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常住不断 福井孝典ホームページ

6月

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 │ FORUM2-7 第16号  6月4日(火) │
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 見つかりました!
 福沢諭吉先生 心訓

 一、世の中で一番楽しく立派な事は、
    一生を貫く仕事を持つということです。
 二、世の中で一番みじめな事は、
    人間として教養のないことです。
 三、世の中で一番さびしい事は、
    する仕事のない事です。
 四、世の中で一番みにくい事は、
    他人の生活をうらやむことです。
 五、世の中で一番尊い事は、
    人の為に奉仕し決して恩にきせないことです。
 六、世の中で一番美しい事は、
    すべてのものに愛情を持つことです。
 七、世の中で一番悲しい事は、
    うそをつく事です。

 海老沢さんがご実家にあったのを思い出し、自転車を飛ばして写して来てくれたのでした。いやあ、皆さんが読んでくれている確かな手ごたえを感じます。40名の読者のうちの、きっとどなたかが教えてくれると期待していましたが、本当に見つかりました。嬉しいかぎりです。
読んでみるとあらためてその厳しさに気が付きます。
先回書いた私の記憶は三番と四番とがごっちゃになっていました。「世の中で一番さびしい事」は「する仕事のない事」だったのです。
その点では現在の私は全くさびしくないんだなあと思いました。する仕事が山程あって、それに追われているからであります。
記憶に残っているうちに自分が何をしているのかをちょっと書いてみます。
昨日は朝から金沢区の中学校剣道大会の為に剣道部員と一緒に並木中に行っていました。3時前に終了し帰宅してから、前日も遅かったので少し仮眠を取って、夕食後は今日(3日)の社会科の授業の教材研究をしました。
今朝も部活の朝練がありましたが、今日から始まる教育実習の係りをしていますので、それはもう一人の顧問に任せ、実習生の控え室や出勤簿や講話の確認等をしました。日差しが爽やかで、通勤途中にカーステレオで聞いたリチャードクレダーマンのメロディが耳に残るような良い気持ちで朝学活へ行くと、教室前の廊下に、今度行く上野の博物館の資料が落ちています。ちょっとガクッときましたが、注意をして、今日から一週間また元気に頑張ろうと自分を含めて励ましました。
1時間目は社会科の打ち合わせでしたが、特に打ち合わせる事はないとのことで、昼の放送で急遽行うことになった、全校生徒向けの実習生紹介番組の為の必要なテロップ(字幕)を作って機械に打ち込みました。
2時間目は3組の社会科の授業。3時間目は土曜日に受け取った管理指導員さんの報告と申請を基に学校開放の事務処理。更に今度学校で加入することになったインターネットへの申込手続き等をやりました。4時間目は7組の英語の授業。「今日の授業でわかった事・わからなかった事・その他特に習いたい事」のアンケートを毎回回収することにしていますが、それを集める時間もなく(帰りの学活で回収)、放送室へ飛んで行き、昼の放送として実習生紹介の生番組放送。昼休みに部活顧問会がありましたが、食事をしなければなりませんので、今度も任せて職員室で食事。食べ終わる頃5校時開始5分前のチャイム。5校時は5組の社会科。終了後帰りの学活。清掃指導。教育相談を少しし、以前からやらねばと思っていたカーテンレールの修理。これがなかなか難航。でも、宮内君、お待たせ!もう日差しは大丈夫! ついでに廊下側の窓下のボルト修復もしておきました。それが終わってから訪問スーパーバイザーのカウンセリングに関するお話を聞いたり、放送委員会の仕事を手伝ったり部活をみたり書類を作ったり教生との反省会をやったりで学校を出るのは6時を過ぎていました。
 今日が特に忙しいという訳ではありません。寧ろ授業の少ない一日です。まあそれでも、こんな風に息付く暇無く働いている訳です。
おっと、いつの間にか書くスペースが無くなってしまいました。以上は愚痴ではありません。福沢先生の言葉通り、仕事をすることが出来るという事は楽しく、我ながらけっこう立派なんじゃないかなと思うのと、教員という稼業の暇の無さの一端でも知っていただけたらと思うので、したためた次第であります。


