その8

その8    犬育児ノイローゼ
家の中で子犬を育てることは、かなり大変なことだという覚悟は出来ていましたが、実際のところ胃がきりきり痛むほどにまいりました。考えてみれば、結婚してから夫婦2人でずっとのんびりと過ごしていたのです。幸か不幸か、ひっきりなしに走ったり遊んだりする幼児の世話をしたこともありません。
 そこに、世の中は自分を中心に回っていると勘違いしているフシもある子犬がやって来たのですからたまりません。子犬がおしっこをするときは、辺りを嗅ぎまわり、くるくる円を描いて歩き回る、とあちらこちらで読みましたが、そんな甘いものではありませんでした。子犬の頃のワインは、思い立ったらほとんどすぐその場でおしっこをしてしまうのです。うんちもし放題ですから、本当に目が離せません。
 ハウスに入れておくと、恨めしそうな顔をして例のヒーンヒーンが始まります。ケージの隙間に鼻先を押し込んで、こちらをじっと見ているワイン。成長して鼻先が思うように入らなくなるまでの、お決まりのポーズでした。
最初の10日ほどは、慣れてもらうためにほとんど一日中閉じ込めておきましたが、いつまでもそうしているわけにも行きません。
 対処法として、ひざに抱っこをして椅子に座って仕事をしました。ひざの上で粗相をしてはいけない、とさすがのワインも思ったようで、こうしておけば安心して自分の用事に集中できました。抱っこをできないときは、なるべく目を離さないようにしておくほかありません。おしっこを始めたら、すかさずトイレに連れて行き、「ここでしなさい」と教えましたが、ちっとも覚えてくれません。
 このときのひざ乗せは、結局最後の朝まで続きます。大きくなったワインにとっては、ひざは窮屈。でもとりあえず、朝のひとときはわたしのひざの上で過ごすという習慣がついてしまいました。
 いつでもひざに乗せておくわけにはいかないので、ある程度の粗相は仕方がないことと諦めもしました。大人になるまでには必ずしつけよう!気長にいくしかありませんね。床はフローリングですから、変色する前に拭けば大丈夫。
 なんでもかじるワインのせいで、居間はなんにも置かないがらんとした空間になりました。そのかわり他の部屋は荷物で一杯です。
 生活が一変してしまったわたし。それでも子犬がいることは楽しいものでした。それこそいつでも、ワインは家族として近くにいる・・・。小さい子供と一緒にいるような活気、エネルギーが部屋に充満するこの感覚。ついでに犬臭さも部屋に充満しますが、わたしは慢性アレルギー性鼻炎なので、そんなには気になりません。かわいそうなことに、鼻が敏感な夫にとっては、臭いは大問題となりました。
 トイレはなかなか覚えなかったワインも、「待て」はすぐにマスターできました。餌をあげるときに、首輪をつかんですぐには食べられないようにして「待て」と声をかけるのです。同時に手のひらを下に向け押さえるようなジェスチャーも「待て」とセットで行いました。食べ物がらみのことは、すぐに覚えられるのでしょうね。「お手」と「ふせ」もじきにマスターしました。
 それにしてもドライフードと犬用ミルクだけですくすくと育つのは、見ていて不思議なものです。朝より夜の方がひとまわり大きくなっている気がするほどの成長ぶりでした。最終的には6~7キログラムになり、背の高さも、いえ胴の長さもミニチュアとは思えないほどの長さになりました。ドライフードはペットショップで食べていたユカヌバを食べさせ続ける予定でしたが、夫が同じアイムス社のアイムスチャンクスを買ってきてしまったことをきっかけに、このブランドに変えました。
 送られてきた血統書なるものを見てみると、ワインの血統書上の名前は「CAROLINE
OF PURE GENE JP」となっています。「ふーん、キャロラインっていうのか」で終わってしまいました。興味深かったのは、ワインの親、そのまた親、さらにその親の情報まで書かれていることです。なんとワインの父親は「KING KONG JP BEATER」という名前なんです。キングコングですよ!代々立派な体格をしていたから、こんな名前をつけたのでは?ワインが大きく育ったのもこのためかもしれません。
 ワインに子供を産ませる予定はなかったので、血統書の名義変更をすることもなく、そのまま引出しの奥にしまわれました。




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