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松阪市の学習塾・双葉

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教育

2015.12.14
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カテゴリ:教育
私は、今れいめい塾で政経の授業を受け持っている。

さすがに政経はまともに学んだこともないので、他の科目以上に詐欺なわけで、予習しないととてもじゃないけれど解説できない(笑)

ということで、さきほどの記事を上げた後、水曜日の授業の予習をしていた。そうすると「ジニ係数」なるものがでてきて「なんじゃこりゃ?」となった。問題自体は特に難しいわけではない。、ジニ係数とは所得分配の格差を表す係数だという解説もついている。だから解くのに苦労するわけでもなかったのだが、気になったのはアメリカの所得格差だ。

最近、日本は「格差社会だ」と喧しい。
私も、一億総中流などという感覚はない。

ところが、このジニ係数に関する問題のグラフでは、ダントツでアメリカの格差がひどい。

調べてみたらこんな記事を発見して納得した次第。
参照)→日本顔負け。アメリカの「超学歴社会」

特に気になった部分を引用しておく。

「1960年代の初め、アメリカの大学進学率は約10%だった。それが、半世紀後の今は50%を軽く超えている。しかし、フィスクの格付けから見ると、今でも本当の進学率は10%と考えられる。

なぜなら、50-10=40で40%の学生は、じつは大学とは呼べないフィスクの「三つ星」以下の大学に行っているからだ。
「二つ星」以下の大学の卒業生は、就職やその後のビジネスキャリアでは大きなハンデがある。同じ「大学卒」でも、学位を取った大学や大学院によって、収入が大きく変わってくるからだ。

たとえば、4年制大学卒の平均初任給は、一流大学卒と最下位大学では約2倍の開きがある。これが、人気の大学院卒業資格であるMBAになると、ハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大学)などの超一流大学MBAと州立大学MBAではもっと差が開く。」

引用終わり。

日本の大学進学率も同様に見れば「本当の進学率」は相当に低いと思わざるを得ない。
それでも日本は大卒の初任給に格差はない。見方によってはなんともぬるい。



さきほどの記事にも関係あるので、ソチラからもリンクしておいた。

また、東洋経済のサイトをまともに見たのは初めてで、割に気になる記事が多かった。
例えば
これが真実!「部活をやる子は勉強もできる。
学歴主義が廃れる時代に子どもを育てる心得
日本人はなじめない、アメリカの超学歴社会
英語プアの日本人は、ますます下流化する
などなど。

最後の「英語プアの~」の記事は私の意見とは真っ向から対立しているので、後でもう一度よく読んで考えてみるつもりだ。








Last updated  2015.12.14 23:41:35
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2015.10.12
カテゴリ:教育
お気づきの人はお気づきかと思いますが、ここのところ暇に任せて「物語シリーズ」を見ているわけです。

さて、話は変わるようで変わらないのですが、「掟上今日子の備忘録」というTVドラマが始まるということで、

ニシン(鰊・鯡、学名:Clupea pallasii)・・・。失礼、噛ミマシタ。

西尾維新つながりということで、見てみたわけです。

まぁそれはそれとして、ドラマの感想も置いておくとして、CMでテイラースイフトが流れたかと思えば家庭教師のトライで有名なあのトライさんのTry itのCMでした。

質問は有料ですが、映像授業の視聴とテキスト、問題集のダウンロードは無料でなかなか良いのかもしれません。

授業自体の動画はお試しがないので、授業の質が高いのかは確認できませんでしたが、15分にまとめられているので、通学電車の中などで見るにはちょうど良いと思います。

どうせ、無料なので登録して視聴してみる価値はあるでしょう。

無料の映像授業というと、今までWEB玉塾や、manaveeなど紹介してきました。
映像授業を無料にして、他で稼ぐ手法は徐々に浸透していき、いつか、資金力のあるところが本格的に無料映像授業を始めるだろうなと思っていましたが、トライさんでしたか~。






Last updated  2015.10.12 12:03:27
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2015.10.11
カテゴリ:教育
れいめい塾の中山先生が岡山でなにやらを聞いてらっしゃったようで。
詳細はまだ伺ってないのだが。

その中山先生、以前、個人塾に何ができるだろうとおっしゃっていた。

実はわたしはこの改革について、何の危機も感じていない。
私は、私のような個人塾はフットワークが軽く、いくらでも対応できる。
むしろ危機を感じるべきなのは大手塾さん、フランチャイズ塾さんだ。

