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今日、生きているという奇跡

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肝移植の記録

2008年08月13日
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テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
大変ご無沙汰しておりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうかスマイル雫
私は7月末に夏風邪をひき、
「やっぱり免疫抑制剤を飲んでいるとなかなか治らないな~」
なんて思いながら、最近やっと治ったところです音符
私より数日遅く夏風邪をひいた友達は、
たった3日であっという間に治ったと言っておりましたほえー
そんなこんなですが、長期入院後に迎えた夏とは違い断然体力もついて、
当時死にそうだった夏の暑さもそんなに苦だとは感じなくなりましたグッド
皆様も今夏の暑さには気をつけてお過ごしください晴れ


          *          *          *


(前回からの続き)

「もう何もしなくていいよ~」

と半泣きで騒いでいる私を尻目に、

先生は、本当にただの文房具のホッチキスが大きくなっただけの

おばけホッチキスを開いた状態で、

私の胸下の傷口の、逆Tの字の線が交わった中心の辺りを

「バッチン!」

とやってしまった。



泣くタイミングを失って、私はしばし茫然としてしまった。

痛みはなかった。



その後、その先生は関連病院に異動になり、

私にホッチキスを刺すだけ刺して去っていった。

私はいつまでも「刺し逃げだ~」と根に持っていた。




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最終更新日  2008年08月13日 20時30分46秒
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2008年06月27日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
お久しぶりですスマイル雫
私がぼけぼけしている間に、
バナーを貼っていた「純平君を支える会」の純平君が
6月17日、心臓移植を受けるため無事海外に渡航したそうです飛行機
まだ22歳という前途ある青年ですが、
赤ちゃんの海外移植と違ってなかなか募金が集まらず苦労していたようです。
日本で人工心臓をつけながら待ち続け、
募金が集まる前にどうかなってしまったら…
と私も心配でHPを見ていたのですが、
なんとかこの日を迎えられてよかったです。
まだまだ待機の日々が続くと思いますが、
どうか無事日本に帰って来られますように四つ葉

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          *       *       *


(前回からの続き)

ある日、班の一人の先生がつかつかと部屋に入ってきた。

傷口を見せると、「ちょうど真ん中のところがふさがってないな」と言って、

側にいた看護師さんに「ホッチキス持って来て」と指示した。



「ホッチキス!?」 私はびっくりして聞いた。

「そうだよ。ふうこさんの傷は全部ホッチキスで止めてあるんだよ」

私は自分の傷を見るのが怖かったので、まだ一度も見たことがなく、

ホッチキスで止めてあることも知らなかった。

(だからなんかつっぱる気がしてたのか・・・)



しかし、そんなことに感心している場合ではない。

問題はその場でホッチキスを刺すかどうかということだった。

「麻酔もなしで!?もう痛いのやだよ~。」

「これくらい大丈夫だよ。だって傷がきれいにふさがった方がいいでしょ?」

「傷なんかきれいじゃなくていい!もうほっといて~!」



あれこれされた恐怖がよみがえってきて、

私はもう何もされたくなかった。






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最終更新日  2008年06月27日 17時12分50秒
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2008年05月23日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
GWにかまけてだいぶサボってしまいました…失敗
久々のブログです、ゴメンナサイ雫


          *       *       *


やっと回復してきたと自分でも思っていたのに、

腹水のせいでまた元に戻った気分だった。

胃がお腹の水に浮いてしまっているのか、

あまり入らない上に消化も悪くなった気がした。

そのせいなのかわからないが、

食欲増進するはずのステロイドを飲んでいるにもかかわらず

ちっともお腹が空かなかった。



その悪循環で、3度の食事が地獄のように思えた。

食事が終わると疲れきってしまって、

また以前のようにすぐ横になりたくなった。






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最終更新日  2008年05月23日 21時26分27秒
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2008年05月01日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
毎度のことなのだが、人が多く集まる場所では疎外感を感じることがある。
同年代や年上の人たちは一人前にキャリアを積んでいる。
私は…ナイ雫
みんながキャリアを積んでいる間、私は病院にいた。
私にとって、闘病生活は勲章でも、
みんなにとっては「かわいそう」なことでしかない。
みんなの集まる場所では、病気の話は「タブー」。
みんながキャリアについて自慢げに語る場所で、
私の病気のキャリアは話せない。
話すと場がシラケるし、話したってわかってもらえない。
だから何も話すことがない。
私のこの数年間はいったい…?
自分では自分は頑張ったと思ってる。
それをわかってくれる人もいる。
傷つきたくないからみんなの集まる場を避けるようになってしまった。
「これからだ」
ってわかってはいるんだけど、ね下向き矢印

