264667 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

常住不断 福井孝典ホームページ

全66件 (66件中 41-50件目)

< 1 2 3 4 5 6 7 >

カテゴリ未分類

2009年03月01日
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
 初めてこういうものに参加した。血圧が高いので止めなさいと妻に何度も言われたが、先ずは5キロということで、これなら問題無いと軽くこれを聞き流していた。制限時間内に完走しないと記録も出ないし、歩道を走らなくてはならないらしいので、職場の休憩時間に数回の練習はした。
 前日の夜、娘の用事で急に孫が来ることになって、今日は朝から孫と妻が一緒だった。
 三浦海岸に行く電車の本数が限られていて、そこへ辿りつくまでラッシュ時以上のぎゅうぎゅう詰め状態。その間、片手はつり革、もう片方の腕ではずっと孫を抱いていなければならなかった。
 今日の天気はあいにくの雨。孫は、気温5度という寒さで動こうともせずに固まっている。海岸に設けられた会場に着き、参加記念品を受け取って、スタート地点に辿り着くまでに結構難儀した。
 今回の参加者数は数万人ということで、5キロコースだけでも3526名。まあ、話に聞く鼠の大行進のように、かたまりとなって進んだ。これでは「長距離ランナーの孤独」なぞ感じるわけも無く、周りの人にぶつからないようにと、気を遣いながら走る。この賑やかさはお祭りのようでもあり、結構楽しかった。そのせいもあって、自分なりにはハイペースだったのだが、余り苦しくも無く完走することができた。順位は1525位で、タイムは31分06秒だった。私にとっては満足な記録だ。
 スタートの時は小旗を振って応援してくれた孫だが、私の通過後、足を滑らして転んだらしく、雨と寒さと傘や荷物の管理等もあり、その30分間、妻は大変だったようだ。私がゴールした後も、見当違いの場所にいて、そう広くもない場所なのに、お互いを探すのに時間がかかってしまった。近くのマクドナルドも超満員だし、まだ10時過ぎで近所の店も開いていないところが多く、とりあえず急いで家に帰ってから、途中で買った鍋焼きうどんのセット三つを調理して食べた。
 3歳を数ヶ月過ぎた孫はずっしり重かった。明日以降に予想される筋肉痛はきっと両腕と肩に表れるに違いない。でも、彼女たちのお陰で思い出も色合いが深まったはずだ。
 来年も参加したい。






最終更新日  2009年03月01日 16時11分05秒
コメント(0) | コメントを書く


2008年01月30日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 このままでは1月の記事のバックナンバーが無くなってしまうので、この月末に来て何か書こうと思う。今月も実生活の上では相変わらずせわしなく、本来の日記に相応しい私小説的な記事であれば実際色々ある筈である。しかし私は敢えてその種の記事は書かないようにしている。
 だが今思い起こして、今月14日に行われた今年二十歳になる卒業生たちの同窓会は自分にとっても意義があった。5年前の、私の前任校での最後の卒業生だ。この日、成人式を迎えた彼らはMM21のインターコンチで賑々しく同窓会を開催し、総勢200名ほどのうち百数十名が参加した。
 その時その時は、生徒たちと共に精一杯動いているが、それが毎年、同じようで又違う生徒たちの群像に取り囲まれそれが積み重なっていくという日々を過ごしていると、数年前の記憶はかすみ、もう誰が誰だか判らなくなってしまう。
 しかし同じ期の生徒たちに取り囲まれて話しをしていくうちに、その時の記憶がまざまざと蘇ってきた。そう、その時の自分自身にどれほど心を動かされることがあったか。そんなことまで忘却の片隅に行っていたのか。そういう驚きさえ覚えた。合唱コンクールや体育祭で優勝した時など、その一つ一つにドラマと感動が確かにあった。それすらすっかり忘れていた。
 5年後の成人した元生徒たちと暫く過ごしている間に、当時過ごした時間がはっきりと蘇ってきた。これは良い経験だった。






