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常住不断 福井孝典ホームページ

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2014年10月10日
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カテゴリ:政治
 円覚寺方丈で開催された「白熱教室」に参加してきた。今回のテーマは「私たちは平和な世界を望んでいるのか?」である。
 心地よい空気を吸いながら広い境内を歩き、朝9時に受付をし、9時半から般若心経の読経・座禅と進んだ。10時から「白熱教室」ではおなじみの小林正弥教授の「公共的平和と宗教性」という講義を受け、その後「なぜ戦争はなくならないのか?」というテーマでの第一部が始まった。昼は僧侶たちが作ってくれた美味しいカレーライスを食べ、1時半から「国家間の緊張は和合へと導けるのか?」という第二部、「平和な世界を創るために、今何ができるか?」という第三部の白熱教室が続いた。休憩・昼食を挟んでのこの6時間、平和を考える真摯な対話が継続していた。こうした時間を持っていること自体が、コミュニタリズムの唱える「新しい公共」「共通善」の追求そのものであるような気がした。
 閉会は「平和への祈り」を確認し、延命十句観音和讃の読経、四弘誓願を三誦して終了した。
 






最終更新日  2014年10月10日 09時20分54秒
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2014年09月20日
カテゴリ:映画・TV・演劇
 関内ホールで行われた上映会に参加した。副題に「福島の3年間―消せない記憶のものがたり」とあるようにドキュメンタリー映画だ。それも途中15分間の休憩があるものの、4時間にわたる長編。音楽は冒頭、花見の宴席で歌われる『北国の春』とエンディングに使われたチェロ演奏だけで、ナレーションも無い。ただ、現地の人々の声だけで構成されている。しかしこの長さも構成も、現場を理解する上で必要なものであったことが判ってくる。せめてこれぐらい寄り添わなければ現場を理解することは出来ないだろうという気になってくる。飯館村の実情がようやっと自分の感覚で判ってくる。
 監督をした豊田氏・野田氏は報道カメラマンだということだが、切り取られたなんでもない映像もなかなか清心で、リアルなタッチに効果を発揮している。
 タイトルの「原発さえなければ」という言葉は、自殺した酪農家が小屋の壁にチョークで書き残した遺言。普通に平和に暮らしている人々に襲いかかる原発事故の恐ろしさを、日本国中の人々が自分の問題としてもっと認識すべきとの思いを強くした。






最終更新日  2014年09月20日 10時45分47秒
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2014年09月13日
カテゴリ:読書
 940ページのうち四分の一近くが『ソースノート』に当てられている。『ニューヨーク・タイムス』の記者である著者の真実に迫ろうとする真摯さの表れである。超大国の諜報機関CIAの誕生から今日まで、やってきたことやれなかったことが、歴史を追ってずばりと記述されている。原題が『LEGACY OF ASHES(灰の遺産)』とあるように、この機関の活動は途方も無く無駄な営為であったようでもある。しかし第二次大戦以降の世界を理解する上で、この本は極めて重要な資料となる。実在する巨大諜報機関の実像を知る為の必読の書である。






最終更新日  2014年09月13日 11時14分08秒
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2014年08月24日
カテゴリ:映画・TV・演劇
 8月23日(土)に文京シビックホールで『ジョン・ラーベ』の上映会があった。チケットは随分前に完売していて、満席の入りようだった。この作品の監督をしたドイツ人フローリアン・ガレンベルガーが、上映に先立って日本の観客に英語でビデオメッセージを送ってきていた。その内容はいかにも真摯で日本人がしっかり傾聴するに値するものだった。作品はよく出来ていて、2009年度のドイツ映画賞で、「最優秀映画作品賞」「最優秀主演男優賞」「最優秀美術賞」「最優秀衣装賞」の4冠を獲得したのも頷ける。出演者にはドイツ、フランス、アメリカ、中国の実力俳優たちと日本からは香川照之・杉本哲太・ARATA・柄本明らが出ている。内容も元ナチス党員だったジョン・ラーベの日記を元にしており極めてリアルなものだった。
 ところがこの作品の上映はこの日本では本年5月17日の上映会とこの日の2回がなされたきりだそうだ。南京事件を扱った作品となると、一方の当事国日本ではこのように全くと言って良いほど黙殺されてしまう。この狭量さは異常である。この異常さの仕掛け人は当然いるはずであるが、異常を異常と気がつかない国民も異常である。起こしてしまった事実を無かったことには決して出来ないし、まして美化することなぞ恥知らず以外の何ものでもない。国民の快不快や感情の問題ではない。過去の歴史を見つめる眼とそれを活かす心の問題である。
 次は3月14日に亀戸で上映会があるという。