「病気の話はタブーじゃないんだよ!
もっと聞いて、もっと私のことや移植のこと、知って欲しいんだよ~!!

昔からの友達、
私の病気のこと調べてくれて、
私に色々聞いてくれて、
心から心配してくれてありがとう花


          *       *       *


(前回からの続き)

個室では、看護師さんが毎回薬を一式持って来てくれることになっていた。

しかし、食事前は看護師さんも何かと忙しいらしく、

なかなか薬を持って来てくれなかった。

私としては、ただでさえ食事を見るのが嫌で、

食事の時間がかなりのストレスになっていたので、

自分の思い通りにならないことにとてもイライラした。



術後間もないころは、かいがいしくお世話してくれて、

こまめに個室に来てくれた看護師さん達も、

この頃には私ばかりに構っているわけにもいかないのか、

だんだん来る回数が減っていた。

なのでちっとも看護師さんが来てくれない時は、

何度もナースコールを押して

「早く薬持って来てください」

と催促した。

また、持って来てくれた看護師さんに

「食事後だとお腹が苦しくて飲めないから先に薬を飲みたいんです」

と説明しても、うまく引き継ぎが行われていないのか、

次の日にはまた持って来るのが遅くなったりして

またイライラするはめになった。



「早く薬持って来てよ!」

とかんしゃくを起こすこともあった。

ただでさえ食事の時間は苦痛だったので、

イライラはつのる一方だった。






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最終更新日  2008年05月02日 00時57分38秒
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2008年04月19日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
最近、友人の出産ラッシュです花
私は今、胎児に影響が出ると言われる薬を何種類か飲んでいるので
今すぐに子供を作る、というわけにはいきません失敗
まあ、今のところ特に願望もないのでいいんですが。。。
旦那の周りも出産ラッシュなので
ちょっと旦那に申し訳ない気がしますわからん
健康な人なら「結婚→子供」というのは当たり前のことなんでしょうが、
普通の人生を歩いてきた旦那が
私のせいで「普通」じゃなくなるとは…。

今後、肝機能が落ち着いてうまく安全な薬に変更できれば
私も先のことを考えられるんですが。
いまだ肝機能が落ち着かないのでまだまだ先のことになりそうですわからん
移植すればそれで万事OKってことにはならないんですよね下向き矢印


          *       *       *


それなのに、個室はなぜか大部屋より料理が一品多いらしかった。

お金があって好きで個室に入っている人ならともかく、

私は感染予防の為にやむを得ず入っているのだ。

それだけ病状が悪いということなのに、

普通に考えて大部屋の人より食欲があるわけはない。

一品増やすより、むしろ一品減らして

その分の食事代を安くしてほしかった。



そんな感じだったので、食事の後に、

とても両手一杯の大量の薬が入る余地はなかった。

食事の後でその大量の薬を見ると、それだけで吐き気がした。

しかし、薬はどうしても飲まなければならない。



そこで私は、とりあえず食前に薬を飲んで、

それからお腹に入るだけ食べることにした。

そうすると薬のプレッシャーから逃れられ、

ゆっくり食事に専念することができた。






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最終更新日  2008年04月19日 20時02分15秒
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2008年04月11日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
皆様、お久しぶりですスマイル
大変ご無沙汰してしまいましたが、ふうこは元気です晴れ
学生でもないのに長い春休みを取ってしまいました。。。

最近は何をしていたかというと、
お花見三昧の日々でしたさくら
春はいいですね~。
70歳台の骨を強化するためにも散歩は最適です歩く人
しかし、桜の写真を撮ろうと思って川にデジカメを落としてしまいました泣き笑い
デジカメを水の中に落とすのはこれで2度目です涙ぽろり
まあ、自分が落ちなかっただけよしとしましょうオーケー


