るわけです。それも、「俺はこんなにいいおとこ」とか、「俺はこ
んなすごいことをした」なんてのなら可愛げがちょろりと生えてい
て楽しいのですが、そんな豪快な男はあまりいません。目にするの
はみな、もっとみすぼらしい例ですね。
たとえば、金にあかせて手に入れた高価な道具やコレクション、
自分の職業、住んでいるところ、血筋、有名人の知り合いなど、本
人の価値とはならないようなくっそでもないことを、さも特別なこ
とでもあるかのように誇ります。子供が牛乳ビンのふたやビールの
王冠を勲章にしてえっへんするのと同じで、大人がそれをやったら
笑いものになるのですが、茶坊主のような友人しかいない男には、
なかなかそれがわかりません。自覚症状のない病は死に至ることが
多いというか、新聞の幼稚な義憤の投書にそうだそうだとこぶしを
振り上げる人がまさにそのあんぽんたんであるみたいに、自分の姿
を知らずに恥をばらまいているわけですね。合掌!

真面目な男も、わりとよく嫌われます。真面目なことが問題なの
ではなく、自分の真面目さを免罪符にして相手に押し付けることが
問題なのです。とかく自分に厳しい人というのは、人はかくあるべ
しというメートル原器をかいぐりしているものですから、それを基
にして他人を測定してみたいという誘惑にかられて、無神経に振り
かざしてしまうわけですね。
女性に限らず、特に法律に違反しているわけでもないことを他人
にあれこれ指図されるのは、小学校高学年程度の自我があればとて
も嫌なものなのですが、飼い慣らされた家畜みたいなこんじょよし
のボンには、そんな不快感は理解の外にありますから、やたら「君
のためを思って」という思い上がった役立たずの忠告をしたり、傲
慢にも同情などしくさったりしやがります。滑稽なことに、この手
の人は口先では「わたしはたいした男ではないが」等と謙遜しつつ、
とてつもない傲慢なことを押し付けてきたりします。ほんとは言葉
通りにたいしたことのない男なのですから、えーかげん頭にきて嫌
われるわけですね。学生のパンツの柄まで規則に定めるせんせみた
いで、ただの変態ですが、本人は箱船に乗せてもらえるいいこちゃ
んのつもりなのです。


           【恋愛実践講座】

            嫌われるおんな


高校生のころの同級生なんかで、あいつはきっと結婚なんてでき
ないぞ、などと残酷な陰口をたたかれていた女の子はさっさと結婚
して幸福そうに生きているのに、あの子なら良いお嫁さんになるね、
と言われていた奇麗な子が、結婚したくてもできない、あるいはし
てもすぐに別れてしまった、とか、つめたーい関係のまま家庭内離
婚なんてことがあったりします。
不細工なのやずぼらなのは、わりと我慢できる人が多いものです
が、どうにも我慢できない性格とか性癖というものも、この世には
いろいろあるわけなのですね。

身の程を知らぬ女性というのは、かなり嫌われます。別に賢くも
ないのにえばる人です。もちろん、無邪気にわがままを言うような
えばりかたは可愛いもので、わたしなんかは大好きなのですが、知
性も教養も身についていない女性が、いかにも謙遜しているような
表情でさりげなくエッヘンしている場面にでくわすと、言葉に詰ま
ったりします。謙遜するくらいなら黙っていればいいのに、という
程度のことしかできない人が語る天下国家の批判は、アタマの悪い
プロの雑文書きの床屋談義の切り張りなのですから、おなじレベル
の理屈コキの男しか感心しないわけです。
で、その程度の理屈コキと付き合うのならめでたしめでたしなの
ですが、この手の女性というのはとてもプライドが高くて、そうい
うフェイクのインテリ男を馬鹿にしてしまいます。
かといって、そこいらの三文記事をつまみ食いしてひけらかす程
度の物知りではなくて、きちんと教養を身に付けた男は、やはり同
じような女性のほうが安心して付き合えるので、いくら美人で賢そ
うに見えても、相手にしてはもらえません。自分がアヒルだという
ことを知らずに白鳥のケツを追いかけ、仲間のアヒルを馬鹿にする
哀れなアヒルの子なのですね。