最終更新日  2014年08月24日 10時38分10秒
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2014年07月02日
カテゴリ:政治
 政治家の三百代言を今やまともに信じる国民は少ない。集団的自衛権行使容認で「歯止めをかけた」とか「現状を変えるものではない」とかの説明がなされているが、これまで「9条があるので行使は出来ない」と歴代政府がしてきた憲法解釈を「行使できる」と変えたそのことが政治の大転換なのだ。オバマ政権からさして強い要求もないこの時にアメリカを助ける戦争に備える体制を整えようとしている安倍首相は、元々この集団的自衛権行使を認め日本を戦争のできる国にしたくて仕方が無かった人間なのだ。その安倍が自分のやりたかったことをやったということである。それを平和を唱える仏教の党が権力亡者となってサポートしたということである。
 このままでは日本国民の運命が大きく変わってしまうかもしれない。その可能性は大だ。
 閣議決定された1日の午後から夕方にかけて私は官邸前の抗議行動に参加していた。マスコミは香港の反中デモの報道はしても阿倍の暴挙を糾弾する数万の人々については国民に知らせない。国民は何事も無かったかのようにこの政治的大転換をやり過ごしていく。しかしこの瞬間、反対の声をあげ続けたことは少なくとも私自身にとっては意義があった。戦争に反対する仏の心を捨て去ることのなかった証だからである。






最終更新日  2014年07月02日 08時00分46秒
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2014年06月29日

カテゴリ:カテゴリ未分類
酒場で一人飲みながら夢をみた
私より若い者が私以上に生き
果たされなかった夢が
何かをきっかけとして
思いがけない速度と規模で
成就する
そういう瞬間の夢をみた
酒場の喧騒の中で






最終更新日  2014年06月29日 21時16分59秒
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2014年06月24日
カテゴリ:映画・TV・演劇
 演劇鑑賞会の例会公演として『ハムレット』が横須賀にやって来た。良く知っている筈の芝居だし、行くまではそれ程期待していなかった。しかし芝居が始まったまさにその瞬間から最後の最後まで舞台に引きつけられ興奮し続けた。それは何よりもワレリー・ベリャコーヴィッチというモスクワの演出家の手によるところが大きい。舞台を構成する全てのものの隅々にまで彼の演出が貫徹している。音楽・音響・照明それに役者の動き一つ一つに演出家の意識が色濃く混入している。役者はいささか戯画的な程の大芝居をしたり、舞台の雰囲気作りの音楽や大道具と化したりする。全てが芝居を劇的に盛り上げようとする演出の意志に基づいている。早いテンポの展開で進行するが、一つ一つの大事な台詞はしっかり聞かせようともしている。知らなかったが、ハムレットをやった南保大樹という役者はなかなか良かった。ちょっとクールなハムレットは、このベリャコーヴィッチ版にぴったりだった。
 スタニスラフスキー・システムという言葉ははるか以前のもので、今では死語のようになっているものかと思っていた。しかし今観たこの芝居はまさしくその考えで演出されており、それが極めて現代的な芝居造りにマッチしているものなのだということを目の当たりにさせられる気がした。






最終更新日  2014年06月24日 10時02分40秒
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2014年05月09日
テーマ:中国&台湾(3212)
カテゴリ:旅行
 北京を中心に9日間の中国旅行をしてきた。今度で3度目だ。毎回、溢れるような人いきれに圧倒されている。
 いつも感じるのは年々変化する交通事情。歩行者と二輪車・三輪車と自動車。一体これはどうなっているのかと思わせる三つ巴の戦いから、当然かもしれないが次第に自動車の優位性が増していき、とうとう二輪車・三輪車用のレーンが設置されることで、その三者の棲み分けが決まった。赤で道に飛び出すのは歩行者の方だけで、自動車は交通信号を守っている。ただ歩行者優先という意識が欠如しているので、右折車左折車が猛スピードで飛び込んでくることには注意しなければならない。そういうこともあるが、この数年間で命を賭けての道路通行という危険な情況というべきものは改善されてきている。
 それにも増して今回体得出来たのは、交通事情の便利さだ。北京市内バスは1元(16円)、地下鉄は2元で何処まででも乗れる。パスモのようなスマートカードを使えば余計簡単だ。しかもバス・地下鉄は市内を網の目のように巡っていて、猛スピードで通行している。うまく使えば短時間のうちに何処にでも行くことが出来る。停車駅や乗り換え線の案内も駅や車内でよく判るようになっている。バス亭の位置を確認しておくことぐらいが必要な心構えだろう。
 公衆トイレも割に綺麗なものが辻々に設置されていて話に聞く昔の環境とは雲泥の差だ。ただし紙は無いのでそのつもりで。ものの値段も観光客用と一般人用では全然違うので注意。しかし観光客用値段と言ってもその国の人間にしてみれば、それほど高いものではない。それで納得してしまっても別段不都合は無いかもしれない。食事もそうで、高級レストランでは途端に高くなるが、屋台や小店で食べると安くて美味いものが口に入る。日本で千円以上もする二鍋闘酒という美味い白酒が8元(130円)で買えた。
 似ているようで違い、違うようで似ている日本人と中国人。大きな歴史の中でお互いどう関わり合っていくのか、興味は尽きない。