この手の問題に対しては、まず問題演習中心の塾、そしてコンピューター学習の塾は対応できない。

この手の問題の指導は、英作文や小論文の指導に似た過程を辿ることになるだろう。それ故に模範解答は、模範的であるがゆえに生徒にとって有意義な解答とは成り難く、生徒の視点に寄り添った指導が必要となってくる。さらには生徒の視点を増やす、生徒の思考力を引き上げる指導が必要となってくる。

だからこそ、講義が必要となるのだが、ここにも問題点はある。
講義とは、講師の思考方法の押し売りであり、一種の洗脳だ。
それがわからず、講義を聞いて「そのように解くのだ」と覚える者は伸びない。
「この点はでね~よ」と一方的に言われて(実際にはちゃんと説明してらっしゃいます→接点t動画)素直に「その点はでないのか。じゃぁ考えなくていいか」と覚えるものは伸びない。

さらに、バイト講師が大量に必要になる個別指導塾も対応に苦慮するだろう。バイト講師の中にも有能な者はいるが、どう鑑みても全体の質としては低く、解答は教えられても、思考方法はおろか解法も指導できないと思われる。

つまるところ、現在、英作文や小論文の授業が成立していない塾、かつ今後成立させられないタイプの塾にとってのみ今後の大学受験改革は死活問題となるだろう。

ここにおいて大手塾さんは大量の生徒を抱えているということが弱点になりうる。
多くの生徒に対して一人ひとり寄り添った講義、指導ができるか、もしくはいかに「わかったつもり」「解けるようになったつもり」にさせて、一日でも退塾を遅らせるかの勝負になる。


さて、この問題を生徒側から見るとどうなるか。
他の地方はいざ知らず、私の知る限り今の生徒たちは「考えない」。
まず、「わからない」が早過ぎる。そして解答を見るのも早過ぎる。
解答を見たら見たで、写すこと、覚えることに汲々としていて、理解しようとする者、自分の思考の中に落とし込もうとする者が少なすぎる。演習量が多いのに伸び悩む生徒のほとんどがこうだとも言える。

今の課程でも、軽いとはいえ、この類の設問はある。
例えば、この間れいめい塾で質問を受けた問題もそうだ。
需給曲線の資料が与えられ、その推移を推測する。そんな問題だった。

彼女はどうもこれを需給曲線の問題だと思っているらしい。
いや、それはそうなのだが、~曲線だろうが~定理だろうが、本来それは現象の一部をきりとって表象したものに過ぎない。問題を解くには需給曲線そのものを考えるのではなく、それが表している背景を読み取らなければならない。
需給曲線がわからないのではなく、現象がわかっていないのだ。
極論を言えば、需給曲線の問題など需給曲線が無くても解ける。

資料問題を解く過程において、考えることは実は人によって違う。
大筋において受験問題的正解にいたる過程はもちろん似通ってはくるが、どこから考えるか、どういう視点で見るか、何を重要視するかは人によって違い、だからこそ本当は正解などない。

でなければ同じ資料、同じ情報を与えられても、そこで表されている事実に賛成する学者と反対する学者の二派に分かれたりしないだろう。資料の読み取り、情報の読み取りとは本質的にはそういうものだ。

「知識」は、場合によっては詰め込むものだが、「思考」は詰め込むものではなく育てるものだ。
そういう意識をもって学習していかなければ対応できないだろう。

誰もが「何でもは知らないが、知ってることだけは知っている」はずで、その知っていることをもとに考えるしか無いわけで、本来その能力を伸ばすことができるかが学習であり、それができない人間には「未知の世界を探求する=科学」的思考は育たない。

追記:

三重県立高校入試の資料問題を解説したものも参考にして下さい。
社会過去問解説

ちなみに、高校受験の資料問題に対して多くの塾は
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この手の問題集でよく出る問題の模範解答を覚えさせたり、全国入試問題集でとにかく数多く演習させ慣れさせる手法をよく取る。それはそれで効果はあるが、生徒側に思考方法を身に付けるという意識がなければ、付け焼き刃にしかならず、難関大学受験の記述問題に対応できる思考は育たない。
とは言え、この問題集はなかなか良いのだ。







