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2021.06.17
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カテゴリ:神社
太宰府にある竈門神社。鬼滅の刃の影響で参拝する方が多くなった。
雰囲気が大好きで、よくお参りに行く。


こんなに、澄んだ目をした鹿がいつも出迎えてくれる。
階段を登って本殿にたどり着くまで、沢山の木々から放出される癒しを受け取りながら進む。
ちょうど今、紫陽花の季節。



いつもなら緑一色の参道も、紫陽花のおかげでとてもカラフル。
心がパッと明るくなる。




いつも、手水舎の水は澄んでいて美しい。
紫陽花のおかげで華やかだった。





参拝中は、優しい、柔らかい光が降り注ぐような感覚になる。
包み込まれるようなイメージ。
だから、大好きだ。

心が苦しいと感じる時は。
自分自身を社会のルールや、世間体や、勝手な思い込みのフィルターで縛っているからだと思っている。
いつでも心は自由に羽ばたけるのに、それをしないと決めているのは自分だ。

自分の心が悲鳴をあげていることに気がつかない人もいるかもしれない。
目の前の現実は、一瞬、一瞬が連なって続いているように目に映るかもしれないけれど。
実は、その瞬間で完結しているのだと思う。

連なっているように感じるのは、自分の勝手な思い込みのフィルターと頭に残り続ける記憶が
そうさせているのではないかと想像する。

昨日、自分に意地悪な発言をしたあの人と、今目の前に起きている現象に関係などない。
ただ、目の前で起こっているだけなのではないか。
あの人の意地悪な発言は、昨日のその瞬間で完結している。

もし、昨日の意地悪な発言をしたあの人の事を引きずってしまっているとしたら。
きっと、私の胸の奥のどこか深いところに。
発言に反応してしまった、自分が蒔いた種があるのかもしれない。






最終更新日  2021.06.17 22:28:45
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