無神経な女性も嫌われます。馬鹿に「馬鹿」と言ったりするのは
まだ良いのですが、自分の言っているのが実はとてもとてもひどい
悪口になるということを認識しないまま、それが何か立派な意見の
ように思い込んで、無神経に人を傷つけることは、本人に悪意がな
いだけに始末におえないものです。
このような人は、ちまたによくある無責任な評論家の暴言に慣れ
ているせいか、それがきちんとした社会では相手にされない卑しい
中傷に過ぎないという認識が薄く、軽い気持ちでかっこいいと思っ
て真似をするだけなのですが、反応は深刻です。
さらに、本気で付き合う気持ちのない無責任な男は、こういう女
性を慰めるつもりで励ましたりしますから、本人はなかなか自分の
無神経さに気がつかず、どんどんと独りよがりの世界観を身にまと
い、真面目につきあおうという男を遠ざけることになります。贔屓
の引き倒しというやつですね。

礼儀知らずの女性も、恋愛の対象からはずされることが多いよう
です。挨拶や作法はほとんど問題にされませんが、もっと奥の基本
的なこと、たとえば自分の所属している社会に対する敬意みたいな
ものは、重要です。
いろいろな不平不満を、何から何まで全部他人のせいにして自分
一人がいい子ぶる人や、自分はみんなと違うんだというスタンスで
しか所属する社会に参加しない人、こういう人は、どんな社会でも
鼻つまみなのですが、いかにも自分はもっともっと素晴らしい社会
の住人で、ここにいるのは仮の姿なんだぞ、という臭いをぷんぷん
させていますから、同じ様な男以外には軽蔑されます。
この手の甘ったれた人たちは、わりと仲間同士でくっつくもので
すが、距離が近づくとお互いに馬鹿にしあいますから、破局は早く
訪れてしまいますが、甘えあう仲間がいないと生きていけないため
に、うだうだと不幸極まりない生き方を、顔をしかめながらため息
の中で過ごすことになります。とても可哀想ですね。


           【恋愛実践講座】

            好かれるおとこ


ハンサムで賢くて優しくて背が高くてスポーツマンで上品でお金
持ちで若くて独身の男性は、たぶん女性に好かれることと思います。
わたしゃそんな男は嫌だよ、なんておっしゃる女性は、そういう
特質が嫌いというより、むしろそういう人に欠けている事が多いで
あろう別の特質を重要に考えていると思ったほうが正解です。つま
り、不細工でウスラでわがままでチビのぐずで下品なゲルピンのヂ
ヂイが大好きというわけではないのです。
これは「東大を出てれば良いというものではない」という言葉が、
三流大出身者のほうが素晴らしいという意味に曲解されやすいのと
同様、アタマではわかっていてもなかなか信じにくい現実です。な
ぜなら、人間は、自分が心の底で求めているむしのいい意見を、無
意識のうちにたぐりよせてしまうものだからです。

一般に女性は、パートナーの男性に自分を誉めてもらうよりも、
みんなに誉められる男性をパートナーに持つことのほうを、誇りに
思う傾向があります。君は素敵だ最高だよとわっしょいしてくれる
男より、あなたの彼は最高ね、うらやましいわと言われるような男
に言い寄られるほうが嬉しいという意味です。

では、どんな男が誉められるかというと、恰幅が良いとか女千人
斬りとか銀座の帝王とかお酒に強いとかいう類は、あんちゃんには
誉められても女性には蔑まれます。財産やかっこいい職業は、男女
問わず憧れの対象です。でも、貧乏な医者や無名のタレント、二流
のスポーツ選手や売れない作家というのは、さほどポイントは高く
ありません。粗製濫造の肩書きでは、程度の低いみぃはぁでないと
釣れない時代なのですね。

女性が好きなのは、どちらかというと、その人個人の能力みたい
なものにウェイトがかかっています。血筋よりも背の高さ、家の財
産よりも本人の稼ぎ、金で入れる名門校より入試の難しい学校、有
名人の知り合いよりも有名人そのものといった具合です。巻頭カラ
ーで乳出しOLの写真なんかを載せている程度の雑誌のライターが、
「三高」などと言う言葉で非難していた要望は、家柄だ親の職業だ
といった本人の努力でどうにもならぬことで差別するヂヂイどもと
比べれば、むしろすがすがしいほどに実戦的な素直な要望にすら思
えます。大便が目くそを笑うようなものですね。

もちろん、このような一般的なかっこよさばかりがもてはやされ
ているということはありません。エリートだけが女性の理想ではな
いわけで、いわゆる「個性的」な魅力というものも確かにあるわけ
です。言うまでもなく、デブとかヒゲとかチビとかハゲというよう
な特徴のことではありません。その人の人生観というか、生き様の
ことですね。

