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《昭和53年10月》 北條了介 本願寺第24代即如御門主伝灯奉告法要以降 第1期 東京首都圏都市開教専従員として 相模原市着任。 西本願寺相模原布教所・開設。 本願寺派伝道布教活動の波頭に立つ。 「ご門主さまが、ご発意なされた 伝道布教の道によって 私は生かされた」 ・・・と終生語る。 ※ 写真:親鸞聖人御影像前 本願寺第24代即如御門主 北條了介
東京首都圏都市開教 (本山 西本願寺・京都/東京;築地本願寺) 北條了介(ほうじょうりょうかい)は 即如門主伝灯奉告法要以降 西本願寺相模原布教所・開設。 本願寺派伝道布教活動の波頭に立つ。 「ご門主さまが、ご発意なされた 伝道布教の道によって私は生かされた」と終生語る。http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-228.html 取材撮影・末本弘然師/本願寺新報特集記事 1979年;昭和54年 ) PhotographyCopyright © JOAO GOMES; FRANCE 名も無き念仏の僧侶(略歴) 「親父に贈る詩 」 (以下歌詩掲載) 【父・北條了介と世界中の念仏者に捧ぐ】 『親父に贈る詩 』1980年作 詩/曲 北條 不可思 弥陀の教えを伝えて数十年 馬鹿にされる父を見た 「お前は本物の馬鹿野郎」 言われたままに手を合わす 父は親様(阿弥陀如来)に護られて 死ぬまで伝えてゆくだろう 流れて箱根を越えた時 本当は寂びしかったのか 住み慣れた街を離れても 離れたままに手を合わす 父は親様(阿弥陀如来)に護られて 死ぬまで伝えてゆくだろう ボロを着ては街なかを 自転車乗ってチラシ持って 凍えるような顔をして 凍えた声で「ようこそ」と 父は親様(阿弥陀如来)に護られて 死ぬまで伝えてゆくだろう 今では心も落ち着いて 都会の冷たさ身に感じ 命の限りに声にして 弥陀の本願(ねがい)を伝えます 父は親様(阿弥陀如来)に護られて 死ぬまで伝えてゆくだろう 夢追い人とののしられ 馬鹿にされようとも 君は独りじゃない 君は独りじゃない 大いなるお方(南無阿弥陀佛)とふたり連れ Copyright ©1980-Special JION Music FantasiaRecords de JION MusicFactory in association with ENBAN FUKASHI-NO-KAI OfficeAmitahouse&VOW BREATH PRODUCTIONS 開教の歌 親鸞聖人 熊皮御影 奈良国立博物館所蔵 重要文化財
中路ノ白道狭ケレド ヲクリムカフル指南アリ 親鸞聖人 御作伝 {帖外和讃集} 十五首和讃より 発行所:宗学院蔵版【昭和3年】 本願海ノウシホニハ 智愚ノ浪コソナカリケリ 弘誓ノフ子ニノリヌレバ 大悲ノ風ニマカセタリ 親鸞聖人 御作伝 {帖外和讃集} 七首和讃より 発行所:宗学院蔵版【昭和3年】 超世の悲願ヲキキシヨリ ワレラハ生死ノ凡夫カハ 有漏ノ穢身ハカワラ子ド 心ハ淨土ニスミアソブ 親鸞聖人 御作伝 {帖外和讃集} 十五首和讃より 発行所:宗学院蔵版【昭和3年】 2010年夏、心原性・小脳と脳幹の梗塞となる。 九死に一生を得るが、おかげさまで現在まで 複視(Double Vision)温痛覚障害の後遺症とともにの日暮です。 時折 ことに蓮如上人500回御遠忌、親鸞聖人750回大遠忌のころ 国内外各地で思想・信教・信条のちがいをもこえて 音楽表現によるメッセージコンサート {“縁絆・野聖物語” message concert}のご縁を 懐かしく思い出しつつ 新作の詩歌の姿に想いを馳せております。 ♦ 沈黙の絶叫:縁絆・野聖 EndlessTour ♦ いよいよ意趣深き本願他力回向の詩響流るる 恩徳讃歌の日々をひっそりと送っています。 南无阿彌陀佛 「ソノママヲ我ニマカセヨ 必ズスクウ」 ~阿弥陀如来様の御本願の呼び聲~ {}永遠の今・租は唯今{} okagesama de from "Song & BowzuMan" ♦浄土真宗本願寺派僧侶 得度 1981年・シンガーソングライター♦ {北條不可思・法名:釋難思}
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Last updated
2026/03/24 03:44:01 PM
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