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 │ FORUM2-7 第17号 6月7日(金) │
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 菜園にさつま芋の苗を植えました。月曜は、掃除当番に当たっていない班が畑を耕し、昨日は有志で苗付けをしました。7組の畑はプールに沿った一番外側の所で、全部で十五株植えました。「『7組のみんなが心を込めて育てるから、どんどん大きくなるんだよ』って話しかけながら植えてやりなさい」と私は冗談のように生徒達に言いました。やりすぎない程度に肥料をやり、水をたっぷりあげて終了です。後は全員で、常に気を配って世話をするだけです。
生き物を育てることは色々大変な事もありますが、命を育むという事からでしょうか、豊かな喜びがあります。当然、それを維持する責任感も感じます。人間を育てるのと共通な面もあります。
わが家では下の娘が犬や猫を拾ってきて、いつのまにかその母親が面倒を見ているということがよくありますが、彼女達はそれらにまるで小さな子供に話しかけるように言葉をかけています。私の育った家庭は犬猫が大嫌いでしたので、私は珍しい風景としてそれを見ていましたが、今は私も一緒になってそれらに話かけています。
個人ノートに、猫を飼うことが出来て大喜びしている様子を書いてくれた生徒がいました。4月11日生まれの茶トラの雄猫で、お手と言うと手をのっけ、名前を呼ぶとニャーとなくそうです。赤ちゃんだからか、年中眠っているそうです。
私も飼ってみて判ったのですが、犬や猫は本当に人懐っこい動物だと思います。犬などはもう何時でも飼い主に遊んで貰おうと願っているような目をしてこちらを見つめています。ずっと繋がれているので、その気持ちも判りますが。
よく動物は弱肉強食の世界に住んでいると言われますが、アフリカのケニヤで見た動物達の平和な眼差しは忘れられません。ゆったりとした自然の時間の流れに身をゆだね、のんびり自分達の生を生きているのでした。確かに肉食動物の食事をしている姿も見ましたが、餌となった不運な一匹の横では何百頭もの彼らの仲間が平和に草を食んでいるのです。不必要な殺戮は存在しません。ローマのコロセウムに見られるような、殺戮を楽しむ歴史を数々持っているのは人間だけでしょう。
生き物を大切にしましょう。

来週は遠足があります。一昨日の学活で準備はいちおう全部終わりました。
来年度の修学旅行の練習ということもあり、班行動で上野公園を歩きます。
仲良く助け合って意義のある一日を過ごして貰いたいものです。

現在四名の教育実習生が来ています。この頃は就職難ということで学生達も大変な状態のようですが、教職に就く道も相当に険しくなっています。新規採用の数が極めて少なくなっているからです。又、マスコミ等による学校への風当たりも強く、仕事量も際限無く存在しているかのようで、新卒者にとってそれ程魅力のある職種では無くなっているかも知れません。しかしこうして、教師への道にチャレンジする若者達もいます。
大道中は二年前迄は平均年齢が四十数歳という高齢で、若い「教員」が混じるとかなり目立ちました。しかし昨年、そして特に今年、本校は急速に若返りました。矢張りスタッフは老若男女色々居た方がよろしいと思います。子供達にとって、若い先生は自分達とそんなに年が離れていないというそれだけで、もう充分に魅力があります。これまで接することの無かった困難をこれから経験することもあるかと思いますが、一生の仕事として頑張って貰いたいと思います。若くない先生は、それなりに経験を積んで様々なノウハウを知っている訳で、まあ安定感はありますが、ともするとマンネリに陥ったりすることもあるかと思います。子供は日々変わって行く訳ですから、常にフレッシュな気持ちを持って頑張って行きたいものだと心を引き締めている所です。