Last updated  2015.10.11 14:44:57
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2015.09.21
カテゴリ:教育
この間、れいめい塾におじゃました時に、机の上で転がっていた塾コンサルタントの勧誘DM。松阪市の個別指導塾夢現が成功例として掲載されていました。
五差路のところに今年できた塾で、前から気になっていたので調べてみたら、なかなか好調のようです。

e-learningを導入してるのね。ふむふむ「すらら」というのか。


「すらら」のサイトに行ってみました。
無料体験できるので、中学校、高校の英、数、国に一通り目を通すと・・・
コレはかなり考えて作られているなかなか良い教材。

「夢現」さんが「偏差値を55まで引き上げる次世代型個別指導塾」を謳っているように、偏差値60を超えてこない生徒さんには、かなり良いかもしれない。
偏差値60を超えてくると少しまどろっこしいかな?

気になった方は「すらら」のサイトに行って確認してみてください。

現在、松阪市内で「すらら」が受講できる塾は「夢現」さんだけのようですが、ご家庭のパソコンからも受講できるので、山間部など通塾が難しい方は検討してみてはいかがでしょうか。

余談)
学習自由区・双葉でも導入しようかと思ったくらいです。
しかし、導入にはセミナー受講が必須で、そのセミナーの受講料および導入費用の捻出が現状では難しい^^;






Last updated  2015.09.21 15:36:06
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2015.05.23
カテゴリ:教育
そろそろ時効だと思うので記事にする。


ある日、ひとりの生徒に「先生、私の取扱説明書があるとしたら欲しい?」と聞かれた。

私の返事は即答ではなかった。

生徒の真意が測りかねたこともあるが、いろいろと考えたからだ。

少しの間を開けて出した答えは「あるなら欲しいな。」だ。

その生徒は、学校のS先生は「要らん。」て言ったよ。すごいよなーと言う。


私にはS先生の真意はわからない。


だが、私の考えはこうだ。


人が取扱説明書を必要とするのはどういう時だろうか。

まず、わからないこと、困ったことがあった時だろう。

多分、前述の生徒の視点もそこにあると思う。


しかし、取扱説明書が必要とされる時は他にもある。

わかるわからない、困る困らない関係なく、その物を大切に扱いたい時だ。


自分にとって価値のある物を手に入れた時、人は取扱説明書を読む。

取扱説明書を読んでもさっぱりわからないという人は、詳しい人に頼ろうとする。

どうにかして、そのものがどういうものか、正しい操作方法はどうなのか把握しようとする。

それを把握しなければ壊してしまうからだ。


逆に言えば、価値の低いもの、どうでもいいものの取扱説明書など読まない。

壊れれば買い換えれば良いだけのことなのだ。


さらに言えば、取扱説明書が要らないというより、読まない最大の理由は

その者に対して、自分が優位にある時だ。

先ほど言った「捨てる」という選択肢も含め、自分のほうが力関係が上で

言うことを聞かせることができると思えば、人は取扱説明書など読まない。


私とて、懐中電灯や自転車の取扱説明書など読まない。

十分に機能、機構を把握しているし、壊れても直せる。

最悪、買い換えれば済む。


だが、人と人との関係は、一度壊れるとなかなか修復できない。

相手を思い通りに動かせるとも思わない。

人が誰かを100%わかると思うこと自体が間違いだ。


だから、「もしあるなら」取扱説明書は読みたいと思う。

でも、実際にはないから、私たちは悩む。

あったらあったで、つまらないとも思う。


学校の先生は、自らつくり出した「内申点」「調査書」などの人工の「取扱説明書もどき」で

どうにか生徒を掌握し、動かそうとしているとも言える。







Last updated  2015.05.24 01:20:30
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2015.05.06
カテゴリ:教育
前回、書くのを忘れていた。

もうひとつ注目しているのが「マネーの虎の岩井社長」として有名になった「モノリス」の岩井先生の取り組みだ。

それがコレ。LABO7

英作文中心の英語、コミュニケーションのための国語、リーダー育成など、私のやっていること、やりたいことに似ている。

正直に言うと、このタイプの教室が飛躍的に数を増やすことは難しいだろう。
教える側の絶対数が足りない。従前の講師ではこの方式で教えられないだろうし、また講師の育成が難しいと思う。かといってきちんとした講師を育てずにこれをやっても、箱がきれいなだけのものに終わるだろう。

