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北條不可思:Song&BowzuMan 2019:listen and hear ☆FUKASHIHOJO.COM☆{眞實は深々と響いている}

2007/03/08
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 New York Buddhist Church 

-被爆の親鸞聖人像/ニューヨーク-

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「熊皮の御影」

(奈良国立博物館 蔵)

 

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野聖

親鸞聖人

愚禿の御影

江戸時代中期に流布(版画)

[寒くとも袖に入れよ西の風、弥陀の国より吹くと思へば]

***************************

歎異抄第三条

 
【原文】


一 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがへして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。よつて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。


 

 

親鸞聖人:西本願寺オフィシャルサイト

 

【愚螺牛・取意】
 

 善人ですら往生をとげる。まして悪人はなおさらのこと。


 ところが世間の人は、「悪人ですら往生するのだから、まして善人はなおさらだ」と言う。

この考え方は、一応もっともなようではあるが、本願他力(浄土之真宗)の心の意趣意向には背いている。
 その理由は、自分の力で善根を修め往生しようと思っている善人は、阿弥陀如来の智慧と慈悲のはたらき(本願他力)を疑い、そのままに頂けない人ゆえに、弥陀の本願にかなってはいない。

しかし、そういう人も、わが身の善を信じ、あてたよりにし、往生に役立たせようとする自力の心を捨て去り、弥陀の本願を信ずれば、摂取不捨の働きにより、真実の浄土の往生ができる。


 あらゆる煩悩を身にそなえている我々は、どんな修行・修学によっても、生死の闇の迷いから離れ逃れることができない。そのような煩悩具足の我らを憐れみ、大悲大願をおこされたのが阿弥陀如来の本意であり、悪人成仏のためであるからこそ、自己を見限り、我がはからい(自力)を捨て、弥陀の本願(本願他力)をたのむ悪人こそが弥陀の本願の真の目当てであり、本願他力こそ、真実の浄土往生の正しい因である。

それゆえ、善人ですら往生をとげる。ましていわんや悪人はなおさらのこと、

と親鸞聖人は独りメッセージされ、それは今も耳の底に確かに聞こえる。

 

Paradoxical revolution

~祖師を親鸞聖人と頂く者は、如何なる人生となろうとも、

この念仏聖の風格を、心して巡る日々をおくらねばならない~

***

煩悩深きが故に 慈悲の深きことを知り

慈悲深きが故に 我、極重悪人と知るに至る

あいすみません

おかげさまで ありがとう

Namo-AmidaButsu

愚螺牛


 






Last updated  2019/02/11 04:09:43 PM

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