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FUNKTOWN J.T.

DISCO HIT 1977-1983

■ DISCO HIT 1977-1983 ■

青い影

私がディスコデビューしたのは1977年。
この頃のディスコは「ディスコティック」と呼ばれ、お客に普通の人は皆無。
遊びを極めた不良のたまり場で、踊りが上手いか喧嘩が強いかのどちらかでなければNGだった。
曲は最新曲ばかりがオンエアされたわけではなく、当時は曲ネタが少なかったのか、レアアース・KCサンシャインバンド・スタイリスティックス・シルバーズ等の古い曲もガンガンにかかっていたし、50年代ブームによりツイストが大流行した時期もあった。
またこの頃のディスコは、なんといってもチークタイムの存在が大きかった。
ステップを覚えたりファンキーダンスの腕を磨く目的は、正にチークタイムのためだった。
中にはフロアを囲むようにカーテンが降りてくるディスコもあり、今では想像もできないぐらい濃厚だった。
このように選曲や踊り方が非常にバラエティーに富んでいた時代で、私にとっても毎日が新しい発見で、最も刺激的で楽しかった時代でもあった。

そして大ブレイクが「サタデーナイトフィーバー」によってディスコが大人気になった1978年である。
この頃はたとえ平日であっても、フロアはイモ洗い状態の空前のディスコブーム!
週末になると、歌舞伎町の交差点付近からはズラーっとキャバレーの呼び込みのごとくディスコの割引券が配られ、東亜会館・東邦会館等のディスコビル周辺はエレベーターの前からすでに行列ができていた。
(常連はこのエレベーター行列をパスできたものだ)
サウンドはアラベスク・ボニーM・ビレッジピープル・ドナサマー等の「ミュンヘンサウンド」と称される、ごきげんでキャッチーな曲が主流で、サザンオールスターズやピンクレディー等の日本の歌謡曲もよくかかった。

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その超加熱気味のディスコシーンは、1979年夏頃から新宿から六本木に移行した。
きっかけは「ジンギスカン」と「めざせモスクワ」の大ヒット。
このあたりから、ミュンヘンサウンドをさらに軽くした軽薄短小な曲が続々とリリースされた。
これらには簡単な振付があって、その日のリーダーを囲んで輪になって踊る風習が現れた。
さらに秋頃からチャイナドレスっぽい奇妙な衣服を身にまとった集団が輪の中心になった。
これが「元祖・竹の子族」
しかし、これらの現象ははガキっぽいとして敬遠されるようになり、大学生を中心とした遊び人達は新宿を見捨てて六本木に拠点を移し始めた。
また、この頃より髪の毛を伸ばした「サーファーファッション」が台頭しはじめ、長年ディスコの代名詞であった「ツッパリファッション」も終焉を向かえた。
そして1980年には空前のサーファーディスコブームが訪れた。
一方、その流れに取り残された1979年秋~1981年までの新宿はガキのたまり場と化し、ついには中学校2年生の女子殺人事件(ワンプラ事件)まで起きてしまった。

ところでサーファーディスコのダンススタイルは、多少の相違があるものの必殺ワンパターン。
首と肩と腰で、微妙な後ノリでずーっと同じような踊りで汗をかく。
DJもしゃべらくなり「つなぎ」のテクニックで勝負するようになった。
オンエアされる曲の代表格はシャラマー・ウイスパーズ・レイクサイド・ダイナスティー等のソーラーサウンド、レイパーカーJr.&レイディオ・クール&ザギャング・コンファンクション・バーノンバーチ・ギャップバンドにSOSバンド・ラップも全盛期でシュガーヒルギャングにグランドマスターフラッシュ等
今のダンスクラシックシーンで最も多用されるのも、このあたりのヒット曲である。
また、ボズスキャッグス・ルパートホルムズのような、AORと呼ばれる白人系のサウンドや、ジョージデューク・ハービーハンコック等のフュージョン系、ドゥービーブラザーズ・パブロクルーズ・アベレージホワイトバンドのようなウエストコースト風ロック等も好んでかけられ、サーファーの間では絶大な人気があった。

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1982年は、流行曲の傾向が目まぐるしく変わった。
年明けから夏までは前年の延長で、ダズバンド・Dトレイン・ジョージュデューク・トムトムクラブ等が流行したが、夏からは「君の瞳に恋してる」に代表されるようなハイエナジー(ボーイズタウウンディスコと呼ばれた)が登場し、秋からはABC・メンアットワーク・ヤズー等のヒットで、ロック&ニューウエィブが主役になった。
一方ディスコシーンは、「B&B」の新宿や「スターウッズ」の渋谷が復活した。
しかし、この年の夏新宿の「ワンプラスワンプラス」からの帰宅途中に女子中学生殺人があり、この事件以降ディスコの深夜営業はNGになった。
これをきっかけにディスコから人が離れ、1983年以降遊び人達は「プレステージ」「ラジャコート」「クレオ」等に代表されるような、踊れるCAFE BARに遊びの拠点を移した。
残された従来型ディスコは低年齢化が著しく、一時期のような勢いはなくなった。
さて、そんな激動の時代にはどんな曲が流行ったのか、年代別に整理してみた。
1979年~1981年の間は六本木・サーファー系と新宿・竹の子系では全く異なった選曲だったので、この3年間はそれぞれに分けて記述します。


1965年~1976年

1977年

1978年

1979年 新宿

1979年 六本木

1980年 新宿

1980年 六本木

1981年 新宿

1981年 六本木

1982年 FUNK

1982年 DISCO・NEW WAVE

1983年

ロングバージョン / 12インチ

なつかしのB級ディスコヒット


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