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 │ FORUM2-7 第18号  6月10日(月) │
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 上の娘が彼女の学校の近くの保土ヶ谷区に引っ越して行きました。
私が横浜の教師になって間も無い頃に生まれた子供です。産院で最初に見た時、すぐに自分の子供だと判りました。見えない目で静かに様子を窺っている雰囲気がなんだか自分の動作のように思えたからです。
当時私達夫婦は南区のとある倉庫の上の三階にある部屋を借りて住んでいました。冬は隙間風が吹き込み、夏は西日の暑い部屋でした。彼女が生まれたのは七月で、その夏も異様な暑さでした。ちょうど夏休みということで、生まれたばかりの彼女にミルクを飲ませたり風呂に入れたりおしめを取り替えたりしたのは私です。最初は座布団の上にタオルを敷いて寝かせていたのを覚えています。ほ乳瓶に吸い付いて、とくとくと飲んで行く力強さ、風呂に入った瞬間びくっと驚く表情。少し大きくなってはいはいの速さ、いつも一番涼しい所を選んで寝ているちゃっかりさ。離乳食を食べる時、スプーンをタクトのように振っている姿。そして両足で立てた時、手を叩いて喜んだ笑い顔。妻が入院した時、赤ちゃんホテルで静かに待っていた白い顔。机に向かっている私の隣で、訳の判らない小さな文字をびっしり書いていた。そういう姿や顔を思い出します。
 倉庫の長いコンクリートの階段から転げ落ちた時、横須賀に家を持つ事を決めました。こちらに越して来てから暫くすると下の娘が生まれ、それからはお姉さんとなりました。筑波万博では妹の乗るベビーカーをずっと押していました。下の娘に言わせると、彼女は姉の背中を見て育って来たとのこと。
 家族でサウジへ行く時、私の次にたくさん荷物を運んだのは彼女です。生半価な重さではありません。それ以来すっかり力持ちになりました。
日本人学校では中学生は殆どおらず、行事等ではいつも小さな友達に囲まれていました。父親が英語と社会と時々体育の先生で、家に帰ってからも隣の部屋でした。戦争の時は一人で窓の外の椰子の木の絵を描いていました。
帰国と同時に公立高校に入学し、憧れの日本の学校生活に入りました。演劇部に入って男役が続くうちに、少年のような雰囲気が身に付いてしまいました。理科系を選択し、宇宙工学をやるんだと言って横浜国大の海洋工学科に入りました。現役で公立大学ということで、金の無い親としては大変結構という所です。新聞で彼女の名前を見つけてくれた或る先生がお愛想で「これでお父さんを抜きましたね」と言ってくれましたが、私はマジで「私を抜くには二十年早いですよ」と答えました。
人生の喜びも悲しみも、世の中の姿も本当の所はまだ殆どよく判っていないと思います。しかしそれは嫌でも時が教えてくれるのでしょう。今はただ自分の可能性を信じて走って行ってくれれば良いと思います。現在は過去よりも、未来は現在よりも素晴らしいと信じる方が若者にとって良い事であるに決まっています。ただ、人の気持ちや痛みの判る人間でいて欲しいとは思っています。
親元を離れ、巣立って行くのは当然だと私達は考えています。自分で自分の人生を切り開いていく。その事が出来るようにと親は育てていたのですから。さほど不安もありません。もう自分の人生をしっかり担える事は出来ると信じています。勿論、親として必要な事は言いもし行いもしたいとは思っていますが。
これまで一緒だった家族の一人が家に居ないのは矢張り寂しいものです。
しかしそういう気持ちで子供の人生を判断してはならないと思っています。この二十年間、親が子供に生活を与えて来たのと同時に、子供も親に生活を与え続けてくれたのです。親の恩は山よりも高いなどと言う言葉がありますが、それと同じ程度に子供にも感謝しています。子供達の一生懸命に生きようとする姿、それを見て、親はどれ程自分の人生に安心を覚えることでしょう。実際、私達が苦しい思いをしている時に子供に助けられたということもたくさんありました。これからも自分の納得出来る生き方を模索しながら力いっぱい生きて貰いたいと思うばかりです。

親馬鹿みたいな文章になってしまいました。しかし物事は表現してみないと判らないということもあります。親の気持ち、子の気持ち、それは十人十色かもしれません。或いは結構皆一緒なのかもしれません。良い思い出、悪い思い出、色々あるでしょう。そういうものを出来るだけ出し合って、お互いが何を思っているのか、理解していくことが大事なのではないでしょうか。言うべき事、言わない方が良い事、判断しながら手探りで自分達の人生を切り開いて行くのが人の道かもしれません。