最終更新日  2008年01月30日 22時02分27秒
コメント(0) | コメントを書く
2007年12月04日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 今、三浦半島は紅葉まっ盛りだ。すべての野山が、黄・赤・茶・緑の系統の色々な色相と濃淡でもって埋まっている。それらが重なりあって塗りつぶされている景色に、芸術家の心を感じてみたりする。未だ散り始めておらず、いっぱいに抱えられた色づいた葉に日の光りが当たり、その色を競わせるように映えさせているのが良い。
 都会に住んでいた学生の頃は、秋から冬にかけての季節の変わり目は、吹く風の感触によって主に感知していた。キャンパスに並ぶイチョウの鮮やかな黄色と、そのはらはらと散っていく様子には心を動かされてはいたものの。
 しかし今、通勤中の車中からずっと眺められる、辺りいったいが色づいた風景は、日本の晩秋そのものだ。イチョウの黄色、ススキの銀色、カエデの赤色を含め、様々な植物が、定められた楽譜に従うように散る間際の存在をあらわにしている。






最終更新日  2007年12月04日 17時43分22秒
コメント(0) | コメントを書く
2007年08月23日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 今年の夏休みはビリーズブートキャンプをやった。
 毎日30分ずつやって、DVD四本組みを今4ラウンド終えたところ。ビリーの後ろでやっている女性たちに負けないようにと、息を切らしながら頑張っている。毎回汗びっしょりになり、終了後シャワーへ直行する。
 その成果はというと、今のところ体重もウエストも変化なし。血圧の医者には常に運動不足を指摘されていたのだったが、やってみて血圧の方も特に好転している気配はない。
 ただ、どことなく体がしまってきているような感じがする。妻からは、フットワークが軽くなっていると励まされた。
 確かに、始めた時に比べてスムーズにエクササイズ出来るようになった。筋力や体力がついてきたということだろうか。パンチやキックにも威力が加わった気がするが、これを実践に役立てることはあるまい。
 ダイエットするなら、やはり食べ物飲み物に気を配ることが大事だろう。運動不足解消ということなら、これからも継続していくことが大切だ。一日30分なら、続けられないことはないという気がしている。






最終更新日  2007年08月23日 21時43分21秒
コメント(0) | コメントを書く
2006年03月21日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 WBCで日本が初代の世界チャンピオンになった。
 とても嬉しい。野球では、ベイスターズが優勝した時以来の喜びだ。
 本当の世界一を競う大会だけに、さすがにどの国も一生懸命で、観ている方も力が入った。そんな中で日本チーム、よく頑張った。適時に滴打し、打線がつながった。投手もよく投げ、守備も固かった。チームワークも良かった。
 その強さは、世界中の人に印象づけられたことだろう。
 戦後の日本では、相撲と並んで、ずっと人気ナンバーワンだったプロスポーツが野球だ。これほどまでに盛んな日本の野球が、世界で通用しないはずはないという気分はあった。
 今回チャンピオンになったことは、日本野球の強さの証明に他ならない。今後も、こういう機会を通じて、各国の野球がますます緊密な関係となり、お互いの力を正しく確かめ合うことができればよいと思う。
 オリンピックやサッカーのワールドカップと並んで、四年ごとのこのワールド・ベースボール・クラシック、とても楽しみなものとなった。






最終更新日  2006年03月21日 22時13分15秒
コメント(1) | コメントを書く
2006年01月24日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 職場の四階の窓から西を眺めると、青く澄みきった大空の下、輝く白雪を被った富士山が大きく見えた。左右両裾には、地平線を堅固に護るように黒い山脈が続いている。白い富士山、黒い山脈、それらの山肌に伸びる幾条もの襞が、くっきり見える。まるで自分がその山麓で生活しているようにさえ感じられてくる。
 しかしそこまでの百キロ近い距離、ひたすら平野が広がっていて、おびただしい数の人々の生活がある。そして今、その平野を埋め尽くす家々の屋根にはまだ雪が残っていて、碧空の下、冷気を放っている。頭を覚醒させるすがすがしい空気。その空気が造りだした透徹した風景。






最終更新日  2006年01月24日 21時50分56秒
コメント(0) | コメントを書く
2005年12月30日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 banner9.gif  ネットサーフィンをしていて、このリンクに出会いました。
 趣旨に賛同し、参加いたします。






