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北條不可思:Song&BowzuMan:listen and hear FUKASHIHOJO.COM☆{okagesama wa arigato no umi no oya}

February 25, 2006
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現代和讃を謡う吟遊詩人へ

メッセ-ジ フロム 三國 連太郎 (1994年)

三國連太郎氏1994

「野聖物語-親鸞聖人-」

          いつの日か 俳優・三國連太郎氏ヘ呈上


北條さんの声と歌に、言葉よりも音楽の方が心に浸透する力が大きいことを実感させられてしまった。
これは、現代の和讃ではないか。
つまり、今の言葉で、今の音楽で綴られた仏教讃歌だと感じたのだ。
新しい文化の誕生と言ってもいい。
ところで、文化というと古めかしいものと思われがちだが、現在の古典が誕生した時には、すこぶる新鮮でセンセ-ショナルなものだったのではないか。
それがいつの間にか形骸化して、真意が全然伝わってこないと感じてしまう。
とするなら、北條さんの歌、否、存在そのものが、
いまだかつてなかった稀有なものではなかろうか。
きっと<北條不可思>は、常に待たれていた存在だった。
だが、待っている側が待っている対象を明確に出来ないから、結局自ら名乗りを挙げるしかなかったわけだ。
俳優の僕は、演じる役を鏡に人間の、
しいては自分の愚かさや可愛さを見つめることを楽しんでいる。己に忠実であるために降板するのはそのためだ。
北條さんは、そこを徹底したノンフィクションでやりこなす強靭な人でもある。
だから、伝統教団の中にあって、迎合せず異端にならず自分の言葉で語るなんていう困難極まりないことができるのだ。
だいたいどんな組織でも、体制の中でラクに生きることばかり考えているのだろうから。
北條さんの存在は、言葉が言葉として魂を持っていることの、命の通う言葉の存在の証のように思えてならない。
私の大好きな渡辺えり子さん(作家、女優)は、
40を過ぎても6歳のごとき濾布を持っている。
まるで、生まれっぱなしの純粋さで社会の出来事を濾過させているようだ。
北條さんにも、今の濾布を持ち続けてほしい。
そうやっていかれたら素敵な宗教者になられるという期待がある。
まずは、吟遊詩人のように弾き語り、声をからして頂くのが一番ではなかろうか。

                   三國 連太郎
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メッセ-ジ フロム 新井 満 1994

小説を書く医師や教師がいる。絵を描く主婦もいれば、陶芸をする映画監督もいる。同時に様々な形で自己表現をしようとする芸術衝動を、決しておさえこんではいけない。なんとなれば自己表現とは生きることに外ならないからである。

僧侶・北條不可思の歌を聴いた。

人生の謎と美と真実に一歩でも近づこうとして疾走する、一人の男の歌を聴いた。

                     新井 満

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 推薦文
わが宗門より仏様のおこころを
歌にのせて一人一人のいのちへ語りかける青年僧侶が登場しました。
仏様の限りない呼び声に老若男女を問わず誰もが
いのちの尊厳に聞き入ることであります。
どうぞ一人でも多くの方へお伝え下さい。
浄土真宗本願寺派
総長 松村了昌 
1994年 平成6年4月6日


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このメッセ-ジは1994年6月CD「TEARS OF CLOWN・道化師の涙」
(日本クラウン/パナムレ-ベル)メジャーリリース
(絶版につき現在入手不可)に際し、ライナーノーツとして
俳優・三國連太郎氏、作家・新井満氏に、

推薦文として浄土真宗本願寺派 総長(当時)松村了昌師に、 

寄稿して頂きました文章です。


*copyrigft2005 FukashiHojo+OfficeAmitaHouse*

航海の果てに(NEW YORK CANO BAND version)

FUKASHI HOJO&CanoBand

YUGYU NO UTA/遊牛の詩

響流和讃:こうるわさん

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京都公演チラシ


ENBAN Concert EndlessTour 2006

*縁絆コンサート エンドレスツアー2006* 

2006年6月24日(土曜日)開演/5時30分予定、入場無料。
《どなたでも入場可》

開場/京都・龍谷大学大宮学舎本館講堂/特別友情出演/俳優・金田賢一氏

2年ぶり二回目の京都公演です。千年を越える京の旅とあわせてお出かけいただけると嬉しい限りです。講堂は現存する唯一の《擬洋風建築》で、重要文化財の指定を受けています。なによりも素晴らしいことは、建物として活かされ使われていることです。木造石貼りの建物は、アンプから出る音をクラシカルなスピーカーのように響かせます

龍谷大学


s-enban tokyo 2005 ishihara 117


『様々な方々の、ご賛同とご支援を賜り特別に許可を頂いている

 スペシャルステージ。このたびも、己を尽くしメッセージする覚悟です』

   

                       -北條不可思-


北條 不可思(ほうじょう ふかし)

【現在】浄土真宗本願寺派の無位無官・在野の僧侶としての活動を基とし、
"Song & BowzuMan=歌うお坊さん"として、『縁』と『絆』****『命の尊厳』と『心の平安』をキーワードに国内外で、国境・人種・文化・信教・・・をも越えたメッセージパフォーマンス(コンサート、音楽講演)と作品制作(CD・BOOK・etc)を中心に独自の音楽表現活動を展開し、 分限・分際の自覚から、商業音楽・芸能・出版業界,政治・社会運動等とは一定の距離を保ち、その活動を続けている。

~私は、浄土真宗本願寺派の僧侶であり、ソング・アンド・ボウズマン(歌うお坊さん)として独自の音楽活動をしている。俗に「二足のわらじ」というが、自分自身では使い分けている意識はなく、ベースは同じ表現者であると思っている。
日本経済新聞/署名原稿2004年(平成16年)5月10日(文化欄)~

~僧侶と音楽家。「『二足のわらじ』という人もいるが、私は呼吸と思っている。息を吸っているときは仏教の心を吸収し、息を吐くときは歌となって出ていく」

 音楽で表現するもの。仏教で表現するもの。それはいずれも「和の精神」であり、「命の尊厳」だ。
(文 田中夕介)産経新聞/2004年(平成16年)6月10日(全国版)~



『縁絆コンサート』は、日本国内外のさまざまな人々から、その立場を越えて、様々な形の支援と協賛を得て、スタート(1996年)から一貫して入場無料のスタイルで開催が継続されている。


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Last updated  April 6, 2010 03:34:08 PM

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