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やさぐれ同盟

腐ったキリスト

           腐ったキリスト
                                      

 俺は腐りかけている。天国の門が半分開いているのが見える。疲れきって教会の階段に寝転がっている。俺はほどけた靴紐を結ぶことが出来ない。寒さに指が震え、動かせない。たぶんもう立ち上がれない、ここで静かにくたばるんだろう。さようなら、クソッタレ! 太陽がゆっくりと昇る。地球が温かくなってくる。新聞配達人がバイクで俺の視界を横切っていく。信じられるか? こんな朝っぱらから働いている奴ら、新聞を読む奴ら、どいつもこいつも、どうかしてる。俺のことは放っといて世界が動き出す。勝手にしやがれ。
 「どうしたの? 苦しいの? どこか痛いの?」見るからに仕事にあぶれた娼婦が、俺の顔を覗き込んでくる。煉瓦色の髪に、歯並びの悪い口、生きることに貪欲な意思の強さを湛えた瞳、絞められた痕の残る首筋、その女のすべてが人生の不毛さを漂わせていた。悲しいほど、美しい女だと俺は思った。
 「大丈夫?」女の声は精液の匂いがする。
 「大丈夫な奴なんて、どこにいる?」俺の声は虫歯の匂いがする。
 女は寂しげに微笑むと「そうね」と呟く、「みんな終わっているわね」
 そう、終わってる。人間が何の為に生まれてくるのか教えてやろうか? 何にも知らない無垢な赤ん坊の頃にたっぷりと愛されるためなんだ。物心ついた、その後は余生だ。死に向かって行列つくって、ぼんやり立っているだけ。救いなんてない、神様は俺達の手で殺したんだからな。その時、教会の扉が開いた。清潔な髭を生やした神父が俺と娼婦を見つめる。俺も娼婦も、理由のない罪悪感に打ちのめされて死んでしまいたくなる。
 「二人とも、お入りなさい。あなた方には温かい朝食と祈りが必要です」神父は言った。
 燭台と柱と磔刑のキリスト、味のしないスープと乾燥したパン、貧しくても満ち足りた神父と貧しくて死にかけた俺と貧しくて身体を売る女。俺達は質素な食事を済ますと、祈りを捧げる。腹を刺されたキリストの前に跪き両手を組んで目を閉じた。
 神父がありがたい説教を始め、その戯れ言が続く中を俺達は手に手を取って雑踏に抜け出した。外はすっかり明るくなっていた。人々の声が乱れ飛ぶ。大人達は働きに、子供達は遊びに出かけていく。俺は女に導かれるまま路地を歩く。女は楽しそうに話す、「あなた、さっき何をお祈りしてたの?」「この世のすべての女達が優しくあるように・・・かな」俺の答を聞くと女は大声で笑い、「じゃあ、優しくしてあげる」と言って、俺を彼女の部屋へ連れて行ってくれた。ちなみに彼女のお祈りの内容は、いつかキリストが彼女を買ってくれますようにということだった。彼女の願いが叶うといいと思う。当分は俺が彼女のキリストの代わりになるんだろう。俺はまた死に損なった。
(了)


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