          *          *          *


(前回からの続き)

しかし、相変わらずの両手一杯の薬とお腹の腹水。

腹水に胃が圧迫されて食欲はがくんと落ちていた。



1日3回の食事が地獄のように感じて、

やっと食べ終わったと思ったらもう次がやってきてうんざりした。

食事を楽しむというよりも、義務で食べている感じだった。






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最終更新日  2008年04月11日 21時15分59秒
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2008年03月25日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
いつの間にか、暦ははもう10月に入っていた。

9月中には退院、なんて自分では言っていたが、

その時のその状態からするとあまりにも無謀だったことに気づいた。

それでも、10月中には退院したい、という気持ちでいた。



10月に入って間もない頃、先生に薬を変更すると言われた。

例の「大事なお薬」がもっと小さな飲みやすいカプセルに変更になったのだ。

それはプログラフと呼ばれる薬で、

前のネオーラルという薬と同じ免疫抑制剤だった。

どうして変更になったのかはよくわからなかったが、

あの虫のサナギみたいな白い大きな薬より

数段飲みやすかったので少しうれしかった。






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最終更新日  2008年03月25日 19時19分37秒
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2008年03月14日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
ポータブルトイレを行き来するという、

そんなスパルタ療法を行っていたおかげで、

足の筋肉も少しずつついてきた。

まだ一人で歩くのは無理だったが、

誰かの肩につかまりながらならよろよろ歩くことはできるようになった。

それで、看護師さんに頼んで歩行器を個室に持ってきてもらった。



歩行器は4輪で、つかまる部分が輪のようになっていて

もたれかかっても危なくないような設計になっていた。

歩行器なるものを見たのは初めてだったが、

これは歩く練習にちょうどいいや、と思って俄然やる気になった。



早速狭い個室の中を歩行器で歩き回った。

ドアの外へと続く短い廊下のようなスペースを何度も往復した。

初めて窓の外を覗くこともができた。

窓の外には空だけでなく、別の棟の建物があることもわかった。



それは、小さな感動だった。






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最終更新日  2008年03月14日 23時38分11秒
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2008年03月13日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
それを機に、ベッド脇のトイレで用を足すことにも慣れてきた。



大きい方も、ベッドに寝たままより出やすいんじゃないかと看護師さんに言われ、

もう潅腸されるのも嫌だったので頑張って毎回トイレで粘っていた。

30分くらい粘ることもあった。

途中で先生が処置をしにきて、急に個室のドアが開くこともあった。

そんな時は「先生、今トイレ中!」と叫んで先生を追い返すこともあった。

それだけ粘っても、お腹の傷が気になってなかなか力めないので、

出て来るのはころころの固いのがほんの少しだった。



ポータブルトイレで用を足すことができるようになると、

尿をバケツに貯めることができるので、

出た量を測るということでバケツごと看護師さんが持っていった。

便も先生が状態を見るということで持っていった。

何度も言うようだが、普段汚いものとして扱われているものが、

ここでは重要な資料なのだ。






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最終更新日  2008年03月13日 20時18分55秒
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2008年03月12日
テーマ:闘病日記(3956)
カテゴリ:肝移植の記録
いよいよ利尿剤が点滴の中に注入された。

来るかな、来るかな、と待ち構えていたが、

すぐにはその効果がでるものではなかった。



しかし、それは突然やってきた。

「お母さん、トイレに行きたい!」

お母さんに手伝ってもらって、

気持ちとはうらはらにのそのそと移動し、

なんとか用を足した。

やれやれ、と思ってベッドに戻ると、

すぐにまたトイレに行きたくなった。

「もう一回行く!」



トイレに行っては戻り、すぐさままたトイレに行く。

そんなことを数回繰り返し、

少し間隔が長くなってきたところで薬の効果はきれた。

腹水も少しは減ったように感じたが、

そんなことよりもトイレの往復でぐったり疲れてしまった。






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最終更新日  2008年03月12日 21時02分04秒
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