最終更新日  2005年12月30日 17時45分03秒
コメント(0) | コメントを書く
2005年12月28日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 夏から始まった研修が、最終日のTOEFULテストでようやっと終了した。英米の大学留学を目的とする者たちを主な対象とするこのテスト、試されるのは、われわれの現場で必要とされる能力とは明らかに別物。しかし科の全員が受験するものと決められている。この研修は悉皆研修。来年度から中間管理職が、どの職場にも数名ずつ新設される。全員が協力してこれまでやってきたし、そうしなければうまく行く筈のない職場。新しい仕組みは、この現場の実態にまるでそぐわない。しかし現実のものとなる。
 こうした動きが多くの場で強行されている。
 単に気まぐれや思いつきによるものではない。求められているのは競争。適者生存の世の中に残れるか否かだ。生まれながらに競争社会にいた団塊の世代も定年を迎えつつある今、その世代を含めて、さらに激しい生存競争の時代になろうとしている。
 2005年はその流れを決定づけた。
 数億円を動かすセレブか刹那に生きるニートかという風に、自分の将来をまともに見出し得ない若者たち、利益を追い求めるに急で安心・安全を無視する詐欺まがいの商い、人を傷つけたり蹴落としたりしてなんとも思わない心の蔓延。平和や共生の理想が押し退けられる。…そこには大きな陥穽が口をあけて待っている。
 しかし何はともあれ、人々は生きていかなければならない。事実、誰もが生き残っていかなければならないのだ。庶民の生きぬこうとする真面目な営みは、時として施政者の目論見を越え、それを変更させることもある。それに期待しながら、新しい年を迎えたい。
 個人的には今年、二人の孫が無事に生まれ、三年目を終えようとしている現在の職場での仕事も何とかうまくいっている。その意味では、悪い年ではなかった。冒険的なことは何も無いが、一つ一つの営みを自覚的にやりぬく中で、何か展望が見えてくるかもしれない。世の中、そう捨てたものではない筈だから。






最終更新日  2005年12月29日 07時52分30秒
コメント(0) | コメントを書く
2005年11月16日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 今朝8時51分、次女が3248グラムの女児を出産した。私にとっては、続けて生まれた二人目の孫だ。早朝、陣痛が5分置きになったので、助産院に向かう旨の連絡があってから、三時間ほどの超安産であったが、娘とその夫にとっては目の回るような「激動の安産」であったとの由、それも充分うなづける。メスも医療器具もまったく使わない自然分娩。それを選んだ娘の意気も盛んで、準備も積み上げてきていたが、父親としては些か不安な気持ちがあった。しかし、つるつるの肌をした本当に赤く輝く赤ちゃんを見て安心した。助産院は普通の民家のようで、生まれたばかりの赤ちゃんは、最初から親とずっと一緒に寝ているのだった。
 職場から、東京にあるその助産院へは高速道路を使って車で向かった。地平線から二十度ほどの低い空に、バター色に輝く巨大な満月が高層ビルの間に顔を出していた。満月になったので生まれるだろう、と娘が言っていたことを思い出した。自然の精緻な営み、それにしっかり歩調を合わせようとしている姿勢には何か確かなものがある。
 昼間、長女も娘を連れて訪れたとのこと。二ヶ月目の赤ちゃんは驚くほど大きくなっていたと妻が言う。二人の娘は、出産という大役を果たし、又一つ逞しく成長したという気がしている。






最終更新日  2005年11月17日 20時48分12秒
コメント(0) | コメントを書く
2005年09月13日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 昨日の朝から始まった長女の陣痛が、夜には10分間隔となり、横浜新山下の日赤病院に連れていった。予定日は既に過ぎており、そのままであれば14日には入院という予定になっていた。それよりも早く陣痛が起きてくれて、生まれてくる子どもがやっとその気になってくれたかと冗談を言った。入院後は順調に陣痛の間隔が狭まり、痛みも増し、今朝8時40分、3060グラムの女児を出産した。
 よく泣く元気な子だった。「かわいい!」と長女の興奮と喜びも極に達していて、一昼夜以上寝ずに大仕事をしていたにもかかわらず、まったく疲れている様子は見せなかった。夫も出張先の岐阜から新幹線の一番で駆けつけてきて、生まれたばかりの子どもを上手に抱いた。
 11月には次女の出産も控えており、私の妻はあれやこれやとそのことで頭がいっぱいになっている。昨夜も寝床にはついたが、一睡もできなかった。無事出産ということで、一安心というところだ。
 帰りは、夕食として中華街でお粥を食べた。家について妻はしばらくメール等をやりとりしていたが、もうれつな睡魔に襲われ床についた。私は、予測される車の運転のため、ここ数日ノンアルコールビアばかりの日が続いていたが、晴れて日本酒を一人でたくさん飲んだ。






最終更新日  2005年09月14日 12時04分24秒
コメント(2) | コメントを書く

全66件 (66件中 41-50件目)

< 1 2 3 4 5 6 7 >

PR


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.