女性が魅力を感じる男性に共通しているのは、確固たる信念があ
るということです。これはとてもよく誤解されるのですが、決して、
自分の意見をごりごりと押し付けることではありません。自分の生
き様を大切に考えている人は、他人のそれも尊重しますから、カラ
スに鵜の生き方を押し付けたりはしないものです。ちまたによくい
る、相手が降参するまで自分の意見・・・たいていは視野の狭い、
稚拙なヘリクツなのですが・・・を押し付けている人は、ほとんど
例外なく、自分の生き様に確固たる自信がないために、怯えて逆上
しているだけのちっぽけな人です。
超高速で回るコマは静止して見えるほどに静かだけれど、回転の
遅いくたびれたコマは、安定できずにへろへろと暴れまわるのと同
じですね。

ダンディという言葉は、アルマーニの背広を着たりプレイボーイ
クラブの入会金を払う人のためにあるのではなく、自分の人生にひ
とつの美学を貫き、あさましい生き方を潔しとしない、そのような
人のための言葉なのですが、本来の意味が忘れられてしまうほどに、
フェイクばかりがかっぽしているのが現代です。「等身大」とかい
う言葉を勘違いしたとっつぁんが、えげつない欲望を垂れ流して得
意にさえなるようなだらけきったこの社会、当たり前のことを当た
り前にこなしながら生きていくだけでも、かなりポイントの高い評
価を得られるかも知れません。

でも、ネアンデルタール人に数学の公式が無価値であるように、
フェイクにうっとりする程度の女性には、アピールしないかも知れ
ませんけどね。


           【恋愛実践講座】

            好かれるおんな


残念ながら今の日本では、まだまだ「便利なおんな」が好かれて
いるようです。でしゃばらずにそっと陰でおとこを立ててくれて美
人で健康な、夫には寛大な女性、ベルダンディか響子さん、あだち
充の漫画でいうと、ふられたほうのみゆきちゃんみたいな女性です
ね。口先で進歩的なことをほざく「フェミニスト」の中にだって、
こういう嗜好は強いように思います。
外見的なものも、女性が男性に求める場合より、はるかに贅沢な
条件が並びます。背が高すぎるのと低すぎるのはだめ、太り過ぎも
痩せ過ぎもだめ、胸やおしり、足の太さに腕の太さ、腰のくびれ具
合や足の長さ、これに顔の造作や肌の奇麗さなんかが加わるもので
すから、理想の女性なんてのはまるでスーパーカーみたいなものに
なっちゃうわけです。

こんな殿方の理想像よりは、努力すればなんとかなりそな高学歴
や高収入の方が、はるかに現実的ですから、男性が女性に好かれる
方が、女性が男性に好かれるよりも、ずっと易しいように思えます。
ところが、現実には、あぶれる男性のほうがずっと多くて、ひと
り寂しくエロ本のお下劣なせんずり小説で自分を慰めているにーち
ゃんやおんちゃんが、わんさかいます。

これは、男性は、結婚相手にこそいろんなものを求めるものの、
ちょっと性欲の処理のためだけに付き合う相手には、かなり妥協し
てぱんつを下げるという、いささか自分勝手な傾向があるからです。
したがって、オツムの軽いプライドだけ一人前のおねーちゃんで
も、前立腺から分泌される化学物質にコントロールされたあんちゃ
んは、美人だのアタマいいだのとちやほやちやほやしては、もては
やします。背に腹は代えられない、北アルプスの山頂では誰でも美
人というわけですね。

そんなわけで、男にもてもてヨ、なんて女性の中には、おちちぷ
りぷりで可愛くておつむはパァ、といった女性がうんとたくさんま
ざるわけですが、たいていの場合、それは恋愛の対象ではなくて性
欲の対象であるわけです。でも、中には、ついに他の女性に相手に
されずに、なんとなく一緒になっちゃったなんてカップルも出てく
るわけで、ここいらへんが人の心の奥の深いところではありますね。

さらに難しいことに、男性は、あまりに優秀な女性を避けるとい
う傾向があります。自分より偉い女をこそっとえんがちょするので
すが、ようするに、ふたりの間では自分がリーダシップをとりたい
から、相手が賢すぎるとやりにくいという、まるで能無しの中間管
理職みたいなセコいことを考えるわけです。
本当に愛している男に対しては、女性はそんな些細なことでサポ
ートを拒んだりはしないのですが、自分に自信のない男というのは、
アタマの良すぎる女性を敬遠する傾向が強いのです。疑心暗鬼とい
うやつですね。