最終更新日  2014年05月09日 22時00分51秒
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2014年04月02日
カテゴリ:読書
 邦題は『ベルリン1919』『ベルリン1933』『ベルリン1945』となっているが、原題はそれぞれ『赤い水兵あるいはある忘れられた冬』『壁を背にして』『はじめての春』である。ベルリン貧民街アッカー通りに住むある労働者階級の家族の物語。三作とも子供が叙述する視点の主体となっており、その意味で子供の読者をも想定しての作品となっている。
 第二次世界大戦でドイツ人と同じ立場に立った日本人にとっては他人事では無い身近な歴史物語として身につまされる話しである。しかしこのような作品が日本にあるだろうかと考えてみると、寡聞な私にはなかなか思いつかない。戦争の時代に日本の家族が歩んできた物語は数々あるが、それが労働者階級の階級的視点という視座に据えられた話しとなるとちょっと思い当たらない。プロレタリア文学の系譜からはありそうな筈だが、狭い党派性を越えた広い視野から人々の生き様を具体的総合的に描いたものは見当たらない。19年のカールリープクネヒトらのドイツ革命、33年ナチス台頭時の社共対立、45年ドイツ敗戦時のソビエト軍の暴力等、これまでの左翼文学では扱われ難かった事実をこの作品は真正面から取り扱っていて、その直截性と視野の広さには驚かされる。
 同時にそれは現代世界に生きる人間が直面している歴史問題でもある。100年前に遡ってしまったとも言われる現代。同じ誤りを繰り返さぬためにも、「本当に平和で自由な世界は自由な人間にしか創りだせない。国家の奴隷じゃ無理だって事実は忘れるな」という指摘は重要である。あとがきで作者はロシア人作家コペレフの言葉を引用している。「戦争は政治家や政府によって準備され、引き起こされ、企てられる。……わたしたちにできる対抗措置はただひとつ、かつてなにがあり、今なにが起こっているのか真実を語り、人々が互いによりよく知り合うことだ。」この本が書かれた動機はこれだろう。






最終更新日  2014年04月02日 14時45分58秒
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2014年04月01日
カテゴリ:カテゴリ未分類
 桜まつり開催中の塚山公園(安針塚)に行った。
 歩く横須賀の町は花でいっぱいだ。レンギョウの黄、雪柳の白、ボケの紅、パンジーの紫、鮮やかな色がそこここに見られる。畑を埋める菜の花から、子どもの頃の思い出を蘇らせる匂いが押し寄せてくる。横須賀インター近くの登山口から山道に入る。ウグイスがさえずる木立に囲まれた小道をしばらく登るとじきに安針塚に到着する。頂上の桜は満開で、霞のように広がる薄桃色の天井の下、人々が敷物を敷いて宴会を楽しんでいた。屋台なども出ていて良い匂いが漂う。ここから逸見・長浦の軍港が一望でき、登るたびに下を眺めてもの思いに耽る。按針塚からは田浦駅や安針塚駅等色々な場所に降りられる。今回は逸見方面へと続く長い階段道を下り、浄土寺の脇を通り、JR横須賀駅からヴェルニー公園へと歩いた。自衛艦や米軍の軍艦が見渡せるヴェルニー公園の桜も綺麗な枝振りに満開の花をつけていた。5月までの期間限定で店を出している「かき小屋」に入り、ビールを飲みながら1キロの牡蠣を炭火で焼いて食べた。






最終更新日  2014年04月01日 17時33分02秒
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