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 │ FORUM2-7 第19号 6月11日(火) │
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 どうやら梅雨に入ったようです。天気図を見ると日本の上に梅雨前線が横たわり、ひまわり衛星からの写真ではその部分に厚い雲がかかっています。
下界では、地表から空まで灰色が続き、細かい雨が簾のようになって風に流されて行きます。遠くの風景は、矢張り灰色の霧に包まれ、水底で見る景色のようです。湿度も高く、青蛙や蝸牛が紫陽花の葉の上に出て来るのも時間の問題です。家の近くの渓流で螢が出ているのを女房が見てきました。
一昨日そぼ降る小雨の中、近くの「横須賀市しょうぶ園」に行って来ました。八ツ橋を渡した田圃を、しょうぶ湯でお馴染みの勢いのある緑の葉が埋め、その中に紫や白、赤紫、黄、ピンクの垂れ咲きの花弁が並んでいました。ショウブと言っても、このような大輪の花をつけるのは実はハナショウブという別の品種です。この栽培が盛んになったのは江戸時代なのだそうです。
しかし名札にある名前には「美吉野」「葵の上」「三笠山」「嵐山」「清少納言」「小倉山」「業平」等、平安時代を思わせる物が多いのです。以前AETのマリッサと来た時も、苦労して日本の貴族のことをあずまやに座って説明していた事を思い出します。
在原業平が「からごろもきつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞおもふ」と詠み込んだように、平安時代はかきつばたが親しまれていたようです。カキツバタ、ハナショウブ、それにアヤメはよく似た花ですね。
番傘をさして麻かなんかの着物を着流して高下駄を履いて、この八ツ橋をそぞろ歩けば、気分は昔の日本人かもしれません。
大道小学校の近くの床屋さんに内山さんという人が居ます。私はそこで髪をを刈って貰っていますが、昨年の十一月、話している内に、ご主人の愛読された梅原猛著作集を全二十巻揃って戴く事になりました。
それを読んで私はこれまでの自分の日本文化に対する浅い知識や偏見にすっかり目を開かされたのでした。
その中で、日本の美意識の感情的原形としての『古今和歌集』、それに関わる真言密教や天台宗の教説の重要さを力説されているのには新鮮な驚きを感じました。明治以降の正岡子規の運動やその後の仏教の発展や社会科学の学説の中で、これらはどちらかと言うと否定的に評価されているものだからです。しかし言われてみれば、『古今集』が「日本美学のバイブルであり、日本人の感情構成のカノンだった」という指摘は頷ずけるし、最澄・空海が日本文化に絶大な影響を与えたのは当然だと思うのでした。
又、『古事記』に込められた政治イデオロギーの分析から、奈良時代に『大宝律令』を作った藤原不比等を記紀神話創作者の稗田阿礼であるとし、藤原氏が何故、その後四百年以上政治の実権を握りそれ以降千百年間も宮中の権力者であり得たかを推測しています。聖徳太子鎮魂の寺である再建法隆寺の謎を解きながら、彼の父鎌足の果たした役割をも推察します。
何時の世も、権力や地位を巡っておどろおどろしい戦いが暗に陽に繰り広げられるのが習いだったようです。
今、学校では社会科でちょうどその奈良・平安の時代をやっている所です。梅原氏の学説は直接授業には関係しませんが、遠く昔の日本に思いを馳せ、錯綜する外来文化を取り入れながら、時代に生きた人間達の情念で織りなす複雑な日本文化像を思い描くと、これまで見えなかった物や心が現れてきます。よく言われる事ですが、歴史の学習は現在の自分や社会を知る上で大きな役割を果たします。そういう意味で、役に立つ社会科の授業をしたいと思っています。
ドラマチックに変化する四季の空気と共に、こぼれるように濃密に広がる豊かな自然。これを背景に日本の歴史と文化は動いています。その心を味わうのは必要な事でしょう。