だからこそ岩井社長自らが乗り出しているのだと思う。

私は岩井社長のファンなので、この動向は定点観測しなければ。






Last updated  2015.05.06 17:49:03
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2015.05.03
カテゴリ:教育
学習塾界隈を取り巻く環境も常に動いている。
かつては大学受験というと予備校しかなかった。
その後、大手予備校に通えない地方都市に向けた代ゼミサテライン、東進衛星予備校が一世を風靡した。
この辺りから、学生の個人志向に拍車がかかったようにも思う。
そして、集団授業が敬遠され個別指導塾がふえてきたようだ。

今はインターネットを使って指導する方法が模索されている。
私自身、インターネットの可能性を模索していた。
それはうちの看板にも「インターネットを使った授業」として15年前から掲げられている。

そういう時期において、私が注目しているのは
受験サプリ武田塾だ。

「受験サプリ」はインターネットでの授業を月額980円で見放題という破格の値段で提供している。
月額980円で、大学の過去問、その場で結果がわかるセンター模試、過去6年分のセンター試験問題まで利用できる。

同じリクルートが展開している資格サプリも同様だ。
こちらは「TOEIC」「介護」「日商簿記」の資格が用意されていて
学習(講義学習)、復習(理解度チェック&確認テスト)、演習(問題集)、模試(直前対策)が全部まとめて月額980円(今なら1週間無料!)だそうだ。

「受験サプリ」「資格サプリ」の欠点は、サポートは一切ないというところ。
しかし、学校の授業がわかりにくい、教えてくれる人が周りにいないといった人にはお勧めできる。
あとは、自己管理の能力次第だろう。

「武田塾」は「受験サプリ」の真逆をいくサービスだ。
授業は一切ない。簡単に言えば、ひたすら「尻をたたいてくれる」サービスだ。
近くの武田塾に通う、もしくは在宅で、個別にプランされた課題をする。その進展がチェックされ、テストされ、達成度が低ければ追加で「特訓」となる。

こちらは自分ひとりでは勉強できない、勉強を始めても遊んでしまう、いつまでも終わらないといった学生には使えるサービスかもしれない。

どちらのサービスも、マッチする層には大きな成果をもたらすだろう。
だが、どちらのサービスもマッチしない層には飛躍的な伸びは期待できない。
どちらも私が言うところの「普段やってなかった人が塾にまじめに通うようになれば、そりゃそれだけである程度は成績は上がるさ。」という効果でしかないからだ。どちらも人為的に生徒に介入することがない以上、「受験には一定の効果がある」だろうが、本人の「学習能力」が上がるかどうかは、本人の資質、偶然に頼るしかない。

それを割り引いて判断しても、こういったサービスの意義は大きい。
離島の子であるとか、親の仕事の関係で海外にいる子であるとか、家計が苦しいご家庭の子にとっては福音とも言える。


良い時代になったものだ。
私が小学生の時に「受験サプリ」のようなサービスがあれば、私の万物に対する興味も尽きることがなかったかもしれない。

進研ゼミのベネッセさんが上場以来はじめての赤字となったのも、こういう時代の流れのせいもあるのかなと考える。

ただし、どちらも「サービス」であって、「教育」ではないと思う。
私たち「塾人」は、それぞれに「自分が大切にしていること」を教科指導を通して伝えている。







Last updated  2015.05.03 15:11:38
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2014.12.08
カテゴリ:教育
人は言葉でものを考えている。少なくとも論理的に考えなければならないときはそうだ。ということは「語彙レベル=思考レベル」ということになる。言葉数の少ない幼児には、いかに噛み砕こうが「万有引力」や「オイラーの等式」の説明は不可能だ。

また、語彙が少なければ誰かと話をした時、文章を読んだ時、正確には相手の伝えている内容をつかめていない。逆も然りで、自分の伝えたい内容を正確には伝えられていない。
(私の伝わるか伝わらないかぎりぎりを目指した表現も悪いのだが、私の書く記事もよく誤解されて読まれていて苦笑することがある。ヒントを出しておくと、文脈と関係のなさそうなタイトル、文脈にそぐわない単語、私が普段使わない言葉にはだいたい裏がある。)

これらを踏まえると、「第二言語は母語のレベルを越えない」とされている以上、第ニ言語のレベルをあげるには母語のレベルを上げる必要がある。つまり、いつも言っている「高校生になると英語の勉強中に、日本語で詰まるから国語力上げとけよ。」である。