むかし、ホステスの仕事をしている女性の友人がよく言っていた
のですが、エリートと呼ばれる男性の客に気に入られるのには、自
分のアタマのよさを見せつつ、自分は相手よりもアタマが悪いと思
っているように見せることが効果があるそうです。エリートさんで
すらそうなのですから、そこいらの知識をひけらかす程度のちんけ
な物知りさんに至っては、その胸中の不安はいかほどかと想像して
しまいます。本人が思うほどには他人は騙されないのですけど、自
分は偉いと認められているように信じる愉快な男は、とても多いも
のなのです。

不幸にして小心者の男を好きになってしまった女性の方、相手に
好かれたいと思うなら、彼のことをわたしはこんなに尊敬している
んだというポーズを常にとり、安心させてやることが有効です。で
も、自分を馬鹿に見せると、この手はつけあがりますから注意して
ください。心の容量が小さいため、からっぽのヤカンのように沸騰
しやすく冷めやすいのです。


           【恋愛実践講座】

              嫉妬


恋愛に不幸な終末をもたらす原因として、嫉妬はとてもよく活躍
します。ソープオペラと呼ばれる大量生産のTVドラマなんかでは、
旦那が会社の部下のOLなんかとセックスして、それに気付いた妻
がきぃきぃと怒って家庭は崩壊、なんてストーリィが百花繚乱です
ね。別に脚本家の才能が無いからこんなワンパターンになるという
わけではなくて、こういうドラマを喜ぶ主婦が、スポンサーの洗剤
屋さんのお客さんになってくれるからです。ネットワークで商売す
るならエロ小説が良いように、そこに群れている魚の好む餌を使う
のは、実戦的な釣り人のABCなのです。

嫉妬は、相手を所有したいという願望によって導きだされる感情
です。顔もみたくない奴が誰と付き合おうと嫉妬しませんから、そ
こには好意が存在します。理屈の上では、好きな相手がそれで楽し
いならば自分もうれしいはずなのですが、好きな相手が嬉しい状況
になる相手が自分ではないところに、寂しさや敗北感が生まれてく
るわけです。
具体的には、自分のパートナーが、自分以外の異性のことを楽し
そうに話題にしたり、誉めたり、あるいは強い信頼を寄せていると
感じた時、嫉妬が生まれる条件が整います。ここで、相手を信頼す
る気持ちや自分の生き方に対する自信が小さいと、ふとしたきっか
けで嫉妬は発生します。

たとえば、奥さんが同窓会へ出かけていく、そこには学生時代に
付き合っていた同級生も来る、こういう状況で条件が整いますが、
それだけではまだ大丈夫。ところが、夫はちんちんが小さいとか、
とってもヘタクソで奥さんは不満たらたら、とか、あるいは過去に
自分が浮気したせいで奥さんは自分を愛していない、とかいう要素
が入り込む時、自分は愛されていないと感じる夫のあたまには、妄
想がメリィゴウラウンドのように回り出します。
いったん発生した嫉妬の炎は、強烈な連鎖反応でめらめらと勢い
を強め、低温では燃えないようなものも焚き火では燃え上がるよう
に、アタマおかしいんじゃないのと思うような些細なことまで疑い
だして山火事に成長したりします。まー、すごいもんです。

不幸なことは続くもので、感情に振り回されて取り乱す人間とい
うものは、冷静に眺めている人からみると、とてつもなくおぞまし
いゴミのような人間に見えてしまいます。ほんとはさして悪い人で
はない普通のおっさんであっても、仲間はずれになることに怯えて
あがく人というものは、理屈にならない理屈をねちねちとこねまわ
し、言いがかりにすらならない幼稚なことを延々と並べては絡むも
のですから、百年の恋もあとかたもなく醒めて凍り付き、超伝導で
どっかへ逃げていってしまいますね。

嫉妬しやすい人というのは、男女を問わず思い込みの激しい人で
す。思い込みの激しい人というのは、自分のわずかな経験から得た
視点を、ひそかにとてつもなく素晴らしいと勘違いする人です。こ
のような人は、ようするに、他人の考え方を理解する能力が決定的
に欠落しているわけですから、どんなに親切丁寧に説明しても、決
して理解することはできません。自分の考えに同調する意見にだけ
はうれしそうに反応しますが、それは音叉の共鳴にも似た、ただの
物理現象のごとき反応であって、少しずれればわおんわおんとうな
り出します。ラジオ受信機のように、自分で調整して情報を受け入
れることができないので、何年生きていても成長がないわけですね。