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 │ FORUM2-7 第20号 6月14日(金) │
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 12日、梅雨入りした空に開いた晴れ間。7組全員参加で遠足終了。
前日の事前指導で渡辺先生が「風景にとけ込んだ行動を取るように」という話をしていましたが、私服で参加した大道中の生徒は本当に上野公園の風景にとけ込んで、各グループで博物館へ美術館へ動物園へと足を運んでいました。何十年ぶりかの上野公園は緑豊かで、頭上を覆う木々の枝と折り重なる葉の濃淡の間をぬって射し込む木漏れ日。そしておびただしい数の鳥が、若干獣の匂いのする空間に羽ばたいていました。いくつかの学校が当日、遠足か修学旅行で上野に来ていました。学生服で行動している生徒達は汗だくで暑苦しそうで、「風景にとけ込んでいない」ような印象を受けました。
さていよいよ来週から「服装自由化に向けての試行」期間に入ります。
 中学校での「服装自由」は日本ではまだ少数派で、横浜ではほんの数校しかありません。個性を生かした教育とか特色ある学校づくりとかのかけ声が役人の例によっての通り一遍のかけ声でしかないということが表れているかのようです。同時に、矢張りこれは明治以来の伝統に抗う重大な問題提起であるようにも感じます。
これを前に先日、学活の時間に話し合いを持ちました。その時点で、試行期間になったら私服を着て来ると決めていた者の数は十名でした。制服で来ると答えた者が七名。その他はまだ決めていませんでした。
自由になったらどういう良い点があるかという問では、先ず天気や気温等の気候に合わせられるという答が一番でした。汚れたらすぐ洗える。着替えが容易。動き易い。毎日清潔で居られる。クリーニングに出さなくても良い。自分らしい個性を発揮出来る。学校の雰囲気が明るくなる。等の答が得られました。
ではどういう悪い点が考えられるかという問では、一番多かったのは、何を着て行くのか決めるのが大変という答でした。その他、中学生らしくない変な服を着てくる者が居るかもしれない。体育の時などに盗まれるかも。洗濯物が増える。服代に金がかゝる。登下校の時、何処の学校か判らない。等の心配が挙げられました。
それではこうした悪い点を無くすにはどうしたら良いかという討論で一番出たのは、心配な人は制服で来れば良いという意見でした。いともあっさりした意見ですが、結構大事な意見かもしれません。服装は自由なのですから、標準服着用でも勿論良いのです。要はそのご家庭、そのお子さんが考える最も適当な服を着て来れば良いのです。その為に服を新調する必要はありません。普段着で結構です。
とは言ってもその普段着として何を着させて行こうかと迷うご家庭もあるかと思います。お子さんとよく話あってください。間違っても、友達みーんな××ブランドとかという言葉に惑わされてはなりません。今度の遠足でも生徒達の格好は殆ど全く普通でした。子供にどういう服を買ってやるかは家計の問題でもあり、子供の注文だけで決められる問題ではありません。そこでの会話が大事なのだと思います。何が格好良いのか、何が一番大切なのか、一方的に親が決めるのも子供に任せ切るのもどちらも良くないと思います。なーんでそんな面倒臭い事わざわざしなくちゃならん!と思われる方もあるかもしれません。でも、いくら面倒だからと言って、そういう親にとって絶好の家庭教育の一つを先回りして学校なりが勝手に決めてしまうのも、楽ではあっても、ちょっとお節介な気もしませんか? それほど家庭や子供は信用出来ない存在なのでしょうか? 私は家庭や子供の自己教育力が試される期間だと思っています。誤解無きように繰り返しますが、標準服でも良いのです。ご家庭とお子さんの結論であればそれでも大変結構です。
ただ、服装を自由にしたら非行が噴出したということになったとすれば、これはもう服装だけの問題では無いと思います。制服という格好で見えなかったもっと深刻な事態が家庭で学校で進行していたのだということです。
まあ、そう心配することはありません。学校へ行く格好が自由というただそれだけのことです。
よくお子さんと話し合ってください。きっとお子さんは適切な判断をすることと思います。
 この問題については少し詳しくウオッチングすることにします。ご意見もお待ちしています。


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│ FORUM2-7 第21号 6月18日(火) │
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 自由服登校試行が始まりました。
服装検討委員が毎日、「学級観察日誌」をつけることになっています。第
一日目(17日)の服装は次の通りです。
男子→すべて私服13名。標準服7名。標準服ズボン+Tシャツ1名。
 女子→すべて私服 9名。標準服7名。上Yシャツ+下私服 2名。
気になる服装→共に無し。