塾関係者に国連英検のAだったか特Aだったかを持ち、通訳として活躍している人がいる。「ある時、本を買ってきて珍しく勉強していたので、理由を聞くと「今度中部電力の仕事するんだけど、電力関係の英語全然わからないから専門の辞書と、発電の仕組みを簡単に説明してある本を買ってきた」ということだった。日本語で理解していないものは英語で説明できないということだ。ついでに、英語の力が認められれば認められるほど、より高度な知識と力を必要とされるということも言える。


さて、留学である。
留学すると、誰でも日常会話が困らない程度には第二言語がしゃべれるようになる。では、日常会話で使う語彙数はどの程度だろうか。アメリカだったかの研究では、大人でも5000語程度なのだそうだ。5000語というと、京都大学受験に必要だと一般的に言われている単語数に少し足りないくらいだ。なかなかのものだと思った人は不正解。5000語というのはこのサイトによると8歳児のレベルも満たさない。付け加えると文科省のデータでは12年間の公教育で1500語の英単語を学ぶ。これはネイティブスピーカーでいうと、小学生に入る前の語彙数と同等である。では、仕事で英語を使うにはどれくらいの語彙数がいるだろうか。TOEICで860点以上というのが目安のようだ。このレベルでだいたい10000語である。実際には自分の仕事分野の専門語を「覚えざるを得ない」ので、20000語くらいだろうか。アメリカの成人の語彙数の最低ラインもこのあたりなので、妥当な数字だと思われる。つまりは留学しても、日本人同士つるんでいるのは言うまでもないが、会話だけしていてもだめだということだ。第二言語で書籍を読みレポートなどで実際に使う。留学先での語学以外の授業をきちんとやらないことには、語彙数は増えない。inputした言葉、知識を、作文などの形でoutputするという過程が必要になる。

さらに言語に関する中枢が完成すると言われる8歳から10歳あたりで留学する場合には「ダブルリミテッド」という問題もある。「ダブルリミテッド」とは母語、第二言語の両方共に年齢相応の言語能力が備わらず、思考力、表現力ともに発達しない状態である。そのままだと成人しても複雑な内容を表現できず、仕事に支障をきたすだけでなく生活においても強いストレスがかかる。これを克服するには、第二言語環境できちんと母語の学習をすることだそうで、やはり母語を疎かにして言語レベル、思考レベルの発達はないということなのだろう。

私がこの仕事を始めてから、子どもたちの理解力、思考力はどんどん落ちていっていると感じている。映像教材、IT教材の効果は十分に知りつつも、書物による学習、課題研究といった旧来の学習方法を抜きに教育は成り立たないと考える。

P.S. 自分の語彙数を知りたいと思った人へ、このサイトで測れますよ。

以前書いた記事へのリンクも貼っておく。
留学の意義1
留学の意義2






Last updated  2014.12.08 23:04:06
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2012.11.03
カテゴリ:教育
NHKニュース:“教職員定数 5年で1万人削減”案

少人数クラスの実施による「クラスサイズ効果」は世の中で期待されているよりも小さいという説がある。これを「クラスサイズパズル」という。この「クラスサイズパズル」を巡っての財務省と文科省の戦いが起こっている。

私たちの仕事は、教育政策が混迷すればするほど需要が生まれるとも言えるので、どちらに転んでいただいてもいいのだが、少し感想を述べたい。

少人数クラスにすると、ひとりひとりに目が届きやすく、ひとりひとりの発言の機会も増えるという。確かに理論上そうである。しかし、ひとりひとりに目が届くようになれば、指導者の目は上位層、または下位層のどちらかに偏りやすくなる。中々、両方に対して公平に目を向けるというのは難しい。どちらかの層が捨て置かれるという事態も起こりかねない。また、ひとりひとりが気になるようになれば、ひとりひとりにかける時間が増える。ひとりに対して時間をかけて指導している間、他の生徒は放置されているのである。忙しくて質問を後回しにされるのか、熱心に指導しているがゆえに後回しにされるのかの違いは、生徒の質問機会、質問意欲を減らすという点においてはどちらも同じことである。さらに、どれだけ生徒数を減らそうとも、たとえ1対1の指導にしようとも、質問できない生徒はできないものである。それは学習意欲、教育方法云々という問題ではない。
結果、少人数にした効果よりも、少人数にしたために起こる競争の欠如の効果のほうが上回るのではないか。