このような傾向は、もちろん誰にでもあります。そして、たいて
いの人はそのことを知ってもいます。それでもなお、嫉妬深くて大
失敗する人とそうでない人がいるのは、そこから先が違うわけで、
自分の中にあるそういう良くない部分を、自分はそれを知っている
というだけで満足して良い気分になってえっへんするか、なんとか
克服したい向上したいと真剣に考えて努力するか、そこらへんに分
岐点があるような、そんな気がする今日この頃です。

反省というのは、自分の失敗や恥じをべらべらとしゃべって得意
になることではなく、それを繰り返さないためにはどうするかを考
えることなのですが、どうやらこれは、いたずらに歳を重ねるだけ
では身に付かない能力のようですね。あーめん。


           【恋愛実践講座】

              自由


自由という言葉は、口先だけの人によってかなりいいかげんな使
い方をされています。たとえば、「言論の自由」なんてのは、事実
とはぜんぜん違うあてずっぽや下品な妄想、独り善がりのとんでも
ないたわごとを、さもたいそうな事のように言いふらして「これは
個人的な見解です」などと締めくくってえっへんするために利用さ
れますし、「表現の自由」に至っては、陰毛を印刷することばかり
に熱心で、ちょいと脅かされるとサイン会すら取りやめにする程度
の出版社の、インテリの香り付けのアクセサリーに過ぎなかったり
します。
もちろんこれらも、それぞれの「自由」のひとつのかたちなので
はありますが、メダカや金魚だけを見て「魚」を知っていると思う
人がジンベイザメを見たら仰天するのと同じ様に、この世にはもっ
と別の次元の「自由」という概念があることは、そこそこの歳にな
ったら知っておくべきではないかと思います。

恋愛は、お互いの自由意志の上に成り立つものです。わかりやす
く言うなら、誰が誰を選んでもまったく構わないという条件のもと
でお互いを選ぶというのが、恋愛の根本的な姿勢だということです。

ところが、現実にはこんな理想的な状況というのは、なかなかそ
う多くはありません。家を継ぐとか継がないとか、お互いの職業に
係わる休日の違いや経済的な問題、親戚関係の問題や職務上の力関
係などなど、どちらかが相手の自由意志をある程度制限するような
状況が微妙にからみあって構成されているものなのです。
具体的に例をあげるなら、農家の長男で両親を抱える男は、その
ような条件を求める女性には有利な、忌避したい女性には不利な立
場に立たされるため、後者のケースが多い時代においては、純粋な
恋愛感情によらない選択を迫られる、要するに我慢して付き合うケ
ースがでてきやすいわけですね。

このような場合には、我慢されている方に、自分は愛されていな
いんじゃないかという不安が芽生えたり、我慢している方に、俺は
愛してやっているんだという奢りがうまれたりする場合があります
し、逆に、自分しかいないんだという自信や、この相手しかいない
という覚悟によって、強い絆になってくれることも期待できます。
「子は鎹」という言葉は、結婚式などで年配の方のスピーチに良
く出てくる言葉ですが、自由を制限する要素である子供は、同時に
また、おたがいの心を繋ぎとめるものでもあるという、ちょっとイ
ンテリしちゃうと、「二律背反」なんて言葉で皮肉ってみたくなる
フレーズであります。

で、愛を失いたくないと願う人の中には、俺と別れたらひどいぞ、
なんて調子で、ふたりのヒミツをばらすだのエッチな写真をばらま
くぞ、会社にいいつけるわよ、などと言って脅迫でもって相手の自
由を奪おうとする人が、わんさかとでてきます。自分には刺さらな
い手鉤でもって相手をざっくり刺して繋ぎ止めようという、安全地
帯で愛を求めるような、腰抜けの甘ちゃんです。
冷静に考えれば、こんな手段で縛り付けた相手は、憎しみ以外の
なにものも感じないとわかるのですが、この手の人は知性が低く、
金や暴力での脅迫による服従を、おれさまの魅力であると茶坊主ど
もにえっへんします。従業員なんかを妾にして友達に自慢するヂヂ
イの滑稽さは、誰でも目にする田舎の風物詩ですね。

野生動物を檻に閉じ込めて愛を語っても、それが受け入れられる
ことはたぶんないように、愛するものの自由を奪って押し付けよう
とする人は、永遠に、相手に愛されることは期待薄です。それでも
なおあきらめきれずに、受け入れられぬのを承知で縛り付けるなら、
それだけの覚悟で望むならば、それもまた愛のひとつのかたちなの
かも知れません。

何もかも承知の上で、自分の意志により行動を決めることこそが、
自由というものの本質なのでしょう。






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