5校時は授業参観で、私は前回と同じ5組の社会科でした。専門科目ではないので余計たくさん準備をしましたので、うまく行きました(と思います)。
ほっとする間も無く、今朝校長から頼まれた、試行期間中の学校の様子のビデオ撮りをしながら、学活へ行きました。クラスの前にはお母さん方がいっぱいでした。学活を終え、机を懇談会用に直します。ここ数日清掃が無かったので、余り教室が綺麗でないのが気になりました。
懇談会には21名の方の参加をいただきました。お忙しい中、本当にありがとう御座います。
今回の懇談会の議題は主に次の二点でした。第一は例のPTA学級活動費の使い方。第二は、始まった自由服登校に関する討論。
第一については、夏休みのなるべく早い時期でプールの空いている時に、プールを使っての水遊びとその後、親子でソーメンを作り食べる会を開こうということになりました。役員の方にやっていただくということではなく、みんなでやろうということですかと確認させていただくと、数名の方がボランティアで準備をすると名乗りを上げてくださいました。
第二の話題については、まだ始まったばかりですので結論めいたものが出せる段階ではありませんが、色々ザックバランに話を聞かせていただき話もしました。
最初見た印象としては、案外ジミだなというものだったようです。それに意外に制服の者が多いなということ。長ズボン姿が多いことから、これなら暑さの点では制服と変わらないのじゃないかという疑問。それから、例えば最初制服で行くと言っていたのが、朝急に私服で行くということになり自分の部屋へ入ったけれど、さて何を着ていったら良いのか判らないとか、服装自由と言っても遊びに着ていくのと学校へ着ていくのとは違うだろうと迷ったりとかと、色々服装選択に関して戸惑いがあったようでした。
教員としてどういう印象を持ったかと聞かれましたので、私は彼らが、ありのままの姿というか、極めて自然な様子に見えたという印象を話しました。
サウジに居た時、アラブ現地校は別として(まっ白かまっ黒)インターナショナル学校は皆こういう感じでしたし、自分の家で子供達を見るのと同じように、特別に肩肘張っているのではない自然な子供の姿を学校で見る事が出来るという印象です。
とは言っても、長い間毎日同じ服を着させたらいじめられやしないかとか、ブランド物や高級品を欲しがるのではないか、その時、親子は毎日喧嘩をしなければならないのではないかとかと心配事が出されました。親御さんが思う程子供達は高級志向ではないと私が言うと、そんなことはないという声がかなり上がりました。
もしそうだとすると、それが現在の日本の異常さなのだと私は言いました。ヨーロッパ辺りを旅していると、多くの国の学生はユースホテルとか安宿に泊まって、しかし自分なりに何か考えて旅行している。例えば韓国の学生はおしなべて英語力も高いし、ひと昔前の日本の学生のように勉強もよくしているようだ。超一流のホテルに泊まり、似合う似合わないは別として高級ブランドのアクセサリー等を光らせて、子供みたいな幼い行動しているのは日本の学生。そもそも十代後半で、のんびり勉強させて貰える人間がこの地球上で何割居るというのだろうか。毎日の食べる物さえままならぬ多くの子供達の群れの存在を知っているのだろうか。いったい高級な服でなければ嫌だなんてどんな顔して言えるのか。半ば親となって私はそう言いました。
参加された方達もその意見には同調されたようで、そういうことを学校で生徒達に言ってくださいと言われました。
学校は生き方を考える所でもありますから、そういう意味でそういう指導はやっていますし、今後もやるでしょうと申し上げました。
 終了後、職員室でこれをワープロで打ちながら考えました。そういう若者、とりあえず高級ブランドに飛びつく若者達、彼らを作ったのは一番感性の育つ時期に服装について考えてみることもさせなかった仕組みかもしれない。自分らしい服装なんて急には判る訳無いのかも…って。


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 │ FORUM2-7 第22号 6月21日(金) │
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 期末試験まであと一週間を切りました。
中間テストと同様に、この一週間の学習計画表を出して貰っていますが、
31名の人が出しただけです。あとの人達はどうしたのでしょうか? 期末試験は中間よりも試験科目も多いのですから、それだけ準備にも時間がかかると思います。気を引き締めて計画的に学習を進めて貰いたいと思います。
さて服装問題ですが(試行期間中は重点的にこの問題について考えてみたいと思っています)、先々回のFORUMで「普段着で結構です」と書いた時、実はもう少し深くそのことについて考えてみる必要があるなと感じたのでした。それは懇談会で出た「学校へ行くのにふさわしい格好」という問題意識にもつながっていることです。
遊びに行くのではなく勉強をしに学校へ行く。これは当然のことです。
 ですから、勉強するのにふさわしい格好とは何かという風に考えてみても良いかと思います。
勉強するのにふさわしい格好……どう考えますか?
はっきり言えば、私はどんな格好でも勉強は出来ると考えます。浴衣であろうと短パンであろうと学習は進められると思います。昔から学生はバンカラで服装など余り気にしないという雰囲気もありました。服装ばかりではなく、例えば部屋とか文房具とかというものもそれ程揃っていなくても学習は進められると思います。
私の理想はどんな所でも学習出来るというような柔軟な心のフットワークです。学生の頃、宿直のアルバイトをした時に夜中のサービスカウンターで勉強がはかどった思い出や、大騒ぎの集会の片隅で原稿を書き上げた思い出などがあります。
体育や技術家庭科のような作業を伴った教科は別として、大多数の科目については、快適な服装であれば特に学習に支障は無いと思います。
では何故、制服というものが存在したのでしょうか?
これは多分学校というものがどういうものであるのかということと無関係ではないでしょう。日本の学校教育は、明治時代、富国強兵の国作りの中で生まれました。その制服が詰め襟となったのは至極当然のことだと考えられます。戦後、民主主義の世の中になっても、学校は社会の要請とは無縁ではあり得ず、結果的にあの高度成長経済を支える重要な役割を果たしたことは否定出来ないでしょう。組織の歯車となって懸命に働くことが求められる社会での教育には「制服の思想」のようなものが必要なのかもしれません。しかしそれが最近少し変わってきたようで、文部省も「個性を生かした教育・特色ある学校」ということをしきりに言うようになったのです。
所で現場の教員とか、お子さんを学校にやっている父母の皆さんとかは、まあそういう社会的要求というよりも、目の前にいる子供の幸福にとってどうなのかと問題を立てがちで、それはそれで大切なことだと思います。何故なら、学習するということは社会や国家の要請である以上に、その子供達自身の権利であるからです。親や教師は生徒自身の為の頑張りを応援しているからです。
そういう者として「勉強するのにふさわしい格好・学校で過ごすのにふさわしい格好」を考える訳です。快適性や動き易いというような機能性、洗濯し易いとか価格。そういうことゝ共に大事なことは、集団で学習する訳ですから、人に迷惑をかけない格好ということが考えられねばなりません。いたずらに異性を刺激するような服装は慎むべきでしょう。学習の妨げになるようなメッセージの篭もった服も考えなければなりません。まあ、そう言った他人に対する思いやりの心、これも「学校へ着ていくのにふさわしい」ということに含まれていると思います。
 7組の状況ですが、標準服で登校してくる生徒の数が第1日目の14人から、2日目の6人、3日目4日目の4人と次第に減って来ています。最初から言っておりますように、標準服登校大変結構です。それが自分で選んだ「ふさわしい格好」ということなのですから。自分(と家庭)で考えて決めるというそのことが大切なのだと思います。
 ただ、私服で来ている生徒達の格好も私の目から見て全員が問題無い格好です。私の目は、多少甘いかもしれません。ご家庭で、ご面倒でし
ょうが、色々試行錯誤してみてください。