しかし、そもそもなぜ教育に「競争」を持ち込まなければならないのか。

本来、指導とは「仰ぐ」ものである。自分がその人物から指導を仰ぎたいといういう思いがまず先である。公教育、特に義務教育においては、指導者を選べないというところに、まずジレンマがある。
また、学習(鍛錬)とは本来「成績や順位を競う」ものではない。「自身に満足できるか」が大事なのであり、その1つとして「成績や順位に満足できるか」も含まれるというだけである。

そういう意味においては、一時期いろいろと物議を醸し出した「順位をつけない」運動会は、私自身は嫌いだが、決して間違いではない。私教育としてはありだろう。

私は公教育に携わるものではなく、公教育のなんたるかはよくわからない。私教育は公教育とは違い、自分が正しいと思っているものを、後進に伝えていれば良いからだ。

それでも、公私問わず「一歩前の世界を見せる」それが教育の本質だと思う。一歩進めば新たな景色が見える。新たな世界が開ける。山が見えるかもしれない。その山に登ってみたいと生徒が思えば、生徒は自力で歩き始める。






Last updated  2012.11.03 11:20:37
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2010.03.25
カテゴリ:教育
もうすぐ中学校入学という方へ

こんな部活動には入らないで下さい。



・ここぞという試合前でもないのに
 生徒が自主的にやりたいと言ってもいないのに
 朝練・昼練がある。

・上記同様に土・日は朝から晩まで練習。
 (休養日がない)

・どんな理由があろうと練習に一日でも
 出ないと、レギュラーからはずす。

・部員の大半が疲労骨折などのスポーツ障害を
 経験している。

・顧問が中間・期末テストの日程を把握していない。

・中3の12月に中国(国外のほう)遠征。

・子どもより親のほうが熱心。

・勝利至上主義

・県大会・全国大会で有利な枠に入れるように
 地区大会でわざと負ける。

・練習に科学的根拠がない。根性論のみ。
 (腕立てふせ700回できる女子中学生とか・・・)

・塾に行かせてくれない。

 (以上、全て実話)



2012年に実施される

次期中学校指導要領の総則は、

部活動の意義と留意点について

「スポーツや文化及び科学等に親しませ、
学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養等に
資するものであり、学校教育の一環として、
教育課程との関連が図られるよう留意すること」

となっています。


私はこれを部活動によって

健全な肉体と生活習慣を身につけ

ストレスなどを発散することによって、

学習意欲につながる。

また、与えられた役割に対しての

自発的な行動と自然な連帯感を

育むと

読みかえます。


部活動がストレスになっていたり

自発的な行動どころか

全てが強制されているような部活は

無意味だと考えます。

忍耐を学ぶのも結構ですが

目的のために我慢をするのではなく

我慢を学ぶために我慢をするとか

何がしたいのかわかりません。


学習に支障が出るような部活動など

本末転倒です。

健全な肉体どころか、整体に通わなければ

いけなくなるなんてありえません。


また、保護者は部活動に望むものとして

異学年との交流の中で礼節や上下関係を

学ぶということがよく挙げられますが

一部の部活動では、先輩を呼び捨てにし

礼節のかけらもないところも有ります。



過日、某野球場に入り込み花火を

うちあげた馬鹿者がいるそうです。

警察までやってくる騒動になったのですが

うまく逃げおおせたそうです。

出場停止になるとかわいそうなので

高校名と部活名は書きませんが

強豪として名高い高校の○○部の

レギュラーたちだそうです。



してはいけないことはいけない。

まず、これが最初。

それから、しなくてはいけないことをする。

そして、その上でしたいことをする。


当たり前のことが教えられていない気がします。


翻って、塾はどうでしょうか。


塾に対して、無理やり勉強させている

悪業(造語)のような印象をもつ方が昔からいます。

また、ガリ勉を馬鹿にしたりする人も

いらっしゃいますが、

しなくてはいけないことを

もしくは、やりたいことを

一所懸命やっていることの

何がおかしいのでしょう。


少なくとも当塾では、勉強したくなければ

来ていただかなくて結構。

サッカーをもっとうまくなりたい人が

FCに入るのと同じように

もっと学習したい人が好きで入って

いただくところです。



塾も、部活動も習い事も子どもが

嫌がったら、その理由が後ろ向きで

なければやめさせてあげてください。

ただし、中学校は義務教育です。

中学校の勉強だけはやめさせるわけには

いきません。困ったな。






Last updated  2010.03.25 14:07:36
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