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テーマ:短編小説を書こう!(490)
太陽が静かに輝き
うっすらと明るい日差しが 昼下がりの山間の街に降り注いでいる。 行き交う人を見渡せる 小高い丘の上から 何やら話し声が聞こえてくる。 まるでそよ風が 吹いているような囁き声が。 「やあ、タヌキ君、珍しいね、こんな昼間に」 「おお、キツネどん」 「どうだい、最近」 「マア、うまくないわな」 「あちらさんも同じようなもんだってね、ほれ、あの顔」 「ああ、人間はいつもあんなようなもんだろう。」 「やつらはただ生きているだけでは満足ではないらしいなァ。 不思議な生き物だね。」 「でもなあ。 何か最近は不気味だよなあ。」 「ああ、昔はもっとぎらぎらして 感情むき出しのおっかねえ連中が多かったが 分かりやすいと言えば分かりやすかった。 今は何だろうなあ。 何考えているのか分からない。 色んな事を知っているようでそれでいて何もしらないようで。 皆、小さい機械を眺めてら。」 「しかし、ここから吹く風は本当に気持ちいいなあ。 人間たちには分からないだろうな。 こんな感覚は。」 「分からないんじゃあ、ない。 そんなものはとうの昔に捨てているんだ。 やつらは社会。 俺たちは自然。 その間に隔たる壁がものすごく馬鹿でかいのさァ。 その壁がどんどん大きくなってる。 気のせいじゃない。」 「キツネどんは頭いいなあ。 とにもかくにも 俺たちは毎日生きる。 それだけだ。」 「タヌキ君は特別ご長寿だからな。 大したもんだ。 しかし、人間は勿体ないな。 何を眺めているのかは知らんが、 壁を越えた先には、 気持ちの良い自然も広がっているというのに。 少しでも気づいてもらいたいものだな。」 「人間の生活の一部にあった山は完全に消えた。 きっとさえぎるものが多すぎるんだ。 山への感謝の眼差しってのは確かになくなってるかな。 ここいらも山を削って沢山の家ができたものな。 でもなあ、おいらも随分と昔 この辺りで1度だけ 人間の子供たちと遊んだこともある。 あれは楽しかった。 可愛い男の子と女の子だったか。」 その時、お天道様が隠れることなく、 気持ちの良い雨が降って来た。 「ヤア、そろそろ始まるようだ。」 「キツネどんの妹の嫁入りかね。」 「ああ、あいつも よくぞ、ここまで生きられたものだ。 こんなに嬉しいことはないよ。」 「良かったなあ。 キツネどん。 ああ、おいらも参列してよいかね?」 「馬鹿言うでねえよ、 折角の嫁入りが台無しだ。」 「あはは、違いねえ。 ササ、行っておやりなさいな。」 「ああ、ではタヌキ君。 またな。達者で。」 やがてキツネどんは、 丘を上へ上へと瞬く間に登っていき、 やがて山の中腹に掛かる 目が眩むほどの 大きな虹のたもとへと掛けて行った。 やがてタヌキはとぼとぼと 丘を後にして、 人間たちが暮らす 街の方へと降りて行く。 途中、子供たちが 珍しい御天気雨にはしゃぐ声が聞こえてくる。 タヌキは木陰から注意深く その様子を観察していた。 子供たちは笑顔を浮かべ遠くに 掛かる虹を指差して 幸せそうに笑っている。 (まだこんな笑顔を浮かべる 人間もいるんだなあ。 おいら、こいつらの笑顔ってやつは 好きなんだ。 こんな顔を持っているのに皆、 何故暗い顔ばかりするのだろう。) やがて雨が止んだ。 いがぐり坊主で 古めかしいランニング姿の子供が 街の急な坂道の途上にある 大きな石に腰かけて休んでいた。 その前を腰の曲がった 優しそうなおばあさんが ゆっくりと登っていく。 「やあ、ばあさんや、重そうだね。 どれ、持ってやろうか。」 大きな石から飛び降りながら いがぐり坊主が 老婆に声を掛けた。 「ああ、そうかい。すまんねえ。」 そう言っておばあさんはしわくちゃの顔をさらに歪ませて笑った。 