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 │ FORUM2-7 第23号 6月24日(月) │
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 なんか疲れますねえ! じめじめ蒸し蒸しする気候のせいでしょうか?
じわじわと疲れが染み込んで来るようです。相当気合いを入れないと、ぐたあっとしてしまいそうです。先週の金曜日など、やっと一週間が終わったという気分で、土日の連休に入る!と叫びたくなりました。
 しかし子供達は大変です。翌週に控えた期末試験の為、その二日間、勉強に集中しなければなりませんでした。
大人になって暫くしてからも、試験勉強に追われている夢を見たことがあります。中学・高校の生活は試験抜きには語れません。それが存在している以上、逃げる訳には行きません。自分なりにベストを尽くして突破していくしかありません。
中3の娘もこの試験前日に部活の試合があり、毎日特訓されています。夜中の2時になっても電灯がついていましたので、寝かせようと入ってみると、教科書を抱えながら寝床で丸太のように眠っていました。

疲れた時、どうするか?
晴れた日なら空に浮かぶ雲を見ます。曇の日なら遠くに霞む風景を見ます。雨の日ならば降り注ぐ雨音に耳を傾けます。そして暫くじっとその自然の営みに心を合わせます。……それで自分の静かな落ち着きが戻って来たなら、深呼吸でもして再び仕事に戻ります。もし、どうしても仕事が続けられなければ、ごろりと横になって寝るなり音楽を聞くなりすれば良いでしょう。
心に蘇らせることは命を育む宇宙の心です。自分がこの自然の中で生きていることの静かな喜び。それさえ確認出来れば、疲れも自然にほぐれていくことでしょう。(もし、どうしても疲れがとれない場合は早めに医者に行くことをお勧めします。)
しかし、大人は疲れた疲れたと口癖のように言っていますが(そんなこと口に出さない大人もいらっしゃいますが)、若者達は結構元気なものです。あの甲子園球児のタフネスさを見れば判ります。徹夜が続いても生きて行けるのです(決して勧めているのではありません!)。知恵が足りなくても、それをカバーするエネルギーがあるのです(人によってその度合いは様々ですが)。
子供達は、未来に向かって自分自身の可能性を拡大するために、準備をし鍛錬をしている訳です。彼らにとって未来は全く未知の領域です。彼らにとってそれは何でも描ける広大なキャンバスのように真っ白なのです。未来に向かうこうした情熱があるからこそ人類は進歩してきたのでしょう。
 近未来である試験後の夏休みにしても、この試験の出来次第で楽しさも変わってくるかもしれません。
 急に成績が変化するということは少ないかもしれません。他の人と比べてどうとかということよりも、自分自身としてどうなのか、どこまで頑張れたのかということが大事です。
高校入試まではまだ間があります。中学生活はまだ半分しか経っていません。一回や二回の試験結果、どうってことありません(?!) 結果ばかりを気にせず、その過程を重視しましょう。何処が何故出来ないのか、自分にとって弱点は何か、そういうことを振り返ってみましょう。それが判れば、もう半ばその弱点を克服したのも同然です。弱点の発見とその克服。これが大事です。
 ゆっくり冷静に自分を振り返る。その大切さは試験対策に限ったことではありません。本当はそのことが普段から出来ていなくてはならないのです。県の高校入試、以前より内申が重くなりました。毎日の学習態度が重要です。試験の時だけでなく平素から確実な学習姿勢が確立していなければならないのです。言い換えれば一年中勉強です。……或る程度気を長く持って、日一日をしっかり頑張っていく必要があります。 
定期試験はその一部でしかありません。しかし重要な一部です。
 いよいよその試験を含む一週間が始まります。何事も気合いを入れればかなりの困難さを取り除く事が出来ます。特にこういう気候の時はなおさらです。
全員が自分に気合いを入れて頑張って貰いたいものです。


