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ふつうの生活 ふつうのパラダイス

2006.09.21
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カテゴリ:日本映画
願わくは花の下にて春死なん

ヒロイン紙屋悦子の思う人は、紙屋家の前に咲く満開の桜の下を去って行った。紙屋家で悦子に最後の別れを告げた後に、戦地へとおもむいて行った。

おりしも4月10日。沖縄特攻の直後である。

「昭和20年は確か、終戦の年だったよなあ」と乏しい知識を振り絞って見てるものだから、情けないです。あと数ヶ月で戦争は終わるはずなのになとか。

戦闘機乗りである自分は戦地で死んでしまうだろうことを考えた時、明石少尉は自分の思う女性を信頼できる友に託すことを決める。

惚れているはずの相手が見合いの話を持ってくる。

悦子は一度も明石少尉に好きだと告げたことはないし、明石もまた、彼女に告げたことはない。
はっきりとした意思表示の言葉のほとんどないままに、登場人物たちはそれぞれに相手の本意を知り、相手の心を察して、ほとんど直接の会話のないままに、物語は進行する。

シナリオはとてもよくできていて、見事でした。

そして、まるで舞台のように、物語はほとんど、紙屋家の茶の間、客間、台所、玄関の前の桜の道だけで進んでいく。
シナリオはとてもよく書き込まれていて、登場人物たちはとてもよくしゃべる。ほとんど、動的な演出のないまま、セリフがえんえんと続く。
にもかかわらず、肝心なヒロインと二人の少尉の心中を語る言葉はほとんどない。
しいていえば、見合いの席で、永与少尉が自分の本意をつい漏らしてしまうくらい。それすらも、会話の中にかき消されてしまう。

語ってはならないそれぞれの思い。

くしくも、『男たちの大和』の沖縄特攻のその直後に、明石少尉はその命を絶つのだけれど、『大和』や、それ以外の多くの戦争映画のように、血しぶきの飛ぶような残酷なシーンはない。
ただ、ヒロイン悦子とその家族とその友人との、ごく静かな日常が描かれているにすぎないようでありながら、会話の端々に戦争の現実が語られる。

戦争の激しい描写を一切せずに、戦争の悲惨を語ろうとする監督の描写は見事である。

平和な時代であれば結ばれたかも知れない二人が、戦争ゆえに結ばれない悲しさは、物語の進むにつれて、切なく心にしみてくる。

自分のいなくなった後に、愛する人が幸せに過ごせるようにと、信頼できる友人を彼女に引き合わせるために、友と二人で紙屋家を訪れる明石少尉。

明石が悦子と永与のためにそっと紙屋家を去っていたことを、玄関先で知った悦子のせつなさと心の動揺がほんの数秒の時間の中で、原田知世の表情の微妙な変化だけで描写される。

そののち、特攻の前日に紙屋家を訪れた明石と悦子がお互いの思いを伝えないまま、お互いの思いを再確認する。明石が去った後の悦子の慟哭に涙がこぼれてしまった。

映画が始まった時、なぜヒロイン役に原田知世なんだろうと思ったのだけれど、
映画を見終わった時、彼女だからこそ演じられた役どころなんだなと思った。

確かもう、三十は超えているはずなのに、彼女の少女のような笑顔は十代のデビューの頃と変わらない。そして、こんなに清らかな少女のままの笑顔がいやみなく、自然にできる女優さんも珍しい。というよりもこれは彼女の素地そのままなのだろうけれど。
彼女の明るい、邪気のない、少女のままの笑顔ゆえになおさら、恋人と結ばれない女の悲壮が浮き上がってきわだつ。彼女でなければ、女の色気が表に立ちすぎてしまわない彼女だからこそ、見せることのできる演出なんだなと。

この映画で原田知世の演技はとても、見事だった。彼女がうまくなったのか、監督の技量なのか。
この映画で始めて、原田知世らしい無理のない美しい演技を数十年ぶりに見た気がする。
初めて、原田知世のもつ良さを前面に映し出して、原田知世ならではの演技と原田知世ならではの役を演じさせた監督はお見事。彼女のためにある映画だったと思う。

この作品は女がたってしまったら、ただのイヤミな作品に成り果ててしまうのだから。

言葉を語らずに心が語られる映画。久しぶりに見ました。チャン・ツイィーの『初恋のきた道』以来です。



願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃




追記があります。

『紙屋悦子の青春』公式ページ


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最終更新日  2007.03.11 13:36:41
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