「むう、重いなあ。 ばあさん、よくここまで持ってこれたもんだ。」 いがぐり坊主は大粒の汗を流している。 「この位なんでもないわ。 今時、あんたみたいな子供もいるんだねえ。」 「おう、こんなことをするのはきっと、おいらくらいだぞ。」 いがぐり坊主は胸を張っておばあさんの先を歩く。 「不思議だねえ。 あんた死んだじいさんの小さい頃にそっくりだ。 山が大好きで、いつも山の中を2人で遊んでたっけねえ。」 「に、人間なんて皆、似たような顔しているもんだぞ。」 やがて、おばあさんの家の前に辿り着いた。 「ありがとうね、ほれ、お駄賃。」 そう言っておばあさんはいがぐり坊主に柿を一つ手渡した。 「そいつは 死んだおじいさんが大切にしていた 木になっていたもんさ。」 「ありがとう。」 そう言っていがぐり坊主は山へ向かって走り出した。 ひとかじりすると今まで食べた事のないような甘くて 暖かい味がした。 涙が伝って風に舞った。 次の日の朝の事 おばあさんの家の前にタヌキの死体があった。 きっと夜のうちに 慌てていて自動車にひかれてしまったのだろう。 不思議なことに タヌキの周辺には たくさんの木の実や山菜、キノコが散乱していた。 おばあさんは涙を流して タヌキを抱え上げた。 「今時、あんたみたいな子はいないねえ。 律義に柿のお礼なんて しなくても良いのに。」 そう言っておばあさんはその場からしばらく動けなくなった。 その後おばあさんはタヌキが持ってきた 山の幸を ありがたそうに おじいさんの仏壇に添えた。 そして、かすれた声で何事かを呟きながらしわくちゃの手を合わせて拝んだ。 その後、タヌキは山の中に手厚く葬った。 その晩は綺麗な満月だった。 おばあさんは 夢を見た。 山の中で 満面の笑顔のいがぐり坊主の子供と子だぬきが楽しそうに遊んでいる 光景だった。 同じ満月の夜。 市内にある塾から 帰ってきた男の子が 遠くの山の上の方で、 ちらほらとたくさんの 火が灯っているのが見えた。 たくさんの灯りがどこか 悲しげに揺れていた。 火事? いや、お祭りか何かだろう。 遅くまで勉強して疲れていたこともあり 男の子はそう思って 早々と帰路に着いた。 お風呂に入っているうちにそんな事もすっかり忘れてしまっていて お風呂から上がると 几帳面な男の子は明日の授業の教科を 揃えて眠った。 (明日は体育もあるのか。 嫌だなあ。 放課後はピアノか。 最近ゲームもする時間ないよ。) 次の日の朝、 男の子は、 眠気まなこをこすらせて通学していると 前からやってくる 喪服姿の男女とすれ違ったときぶつかってしまった。 その男女は兄妹だろうか。 美形なのにすごく無表情で 怖かったが一応ごめんと言われたので まあ、よしとして学校へ着いた。 その日、 男の子は前日に用意していたはずの体操着を忘れてしまい 学校で随分と恥をかいてしまった。 おかしい。 確かに家を出たときは持っていたはずだ。 巾着袋を蹴飛ばして歩いていた記憶がある。 学校に来る途中どこかで落としてしまったのだろうか。 男の子はそう思ったが ピアノのレッスンも終わり、 家に帰ってみると体操服の入った巾着袋は しっかり自分の部屋の机の上に置いてあった。 何故か巾着袋の上に 綺麗に紅く染まった葉っぱが 2枚添えられていた。 それを見た男の子は 狐につままれたような顔をしながら 家の外に出た。 すると 遠くに聳える山が、 夕陽に染まった紅葉に彩られ 燃え盛るようだった。 男の子は心臓がひとつ高鳴るのを感じ、 「今まで、気づかなかった……」 と呟いたという。 作 2010年11月28日 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.07.16 09:34:34
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