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│ FORUM2-7 第24号 6月28日(金) │
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以前、うぐいすは英語で何てさえずるのだろうという話が出ました。うちの学校に来ているAETのダウディ先生に聞いたのですが、ホーホケキョに当たる英語の擬声語は知らないとのことでした。大きな辞書にも載っていません。でも、きっと存在するんじゃないかなあと私は思っています。(もし、ご存知の方がいらっしゃいましたら、是非お教えください。)
それとは話が全く変わるのですが、以前こんな小話を外国人から聞いたことがあります。
難破しそうな船にイギリス人の船長がいました。その船にはドイツ人、フランス人、アメリカ人、日本人の客が乗っていました。船が沈没する前に彼らを海にとびこませなければなりません。愚図愚図していたら助かりません。一言でとびこませる言葉を考えなければならなかったのです。船長は先ずドイツ人に「船長の命令だ。とびこめ!」と言いました。それを聞いたドイツ人は直ぐに海にとびこみました。フランス人には「君はとびこむな!」と言いました。するとフランス人は抗議をしながらとびこみました。アメリカ人には「心配ない、保険はついている」と言いました。アメリカ人は「確かだな」と言いながらとびこみました。日本人には「ほら! みんなとびこんでいる!」と言うと、慌てゝとびこんだのでした。
さてこの小話の面白い所は……という風に自分のギャグを説明していた落語家がいましたが、…それぞれの国の国民性のようなものが表されている所です。
「みんながそうするから自分もそうする」という行動選択パターンは外国人に指摘されるまでも無く、確かに日本人のよく採る方法です。日本人の習い性となっているとさえ言って良い程だと思います。それが派閥とか縄張りとかそれに類するものと結びつき意志決定をしていく。それは政治に始まって殆どあらゆる場所でのやり方となっているということは、皆さん方もよくご存知の通りです。
大勢に従うということは波風を立てないという点では利点ではありますが、自分の頭で理性的に思考し判断することを停止するという点では、愚劣な事態に至らすこともあり得ます。少数者を無視する可能性もあります。
なんでこんなことを述べているのかというと、矢張りこれは服装問題に関係しているのです。
 先々回、教育に於ける「制服の思想のようなもの」という言葉を書きました。組織としての規律を重んじ、他と異なる態度を規制することが必要な場合もあります。特に学校のように、学習中の未成年を大量に預かっている所ではそういう場合が多いであろうことは誰でも予想の付くことだと思います。しかし現在の教育で最も求められていることは、自ら判断する力、自ら学ぶ態度なのです。
子供が自ら判断するなんて十年早いとお考えの方もあるかもしれません。しかし学校でそういう機会が無ければ、お子さんは一生その機会を失うことだってあるかもしれません。常に周りに合わせることを教えられ、それを越えることが許されないことだと脅迫観念のように植え付けられたら、大人になってその子供は自分の判断で物事を決定することができるでしょうか。又そういう機会は、年をとればとる程失われていくのではないでしょうか。日本の社会を知れば知る程、その気力は失われていくのでないでしょうか。
そういうことに飽き足らなくて、子供じみた突っ張りをするかもしれません。新しい(と思う)流行のやり方を闇雲に追い求めるようになるかもしれません。
周囲の声に耳を傾けながら、落ち着いて自分の振る舞いを決定していける環境を子供に整えてやることが、大人の親切だと思います。場合によっては、殆ど問答無用同然の絶対性を持って親達が子供に指示することもあるでしょう。しかし、余り細かいことまで大人達が干渉するのは、その思いとは逆に子供を駄目にすることにつながるのではないでしょうか。一緒に相談に乗ったり、或いは黙って見守ってやりながら、出来るだけ子供自身が決定出来るように持っていくことが必要だと思います。
そういう意味でも、これまで考えずに済んだ学校での生徒達の服装を、親と子とで考えねばならなかったこの自由服登校の試みは大きな意味を持つと思っています。
みんなと常に同じではなく、自分はどうするかを決めなくてはならないからです。




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