荒俣宏『決戦下のユートピア』
戦争が異常事態だというのは嘘だ。戦争が始ってしまえば、戦争下で生きることもまた日常になってしまう。荒俣宏の『決戦下のユートピア』は、大東亜戦争下の庶民の生活を、当時の新聞や雑誌などの資料から読み解く本です。語られる内容は、結婚相談所、ファッション、出産育児、科学教育、貯蓄、保険、芸能、宗教など。はっきり言って笑えるエピソード満載。戦争というシリアス極まりない状況が、滑稽極まるナンセンスの集大成だったりするのは、人間の悲喜劇なのですなー。本書は、軍国主義の時代にも、庶民は健全に生きていたのだ…ということを言外に言っているのだろう。かつて吉本隆明が言った「大衆の原像」というやつだ。「大衆のしたたかさ」こそ真実信頼に値する…という知識人の自己言及的な批判だ。でも、この考え方は決して正しいわけではない。大衆は無知蒙昧で愚劣だ。大衆とは、特権階級の鏡面作用に過ぎない。大衆と特権階級は両義的であり、補完的である。だから、個人が個人として自律的に生きなくてはいけないのであり、アナーキズムとは、そういう個人の孤立の思想なのだ。